神様の繁盛 (3)


 それから、三番目のお客さんは、常連のマダム・サファイヤだった。驚くことに、その恰幅のいい背中に人を一人、背負っていた。工房に来ているからには、背中にいるのは人間ではなく、アンドロイドだろうが、見た目が既に大惨事だった。パッと見たところ、誘拐事件である。背負われているのはティーンエージャーくらいの少年型アンドロイドだ。髪は短髪で、童顔。全体的に見ると綺麗だが、よく見ると少し埃っぽさがある。型も少し古めだ。マダム・サファイヤが日頃から愛玩しているアンドロイドの一体ではないみたいだ。


「マダム・サファイヤ。いつもありがと――」

「あのねぇ、坊ちゃん!」


 挨拶から入ろうとしたところで、マダム・サファイヤは食い気味に用件を話し出した。だが、このバタバタしている工房では、そんなスッキリとしたビジネスライクな会話は好ましい。むしろ、早々とマダム・サファイヤの用件を聞き受け、お引き取りいただければ、この工房も少し空間的余裕が生まれるだろう。


 結論。オレは聞きに徹することにした。


「ワタクシの可愛いジャックシオ・ジャイロくんが動かないの。もうかれこれ一年半も会っていなかったけれど、久しぶりに美少年に癒されたかったのに。ああ、美少年って罪ね。こんなにも女の心を掴んで離さないのだもの。最近は非行青年のシュバルツ・フラームくんとばかり遊んでいたけれど、やっぱり美少年はいいものよね」


 前言撤回だ。マダム・サファイヤは愛が重い。マダム・サファイヤが余計な言葉を重ねる前に、オレはサッサと対応を進めることにした。


「分かりました。起動不可のアンドロイド一体で――」

「坊ちゃん!」


 またもやオレの言葉を遮りながら、マダム・サファイヤはその威圧感のある顔でオレを威嚇する。オレは内心ビビりながら、それでも逃げ場はないので立ち尽くしてマダム・サファイヤの言葉に耳を傾ける。


「お金のことは気にしないで! なるべく早く! ワタクシの少年愛が冷めないうちに!」


 冷めるくらいならそれは本当の愛じゃねえよ、と喉まで出かかった言葉を嚥下し、マダム・サファイヤをなだめる方向に考えをシフトさせる。


「分かりました。マダム・サファイヤのご連絡先は把握しております。できるだけ早く対応いたします」


 ここが肝心だ。具体的な数字は出さない。明日かもしれないし、一週間後かもしれないし、一か月後かもしれない。そういう含みを持たせる。まあ、もちろん上客であるマダム・サファイヤの機嫌を損なうことは避けたいので、優先度は高めだが、あくまでマダム・サファイヤは三番目のお客さんである。基本的には工房に来てくれた順番に対応するのが、通すべき筋だと思う。


「坊ちゃん! よろしくね! じゃあね、ジャックシオ・ジャイロくん! 少しの間お別れよー!」


 そして、マダム・サファイヤは嵐のように去っていった。


 オレはジャッシオ・ジャイロくんを両腕で抱きかかえながら、工房の隅の方に大切に置いた。少年型アンドロイドであるため、比較的軽かったのが救いだ。マダム・サファイヤが背負っていられたのも頷ける。まあ、あのマダム・サファイヤなら、成人男性の一人や二人くらいは軽々持ち運びそうだけれど。


 それから、四番目のお客さんの対応に入った。次のお客さんはお隣さんだった。三十代前半くらいの女性で、オレも子供の頃から知っている人である。綺麗な長い髪を揺らして歩く姿は、子供の頃に憧れたものだ。しかし、今日はどういうことか、大きめの帽子にその綺麗な髪の毛を包んで隠していた。


「おはようございます。お隣さん」

「はい。ご主人さん。いつもお世話になっています」


 ちゃんとした挨拶ではあるが、未だ捌けない後方の列が視界に入るので、逐一丁寧な対応も場合によりけりだ。今は先を急ぐ場面だ。挨拶もそこそこに、話を本題に移す。


「それで、ご用件は何でしょうか?」


 お隣さんの家にはアンドロイドはいなかったと記憶している。それから、お隣さんはご両親と三人暮らしで、あらゆる便利ロボットに囲まれた生活をしていることを知っている。そして、そのロボットの修理、制作をオヤジが請け負っていたことも知っている。オレに代替わりしてからはオレ自身が忙しくなったこともあり、そう言えばこうして話すのは随分と久しぶりだったことにも思い至る。


「あのね、私、髪が長いから、半年に一回くらいのペースで、ヘア・アイロン・ロボットを使うの。でも、友達に貸しているのを忘れてて、古いヘア・アイロン・ロボットを使ったの。そしたら、上手く動かなくて……」


 ヘア・アイロンは熱によって髪型を変えるためのアイテムである。お隣さんの長く流れるような髪は、日頃からの定期的なケアによって得られた結果だったらしい。ヘア・アイロンは古くからある電化製品だが、日進月歩の企業努力によって、短時間の利用でヘア・スタイルを長時間キープできるようになった。詳しくは知らないが、オンラインでスーパーコンピュータを用いて、髪を分子レベルで分析、加工するらしい。それがヘア・アイロン・ロボットである。美容や理容に疎いオレでもそれくらいは知っている。


 ちなみに話は変わるが、オレの髪はアンが切ってくれる。難しいヘア・スタイルに整えるのはアンには無理だが、伸びた分だけちょっとカットするくらいはできるのだ。毎月一日の朝はオレの髪のカットから始まると言っても過言ではない。


 さて、話を戻そう。ヘア・アイロン・ロボットの話だ。「上手く動かない」とは、「意図しない動作をする」ことである。これが発熱を伴うヘア・アイロン・ロボットで起きたこととすると、大事である。小規模でも火傷、酷ければ火災に発展する恐れがあるからだ。


「えっと、それって、かなり大きな事故になりません……でした?」


 何となく帽子を身につけている意味を察したオレは、恐る恐る尋ねた。


「そうよ! そうなのよ! 私の自慢の髪、少し焦げちゃったの!」


 髪は女の命、と言われることもあるくらいだ。お隣さんにとっては自分の寿命が縮むようだった思いだったに違いない。むしろ、家が燃えなくて幸運でしたね、とは言えない。それに、生憎とその辛さの捌け口になるには、タイミングが悪い。いつもの閑古鳥が鳴く工房なら、いくらでも付き合うが、今は一刻を争う場合である。六番目から後ろはアンが上手く対応してくれているようで、列の最後尾が見えつつあるが、それでも一日に請け負う仕事量としては優にキャパシティをオーバーしている。体裁よく対応し、一旦は早々にお帰りいただこう。


「分かりました。ヘア・アイロン・ロボットの修理で、請け負いました。お見積もり出来次第、すぐにご連絡します」

「よろしくね。最近のヘア・アイロン・ロボットなら、焦げた髪もケアできるらしいから。早くお願いね!」


 お隣さんは人目が気になるのか、周りから自分の髪を隠すように帽子を手で押さえながら出て行った。ちなみに、お隣さんはそこそこには美人である。だが、蝶よ花よと育てられたらしく、身持ちが固くなり、彼氏ができたことがないそうだ。オヤジから聞いた話なので、数年前のことだが、あの調子では今も変わらないのかもしれない。


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