第三二話 悪役令嬢も皆さんとニコニコです
王宮主催の舞踏会——それは貴族たちの華やかな社交の場であり、侯爵家としての立場を示すためにも、参加は避けられない行事だ。俺たちも例外ではなく、義父エドモンドと義母リンディ、そして弟のカインや妹のフィオナを連れて、この煌びやかな世界に足を踏み入れていた。
王宮の大広間は、まるで豪奢な宝石箱をひっくり返したかのようなきらめきに満ちている。壮麗なシャンデリアが天井から下がり、無数の蝋燭が揺れる光を放ち、その下では絢爛なドレスと上品な礼装を身に纏った貴族たちが優雅に談笑している。俺はその片隅で、なるべく目立たないように息を潜めていた。
「エドモンド公爵、この度のご招待、光栄に存じます」
あちらでは、義父が貴族仲間と挨拶を交わし、笑みを浮かべている。さすが侯爵家の当主としての貫禄だ。一方で、義母リンディは社交界の洗練された微笑みを浮かべ、貴婦人たちの間で話題の中心にいる。美しい金髪をきっちりとまとめたその姿は、侯爵夫人としての威厳に満ちていた。
そして、俺の弟カインはというと……。
「あの若き侯爵子息がカイン様?なんてお優雅な方なの!」
「まさに、貴族の鏡ですわね!」
周囲から賞賛の声が上がる中、カインは自然な笑顔を浮かべながら、的確な返答で人々の心をつかんでいる。あの落ち着きっぷり、頭の回転の速さ……本当に眩しすぎる弟だ。俺と比べて、ね。
フィオナも、兄として驚くほどの注目を浴びていた。あの美貌に加えて、冷静で洗練された立ち居振る舞い。どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出しながらも、一瞬の笑顔で相手を惹きつける技術には感服するしかない。
「フィオナ様……ああ、これほどの方にお目にかかれるとは!」
「ぜひ、次の舞踏会でもお相手を!」
褒め言葉の嵐の中で、フィオナは凛とした表情を崩さない。妹よ、君がそんなに完璧だから、兄の俺が“普通なだけの兄”に見えるんだぞ?
俺はといえば、どうだ。なるべく壁際にいて目立たないようにしていたつもりなのに、気がつけば領地の話やら家名の噂やらを尋ねられてしまい、曖昧に笑ってやり過ごすばかり。
「ええ、まぁ……弟のカインが大活躍でして……」
俺にできるのは、カインの話を広げて自分の影を薄くすることくらいだ。
それでも、やっぱり期待してしまう。王宮主催だから、きっと彼女たちも来ているはずだ、と。
だが、アイリス王女やセリーナ王女は忙しそうに他の貴族たちと挨拶を交わしている。あの二人が、俺たちだけの相手をしてくれる時間なんて、とてもなさそうだ。
リヴィアも辺境伯家としての立場で舞踏会に参加しているが、あちらはあちらで領地関連の付き合いがあるのだろう。彼女が自由になる時間はほとんど取れないらしく、俺たちに顔を見せる暇もない。
エルザに至っては、教会関係の都合でそもそも舞踏会に来られないらしい。クラリスも青の塔に関する仕事があって、欠席と聞いている。俺が直接頼れる相手は誰もいない。
そういえば、アリシアはどうしているだろう、猫みたいな奴だからな。
……まぁ、だからと言って、俺が何か特別な動きをするわけでもないんだけどな。
「俺の役割は“普通な兄”として、ここで目立たず静かに過ごすことだ……」
俺はそう自分に言い聞かせ、グラスを手に取り、そっと一口飲む。だが、何も起こらない平和な夜は、きっと長くは続かないだろう。弟と妹に向けられる視線には、すでにいくつかの不穏な動きが見えていたからだ——。
王宮の舞踏会は華やかだが、どこか息苦しい。貴族たちの飾り立てた会話が絶え間なく飛び交い、笑顔の裏にはそれぞれの計算が見え隠れしている。そんな中、俺は壁際で静かに様子を見ていた。
目線を向けた先では、妹フィオナが注目を一身に集めている。相変わらずの美貌と気品で、周囲の貴族たちを魅了しているようだ。しかし、その輪の中に一際熱意を持って話しかける少年の姿が目に入った。
「あの男、誰だ……?」
視線を凝らすと、どうやら隣国の侯爵家の跡取り息子らしい。少年の名はレオポルド。年齢的にはフィオナより少し年上で、見た目は爽やかな貴公子そのものだ。だが、その熱意に溢れた態度がどこか押しつけがましい。
「フィオナ嬢!」
レオポルド少年が大げさなジェスチャーを交えながら声を上げる。
「あなたはまるで社交界の宝石のようだ!ぜひ次の舞踏会でもお相手いただきたい!」
その勢いに、一瞬フィオナが目を見開くのが分かった。すぐに彼女は、侯爵家の令嬢らしく冷静な微笑みを浮かべたが、俺にはわかる。あれは困っている時の笑顔だ。
「それは光栄ですわ、レオポルド様。でも……」
「でも、なんです?ぜひともお時間を頂きたい!貴族としての未来を語り合いませんか?」
彼の押しの強さに、フィオナの口元がほんの少し引きつった。その微妙な変化を見逃すほど俺の弟カインは鈍くない。
俺の隣で、カインがピクリと肩を震わせた。
「兄さん、あの男……ちょっと近すぎませんか?」
「いや、普通だろ。社交界だし、これくらいの距離感は――」
「普通じゃないです!」
カインの声がいつになく強い。普段は冷静で滅多に感情を露わにしないカインがこんなに動揺しているのを見ると、逆に俺が落ち着かなくなる。
その場に飛び出していきそうなカインを、俺は軽く腕で止めた。
「落ち着けって。別に今すぐ何かする必要はないだろ?」
「でも兄さん、何もしなかったら、あの男がフィオナを……!」
「……なら、兄として何かしてやればいいだろ。」
俺がそう言うと、カインはハッとした表情で俺を見た。そして次の瞬間、決意を固めたように頷く。
「そうですね。兄として……いや、弟としてできることをします!」
カインはすぐに俺に相談してきた。
「兄さん、女の子が喜ぶプレゼントって何がいいんですか?」
俺は少し考え込み、適当な答えを返すことにした。
「女の子なら花が好きだろ?それも、ただの花じゃなくて花言葉が大事だ。気持ちを伝えられるしな。例えば、この黄色いバラなんかは友情と感謝を表すんだぞ!」
自信満々に言い切る俺。内心では「花言葉なんて詳しくないけど、まぁ嘘ではないだろ」とたかをくくっていた。
それを聞いたカインは大きく頷き、すぐに黄色いバラの花束を用意した。そして舞踏会の隅で一息ついているフィオナの元へ向かう。俺はその様子を遠巻きに見守った。
「フィオナ、これ……君に渡したくて。」
カインは少しだけ恥ずかしそうに、黄色いバラの花束を差し出した。フィオナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがとう、カイン。素敵な花束ね。」
カインは満面の笑みで頷いたが、フィオナが少し不思議そうに続けた。
「……ところで、カイン。この花言葉、知ってる?」
「もちろんだよ。友情と感謝の象徴だろ?」
フィオナは微笑みを崩さないまま言った。
「違うわ。黄色いバラの花言葉は『嫉妬』よ。」
その瞬間、カインの笑顔が凍りつく。彼の顔はみるみるうちに真っ赤になり、口をパクパクさせたまま言葉が出てこない。
俺はというと、遠くから様子を見ていたが、そっと目を逸らした。
「(……やばい。普通な兄を目指すはずが、これじゃただの無知な兄じゃないか。いや、嫉妬って意味では、カインの気持ちに合ってるとも言えるけど……)」
カインはしばらく動揺していたが、フィオナがクスリと笑い、そっとその手を取った。
「カイン、花言葉は知らなかったかもしれないけど……でも、あなたの気持ちは伝わったわ。ありがとう。」
フィオナの言葉に、カインは少しほっとしたようだったが、俺の心の中には「次はもっとマシなアドバイスをしないとな」という焦りが渦巻いていた。
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舞踏会が進むにつれ、周囲の雰囲気も一層賑やかになってきた。俺は壁際でグラスを片手にぼんやりしていたが、視界の端に、カインと話し込んでいる見知らぬ少女が映る。
「あれは……伯爵家の令嬢か?」
彼女はヴィクトリアという名で、伯爵家の長女だったはずだ。明るい栗色の髪をふわりと巻き、ふんわりとしたドレスをまとったその姿は、いかにも「貴族の令嬢」といった雰囲気だ。そして、カインに向けられるその視線は明らかに特別な好意を含んでいる。
「カイン様、次の舞踏会でもお相手していただけますか?あなたのような方とお話しするのは本当に楽しいの!」
ヴィクトリア嬢の頬はほんのり赤く染まり、瞳は期待に満ちている。
「え、あの……まぁ、その……」
カインは珍しく言葉に詰まり、視線を泳がせている。普段は冷静な弟がこんなにも戸惑う姿は滅多に見られない。
その様子を見ていたフィオナが、明らかに不機嫌そうな顔で俺の元に駆け寄ってきた。
「お兄様!あの子、カインに近づきすぎだわ!」
「まぁ、社交界じゃよくあることだろ?こういうのも……普通だよ、たぶん。」
「放っておけるわけないでしょ!どうにかしなさい!」
妹の迫力に気圧されつつ、俺はため息をついて答えた。
「どうにかって言ってもなぁ……あ、そうだ。お前が“悪役令嬢”になればいいんじゃないか?」
「……どういうこと?」
「つまり、彼女に『カインにはふさわしくない』って感じで圧をかけて追い払うんだよ。乙女ゲームに出てくる悪役令嬢みたいにさ。」
「そんなつもりじゃないけど……でも、やるわ!」
妙な自信を見せるフィオナに俺は内心不安を覚えたが、彼女はすでに覚悟を決めたようだった。そして、ヴィクトリア嬢とカインの会話に堂々と割って入っていく。
「あら、ヴィクトリア嬢。こんなところでカインとお話しするなんて、随分と積極的なのね。」
冷たい微笑みとともにフィオナが言葉を放つ。その視線は鋭く、空気がピリリと張り詰めた。
「……え?」
突然の割り込みにヴィクトリア嬢は目を丸くするが、すぐに態勢を立て直したようだ。
「カイン様とのお話が楽しくて、つい時間を忘れてしまいましたの。問題でもありますか?」
さすが伯爵家の令嬢、フィオナに怯むことなく言い返してきた。
「ええ、大問題よ。」
フィオナは微笑みを崩さず、さらりと続ける。
「カインは忙しいの。あなたのようなお喋り相手に時間を割く余裕はないわ。」
「……そんな!」
ヴィクトリア嬢の顔がこわばる。その目には驚きと戸惑いが浮かんでいた。
さらに追い打ちをかけるように、フィオナはふっと笑みを深める。
「それに、カインにはもっとふさわしい相手がいるのよ。あなたに割り込まれては困るわ。」
これにはカインも慌てたようで、目を丸くしてフィオナを見た。
「フィオナ、僕がそんな――」
「黙っていて。これは私の役目だから。」
ヴィクトリア嬢が反論しようと口を開いたその時だった。
「フィオナ嬢!そんな冷たい態度を取らないでください!」
割り込んできたのは、例のレオポルド少年だった。
「(これ、もしかして本気で乙女ゲームの“悪役令嬢ルート”に突入してるんじゃ……?)」ちょっとどころで無く不安になり、フィオナの方に向かおうとしたところで、この状況を遠巻きに眺めていた義父エドモンドと義母リンディ、そして周囲の貴族たちが、小声で楽しげに話しているのが聞こえてきた。
「ほら、見てください。あの小さな争い、子供同士で可愛いじゃありませんか。」
「ええ、本当に。あの年頃だと、こうやって感情をぶつけ合うのが楽しいのでしょうね。」
「フィオナ嬢、大人びて見えますけれど、やはりまだ子供ですね。あの様子では、カイン様を取られたくないのでしょう。」
「ふふ、微笑ましいですわ。兄君であるアルヴィン様も、さぞ大変でしょうね。」
微妙に複雑な心境で彼らの会話を聞き流しつつ、俺はフィオナを見守ることしかできなかった。
フィオナは悪役令嬢の立場を貫こうと必死だが、ヴィクトリア嬢の涙目に気づいてしまったのか、一瞬だけ表情を曇らせる。そしてレオポルド少年が口を開く。
「フィオナ嬢、ヴィクトリア嬢をあまりいじめないでください!カイン様だって嫌がっているはずです!」
フィオナは一瞬言葉に詰まるが、すぐに姿勢を正し、冷静な声で言い放つ。
「……そう?では、これ以上は言わないわ。でも、ヴィクトリア嬢、覚えておいて。この場では礼節が最優先よ。」
こうしてフィオナの「勘違い悪役令嬢劇場」は一旦幕を閉じた。俺は内心ヒヤヒヤしながらも、妙な達成感に浸るフィオナの姿を見て、再び小さくため息をつく。
フィオナとヴィクトリア嬢、そしてレオポルド少年の三者が火花を散らすようなやり取りを続ける中、カインが一歩前に出た。いつもの落ち着いた表情を崩さず、柔らかな声で場を収めにかかる。
「ヴィクトリア嬢、レオポルド君、すみませんが、少しだけフィオナに譲っていただけますか?」
その一言で、張り詰めた空気がふっと和らいだ。カインの穏やかな態度には不思議な説得力がある。さすがは弟、と感心せざるを得ない。
ヴィクトリア嬢は一瞬戸惑ったようだったが、カインの言葉に素直に頷いた。
「……ええ、もちろんです。失礼しました、カイン様。」
レオポルド少年も、悔しそうに唇を噛みながらも頭を下げる。
「ふん……これ以上言い争うのは無粋ですね。」
こうして緊張していた場は、カインの一言であっさりと収束した。
その後、カインは手にしていた花束をフィオナに差し出した。今度は白いカーネーションの花束だ。
「これ……ちゃんと調べたんだ。今度こそ間違ってない。」
彼の真剣な表情に、フィオナは一瞬驚いたような顔をするが、すぐに微笑みを浮かべる。
「白いカーネーション……花言葉は?」
「『純粋な愛』だよ。」
フィオナの頬がほんのり赤く染まり、柔らかな声で答える。
「カイン、ありがとう。最初の黄色いバラも、あなたの気持ちはちゃんと伝わったわ。でも……次からは、ちゃんと確認してね。」
その言葉にカインはホッとしたような表情を浮かべ、微笑み返した。
二人のやり取りを遠くから見ていた俺は、思わず息をつく。
「(おいおい……仲が良すぎだろ。兄として何とも言えない気分になるんだが……)」
そんな俺の心情をよそに、フィオナとカインは笑い合い、その絆をさらに深めていく。
一方、退いたヴィクトリア嬢とレオポルド少年は、少し離れた場所で並んで立っていた。ヴィクトリア嬢はフィオナとのやり取りの緊張がまだ残っているのか、少し肩をすぼめている。そんな彼女に、レオポルド少年が意外にも優しい声で話しかけた。
「ヴィクトリア嬢、先ほどは……すみませんでしたね。僕の方が余計なことを言ったせいで。」
ヴィクトリア嬢は驚いたように彼を見つめた。
「……レオポルド様、そんなことありませんわ。むしろ、助けていただいて感謝しています。」
「助けただなんて……。でも、そう言ってもらえると嬉しいですよ。」
レオポルド少年が少し照れくさそうに微笑むと、ヴィクトリア嬢も小さく笑った。
「でも……フィオナ嬢、怖かったですね。」
「……あれが彼女の本気なら、たぶん僕も負けてました。」
二人は顔を見合わせて苦笑する。どうやら、あのやり取りが二人の距離を少し縮めたらしい。
その様子を見守っていた周囲の大人たちから、小さな笑い声が漏れる。義父エドモンドと義母リンディもその会話に混ざっていた。
「フィオナは大人びていますけれど、こうして見ると、まだまだ子供なんですね。」
「ええ、少し大げさに振る舞っているところが可愛らしいですわ。」
「ヴィクトリア嬢とレオポルド君も、子供同士のやり取りを通じて良い経験を積んでいるのでしょうね。」
「そうですね。あの兄君……アルヴィン殿も、いつも大変そうですが、きっと上手にフォローされているのでしょう。」
義母リンディが俺をチラリと見て微笑む。どうやら、俺の存在も少しは評価されているらしい。
ヴィクトリア嬢とレオポルド少年が会話を続けながら少しずつ距離を縮めていく様子を見て、俺はまた一つため息をついた。
「まぁ……あれはあれで収まったみたいだし、いいか。これ以上面倒なことにならなければいいけどな。」
そう思いながら、再びグラスを口に運ぶ俺。弟と妹、さらには周囲の子供たちが織りなすやり取りに巻き込まれるのはもう慣れたが、それでも心の平穏を求めるのは諦めていない。
遠巻きに眺めていたフィオナとカインの仲睦まじいやり取りは、周囲の空気を和らげ、舞踏会の緊張をほぐす結果となった。俺はグラスを片手に、その光景を見ながら満足そうに頷く。
「これだ……弟と比べれば俺は普通に見える。カインはこうして頼れる奴だし、俺はこのまま、普通の兄ポジションを目指そう。」
社交界で過剰に目立つのはリスクが高い。だが、弟と妹がこうして場を和やかにしてくれるおかげで、俺が「普通の兄」として影からサポートできる。これこそ俺にとって理想の立ち位置だ。
だが、そんな俺の考えが見透かされたのか、義母リンディがふわりと近づいてきた。義母特有の優雅な微笑みを浮かべながら、どこか意地悪な光を瞳に宿しているのが分かる。
「アルヴィン様。少し良いかしら?」
「え、ええ、何でしょう?」
こういう時のリンディ義母の話は大抵、俺にとって予想外の方向へ転ぶものだ。
「先ほどのカインとフィオナの花束のやり取り、とても素敵だったわね。でも……あなたも誰かに花を贈るべきではなくて?」
俺は一瞬、頭が真っ白になった。
「俺が、ですか?」
リンディ義母はクスリと笑いながら言葉を続ける。
「ええ、例えばお見合い相手のアリシア嬢に、白いカーネーションを贈るのはどう?それとも、もっと情熱的に赤いバラの方がいいかしら?」
その発言に、俺はグラスを落としかけた。
「アリシア嬢って、あの……侯爵家の令嬢の?」
「ええ、そうよ。私も婚約者として認定している相手ですもの。少しは努力を見せたらどう?」
彼女の意地悪そうな微笑みに、俺はただでさえ不器用な頭を抱えることになった。
「いや、その……考えておきます。」
逃げるように返事をした俺の元に、ようやく時間を作ってセリーナとリヴィアがやってきた。
セリーナは上品さを湛えた穏やかな微笑みを浮かべ、まるで舞踏会そのものを象徴するかのような優雅さで近づいてくる。一方、リヴィアは明るい笑顔で、どこか楽しげに手を振りながら俺に話しかけた。
「アルヴィン!待たせたわね。やっと時間ができたわ!」
快活な声でリヴィアが話しかけてくる。彼女の親しげな態度には、いつもの元気さがにじみ出ていた。
「アルヴィン様、ご無沙汰しております。」
セリーナが丁寧に挨拶するその口調は、やはり王女らしい品格が漂っている。
俺は彼女たちの登場にホッとしながら、さっきのリンディ義母の話題を思い出した。
「セリーナ、リヴィア。さっき、義母から花束を贈るのはどうかって言われたんだけど……」
セリーナとリヴィアが同時にこちらを見つめる。
「例えば、君たちならどんな花がいいと思う?」
少しだけ悩みながら俺が質問すると、リヴィアが快活に手を叩いた。
「そうね!私なら赤いバラがいいわ!『愛』って感じで分かりやすいし!」
セリーナはクスリと微笑みながら続けた。
「私は……チューリップが良いですね。花言葉が『真の愛』で、とても素敵ですわ。」
その瞬間、俺の頭が一気に真っ白になった。
「……え、いや、それって、どういう……?」
リヴィアはにやりと笑って言う。
「そのまんまの意味よ、アルヴィン!」
セリーナは涼やかに微笑んだまま、静かに付け加える。
「そうですね。深く考えなくても、きっとアルヴィン様には分かりますよ。」
俺は彼女たちの言葉の真意が分からず、困惑するしかなかった。
俺は舞踏会の騒がしさの中、何が正解なのか分からないまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
「(普通な兄って……こんなに難しいのか?)」
どこか可笑しそうに笑うリヴィアとセリーナ、そして遠くから視線を送ってくる義母リンディの微笑みを感じながら、俺は静かに溜息をついた。
「……花束、どうしようかな。」
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