第30話 小さな変化

 『デヴォアラーアント貪る蟻』の脅威が収まり、あれから数日が経った。


 『シルバーストライク銀の一撃』の皆も、あの依頼で結構儲かったようで、顔には満足そうな表情が浮かんでいた。


 …たぶん。

 

 最後まで見届けたわけじゃないけど、あの時の彼らの表情からすると、そう感じた。


 ガレックさんには、くれぐれも「製作を頼む」と念を押された。

 ったく、ほんとに…ははは。


 でも正直、悪い気はしない。


 むしろ、誰かに頼られることがこんなに嬉しいとは思っていなかった。

 前の世界では、こんな感覚を味わったことなんてなかったから、余計にそう感じたのかもしれない。


 それから、『クエスト探求・コレクティ集団ブ』に戻ってから、現実が再びオレに重くのしかかってきた。

 

 エリナは歩けるようになって、病棟から元の仕事に戻った。

 元気になったのは本当に嬉しい。でも、やっぱり足の問題は大きいままだ。

 他の子たちが何気なくやっていることも、エリナには一つひとつが大変そうだ。

 オレは、なんとかしてその負担を減らしてあげたいと思っている。


 オレに一体何ができるだろう?

 歩行を補助する装置があれば、それでいいのかもしれない。

 でも、それだと「パワーシューズ」でも十分な気がする。


 ただ、パワーシューズを使いすぎると筋力が落ちてしまうかもしれないのが心配だ。

 筋力が弱くなると、逆に身体が不自由になってしまうだろうから、それこそ本末転倒だよな…


 う~ん…


 使うべき時だけ使って、普段は筋力を維持するために控えるって方法もあるかもしれない。

 けど、楽なものに慣れすぎると、それに頼りっきりになる危険もある。

 エリナにとって、どれが一番いい方法なんだろう…


 そんなことを考えながら、オレはアリ退治から帰ってきてから、休憩時間に木の棒を剣に見立てて素振りを始めた。


 今までだって思ってたことだけど、「才能がない」って言って何もしないままだと、ほんとに何もできなくなる。

 それに、これからも荷物持ちを続けるつもりなら、最低限の戦闘能力くらいは身につけておいた方がいいだろう。


 だから、これからは少しでも時間があれば素振りを続けるつもりだ。


 それに、オレが持っている短剣にも工夫を加えようと思ってる。

 魔鉱石をはめ込んで、多少でも魔法的な効果を持たせるんだ。そうすれば、少しは生存率も上がるだろう。


 魔法剣…それも悪くない。


 むふふ…なんて、かっこいい響きだ…ぐふふ。


「…レイくん…顔がいやらしい。いやらしいこと考えてたでしょ?」


「な、なに言ってんだよ、エリナ! そ、そんなことないって…」


「ふ~ん…」


 エリナはオレが慌てて否定するのを見て、じっと疑いの目を向けてくる。


「ほんとに、考えてないってば…」


「…なんてね、冗談だよ。あはは!」


 エリナは、オレが焦るのが面白いらしく、ケラケラと笑い出した。

 あんな大怪我をしてたのに、今はこんな風に笑えるまで回復してるんだな…


 彼女が無事でいてくれたこと、それに自分のしたことが間違ってなかったことに、オレは安心感を覚えた。


「じゃあさ、いやらしいことじゃないなら、何考えてたの?」


 そう言われて、ふと思い出す。

 色々考えてたよな…

 やりたいことがたくさんできてしまった。


 この世界に来たばかりの頃なんて、何も考えられなかった。

 どうやって生き延びるかしか頭になくて…

 でも、今はやりたいこと、やらないといけないことが山積みになっている。


 これは、いいことなんだろうか?


 …いや、ただ生きるよりは、きっといいことだ。


「そうだな…ただ生きるだけじゃなくて、"きる"こと、かな?」


「え…同じじゃない?」


「いや、違うよ。誰かに言われたからとか、死にたくないから生きるんじゃなくて、自分の目標を決めて、自分で選んできていくんだ。そんなことを考えてたんだ」


 そう言うと、エリナは驚いたような顔で、じっとオレを見つめていた。


「…レイ…すごいね…わたし、そんなこと考えたこともなかったよ…なんだか、置いて行かれちゃった気分…」


 エリナはそう言って、俯きながら少し寂しそうな表情を見せた。


「いや、そんな大げさなことじゃないんだ。ただ、オレがやりたいからやってるだけでさ。それに、たまたま頼まれたことが重なっただけ。『意味があるかどうか』なんて気にせずに、とにかくやってみようって思ってるだけなんだ」


「…それでも…だよ…」


 エリナは遠くを見ながら、何か考え込んでいた。

 そんなエリナにオレは耳打ちするように話した。


「それに、エリナには話したけど、あの力で色々使えそうなものを作れれば、エリナやリュウやカイル…もしかしたら、ここで困ってる子の手助けが出来るかもしれないと思ってる。だから、いろいろ考えてるんだ。それに、製作するのが楽しくなってきたんだ。ははは」


「レイ…」


「でも、ほんとたまたま…なんだ。自分が欲しいものや、製作するものが増えてきただけだし…だから、こんな答えで悪いな。エリナ」


「ううん…決めたっ! わたしも何か自分がやりたいものを探してみるっ! そして、レイと同じように初めから嫌がらずに、なんでもやってみるねっ!」


 エリナは勢いよく「ふんすっ!」と言い放った。

 その瞬間、何か吹っ切れたような表情を見せる。


 その勢いに押され、オレは「あ…ああ…がんばれ…」とだけ言ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る