第19話 夢から覚めて、そして――

 ここは結婚式場。海を一望できるガラス張りの大きなチャペルが特徴で、景観はとても良好だ。


 この式場で一組の新婚が牧師による誓いの言葉を聞く。


「病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も、夫として愛し敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「……はい。誓います」


 そう返答したのは、何と女性の声――栞奈かんなだった。 


 彼女は全身黒のタキシードをまとい、凛とした表情で牧師の言葉に返事をする。


「病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も、妻として愛し敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「あっはい。ちっ誓います……」


 独特な口調で返事をしたのは、ウエディングドレスを纏った、このかだ。緊張のあまり表情が強張こわばっている。


 そして栞奈がドレスのベールを上げる。このかは口を結び、頬を朱に染まり、彼女の緊張が栞奈にも伝わる。


 栞奈はこのかのあまりの美しい顔つきに「ふぅ~……」とひと呼吸入れ、胸に手を当てて緊張を解きほぐす。


 そして唇を尖らせ、ゆっくりとこのかの唇に近づく。


 このかの吐息と柔い唇が熱く伝わると、栞奈の心臓の鼓動が段々と大きくなっていく。


 そして遂に、互いの唇同士の距離間が僅か数ミリとなった、その時だった。


「イヤ――――――ッ‼」


 同性同士の唇の重ねることに何をしているんだと我に返った栞奈は、現実に引き戻されて絶叫する。


 驚きの展開過ぎて息遣いが荒く、身体からだが火照り、もう一度お風呂に入らなければならないほどの汗によりベタついている。


「な、なんだ。夢だったのね。びっくりしたわ。一体さっきの夢は何なのよ……。――んっ?」


 現実に引き戻された栞奈は、今置かれている環境に違和感を覚える。


 先刻まで浴室にいたはずなのに、今いる場所がベッドの上。故に両手には掛け布団を掴んでいる。


 しかも知らぬ間に衣服を纏っている。黄色地の花柄パジャマだ。


 そして辺りを見渡すと、アニメキャラクターがえがかれているタペストリーが掲げており、視線をやや下に向けると、そこに目を丸くしながら硬くなっているこのかがこちらを見ている。


「ち、違うのよ讃井さぬいさん!さっきまでお風呂にいたはずなのに、知らないうちにあなたのお部屋で眠っていたからついはしたない驚き方をして――」

「ごっごめんなさい生徒会長!」

「えっ?」


 このかの気持ちを戻そうと栞奈は必死になりなって弁明するが、このかは唐突に土下座しながら謝罪する。


「さっさっきのお風呂で、わっ私が生徒会長の許可を得ずに、……かっ身体を――」


 このかは先刻の入浴で栞奈に対する行為がいかに彼女を不愉快にさせてしまったことに非礼を詫びる。


「ずっ随分とスタイルが華奢きゃしゃでスッキリしていたもので、つい羨ましくなってしまった結果がああいう形になってしまいました……」


 このかは栞奈に怒られるのを覚悟に、浴室での行為をハッキリと説明する。


「……ま、まぁこれからはああやって二人でお風呂なんてないかもしれないから、あまり不純なこと考えないことに気をつければいいだけの話だからいいわよ。別にこんな小さなことで怒らないから、そんなに謝罪する必要はないわよ」

「……あっありがとうございます!」


 ある程度許してくれた栞奈に、このかは土下座ポーズのまま感謝する。


(ま、あなたの身体についているたわわな果実の方がよほど羨ましい限りだけど)


 栞奈も栞奈で、先刻のハプニングを思い出し、このかの胸を羨ましがっていた。


「あっあの、そのパジャマは私のものでお母さんが着せました!私は特に何もしていませんのでご安心を!」


 このかは慌てながらパジャマ姿になったいきさつを説明する。あのトラブルの直後だ。念のために言っておかないと、栞奈がまた興奮して再び貧血になってしまいそうだ。


「そ、そうなのね。後でお母様に感謝しないと……」


 着せてくれた晴香はるかに感謝をしないとと心に誓いつつ、栞奈はこのかのパジャマの着心地を感じる。


(これが普段着ている讃井さんのパジャマ……なの?この肌触りの良さ、まるでシルクのような滑らかさを感じるわ……)


 栞奈はこのかのパジャマの素材に感動し、たいぶ気に入った様子だ。


 そして栞奈は、このかに気付かぬよう衝撃的な行動を取る。


(クンカクンカ。これが、讃井さんの香り……?)


 なんと栞奈は、このかのパジャマの嗅いだ。しかしかぐわしいフレグランスの香りというよりかは防虫剤のような鼻につくニオイを放っていた。女子のパジャマとしてはかなり異彩を放っていた。


「そっそれよりも生徒会長!体調の方は大丈夫ですか!?さっさっきのお風呂で鼻血が多量に――」

「へっ!?」


 唐突にこのかに呼ばれたことと先刻の失態を見られてしまったことに、栞奈は大袈裟おおげさに驚く。


「だ、大丈夫よ!あれくらいで貧血になったりはしないわよ!」

「でっでも――」


 このかの気遣いに対して、栞奈は右手をブンブンと激しく左右に振りながら遠慮がちになる。幸い、☆


 そして栞奈は話題を変えようと、ローテーブルの前に置いてあるノートパソコンに目をやる。


「と、ところで讃井さん。そのノートパソコンで何か調べものでもしているの?」

「あっこっこれは――」


 栞奈がノートパソコンを指摘すると、その持ち主は慌てながら画面部分を閉ざす。


「ねぇどうして閉めるのよ?」

「いっいや。これは生徒会長に見せるようなものではありませんので――」


 やけに隠すこのかの態度に、栞奈はますます気になって仕方なくなる。


(ハッ!!まさか、センシティブな画像とか見てるとか!?……いや、それでも讃井さんよ?流石にそこまではしないはずだわ)


 栞奈は、このかがプライベートでいかがわしい画像や動画を観ているのではいかと勘繰る。


(でも、それで讃井さんの情操にあらぬことが起きてしまうとなると……。よし!)


「あっ!」


 先刻の嘆かわしいところをこのかに見せてしまったが、それでも栞奈は県立天ノ宮あまのみや高校の生徒会長のさがにより、ノートパソコンを取り上げる。


「なっ何をするんですか!?生徒会長には絶対に見せられないものですよ!」

「あなた、いくらわたくしがいないからって天高あまこう生であることには変わりないのよ?この際だからチェックするわ。もし変なのだったら、わたくしが即座に消すし、今後こういうことがしないという反省文を書かせるわよ?」

「は、反省――!?」


 このかは、部室の施錠を怠った際に、ペナルティとして課された反省文を再び書かされた絶望トラウマがフラッシュバックしてしまい、壁をガンガンとひたいに打ちつける。現在沖縄で旅行満喫中のこのみがいたらさぞや苦情を入れてたであろう。


「どれどれ……」


 このかの許可を得ず、栞奈はノートパソコンを勢いよくひらく。


「えっ?ウェブ小説?」


 ノートパソコンの画面を見た刹那、栞奈はかすかに驚く。


 画面には執筆画面が表示され、映っているのは明朝体みんちょうたいの文字のみだ。


 どんな内容か気になった栞奈は、指でクリックパットを下から上へとなぞり、ページの上部まで移動させる。


「んっ……?」


 そして一行目から読むと、作品の展開やキャラクター、登場人物の名前など至るところに既視感を覚える。


「これってもしかして――」


 何か言おうとする前に、栞奈は画面を見つめたまま固まった。


「あ、あなたがこの作品の作者なの?」

「……?あっはい。そうですが?」


 このかは、なぜそんな問いをするのか首をかしげながらも、即座に肯定する。


 ノートパソコンに映っていたのは、このかの代表作である『異世界に行った陰キャ女子は、何故かそこで英雄扱いされていた』だ。


 空いた時間を費やしてまで執筆しているこのかの作品をなぜ栞奈が驚くのか。


「実は、あなたの作品によく感想を投稿しているシオリというのは、わたくしなのよ」

(続く)

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