第1章 2話 非日常の入口

〘 ピピピッピピピッ〙

頭に響くうるさい音が聞こえて目が覚める。

「あぁ、もう朝か。今、何時だ?」

時計を見ると時刻は朝6時を指していた。

重たい体を起こして、うるさい音の正体であるアラームを止める。

昨日の疲れが抜けていないのか全然頭が回っていないようだ。

「弁当、作らないと...」

昨日で作り置きのおかずがなくなったな。

そういえば、昨日なんか色々あったような····。

「まあ、いっか」

そんなこと思いつつベットから降りてリビングへと向かって行った。



洗顔と歯磨きを洗面所で済ませてリビングへ向かう。

キッチンに置いてあるエプロンを着て、簡単なおかずを作っていく。

「今日は..お浸し、卵焼き、焼き鮭、あとは···昨日買った惣菜でいいか」

回らない頭を回して弁当の中身を考える。

米は今から炊いておいて後から入れよう。

フライパンで卵焼きを作りつつ、他のおかずも並行して作りあげてく。

20分後、全ての工程が終わりエプロンを脱ぐ。

「あとは米を炊けるのを待って、朝ごはんだな」

一段落が着いたので一息つくために椅子に座る。

『モヤッ』

何かを忘れている気がする。

頭の隅に何か忘れてるような、なんだったかな···。

普段の感じと違うというか、何か引っかかるような違和感がある。

「ピンポーン」

不意に家のインターホンがなった。

時計を見ると6時半過ぎ。

この時間帯ってことは彼女か。

まて、彼女だと。

今まで回らなかった頭が急に回り始める。

昨日の出来事が今起きたかのように思い出された。

「まずい」

彼女に輪廻のことがバレるのはまずい。

不幸中の幸いか、輪廻はまだ寝ている──はずだ。

真実から目を背けつつ、静かに走って扉に向かう。

何よりまずいのはもう一度インターホンがなって輪廻が起きてしまうことだ。

それだけは避けなくては。

ゆっくりと、静かに扉を開ける。

そこには黒髪ロングの女が立っていた。

「おはよう、神田かんだ

すると、彼女こと神田はニコッと

「おはよう、天谷くん」

と挨拶を交わしてくれた。

本名、神田かんだ あおいは幼なじみで家族が死んでしまった時に、家が近くだったのもあるが、たまに朝ごはんを作って持ってきてくれていた。

個人的にはもう高校だから大丈夫と断ったんだが、「友達が困ってるのに手伝ってやらんやつなんておらんよ」と言われてしまい、それ以降もこの関係は続いている。

今はたまに朝ごはんを、持ってきてくれて一緒に登校するくらいの間柄だ。

「今日はどうしたんだ、いつもより早いじゃないか」

冷や汗を隠しながら喋っていることをよそに彼女はニコニコしながら答える。

「そうなんよ。今日珍しく早く起きたから、天谷くんのためにも、はよ朝ごはん持って行ってあげよっかなって思ったんよね〜」

相変わらず彼女はいつもにこにこしていて可愛らしい。

だが、今日に限っては来て欲しくなかった。

「すまないが、今日ばかりは帰ってくれないか。特にっていう理由もないんだが...」

神田はバツの悪そうに

「何でよ、いつもはすぐに入ってって言うじゃん。もしかして、見られたらまずいもんでもあるん?」

そう言うと彼女は後ろを覗き始めた。

生憎、まだ輪廻は起きてはいない。

だから覗かれても大丈夫だ───ん?

『カッ、カッ』

後ろから階段を降りる音が聞こえる。

後ろを振り向くことはできないが、今、確実にまずいことになっている。

『カッ、カッ』

音がさらに近くなる。

ちらっと後ろを見ると階段を降りてくる足が見えかけた。

神田は目を離した隙に俺を抜き去り、家に入ろうとしていた。

『カッ、カッ』

輪廻が階段を下り切り、完全に神田から輪廻の姿が見える。

「神田!あの、これはだな...」

目の前の光景に絶句しながら必死に言い訳を考える。

すると、神田は輪廻を通り過ぎてリビングの扉を開けた。

「天谷君の嘘つき。見られてまずいもんなんて何にも無いじゃん」

神田は意味のわからないことを言った。

なんで輪廻が見えないんだ?

ふと、昨日の記憶が頭の中に浮かんだ。

『私は、普通の人には私を認識することは出来ない』

確か、そんなことを言っていた気がする。

「じゃあ、先に入って朝ごはん用意しとくよ」

神田はいつもと変わらないニコニコした顔をこちらに向けて手を振るとそのままリビングへ入っていった。

異様に速くなった呼吸を整え神田にバレないようにその場にいた輪廻の手を掴み2階へ連れていった。

2階に着いて後ろを振り向くと輪廻は驚いた顔をしていた。

「どうしたんだ?別に見られる訳でもないのに、どうして2階まで来たんだ?」

こいつは本気でそう思ったのか?

俺には輪廻はふざけたことを言っているようにしか思えなかった。

「おまっ、見えないからって!見えないからこそだろ。もし自分の知り合いが誰もいない空間に話し出したのを見かけてしまったらどう思う?」

そう言われて考える様子の輪廻。

「そういう人、だと思うが...」

「そういうことだ。俺は神田に変な目で見られたくないだけだ。友達が急におかしくなってみろ。俺なら確実に心配する」

輪廻の疑問に真っ直ぐに返す。

輪廻もそれに納得してくれた様子だ。

「理解したよ。とりあえずは私は2階にいよう」

変わらない表情のまま輪廻は2階に戻ろうとした。

それの様子を見て、自分でも理由は分からないが気がついたら輪廻の腕を掴んでいた。

「?」

輪廻は振り向いてこちらを不思議そうに見ている。

急いで言い訳を考える。

「あー。でも、あれだ。あれ。1人での朝飯は寂しいだろ?神田には色々言って先に学校に行ってもらうから。···良かったらだが、朝飯くらいは一緒に食べないか?今度からあくまでも1年は輪廻と一緒に住むんだ。朝飯くらいは一緒に食べた方がいいだろ」

とっさにでた言い訳というか、半分以上本音が出てしまった気がする。

「私に気を使ってくれているのか?別にシュウが気にすることじゃないだろ。君には神田さんという一緒に朝ごはんを食べる人がいるじゃないか。むしろ、私と朝飯を一緒に食う方がおかしいと思うが」

確かに輪廻の言う通りかもしれない。

でも、それは自分の信じている"正しいこと”じゃない。

この際、ズバッとはっきり言っておこう。

「とにかくだ、俺はお前と飯を食いたいんだ。そりゃ、輪廻が嫌なら俺は一緒に飯は食わない。だけど、できる限りは、朝飯くらいは一緒でも良いだろ?」

輪廻は俺の意見を聞いて、もう1度考え直したように、

「別に、嫌じゃない。むしろ私なんかと一緒に飯を食いたいということに驚いているんだ。なんせ、シュウからすれば私はバケモノじゃないか」

俺はそれを聞いて、俺はため息をつきそうになる。

「一緒に飯を食うのにバケモノもなにもないだろ。輪廻がいいなら俺は輪廻と一緒に飯を食べる。これはもう決めたことだからな」

半ば無理やり決めてしまった。

話し合いすぎて神田を待たせる訳にもいかない。

「とにかく、神田が出ていったら1階に来てくれ」

そう輪廻に伝え、急ぎ足で俺は1階に向かっていった。



「何でよ。一緒に学校行こうや〜」

玄関先で神田は納得しない様子でごねていた。

「すまない、神田。先に行っといてくれ。俺には今から用事があるから」

口からでまかせだが、これくらいしないと神田は収まってくれない。

神田はこちらをじっと見つめると、諦めた様子でごねるのを辞める。

「しょうがない。そんなに言うんだったらもう知らんけーね」

プイッと顔を背けてあからさまに拗ねたまま神田は学校へと向かっていった。

「すまないな。今度、埋め合わせはするさ」

と、大きめの声で神田に言う。

「絶対だからなー!!」

と、彼女は俺の方へと振り返ると俺よりも大きな声で言い返してきた。

俺はそれを聞き届けて家へ戻った。

時間を確認すると、時刻は7時過ぎ。

学校までは自転車で15分位だ。

今から輪廻とご飯を食べても余裕で会話に使える時間はある。

「輪廻ー。神田行ったから降りてこいよ」

輪廻を呼ぶと彼女はゆっくりと階段を降りてきた。

「朝ごはん、まだ食べてないだろ。パンか米、どっちがいい?」

好みがあるかもしれないため一応聞いてみる。

「そうだな、特にこだわりがある訳でもないが。昨日は米を食べたし、せっかくならパンを頂こう」

──?

今の言っていることにどことなく違和感を覚える。

「しょうもないことを聞くけど、パンは初めて食べるのか?」

「食べたことはない。だが、知識だけはある。この世界に飛ばされる時に必要な知識は神様から送られるんだ。何だったら、本当は食事をとる必要はないんだが·····」

輪廻はそう歯切れの悪い返事をした。

俺からしたらご飯は食べないと死んでしまうものであり、生きるために必要だから摂取するものだ。

でも、輪廻はそれが必要じゃない。

なら、一緒に食事をする理由もないんだ。

「そうだったんだな。なら、無理に食事を付き合わせるにもいかないよな。それなら、今度から食事は用意しなくてもいいんだな」

輪廻はそれを聞くと困った表情をして、

「いや、それは困る。いつもなら要らないはずだったんだが、昨日、オムライスを出してくれただろう。····あれが、その····美味しかったから」

輪廻は恥ずかしそうに言った。

「そうか、なら良かった。じゃあ、今度から飯は一緒に食べるってことでいいんだな」

「······あぁ、そうしてくれ」

輪廻の反応を見てつい嬉しくなる。

料理なんて自分が食べる分だけを基本作ってきたから、褒められることなんてほんとどなかった。

そんな言ってくれるなら自分の自信になる。

「じゃあ、これからチーズトースト作るけど、これでいいんだな?」

「ああ、頼む」

そう言われて、俺はせっせとチーズトーストを準備し始めた。




出来上がったチーズトーストを食べ終わり、お茶を飲みながら、椅子に体を預ける。

時刻は7時半。

もう少し輪廻と話してから学校に行っても問題ない時間だ。

「輪廻はこれからどうするんだ?ずっと家の中って訳じゃないだろ」

輪廻にこれからの予定を聞く。

これからのことを聞いておかないと今後の予定が立てれない。

連絡手段の1つくらいあればいいんだが、見るからに輪廻は手ぶらだ。

「そうだな。午後6時くらいまではこの街を見て回るつもりだ。私の仕事は監視と言っただろ。異常を見つけ次第その場で叩く、と言っても、当分はそんなこともないとは思うけどね」

と、手をヒラヒラされながら言った。

「一応興味があるんだが、異常ってどんなものがあるんだ?バケモノがでてくるとか」

純粋な疑問に輪廻は

「そうだな。バケモノと言えばバケモノか。私は神の使いみたいなことは昨日に言っただろう。その神に対するものみたいなものだが、何だが分かるか」

と、楽しそうに俺に問題を出てきた。

「うーん。そうだな。神様を天国の方に例えるならその逆は地獄か?だったらその化け物は悪魔的なもの···的な?」

自分なりの考察を輪廻に伝える。

輪廻は感心した顔をして、

「シュウの言ってる事の半分は正解。もう半分は不正解だ。でも、いい線はいっている」

どうやら思ったよりも答えに近い回答が出来たらしい。

「そうか。じゃあ何が正解なんだ」

輪廻に問題の答えを問い詰める。

「今、地獄とシュウは言ったが、遠からず正解と言ったところだ。正解を言うなら、地獄では無く、『魔界』。悪魔、鬼、幽霊、全ての魔の者が住んでいるところ、とでも言おうか。私たち、神様陣営の敵はその魔界に生きているもの全てって訳だ。そしてそれらを私達はまとめて地獄からの使者、いわゆる魔物と呼んでいる。種類は色々あるんだが、まぁ、シュウには関係がないことだ」

まさかとは思ったがやっぱり敵はいるのか。

言っていることが非現実的すぎて本当に敵がいるのかと思うほど話に全く現実味がない。

「それで、輪廻はそいつらを見つけたらどうするんだ?まさか、戦ったりするとか」

「そう。そのまさかさ」

と言って輪廻は頷いた。

「戦うって···戦える手段とかあるのか?ただでさえ女の子の体つきじゃないか。もしかして、不思議な力があるとか···」

俺が言ったことを聞くと、はっと何かを思いついたように、輪廻は手を俺の前に出し、光の剣?のようなものを出した。

光の剣は輪廻の手のひらの上にふわふわと浮いている。

「うわっ!なにこれ」

輪廻は俺の驚いた反応を他所に説明を続ける。

「これは神から貰った力でね。創造する対魔の力。いわゆる魔術だ。私はこの力を使って基本的に奴らと戦っている」

「へ〜」

輪廻の出した剣を思わず触ってみる。

見た目通りしっかりとしているようだ。

鉄のように冷たく、そしてずっしりとした質量を肌で感じる。

「なあ、これ持ってみてもいいか」

興味心から輪廻に許可を聞く。

「いいさ。是非持ってみてくれ」

輪廻は興味を持ってくれたことが嬉しいのか、自信に溢れた様子だ。

俺は椅子から立ち上がると、実際に光の剣を持ってみる。

先程触った感じと同じように冷たく、質量を感じるのだが、不思議と重いと思わなかった。

振ってみても丁度いい重さというか、軽すぎず、重すぎず、なんとも不思議な感じだ。

「とても扱い易いだろう。私の魔術で創られた武器は質量を持ち主によってある程度変えることができるんだ」

そう言われると納得しざるを得ない。

仕組みは分からないが、そうであるならそうなのだろう。

「武器以外にも作ることができるのか?」

ふと、思いついた疑問を聞く。

「いい質問だな。これは他の物体も創ることが出来て、光の壁を作ったり、足場を作ったりすることができる。それ以外にも·····」

その後も輪廻は自分の能力について話してくれた。

輪廻曰く、剣を作るのも、壁とかも、ある程度制限があるが、1t位までの衝撃は耐えれるらしい。

それでも凄いのだが、もっと凄いのが、身体能力も戦闘中は上げることが出来て、5m位は垂直で跳べたりできるらしいし、打撃も男のプロボクサー顔負けの威力だとか。

····末恐ろしいかな。

流石に女性でも、プロボクサー顔負けのパンチは怖すぎる。

というか、男のプロボクサー並のパンチを放てるのはもう女性と言えるべきなのだろうか?

輪廻は絶対に怒らせないようにしようと、本気で綉は思ったのだった。




チッチッチッと時計の針の音が響く。

時刻は8時前になった。

話し始めたのは7時半位だったからもう30分近く話している。

どうやら、輪廻は9時位からこの町を見回りに行くらしい。

『早すぎても意味がないし、ゆっくりと家で巡回ルートでも考えてから家を出るよ』

とか何とか。

基本的には見回りだけで戦闘は滅多にない事だと言う。

そうでなければおかしいらしい。

何がおかしいとか、何が正しいとか、そういうことは俺はさっぱり分からないが、俺が首を突っ込む理由もない。

「····時間だな。俺は学校に行くから。はい、これ」

輪廻に家の鍵とスマホを渡す。

「今度からは輪廻も1年間だけだが一緒に住むんだ。家の鍵は持っていた方が便利だろう。あと、連絡はこれでお願い」

輪廻はまじまじと渡した鍵とスマホを見ている。

「メールの送り方は分かるか?なんならスマホの使い方とか」

一応、分からないかもしれない可能性を考慮して輪廻に問いかける。

「いや、知識だけであれば知っているさ。というより、なぜシュウがこんなにも私に対して親切にしてくれる事に疑問を持ってね」

輪廻はまだ俺が自分に親切にしていることに納得していないらしい。

「俺の性格的な問題だ。気にすんな。もう時間もないから俺は先に行くぞ」

バッグを持ってリビングを出ようと手をかける。

すると、後ろから、

「行ってらっしゃい。シュウ」

····昨日の晩もそうだったが、普通の人にとって当たり前のことが俺は大概嬉しいらしい。

「──行ってきます」

今日はとても気分がいい。

いつもより足取りは軽い気がした。

色々大変だったけど、こんな朝もいいものだと思った。




ガラガラガラと教室の扉を閉める。

教室は2-1で第1校舎の端っこだ。

ここ、九里市立宮森原高校は100年以上前からある地元の歴史ある高校である。

校舎自体は何年か前に老朽化によって新しくしたらしいが、昔ながらを感じる教室も残っている。

実際、今自分がいる新しい方の校舎は他の私立の高校と比べても見てもキレイな方だと思う。

自分の席に着いたので荷物を置いて席に座り、一息をつく。

時刻は8時15分過ぎ。

ホームルームは25分からなので、あと10分は余裕がある。

宮森原高校、いや宮高は、少し高めの丘に建てられていて、九里市全体を見渡すことが出来るほどの高さに建てられている。

まず、この九里市自体が山に囲まれた土地であるため中心部は比較的楽に移動できるが、端に行くほど山が多いため必然的に上り坂になる。

なので、普段チャリ通で学校に行っている訳だが、行きの上り坂はまあまあしんどい。

オマケに今は9月で残暑というか、まだまだ夏の暑さは健在であるため全身汗でベトベトである。

《パンッ》

急に背中に平手で叩かれて、大きめの音が鳴る。

「痛っ!!」

「よお、綉」

急な攻撃に驚いて後ろを振り向くと、今も尚俺の背中をバシバシと叩き続けているやつが『久しぶり』みたいな顔をして話しかけてきた。

「痛すぎ、少しは加減しろよ、この馬鹿!」

「ひでーなあ、綉。ただの挨拶でなんでこんな俺が言われないといけねーんだよ」

ヘラヘラと笑いながらこの男、佐々木原ささきはら あさひは会話を続ける。

旭とは高校からの友達で、この学校に入りたての頃、一緒に移動教室で迷子になって遅刻し怒られて、先生の愚痴を言い合ったのがきっかけで知り合った。

旭は見た目こそヤンキー寄りだが明るい馬鹿である。

根はいい奴なので、最初こそ毛嫌いするやつもいたが、今は男女共に旭を嫌うやつは少ない。

実際、旭の底なしの明るさは見習うべきとこだと思うくらいだ。

「そうか、そうか。そんなに言うんだったら、旭の補習まみれの夏休みはさぞ楽しかっただろうな」

それを聞いた旭は顔をしかめてムッと反応し、

「あのなぁ、お前は知らないだろうが、まるまる1週間潰れるってのは綉の思っている以上にキツイぞ。マジで」

そう言って肩を落とす旭。

文句を言いつつちゃんと行っているのか。

ほんと、根は真面目なんだなと心から思う。

「あっそ。そればっかりは自業自得だろ。馬鹿に生まれた自分を恨むんだな」

「コイツっ!お前、平均点しか取れないくせによくそんなこと言えるな!」

旭の渾身のツッコミを聞いて何か安心する。

これが日常か。

最近少しばかり非日常を味わいすぎて疲れていたが、旭と話すと頭を空っぽに話すことができて楽しい。

「なぁ、旭。今日は久々にでも学食に行かないか?補習お疲れ様ってことで、とり天買ってやるから」

それを聞くと旭は無言でグッと手でグッドマークを作った。

「あとは、二野も誘っていくか」

「そうだな。誘わないとあいつは根に持ちそうだ」

〚キーンコーンカーンコーン〛

ニヤニヤしていた旭が喋り終わると同時にホームルームのチャイムがなった。

馬鹿みたいな話をしている内に時間が経っていたようだ。

旭は、

「じゃあな。また後で」

とだけ言うと元の席に戻っていった。

続きはお昼だとと思い、まずはホームルームに集中した。




〚キーンコーンカーンコーン〛

時刻は午後12時40分。

念願のお昼休みの時間になった。

朝に学食を旭と約束したので旭を探す。

後ろの方で教科書を片付けしている旭が見えた。

財布を持って話しかける。

「旭、二野も誘って学食行くぞ」

「おうよ」

と、言って立ち上がる。

2-1から食堂は遠い。

歩いていくと5、6分といったところだ。

2人で教室を出る。

長い廊下を中身がない会話をしながら歩く。

最近筋トレ始めたとか、何していたかとか。

夏休みにあった至って普通の思い出を話す。

まあ、最後の最後で俺はとんでもない目にあっているんだが。

最後のこと以外に夏休みに何をしたか考えていると、すぐに2-5の教室に到着した。

「二野いるか〜」

と、扉を開け二野を探す。

すると、近くにいた高身長イケメンが近づいてきた。

「おっ!綉。久しぶりだな。今日は学食か。普段は学食は金がかかるとか言ってあまり行かなかったのに、珍しいな」

この黒髪、高身長、イケメン、この世の高校男子全員敵に回すような属性を持っているやつが黒木くろき 二野にのだ。

二野とは幼稚園からの幼なじみで仲の良い友達だ。

昔はよく一緒にバスケをしていたが、今は、というより、家族が死んだ後、忙しくなって二野とバスケはできなくなった。

二野はまだバスケを続けていて、噂には何と全国でも10本の指に入る強さとか。

「俺は別にケチってるわけじゃないよ。ただ晩御飯を弁当に詰めた方が楽なだけだ。むしろ効率化と言って欲しいな」

ハイハイっと納得する様子を見せる二野。

その反応はちょっと納得いかない。

何か言い返そうと口を開こうとすると、

その言い争いを聞いていた旭はうんうんと頷いて、

「まあまあ、しょうもない言い争いは後にして。ここは1つ、俺に飯の一つや二つ奢るってことで···」

「「黙れ」」

「あっハイ。黙ります」

俺と二野が同時にこの阿呆を黙らせる。

俺はため息をつくと食堂へと向かって行った。

ここに居座ってもしょうがない、二野も旭も集まったことだし。

旭と二野も俺の後をついて来る形で歩き始めた。




食堂に着いたので食券販売機に行く。

食堂はあまり利用しない方だが、今日は一段と人が多いと感じた。

俺はいつもと同じカレーライスを買うと、食堂のおばちゃんに渡した。

「げっ!いつもそればっかじゃん。綉」

俺がカレーを受け取っている所を見て旭が有り得ないものを見たような声で言う。

だが、旭もそんなことを言っている割には手にはかけうどんの食券を握っていた。

「旭、お前こそかけうどんしか頼んでないクセにそんなこと言える立場か?現役高校生がかけうどん1つで午後が持つわけないだろ。俺からすれば、そっちの方がありえねー」

「仕方ねーだろ。俺は今、金がないんだ。昼ご飯代すらケチらないといけないほどにな。あと、俺は綉と違って彼女がからな。まぁ、お前には彼女いないし、この悩みは分からないよな!」

旭は自分には彼女がいた事を豪語しているが、夏休み中に別れたんだったら自分で自分の首絞めてないかと思うんだが。

やっぱりこいつは安心するくらいの馬鹿だ。

だが、彼女がいないことを馬鹿にされるのは何かと癪ではある。

俺は旭に言い返そうとした時、

「何2人でバカやってんだ。こっちは席取ったんだから早く来い!」

と、近くで先に席を取っていてくれていた二野が俺たちを怒号に近い声で呼ぶ。

二野は既に座ってラーメンを食べようとしていた。

その言葉を聞いた俺は不機嫌なまま、旭と睨みつつ、二野の取ってくれていた席に向かっていった。



意外と食べ始めると仲のいい面子でも静かになるものだといつも思う。

むしろ、喋るばっかで食べないやつはどうかしているとも思う。

そんなことを考えているうちに、俺が最初に食べ終わろうとした時、珍しく旭が話し始めた。

「なぁ、知ってるか?最近、ここら辺で行方不明者が急増しているらしいって。しかも、学生ももう何人か消えてるとか」

「知らない。ニュースでやってた?」

俺はニュースはよく見る方だが、その話は聞いたことが無い。

その事件を不思議に思っていると二野が、

「その件なんだがな、まだニュースでは見たことないが、知り合いがその件に少し関わったみたいなことを言ってて、それが結構訳ありでだな」

旭の話に乗ったかのように二野はニヤニヤしながら話し始めた。

「これは他言無用ってことで、お前らだけに話してやる。絶対他に漏らすなよ」

と、二野は念を入れて話し出す。

そこまで言うなら、別に言わなくていいと思うのだが···。

そんなことを思ったが、構わず二野は話を始めた。

「その事件は裏路地での被害がほとんどなんだが、残っているのは被害者の髪の毛とかくらいで、死体や血痕すら見つかってないらしい。ここからが、この事件の怖いとこなんだが、一応消えた場所に監視カメラとかもあるにはあったらしいくて、その動画を確認したらひとりでに被害者が動いたりしてただとよ。他にもおかしな点が沢山あったんだだが、何よりもやばかったのが最終的に被害者は一瞬にして跡形なく消えたらしい」

旭はそのそこまで知らなかったのか、二野の話を聞いて関心している様子だった。

二野はまだ説明を続ける。

「あと、もうひとつ不思議な点があるんだが、何故か被害者は消える前に何も無い場所なのに何かに怯えている様子だったらしい。まるで、透明人間がいたみたいな感じ?」

それは俺にとって引っかかるところだった。

不自然なこと。

異物なもの。

なぜだが輪廻の言っていた、魔物とかそういうものを連想してしまった。

その事件に魔物に関係しているのだろうか。

だが、俺になぜそう思ったのか考える力も知識もない。

だから、それ以上深く考えるのはやめてしまおう。

なんか気分が悪い。

「何それ、怖···」

と、呑気にも旭は二野の話の内容を薄い感想で終わらせた。

こいつは本当に馬鹿だ。

まあ、それがいいんだが。

今の話を聞いて、それしか出ないのは逆に一種の才能だと思う。

二野は腑抜けた旭の感想を聞くと、

「もうちょい何か良さげな感想も言えないのか。このバカは」

と、少し呆れ気味の様子だった。

「まあ、いい。旭ならこんな事件に巻き込まれるわけないし。お前、中々のフィジカルバカだしな」

冗談交じりの二野の皮肉に旭は少しムッとなるが、事実ではあるので何も言えない様子だった。

この事件は少し気になる所があったし、この件は輪廻に帰って聞いてみるか。



ワイワイと教室中に響き渡る楽しそうな声が鳴り始める。

時刻は午後4時50分。

学校が終わり、放課後の時間になった。

クラスのやつは大半は部活動に入っていて、今から部活に行くのだろう。

俺はどこの部活にも所属してないので家に帰ろうと席を立ち上がって教室を出る。

「ふぅ」

昨日、今日とで色々あったし体も心も疲れているのだろう。

気になることは沢山あるが、今はすぐに帰ってしまおう。

学校から家までチャリで10分程だ。

近いからこの学校を選んだってのもあるが、他の学校に通っている奴と比べても早く帰れる方だと思う。

自転車置き場に着くと、自転車の鍵を開け、ペダルを回して学校から出る。

この付近は上り坂も下り坂も多い。

行きは上りなので帰りは下りになり、下った先は平坦になっていて、そこまで行けばすごく楽になる。

早く帰りたい為いつも信号が無いこの通りを通っている。

いつも通りの道。

変わったことなどなかった。

いつも通りに自転車で走る。

何の気もなしに人が飛び出して来ないか確認するために細い道を覗く。

瞬間、ビリッと頭痛が響く。

「ッ───」

裏路地に見えたのは、人ではなかった。

人では無い黒い何か。

一瞬だったから、それが何か分からなかったが、黒いモヤっとしたものが見えた気がする。

普通は気の所為だと片付けてしまっていいもの。

きっと、長生きする人間はそう思うのだろう。

でも、俺は違ったらしい。

それを見た瞬間、時が止まったかのように思考が固まってしまった。



鼓動が速くなる。

恐怖心が高まる。

冷や汗が止まらない。



考えることすら許されず、俺は脊髄反射で大通りの方へハンドルを切った。

必死に何も見ていないと自分に言い聞かせながら。

大通りで歩いている人が見える。

同種を見た安心感に冷静さを取り戻す。

「──ふぅ」

1つ、大きく呼吸をして、固まった思考を元に戻す。

鼓動はまだ速い。

とにかく一旦、家に帰ろう。

このことは、輪廻に話すのが正解だろう。

いつもは楽な平坦な道だけど、今だけは、どの坂よりも辛いと感じた。

重いペダルを踏みこみ、いつもとは違う大通りの方から家路についていった。




「ただいま」

そう言って玄関の扉を開ける。

時刻は午後5時15分。

輪廻はまだ帰っていないだろうと思い、リビングの方に行く。

扉を開けても誰も居ない。

当たり前だとは思ったが、少しくらいの淡い期待はあったかもしれない。

とりあえず、晩御飯の支度だ。

冷蔵庫を開けて中身を確認する。

パンダの柄の調味料と目が合う。

······今日はチャーハンだな。

味○もとが目に付いたとかでは決してない。

チャーハンならすぐにできるから、輪廻が帰ってきたあとでいいだろう。

なら、洗濯物でもやっておくか。

とりあえず、制服でも入れに行くか。

俺はそのまま風呂場へと向かっていった。




ガチャ。

玄関の戸が開く音がする。

おそらく輪廻が帰ってきたのだろう。

時刻は午後6時。

輪廻が言っていた時刻ぴったりだ。

そろそろチャーハンを作ってもいい頃だろうと思い、チャーハンの調理に取り掛かり始める。

「おかえり輪廻、シャワーでも浴びてくるか」

と、聞くと、

「あぁ。借りさせてもらうよ」

ひどく疲れた声で輪廻は言った。

昨日干してきれいになったパーカーはずいぶんと汚れている。

埃まみれというか、いかにも戦闘してきたあとのような。

気になるところはいくつもあるが、先にシャワーを浴びてもらおうと思った。

話を聞かなくても、いくつかは想像ができる。

後は、輪廻の話を聞いてからだ。



輪廻は白Tに着替えてリビングにやってきた。

「やっぱり、あれだな」

輪廻にバレない程度の声で呟く。

いくら言っても白Tのみだけで過ごさせるのは少しあれだ。

今週末にでもレディースの寝巻きと普段着でも買ってやろう。

女友達にも相談出来ればいいのだか·····こればかりは相談できないことだ。

そんなことを考えつつ丁度作り終えたチャーハンを輪廻の前に出す。

「とりあえず、どうぞ」

輪廻は珍しそうな顔をして

「いただきます」

と言うと、レンゲを持ってチャーハンを頬張った。

輪廻は無心にチャーハンを食べている。

輪廻は食べる時には無言になるタイプらしい。

「おかわりもあるから、気にせずゆっくり食べたらどうだ?」

輪廻は自分がもうほとんど食べ終わっていたことに気がついたのか、ハッと驚いた顔をしている。

「·····本来、わたしに食事は必要ないのだがな。君のご飯は美味しすぎる」

ボソッと何かが聞こえた気がする。

「何か言ったか、輪廻」

と、聞き返すと輪廻は

「いや、なんでもない」

と、悩んだ顔のまま答えた。



2人の食事が終わり、お茶を出す。

ある意味、このお茶の時間が輪廻と話すために大切な時間なのだ。

ふと、輪廻は今日どんなことをしていたのか気になった。

「輪廻、今日一日何してたんだ?」

あんなにボロボロだったのだ。

絶対何かあったのだろう。

「────」

輪廻は真面目な表情をして黙ってしまった。

言うべきかどうか悩んでいる様子みたいだ。

輪廻が重たい口を開けると、

「私の使命に君は···関係の無いことだろ。わざわざ、こんな面倒なことに首を突っ込むのは賢い生き方ではないじゃないか」

輪廻は頑なに話そうとしない様子だ。

輪廻がそういう態度を取るなら、こちらもを講じるしかない。

「そりゃあ、輪廻だって秘密事の1つや2つはあるだろう。だけど、それよりも残念なのは、君が俺を住まわすだけのやつだと思っていことに傷ついたな。俺は輪廻に色んなことを協力してやっているってのに。俺はいわゆる対等な協力者ってやつじゃないのか?もし、君だけが秘密を作るんだったら、俺も最初の約束を見直さなければいけないな」

それを聞いた輪廻がこちらを見る。

「それは、1年間ここに住んでもいいという約束のことか?」

俺は首を振って、

「いや、その内容についてだ。輪廻がこれ今日してたことを言わないのであれば、俺は輪廻にってだけだ」

「なっ!」

輪廻はその言葉を聞いて固まってしまった。

余程ショックだったのだろうか。

なんなら、1年間住んでもいいという約束を聞いた時よりもショックを受けているようだ。

それはそれでどうかと思うが。

輪廻は下を向いて考えて、考えがまとまったのかこちらを向くと、

「──分かった。今日のことを正直に話す。だから、ご飯はこれからも作ってくれ」

輪廻は諦めた様子でそう言った。

まさか、俺のご飯が交渉材料になるとは思わなかった。

無謀なこともたまには試してみるもんだ。

気を取り直して、もう一度輪廻にさっき言った質問をしてみる。

「じゃあ、輪廻は今日何をしていて、あんなにも汚れてたんだ?」

輪廻は真面目な顔をして、

「今日は、そうだな。朝も言った通りこの街の監視といわゆる魔物ってやつと戦っていた。服の汚れはその時に付いたものだ」

輪廻の汚れは予想通り魔物との戦闘で着いたものだった。

しかし、改めて聞くとすごい現実離れしている。

魔物と戦闘とか、厨二病とかでしか聞かないようなセリフだ。

ふと、輪廻の言っていたことに違和感を覚える。

朝言っていたのは、『まだ、魔物は出ないはずだ』と言っていたはずだ。

輪廻に今感じた違和感について質問する。

「輪廻は朝の時、魔物はまだ出てこないと思うって言っていたよな。なのに、もう魔物は出てきたのか?」

輪廻は頷く。

そしてさっきの説明の続きのように喋り始めた。

「こんな早くから魔物が出るのは私も初めてのことだ。今までは、早くても1ヶ月は出てくるのに時間がかかっていた。当たり前だが、私は世界の崩壊を防ぐためにいる。私たちがギリギリまで来なくて、もう手遅れというのは絶対に起きては行けないだろう」

確かにそうだ。

来た時点で手遅れであれば、それは世界を守るものとして機能していない。

素人目線の考えだが、一応輪廻に伝えてみる。

「もしかしたらだけど、相手が輪廻たちを対策してきているって線はないのか?それだったら少しくらいは納得がいくと思うけど」

しかし、輪廻は首を横に振った。

「いや、彼らはそんな頭を使うようなことはしないはずだ。まず奴らの世界ですらまとまってないのに彼らが対策なんて出来るはずがないんだ」

と、一蹴される。

「ん〜。まあ、いいや。考えても俺は分からないし、そういうことは輪廻に任せるのが正解だろ。ごめんけど、他のことで俺からもう1つ質問なんだけどさ····」

今日経験した黒いモヤについてだ。

「今日下校してたら、路地裏の方で黒いモヤを見たんだ。それは魔物ってやつと関係があるのかなって思ったんだけど。分かるか?」

それを聞いた輪廻は少し考えると、結論から教えてくれた。

「まず、質問の答えだが、それは奴らの世界から来た使い魔って言うものだとは思う。使い魔は人間を観察、または魔力として吸収するために捕食することが目的になっている。生き物であれば誰しもが魔力を持っていて、それを使い魔は捕食という方法で吸収していて、吸収した魔力は使い魔を生みだした使用者の力となる。使い魔は人間で言うところの五感の1つがしか持っていない。だけど、その1つがものすごく発達していてね。例えば視力だったらとても遠くのもの見ることが出来るとか。奴らはそれを使って観察や捕食をするんだ。さらに奴らというか、魔物は全て普通の人には見えないようになっている。原理は違うが私と同じようなものだ」

「おー····」

一気に情報量が増えたので頭が混乱しているが、1度自分なりに情報を分かりやすく整理してみる。

まず、俺が見たのは使い魔というやつで、奴らは人間を観察したり、捕食をして、 魔力と言うやつを生み出した使用者に送るという役割をしているのか。

さらに、魔物は普通の人間には見えないらしい。

なんとなくは理解は出来たが、まだ俺の知らないことが沢山あるのだろう。

そんことを考えている俺を輪廻は神妙な面持ちで見ていた。

輪廻は何か俺が隠しているんじゃないかと思っている様子だ。

「シュウ、私からも1つ質問させてくれ。なぜ君は、私の事や、魔物が見えるんだ?」

「それは·····」

そんなこと自分でも分からない。

俺は幽霊なんてものも今まで見たこともないし、魔物なんてものなんて知らなかった。

「分からない。でも、おかしくなったのは輪廻を見てからだと思う」

ありのまま、自分なりの事実を伝える。

すると、

「私を見た時······」

輪廻の顔が何か思い出した様な顔をすると、バッとこちらの方に顔を近づけて俺の顔をじっと見始めた。

「やっぱり」

俺のを見て輪廻は納得したような声でそう言った。

「やっぱりそうだ。君の目は魔眼まがんというものでできているようだ。しかも、だいぶ稀有な眼を持っている」

と、輪廻の口からまたも知らない単語が出てきた。

「あの〜、輪廻さん。魔眼と言うのは、何でしょうか」

恐る恐る輪廻に聞いてみる。

「ああ、魔眼と言うのは、例えるとみたいなものだ。自分の中にあるエネルギー、恐らく精神力とか、カロリーとかを使って魔眼の能力を発揮する。シュウに魔術は説明しても分からないだろう。今はこの説明で納得してくれ」

輪廻の説明でなんとなくは理解する。

俺の中のエネルギーを使ってその魔眼ってやつを使っているのか。

理由は不明だが俺の目は普通の人とは違うことが分かった。

輪廻は俺の目について追加の説明を始める。

「恐らく、君の魔眼は霊視れいしの魔眼だ。この魔眼自体はあまり珍しくはないんだ。能力としては幽霊や霊体を見るだけ。たまに幽霊が見える人とかいるだろう。その人たちは基本的にはこの目を持っている。シュウがおかしいのはその目を得た過程と、能力だ。基本的に魔眼持ちは先天性が殆どで、基本的に後天性はありえない。臨死体験をしたらとか、普通じゃない体験をしたら貰える可能性もあるらしいが、君の場合は理由もなく魔眼が発現した。もう1つ、おかしい点として、君の魔眼は私や使い魔を見ることが出来た。元々私を見れることがおかしいとは思っていたが、ただの霊視の魔眼じゃあとても私を見ることなんてできない。前提として私は幽霊じゃないし、仮に見えたとしても、その眼の限界を超えた力は過負荷状態になって脳を焼き切ってしまう」

余程ありえないのか、輪廻は俺を未だ疑っているようだ。

輪廻の話を聞いて余計分からなくなってきたが、とにかく輪廻が見えること自体がおかしいらしい。

でも、現に輪廻のことは見えているし、体に異常も無い。

脳がもし焼き切れているんだったら、俺はこの場にいないだろう。

それに、自分の中で気になっていたこともあった。

「もしかして、輪廻や使い魔を見た時に出てきた頭痛とかって関係ある?」

それを聞いた輪廻が反応する。

「そうか。魔眼自体はシュウの潜在能力としてあったんだ。先祖の方に誰か同じような目を持っていたのかもな。おそらく、隔世遺伝というやつだろう。きっかけとしては、強い魔力を持っている私が近くに居たからか。それまでは幽霊とかも見た事とかもなかったんなら尚更だ。あとは、私の力に触発されて君の魔眼が覚醒した。頭痛はきっと見慣れていないものを見て脳に少し負荷がかかったのが理由だろう」

今の説明でやっと腑に落ちる。

輪廻を見た時も、使い魔を見た時もどちらも頭痛がしたのはそういうことだったのか。

「でも、俺は霊視の魔眼ってやつなんだろう?それだと、少し疑問が残るんじゃないか?」

「それはそうなんだか····」

「他に魔眼とかってないのか?魔物が見れるようになるやつとか」

それを聞いた輪廻は呆れた顔をすると、

「そんな魔眼があったら既に言っているさ。それに魔眼自体の種類は沢山ある。たまに伝記とかあるだろう。眼の能力を持っている偉人は割と魔眼持ちだったりする。メドゥーサ位は聞いたことがあるんじゃないな」

と淡々と輪廻は説明する。

確かにメドューサの石化する目は有名な話だ。

輪廻の話で初めてまともに内容が頭に入ってきたかもしれない。

そんなことを考えていると輪廻が何か自分の中で意見がまとまったのか、こちらに顔を向けると、

「私が思うに、シュウの魔眼は恐らくだが新しい魔眼、つまりシュウのオリジナルの魔眼だと思う。そういう事であれば全てのことに納得がいく」

と、輪廻は言った。

「新しい魔眼か、じゃあ、輪廻はこの眼については分からないのか」

輪廻ですらこの眼について分からないんだ。

俺がとやかく言える立場では無い。

今は大人しく輪廻の説明を聞くしかない。

「その眼は····、名前が無いと呼ぶのが面倒くさいな。そうだな。その眼の能力は見えないものを見る力と仮定しようか。その眼の名前は『不可視ふかしの魔眼』ってのはどうだ」

輪廻は楽しそうに俺の目について打診してくる。

輪廻も初めての事をする感じのことは楽しいのだろう。

「そうだな。不可視の魔眼か。厨二じみてるけどいいじゃん」

不可視の魔眼。

見えないもの見るだけの力か。

まぁ、これも何かの運命というやつなのだろう。

成り行きでこんな眼を持ってしまうとは。

運がいいのか悪いのか分からないな。

輪廻がちょうどお茶を飲みきる。

話もこれでちょうどいいし、時刻は午後8時、今日はこの辺で話を区切ろう。

「輪廻、今日はこの辺でおしまいにしよう。俺の質問に答えてくれてありがとう」

と言って、俺は椅子から立ち上がる。

とりあえず風呂にでも入ろう。

今日のことについて頭の中で整理もしたい。

「輪廻はもう外出予定は無いよな」

と、念の為輪廻に聞いておくと、

「あぁ、今日は自室でゆっくりさせてもらうよ。正直なところ、使い魔との戦闘で疲れてしまった。てことで、お先に失礼するよ」

と言って、2階へ歩いていった。

1人リビングに取り残される。

輪廻に説明してもらったことを整理してみる。

俺は輪廻を見て、この不可視の魔眼が発現した。

その眼の力として見えないものを見ることができるとか。

その能力によって輪廻の敵である魔物の中の使い魔というやつを見たということでいいのだろうか?

輪廻はある程度は加減して説明してくれているのだろうが、知らない単語がまちまちと出てきて結局そんなに理解できてない。

知らないことを知ろうとすると全くもって疲れてしまう。

「ふぅ」

一つ、深く呼吸する。

説明されたことを自分の中に落としこめる感じに。

「俺も風呂、入ろ」

とりあえずは目の前の生活からだ。

輪廻はこっちには関わるなと言っているし、それなら俺が無理して手伝う必要も無い。

輪廻が死にかけていたら話は別だろうだけど。

そんなありもしないようなことを想像して、絶対ありえないだろうなと思い少し微笑む。

頭の整理がついた頃、自分の食器を片付けて風呂に向かう。

今日もなんか疲れてしまった。

風呂に入ったら今日は早めに寝てしまおう。

明日は土曜日だ。

休みだし、輪廻と出かけるのもいいかもしれない。

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