第4話  最後の言葉

ふくよかだったその手も

丸く色艶の良い頬も

いつの間にか痩せこけて

綺麗に形どった唇の線が

なんだか似合わない真紅の紅を纏っている。


いつも、高級な香水の香りが漂っていた母が

いつしか、香水ではなく、

洗濯の柔軟剤の香りがするようになった。


ピンと張ったキレのいい声も、

今では聞こえない。


瞳も、うつろだ。


緩和治療に切り替えてから、母は自宅で過ごすことを選んだ。

毎日、通った。

母に会いに行った。


何をしたらいいのか、わからず、戸惑いの連続だった。

でも、それを察してか、母は、してほしいことをちゃんと言葉にして伝えてくれた。ありがたかった。私にできることは、なんでもしたかった。


でも、もうすぐ月が変わろうとしていたある日、痛みからか、ほとんど喋れなくなった。起き上がることもままならない。



私はどうしても伝えたい言葉があった。


どうしても、言わなければ。

絶対後悔すると思っていた。


いつもは、私と母が二人になることはないほど数名の家族、親族がいたが、その日は、私だけが、いた。

母が、絞り出すような声で私の名を呼んだ。

「はい、お母さん。どうしました?」

そばに駆け寄ると、動かすのもやっとの

細い腕を布団から出した。

私は慌ててその手を握った。

「ありがとう。」

空気のような細い声で、母が言った。

(お母さん・・・・・)

私は何も言えなかった。



数日後の夜、

兄弟みんなが集まった。


母を取り囲み、最後の決断を、母に委ねた。

体を蝕む痛みに、もう、薬では、耐えきれなくなっていたのだ。

注射を打ってしまうと、もう、2度と目覚めることができなくなると、医者から宣告を受けていた。


母は、静かに、頷いた。

もう、充分、頑張りきったと、誰もが思った。


それから順番にみんなが、母を抱きしめた。

一人一人に、母は、声をかけた。

みんなに、何を言ったのか、あまりに小さな声で聞き取れなかった。

私の番が来た。

そっと母を抱きしめた。

細い体は、今にも消えてしまいそうだった。


「お母さん、大好きだよ。」


言った後、大粒の涙がこぼれた。



「強くなれ」


母は、言った。

私への、最高のはなむけの言葉だった。



母は、静かに、医者の処置を受け入れた。


静かに、その時を迎えた。


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おかあさん かすみん。 @kasumin27

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