神様と専門 (2)


 さて、そんなことを逡巡していると、すぐに解析の結果が出た。


 意外なことに結果は白。オペレーティング・システムは古いバージョンではあるが、それ自体には問題がなかった。起動に必要な処理の欠如もなければ、意図的に付加された悪意ある改造の痕跡もない。それから、補助記憶装置のログもしっかりと足跡が残っている。ログを確認すると、マダム・サファイヤの言っていた通り、最後の起動は一年半ほど前だった。つまり、一年半前にはちゃんと起動し、その後、「エラーさえ出さずに起動できなくなった」のだ。ここがポイントだ。補助記憶装置にエラーがない。しかし、ソフトウェアが動けばその動作がどうであれログが残る。つまり、故障原因はオペレーティング・システムが動作するよりも前段階にある、ということである。ソフトウェアの故障ではなさそうだ。


 こうなってくると、いよいよ内臓バッテリの可能性も捨てきれなくなった。オレは内臓バッテリにバッテリ・テスターを用いて、エネルギー残量を確認する。バッテリ・テスターの値は適正。過充電ではないし、残量僅かでもない。古い内蔵バッテリではあるが、電気の流れに滞りはない。内臓バッテリはちゃんと動いていた。まあ、内蔵バッテリに関してはいつ部分故障してもおかしくないレベルの代物だったので、交換決定の事実は変わらない。


 さてさて、いよいよ本格的に分解してみないと、故障原因が分からなくなってきた。起動不可の主原因らしき各装置の故障ではない。なら、それらの装置を結ぶケーブルの断線や細かいパーツの故障などが考えられる。しかし、そうなると大仕事だ。まだアンドロイドの原型を留めているジャックシオ・ジャイロくんを、腹部と頭部を中心に分解しなければならない。これは手足の分解よりも繊細で、時間のかかる作業になる。


「ふむ……」


 マダム・サファイヤの仕事の依頼は起動しなくなったアンドロイドの修理である。本来なら、故障個所不明のアンドロイドの修理は、新しく制作するよりも時間がかかってしまう。新しいアンドロイドの制作はソフトウェアが組み込み済みならばパーツを組むだけ。プラモデルと裁縫を組み合わせた工作みたいなものだ。ある程度技術は必要だが、熟考したり試行錯誤したりする必要はない。


 つまり、新しく作った方が、早い。


「よしっ!」


 オレはジャックシオ・ジャイロくんの修理から方針を変更し、新しいアンドロイドを制作することにした。もちろん、マダム・サファイヤが愛している外見、それから性格と記憶はそのままに、内部の装置を一新することにした。


 方針が決まれば後は簡単だ。いつも通りのアンドロイドの分解と構成。それに加えて、今回は記憶装置の移植。これで対応する。


 オレは作業室から出て、アンドロイドの備品が置いてある倉庫へと向かった。コンデンサくらいの小物は作業室に常備しているが、本格的なアンドロイドの備品は倉庫にしまっているのだ。


 倉庫の照明をオンにして、必要な備品を集める。外側はジャックシオ・ジャイロくんを流用することが決まっているので、基本的には内部パーツを一新する。注意点は二つ。オレのアンドロイド工房は一応、低価格帯のパーツも高価格帯のパーツも両方揃えている。まあ、本当に希少で高価なブランドものは流石に扱っていないが、大抵のアンドロイドの対応はオレの工房だけで完結できるように日頃から備えている。本来なら長期安定運用を考慮したパーツ選びをするべきであるが、今回は起動さえできれば要求仕様は満たせるので、低価格帯のパーツを見繕う。安かろう悪かろう、なんて言葉があるが、それも時代の流れによって変化する。アンドロイド産業の全盛期は過ぎ、多くのメーカーが撤退しつつあるが、まだまだ供給ラインは残されていて、安価でもある程度の実用に耐えられるパーツを揃えることができる。それでもそれらを積み重ねた合計の金額は結構な額になるが、マダム・サファイヤなら支払いを心配する必要はないだろう。それでも、パーツの製造年月日は配慮項目の一つである。他のパーツは、現在のジャックシオ・ジャイロくんのものを用いるので、それと親和性の高いものを使うべきなのだ。家電を揃える時、あるメーカーのもので統一した方が使い勝手がいいのと同じだ。近年生産されたものではなく、できる限りジャックシオ・ジャイロくんが作られた時代のパーツを探す。ジャックシオ・ジャイロくんは第一次大ロボット産業時代の末期に誕生したようなので、当時のパーツは少し貴重だ。こんな時代にアンドロイドを利用する珍しいお客さん相手の商売なので、パーツの希少性で少し代金は割増にさせてもらっている。プレミアム価格と言うやつだ。それでも適したパーツがないものは、仕方なく新しいパーツを使うことにする。妥協判断も大事な技術だ。


 軽く倉庫の在庫確認もしてみたが、第一次大ロボット産業時代のパーツはやはりかなり少なくなっていた。これでは、お客さんのオーダーによっては、対応不可の案件が出てしまうだろう。もうその頃のパーツの生産は終了しているので、時間を見てオレが手作りする必要がありそうだ。本来なら機械工業で大量生産するようなパーツを、ハンドメイドする。中には気の遠くなるような作業もある。衣料品を手編みする文化は残っているが、それはそこに趣味としての面白さがあるからである。アンドロイドの制作はオレの望むところであるが、そのパーツとなると話は少し変わる。手編みが好きだからと言って、羊から毛糸を作ることはないのと同じだ。一応断っておくと、近年は化学繊維が主流で、天然物の毛糸は少し値段が高い。だから、オレが第一次大ロボット産業時代のパーツの価格を高く設定するのは、自然なことだ。


 まあ、最近の繁盛具合を見ると、そんな余裕は当分なさそうだ。これなら、工房が閑散としていた時に作っておけばよかったとさえ思う。後悔先に立たず、だ。


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