第40話 アルルカン

「ミシェル、お仕置きされたの?」

「それ、訊くのかよ」

「一緒に帰ろう」

 なんだかんだでリカはミシェルを置いて帰ることができず、玄関で待っていた。

「では、行こうか」

 アルベールも一緒に行く気満々だ。貴族のような綺麗な服装ではなく、普通に町にいる青年のような格好に着替えていた。

 雨は止んだが、分厚い雲が垂れ込めている。ジャンが傘を数本持ち、護衛とばかりに着いてきてくれた。

「兄貴も来るのかよ」

「用事があるんだって。その前に、村の居酒屋に寄って挨拶したいって」

 祖父が勝手に屋敷を抜け出し、居酒屋で一杯やっていたのだ。身内としては、謝りたい気分なのだろう。

「俺が代わりに行きます、と申し上げたのですが」

 ジャンは申し訳なさそうだ。

「兄貴って、貴族っぽくないよな。普通に腰が低くて、何というか……人を使わない」

「それ、あたしも思った」

 家柄のある者は従者を連れている印象があったが、リカがアルベールに初めて会ったとき、彼は公爵家の身内でありながら単独ひとりで訪ねてきた。がいたことがないと話してくれたこともある。

「長い間、市井で暮らしていたんだ。家柄こそ公爵家だけど、それに見合った暮らしをしたためしなんて、なかった」

 雨上がりの泥濘ぬかるんだ田舎道。農作業や酪農に性を出す人達が、珍しそうにリカ達の一行をじろじろ見る。リカとミシェルは、葬儀後に家に帰っていなかったため、まだ喪服だ。

「爵位を継いだシモン公爵は自分と長男の出世にしか興味がない、と世間では言われているだろう。あれは、本当なんだ。父は、自分が愛した女との唯一の子である長男しか、大切にしていない」

 アルベールがあまりにも普通に話すものだから、リカは周りに聞かれていないか不安だった。

「腰を据えて話すべきだと思っている。歩きながらで、すまない。多分、ジャンは知っているだろうし、リカとミシェルにも聞いてほしい」

「良いっすよ。多分、周りの人は聞いちゃいないから。な、姉貴」

 ミシェルのその言葉は、リカにも向けられていた。周りに聞かれていないか不安な気持ちを、ミシェルに見透かされていた。

「僕と長兄は、歳が18歳離れている。でも、僕と次兄は6歳しか離れていない。父の最初の妻は、長兄を産んだ後に体調を崩して亡くなった。祖父が再婚相手を探してもなかなか結婚しようとしなくて、10年近く経ってようやく、懇意にしたい貴族の娘と結婚した」

 アルベールは感情を込めず、淡々と話す。

「祖父がまだ元気だった頃に聞いた話も含まれるけど」



 祖父は、忙しい仕事の合間を縫い、孫達を気にかけていた。

 次男と三男、四男と五男は、双子だった。父は、次男以降に関心を持たず、子宝に恵まれたことを嘆いていた。

 祖父は、次男以降の子達を父が手放すのではないかと危惧し、彼らを早々に婚約させた。孫の人生を勝手に決めることが、孫の人生を縛りつけることだと、祖父も自覚していた。それでも、親の我儘わがままで生きるか死ぬかの瀬戸際を歩まされるよりはマシだと、祖父は思った。

 ついに父は、祖父の隙をついて六男アルベールを手放した。始めは、5歳だったアルベールが行方不明になったことにされた。それを信じなかった、祖父と母は、人を雇ってアルベールを探し続けた。

 約10年後、アルベールは見つかった。サーカスの一座で、道化師アルルカンを演じていた。決め手になったのは、シモン家の特徴であるアーモンド型の瞳と黒髪、右耳の下の、いぼだった。アルベールが3歳のときに、湿疹が治り切らずに疣と化した部分が、成長しても残っていた。

 アルベール自身は、幼少期の裕福な生活が朧げに記憶にあり、一座の古株からも、売られてきたが金持ちの子みたいだと言われていた。一座の暮らしぶりは良くなかったが、事故と安全には気を遣う人ばかりで、虫けらのように扱われることは、なかった。貴族の子だと特別扱いされることはなく、無碍に扱われることもなく、アルベールは道化師として舞台に立つようになった。一座の中には、学のある者もいて、読み書きを教わることができた。

 王都のシモン公爵家に戻ってからは、祖父や母、兄達に熱烈に歓迎されたが、父からは冷遇された。母はアルベールに家庭教師をつけてくれたが、父からの圧力と脅迫で家庭教師は解雇された。その代わり、寄宿舎のある学校に通っている次兄達が、こぞってアルベールに手紙を出し、本を送ってくれた。休暇の際は、つきっきりで色々なことを教えてくれた。

 長兄は、父の隙を見つけては金の工面をし、人として踏まえるべき身だしなみや立ち振舞を教えてくれた。

 シモン公爵家の使用人はアルベールにこっそりと料理や菓子の試食をさせてくれたり、アルベールが屋敷の庭でサーカス一座にいた頃から欠かさず行っていた運動をしていても、とがめるどころか拍手喝采してくれるほど大らかな人ばかりだった。アルベールは、父以外には人に恵まれたのだ。

 17歳になってから、祖父が病気を理由に大臣を辞し、爵位もアルベールの父に譲った。本当はアルベールの長兄に譲りたかったようだが、敵対する貴族との力関係を考えると、孫より息子の方が適任だと考えたらしい。

 新たにシモン公爵となったアルベールの父は、実の父親であるアルベールの祖父を王都から遠く離れた国境近くの別荘に強制的に引っ越しさせた。祖父の世話をすることを建前に、アルベールも王都の屋敷を追い出された。

 引っ越し前に、兄達や使用人が、祖父は何か隠し事をしているようだと話していた。



「……急に女王陛下がお見えになり、祖父の書斎を乗っ取って書類仕事をされている。もしかしたら、女王陛下は祖父が隠したものを探しに来たのかもしれない。確証はないけれど、先程書斎で本を積み上げていたのを見ると、そんな感じがした」

「隠し事に心当たりは?」

 アルベールの長い身の上話の後で、鼻の奥がつんとするのを堪え、リカは訊ねる。

「祖父は、国の医療や衛生管理を進めたがっていた。女王陛下も祖父の考え方を尊重し、重用して下さっていた。多分、その辺りかと」

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