第29話

 警察が慌ただしく寺に入ってくる頃、入れ違うように風間に誘導された。車は東京を抜け、高速道路を走っていた。


「まさか巫礼が来るとはな」

 風間は、確かめるように大原の容態を見た。


「なんだよ」

「刀を使っていたな」

「ああ」


 それで風間は黙ってしまった。


「なんだよ」

「……山梨に戻ったらお前に客が来ているはずだ」

「客?」

「ああ。ある程度、覚悟はしていた方がいいだろうな」

 風間は、またそれきり黙ってしまった。


 高速を抜けて、甲府盆地を見下ろした。数日前とは違い、雪はまばらに見えるだけで、盆地の地肌がいたるところに見えた。あの日から、もう三日たったのだ。


 宿舎に戻り、救急箱で最低限の治療を済ませた。左手に残る刃はそのままにした。自分でどうこうできる事ではないし、幸いにも痛みがあるだけだった。しかし、それ以上に、なにか残すことに意味があるように感じた。しばらく眠ろうと目をつぶったところで、電話が鳴った。


「会議室まで、出てこれるか」


 出ると、相手は山本だった。身体の痛みを確認しながら、

「ああ、大丈夫だ」

 と答えた。


 電話を切って、すぐに協会の建物に向かった。着くと、入口で山本が待っていた。


「東京で巫礼に会ったそうだな」

「ああ」

「ケガの具合はどうなんだ」

「足にまだ弾が残ってる。あとは大丈夫だ」

「手当てしよう」


 そう言う山本に連れられて、大原は医務室に向かった。


 医務室の先生は頭頂部は一切髪が生えていないのに側頭部には森のように髪が生えている、いわゆる博士のような髪をした高齢の男性だった。


「なんで自分で手当てしたわけ」

「これくらい、自分でできる」

「痛いのがヤなわけじゃないの」

「ああ」


 先生は山本に視線を投げた。それに山本は苦笑で返した。


「じゃあ麻酔しないで弾抜くからね」

「おい――」


 そういう間に先生は大原のスラックスをハサミで切り、強引に治療をはじめた。治療は、一分が一秒に感じられるほど長いモノだった。


「お前があんなに叫ぶとはな」


 山本は笑いを含ませながら言った。後ろ手で医務室の扉を閉めながら、

「アンタもやればわかる」

 と口をとがらせながら大原は言った。


「では、行くぞ」

「ちょっと待てよ。風間が俺に客が来ると言っていた。会議室にそいつがいるのか」

「そうだ」

「誰なんだ」


 山本は歩みを止めた。


「会えばわかる。だがどうするかはお前が決めろ」

 山本は心そのものに語りかけるように言った。


「……相手は教えてくれないのか」

「ああ」


 そんなもの、会えと言っているのと変わらないじゃないか。大原はそう言って山本を追い抜いた。


「すまないな」


 背中で山本がそうつぶやいたのが聞こえた。

 会議室に着くと、扉に取り付けられたすりガラスに夕日が反射していた。扉の取っ手を回して、部屋に入った。


「やぁ。久しぶりだね、大原さん」

 その声に、脳は委縮した。


 幼さを残す中性的な顔に優しい語り口。目の前には、後遺症で話すことができなくなったはずの拈華譲二がそこにいた。


「なぜ――どうして」

「幽霊でもみたか」


 声の方を向くと、くつくつと笑う真理がいた。


「お前に事の真相を知ってもらおうと思ってな」


 そう言って入ってきた山本のうしろに、もう一人続いて入ってきた男は隼人だった。


「隼人……どうして」

「お前をずっと尾けてた。歌舞伎町の爆破事件の日からな」


 一足先に山梨に入り、状況を確認した後、東京に戻り押収していた滝沢の大太刀と滝沢の遺体を文護に引き渡したことを、隼人は短く伝えた。


「どうして……」

「本宮についても以前のような又聞きではなく、ここで直接聞いてもらう」


 山本が席に着くと、隼人は山本に睨みをきかせながら席にすわった。最後に風間が遅れてやってくると、拈華は語り始めた。


「それでは、三年前の事件のその真相――協会とのつながりについて、僕から語らせてもらいますね」


 夕焼けを背に語る拈華は、その朱色と相まってあの日々の記憶を呼び起こした。

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