第4話 メイドの兄妹
「セレナは強いですね。まさか私の刀を受け止めるなんて」
「わたし一応魔王倒した英雄なのに引き分けなのかぁ……」
勘違い斬りつけ事件及び顔を合わせてから数日。
波長が合うのか、二人はいつの間にか名前で呼び合うまで仲を深めていた。
今日なんて二人で剣の鍛錬をしている。
私も今日は体調が良かったので少し身体を起こして庭で切り合う二人を眺めていた。
アイリが強いのは分かっていたつもりだったけれどまさか魔王を討伐したゾラ様と渡り合う程なんて思っても見なかった。
けれど、ゾラ様は終始余裕そうで魔法も一切使っていなかった。
魔法を使うと使用者の目は対応した魔法の性質に合わせて目の色が変化し淡く光る。例えばアイリなら風魔法を使っているから本来は黒の瞳が薄く緑色になる。しかし、今の組み合いではゾラ様の目の色に変化はなかった。
私は魔法のことは全然分からないのでもしかしたら使っていたのかもしれないけれど、様子から見るにまだ本気を出していないのかもしれない。
「そうだ!モニカ様!この間言っていたモニカ様の書庫に連れて行ってくれない?」
あれからゾラ様は私の部屋に来ては本を数冊借りて一晩で読んで返すというのを繰り返している。
本人曰く、私を知るためなのだそうだ。
私としても本の感想を言い合えるのはとても嬉しい。
今までそのような友達はいなかったから新鮮な体験で私もドキドキしている。
まあ、ゾラ様は友達ではなく、婚約者なんだけども……。
しかし、そんなペースで貸し借りをしているものだから部屋にある本は大体読み切ってしまった。
部屋以外にある本はすべて私が管理している王宮書庫に蔵書されている。
以前その話をしたことを思い出して、ゾラ様は早く行こうと私の手を握り催促をしてくる。
そんな手をアイリは振りほどいた。
「待ってくださいセレナ。まずはお風呂です。モニカ様の大切な本が汚れたらどうするんですか」
確かに二人は砂まみれ草まみれで汚れている。
正直なことを言うとその姿であまり書庫に立ち寄ってほしくない。
「えー、でもわたしあんまり汗かいてないし……」
「駄目です、モニカ様は先に書庫へ。でも、お体に何か……」
「大丈夫、その時はエーミルかカシスを呼ぶから」
私は過保護なアイリを少し面倒に思って遮って返した。心配してくれるのは嬉しいけど私だってもう18歳の大人だ。自分の体調は自分で分かっている。
「だったら良いのですが……。それではセレナ、行きますよ」
アイリはゾラ様の手を引いてお風呂に向かう。
「うう、お風呂入るならモニカ様とがいい……」
「バカなことを言うな!!!お前にはまだ早い!!!」
「ひぃん……」
思ったよりも厳し目に怒られたゾラ様の背中が
しゅんとする。
アイリは普段言葉遣いが丁寧だから怒ると確かに怖い。
「あ、あはは……」
私は愛想笑いで誤魔化した。
「エーミル、カシス居る〜?」
私は書庫のドアを開けて二人のメイドを呼ぶ。
「うん?モニカ様ぁ呼んだか?」
「モニカ様?ってことはアイリさんも来てる?」
良く似た二人のメイドが本棚の横から顔を覗かせる。
二人は兄妹のメイド。
肩が隠れるくらいまで伸ばした綺麗なストレートヘアが特徴の兄エーミル。
くせ毛が激しくまるで犬のような小柄な女の子が妹のカシスだ。
エーミルは妹想いの兄でカシスが雇われる際に自身の容姿を利用して女と偽り、メイドとして妹を見守っている。
ちなみにこの事実は私とアイリしか知らない。
二人をどうしても離れさせたくなくて、ボロが出ないように事情を知っている私の専属メイドとして貰ったのだ。普段の雑務はアイリに任せているからこの二人には主に書庫の管理を任せている。
「カシス、アイリなら少し遅れてくるよ」
「そうですか……」
小さい肩をこっくり落とした。
カシスは身長の低い私と並んでもカシスの方がまだ小さい。
カシスはまだ十歳だから当たり前だけど……。
ちなみに兄、エーミルは十五歳だ。
「ったく、カシスはアイリさんにゾッコンだな」
エーミルはカシスの頭をワシャワシャと撫でた。
「言わないでよバカ〜!」
カシスがぽかぽかとエーミルの肩を叩く。
子どもが戯れているようで微笑ましい。
兄のエーミルも私より少し身長が高いくらいだから余計そう見える。
「んで?今日はどういうご用だ?」
「えっと、今からアイリと一緒にゾラ様が来るの」
「ゾラ様って、確かモニカ様の婚約者の?前に手紙が来たって話してくれたよな」
「うん、そのゾラ様」
私が頷くとうぉぉぉ、とエーミルは盛り上がる。
「どんなヤツなんだろう。やっぱ魔王を倒した英雄っていうくらいだからすげぇかっけぇんだろうなぁ。きっと筋肉がすげぇんだよ。んで、人なんか軽く吹き飛ばすぜ」
エーミルはしゅっしゅっと空に拳を振るう。
……ゾラ様が女性だということは伏せておこう。
エーミルは男性であることがバレると不味いからほとんど他のメイドと喋らないしそもそも顔を合わせることも少ない。
だから、ゾラ様の噂などは全く分からないのだろう。
カシスは人見知りか、もしくは単純に興味がないかのどちらかだ。
「まあ、何にせよモニカ様の婚約者だ。粗相の無いように振る舞うよ。モニカ様にはでけぇ恩もあるからよ」
エーミルはへへっと男の子らしく笑う。
容姿は可愛らしいけれど口調といい、振る舞いといい、男らしくて頼もしい。
妹のために嘘をつき続ける覚悟を決めたことも。
男の仕事のほとんどは決断、残りはオマケみたいなもの、と昔読んだ小説でそんな感じのセリフがあったけどまさに彼はその大きな決断をして今ここにいる。
あまりこういうことを言いたくないけれど使用人の格差は酷い。
使用人は主に貴族達の間で協会を立ち上げており、そこで欲しい人材を見つけて屋敷に招く、というのが一般的だ。
その中では勿論雇う使用人に位を求める人、端麗な容姿を求める人、多少の事務作業を任せられる人、様々だ。
そんな中で二人は子どもを出稼ぎに出さないといけないほどに貧しい家庭で育っているから碌な能力を持っておらず扱いは最悪だ。
それにカシスはまだ幼い。
もし、悪い貴族の元で働く事になれば……。
どうなるかなんて結果は簡単なことだ。
下手をすれば命を落とすかもしれない。
いや、もっと酷い事をされるかも……。
実際カシスと同じ年齢の女の子が想像したような事をされているケースも有る。
無論、王である父はそんなことを許すはずがない。
もしそれが明るみになればその貴族は厳しい罰が与えられる。
でも、使用人自ら持ちかけて貴族に恋愛感情を抱かせてから訴え、賠償金を騙し取る詐欺も横行しているため一概に貴族だけが悪いという裁きを下すのは難しい。
こういう話を聞くとどんな世の中にも立場にもずるい人間はたくさんいると思い、悲しくなる。
でも、今目の前にいるカシスやエーミルがそうならないように努めるのが私達貴族の使命だと私は思っている。
なんて、偉そうな事を言っているけど身体が弱くてほとんど仕事もできない私が思っていても仕方がない。
自分で出来ないのは悔しい。
立場も力もある。
でも、その全てが奪われてしまうのが悔しい。
「おれだって欲しいもんな~んにもねぇもん。お揃いだな」
昔、エーミルがにっと笑って慰めてくれたっけ。
エーミルは力がないから代わりにその容姿を使って大切な妹を最も近い位置で守っている。
出来ないなら出来ないなりにやり方を模索すれば良い。ただ、それだけだ、と。
「モニカ様〜!お風呂上がりましたよ〜!」
お風呂から上がったのか髪を湿らせたゾラ様が書庫のドアを開けて私に駆け寄ってきた。
「ちょっと待ってくださいセレナ。まだ、髪が濡れています。長いのですからしっかりケアを……してないのにあんなにサラサラ……」
ゾラ様は自分の髪をムニムニと触りながら口をとがらせて落ち込むアイリを無視して真っ先に私に飛びついてくる。
「きゃっ」
私はゾラ様の行動にびっくりして思わず声が出たがゾラ様はそれも見越して腰に手を当ててしっかりと私の身体を支えてくれた。
シャワーを浴びた直後だからか普段よりも良い匂いがする。それに火照った体の熱が私の体にも伝わってくる。それがぽかぽかして心地良い。
「やっぱりモニカ様可愛い〜!」
「ちょっとゾラ様、恥ずかしいですよ!」
静止するように声を掛けるとえへへと笑いながら私から離れる。その瞬間、ちょっぴりだけさみしく思ってしまった。
「それで……そっちのメイドさんは?」
ゾラ様がカシスとエーミルを見る。
エーミルはぽかんとした表情でゾラ様を見ていた。
期待通りの反応で正直面白い。
油断するとふふっと変な笑いが込み上げて来そうだ。
「あの、わたしはカシス。で、こっちがおに…姉のエーミルです。二人でモニカ様の書庫管理を任されています」
流石にエーミルは声を出すと口調で男だとバレてしまうので深くお辞儀するだけでカシスに挨拶をしてもらっていた。
でも、カシスは人見知りだ。ゾラ様を前に萎縮している。
「うん!二人ともよろしくね〜!」
そんなカシスにもゾラ様は明るく言葉を返した。
カシスはその明るい声にちらりとゾラ様の顔を見るととびきりの笑顔が見えたのか、少しだけ俯きがちだった顔がまっすぐになった気がした。
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