第十九話 二人で学園に行くのです
週末、本邸に戻ってきたのは本当に偶然だった。
普段なら別邸で過ごすことが多いが、領地の様子を確認するために立ち寄ったのだ。とはいえ、特に用事もなく、のんびりとした空気が広がる本邸の庭を歩いていると、向こうからフィオナがこちらに歩いてきた。
「兄様、いらっしゃるなら連絡をくださいな。いきなり帰ってきて驚きましたわ」
フィオナが少し拗ねたような口調で言う。その華やかなドレスと仕草は、まさに絵に描いたような貴族令嬢だが、どこか悪役令嬢の風格が漂っているのが彼女らしい。
「悪い、急に決まったんだ。フィオナは元気そうだな」
俺は軽く肩をすくめて答えた。彼女は小さくため息をつきながらも、すぐに微笑みを浮かべる。
「ええ、兄様のおかげで。……それにしても、最近カインが妙に張り切っているんですのよ。何かあったのかしら?」
フィオナの言葉に、俺は首を傾げた。
「カインが? ……まあ、いいことじゃないか。あいつは真面目だからな」
俺がそう返すと、フィオナは少しだけ頬を赤らめたように見えたが、すぐに視線をそらした。
「……確かに真面目ではありますけど、無理をして体を壊したりしないか心配ですわ」
その言葉に、俺は胸の奥に小さな違和感を覚えた。カインが無理をする……?
「そういえば、今朝から庭の隅で剣を振っているようでしたけど、妙に力が入っていた気がします」
フィオナの何気ない言葉が俺を動かした。
「ちょっと様子を見てくるよ」
俺がそう言うと、フィオナは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに頷いた。
「お願いですわ。……兄様、カインには優しくしてあげてくださいね」
「おいおい、俺がカインに優しくしない訳無いだろ。カインもフィオナも、どっちも可愛い兄弟なんだから」
その言葉を背に受けながら、俺は庭の奥へと向かった。
庭の隅に近づくと、規則的な剣の振り下ろし音が聞こえてきた。朝の空気を切り裂くような鋭い音だ。足を踏み入れると、そこには汗だくになりながら剣を振るカインの姿があった。
その動きには力強さがあったが、どこかぎこちなさが見える。特に肘や肩に無駄な力が入っていて、動きが硬い。
「……もう少し、肘を柔らかくしろ」
思わず声をかけると、カインは驚いたように振り向いた。
「兄さん……!」
息を切らしながらも、彼は剣を握り直し、少し緊張した表情を見せた。
「こんな朝早くから何してるんだよ? 無理して体を壊すつもりか?」
俺が軽く眉をひそめると、彼は首を横に振った。
「無理なんかしてない。俺は……兄さんみたいに強くなりたいだけなんだ!」
その言葉には、少しの焦りと彼なりの覚悟が滲んでいた。
「俺みたいに? カイン、お前はもう十分強いだろ」
俺は苦笑いを浮かべながら答えたが、彼は目をそらし、少し唇をかんだ。
「違う……俺は兄さんみたいにみんなを守れる存在になりたいんだよ。フィオナだって……きっと、俺がもっと頼れる存在じゃないと……」
「フィオナ?」
俺がその名前に反応すると、カインは一瞬ハッとして顔を赤らめた。
「別に深い意味はない! とにかく、俺はもっと強くならなきゃいけないんだ!」
彼は照れ隠しに剣を振り下ろしたが、その動きは明らかに力みすぎていた。
俺は彼の姿を見つめながら、胸の中で確信した。カインの基礎能力は俺以上だ。剣のセンスも、体の使い方も、圧倒的に才能がある。俺は転生前の剣道経験で基礎を積んでいるからこそ動けるが、カインはその基礎さえ固めれば、間違いなく俺を超えるだろう。
「わかったよ。少し手伝ってやる。ただし、無理はさせない。基礎をちゃんと見直すところからな」
俺はそう言いながら彼の隣に立ち、軽く剣を握った。
「基礎? そんなのもう十分だろ!」
カインが不満げに顔をしかめる。
「いや、全然足りてない。お前、力みすぎてるし、動きに無駄が多すぎる。基礎ができてないと、その無駄が全部自分に跳ね返ってくるんだよ」
俺が静かに指摘すると、カインは眉をひそめて俺を睨んだ。
「でも、兄さんだってそんなに大層な技術で戦ってるわけじゃないだろ? 俺だってやれるさ!」
反発心をあらわにするカインに、俺は少し考えた後、腰に携えていた多節棍を外して手渡した。
「じゃあ試してみろよ。これを使ってみろ」
カインは訝しげに多節棍を受け取った。
「これって兄さんが使ってるやつだよな? 簡単に使いこなせるなら、俺だってすぐに——」
そう言いながら、カインは多節棍を振ろうとした。だが、彼の手元で予想以上に多節棍がしなり、バランスを崩してしまった。次の瞬間には多節棍の先が地面を叩き、体勢を崩してしまう。
「うわっ……!」
なんとか踏ん張ったカインだったが、顔を赤くしながら俺を見上げた。
「なんだよこれ……全然言うことを聞かない!」
多節棍を見つめるカインに、俺は肩をすくめながら説明した。
「それが基礎だよ。多節棍は基礎がしっかりしてないと扱えない。力を入れるべきところと抜くべきところ、その感覚を身につけて初めて使いこなせるんだ。お前、力任せで振ろうとしただろ? それじゃただの暴れん坊だ」
カインは悔しそうに唇をかみながら多節棍を握り直した。しかし、再び振ろうとしても、動きがぎこちなく、全く思い通りにいかない。
「……これが兄さんにはできるのか?」
少し怒りを抑えたような声でカインが尋ねる。
「できるよ。お前だって基礎をしっかりすれば、すぐに使いこなせるようになる。ただ、今のお前には無理だ。それだけの話だよ」
俺は多節棍を受け取り、軽く振ってみせた。多節棍がしなやかに動き、俺の手元で完全に制御されているのを見て、カインの表情が変わった。
「……基礎って、そんなに重要なのか?」
彼の声には疑問とともに、少しの納得が含まれていた。
「重要だよ。基礎さえしっかりしてれば、応用はいくらでも効く。逆に基礎ができてないと、どんな道具でも扱えない。お前の剣の動きも同じだよ」
俺の言葉に、カインは静かに頷いた。
「わかった……兄さん、俺に教えてくれ。ちゃんと基礎からやり直す」
彼の真剣な目を見て、俺は小さく笑った。
「そうこなくちゃな。じゃあ、まずはその無駄な力みを取るところから始めるぞ」
俺はカインの肩に手を置き、その動きを矯正し始めた。
「……兄さん、基礎ってのは思った以上に奥が深いな」
カインが汗を拭きながら、疲れた表情でぽつりと言った。俺は頷きながら多節棍を元の形に戻す。
「そうだ。基礎がないと何をやっても崩れる。でも、基礎がしっかりしてると、そこからいくらでも成長できる」
俺の言葉に、カインは少し悔しそうに唇をかむ。
「兄さんがこんなにきちんと教えてくれるなんて思わなかったよ。俺、正直、基礎なんて大したことないって舐めてた。もっと早く教えてもらえば良かったな……」
「今からでも遅くないさ。だが、正直言って俺より適任な人がいる。剣術なら、アニス師匠に一度見てもらった方がいいだろうな」
俺がそう提案すると、カインは驚いたように目を見開いた。
「アニス師匠? あの、兄さんが学園で習ってるっていう……?」
「ああ。剣の腕ももちろんだけど、基礎を重視して教える達人だ。俺なんかより、ずっと的確にお前の癖を直してくれるはずだよ」
俺は自信を持って言った。アニス師匠の指導の確かさは、俺自身が実感している。
カインは少し考え込んだ後、頷いた。
「確かに、それはいいかもしれない。兄さんの学園……俺も遊びに行ってみてもいいかな?」
「もちろんだよ。師匠には俺から話を通しておく。あの人なら、きっと快く引き受けてくれるだろう」
そんな会話をしていると、不意に少し離れたところから視線を感じた。振り向くと、フィオナが立っている。俺たちの様子をじっと見ていた彼女は、俺と目が合うと慌てて顔を背けた。
「フィオナ? どうしたんだ、そんなところで?」
俺が声をかけると、フィオナは一瞬ためらった後、意を決したようにこちらに駆け寄ってきた。
「私も行く!」
突然の宣言に、俺とカインは顔を見合わせた。
「……いや、フィオナ。学園って遊びに行く場所じゃないぞ?」
俺が困惑しながら言うと、フィオナはふくれっ面をして腕を組む。
「だってカインが行くんでしょう? 私も見学してみたいわ。
何なら、お兄様が普段どんな風に学んでいるのか、この目で確かめるのよ!」
「いやいや、確かめるって……別に何か怪しいことしてるわけじゃないんだけど」
俺が慌てて言い返すと、フィオナはぷいっと顔を背ける。
「だって、学園でいろいろあるんでしょう?
美術の授業とか、学園祭の話とか、面白そうなことばかり聞くもの。
私だけ知らないなんて嫌よ!」
その言葉に、カインが苦笑いしながら俺に耳打ちしてきた。
「これ、絶対フィオナを止めるの無理だよね、兄さん」
「だな……」
俺は肩をすくめ、半ば諦めたように頷いた。
「よし、わかった。フィオナも一緒に行くなら、俺が案内するよ。ただし、学園は貴族の子弟が多いから、くれぐれも余計なトラブルを起こさないように」
「わかってるわよ、兄様!」
フィオナは満面の笑みを浮かべて頷いた。その笑顔を見て、カインが少し赤くなって目をそらしているのがわかったが、俺はあえて何も言わなかった。
学園の正門前で、俺はカインとフィオナを待っていた。先ほど、学園の迎え用馬車が到着したとの知らせを受けたばかりだ。
「兄さん!」
門をくぐってきたカインが手を振る。いつも通りの礼儀正しさだが、その顔には少し緊張が見えた。隣にはフィオナがいて、華やかな笑顔を浮かべながら俺の方に歩いてくる。
「カイン、フィオナ。ようこそ学園へ」
俺は軽く手を挙げて挨拶した。カインが目を輝かせながら学園の建物を見上げる。
「これが兄さんが通っている学園か……すごいな。聞いてたけど、本当に大きい」
その様子に、フィオナが少し冷ややかに言った。
「カイン、大げさよ。これくらいのお屋敷なら、領地にもあるでしょう?」
「いや、でも全然雰囲気が違うよ。ほら、あの塔とか、見るからに学問の象徴って感じじゃないか」
カインは感嘆の声を漏らしながら周囲を見回している。その姿を微笑ましく見つめるフィオナの表情には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。
「ねえ、兄様。早速中を案内してくださらない?」
フィオナが俺に向かって話しかけるが、その時、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「アルヴィン、誰?」
振り向くと、そこにはセリーナが立っていた。彼女はカインとフィオナを見て、興味深そうに首を傾げている。
「おう、セリーナ。こいつは俺の義理の弟のカイン、そっちがフィオナだよ。俺の妹みたいなもんだな。
今日は少し学園を案内するんだ」
「『みたいな』とはどういう意味ですの?」
フィオナがじとっとした目で俺を見上げるが、俺はあえて軽く笑って誤魔化した。
俺が紹介すると、セリーナはカインとフィオナを交互に見ながら、驚いたように目を見開いた。
「へえ、弟と妹がいるなんて初めて聞いたわ。しかも、どっちも美男美女じゃない!」
セリーナが感心したように笑うと、カインが少し照れたように目をそらし、フィオナは自信たっぷりに胸を張った。
「当然ですわ。私たちは兄様の弟と妹なんですもの」
フィオナが堂々と言い切ると、セリーナが面白そうにクスクスと笑った。
「いいわね、その自信。気に入ったわ。じゃあ、私がこの学園でのルールとか、色々教えてあげましょうか?」
「……よろしくお願いします」
カインがやや警戒しつつも丁寧に答えると、セリーナはさらに笑みを深めた。
その時、少し離れたところからリヴィアとエルザが歩いてくるのが見えた。二人とも気品のある仕草でこちらに向かってきたが、俺の視線を感じたのか、エルザが手を振りながら声を上げた。
「アルヴィン様! 今日はお客様がいらっしゃるのですね!」
エルザが嬉しそうに駆け寄ってきて、カインとフィオナを見て小さく目を丸くする。
「こちらはどなたですか?」
「俺の弟のカインと妹のフィオナだよ」
リヴィアもエルザも、どちらも領地や庭園関連でフィオナには一度会っているはずだが、こうして改めて挨拶する機会は少なかった。
「まあ、そうだったのですね。改めてお会いできて光栄です」
エルザが優雅にお辞儀すると、フィオナも少し照れながら挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
リヴィアも小さく頷きながらフィオナを見つめ、柔らかな口調で話しかける。
「フィオナさん、この学園には初めていらしたのですよね? よろしければ、私もご案内をお手伝いします」
「ありがとうございます。リヴィアさんもここで学んでいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうですわ。とはいえ、最近は少し忙しくて、学園での時間が減ってしまいましたけれど」
その様子を見ていたセリーナが横から口を挟んだ。
「ほらほら、立ち話はこれくらいにして案内してあげたら? アルヴィンがもたもたしてると、私が全部教えちゃうわよ!」
俺は肩をすくめながら歩き出す。こうして、カインとフィオナを学園に案内する一日が始まった。
「カイン、少し私と稽古をしてみないか? 体の動きや癖を見てやる」
アニス先生が提案すると、カインは顔を輝かせながら元気よく頷いた。
「はい! よろしくお願いします!」
その時、少し離れた場所に立っていたリリスが微笑みを浮かべながら口を開いた。
「ねえ、アニス先生。そんなにカイン君がいい動きをしてるなら、いっそ騎士にしたらどう?」
その声には少し冗談めいた調子が混じっていたが、アニス先生は微妙に眉をひそめた。
「騎士に、か?」
アニスが少し眉を上げて言葉を返す。その視線はカインに向けられているが、どこか考え込んでいるようでもあった。
「だって、アルヴィンは黄色の塔で修行することになるんだから」
リリスが肩をすくめながら軽く答える。
「何を言う、レオハルトは近衛騎士団の次世代のエースだ。
それに、塔の修行に行こうが何だろうが、騎士の誇りを忘れるはずがない」
アニスの声には少し熱がこもっていた。それを聞いたリリスは、呆れるように笑みを浮かべて返す。
「はいはい、近衛騎士団のエースね。
でも、そのエースさんは塔の修行で忙しくなるんだから、カイン君を代わりに騎士に育てればいいんじゃない?
彼なら素質もあるだろうし」
アニスはリリスの提案に一瞬黙り込んだ。その表情には、考え込むような色が浮かんでいる。
「……ふむ」
しかし、次の瞬間、彼女はピンと来たように顔を上げ、どこか挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「なら、二人とも騎士にすればいい。案外悪くない提案かもしれないな」
「二人とも?」
リリスが目を見開いて問い返す。
「そうだ、カインもレオハルトも騎士として鍛えれば、どちらも一人前になる。どちらが優秀か、比べてみるのも悪くない」
アニスの言葉には、まるで「やってみろ」と挑むような響きがあった。
リリスは少し肩をすくめて苦笑いしながら言う。
「本当にあなたって、アルヴィンのことになるとおかしなこと言い出すわね」
「何を言う、私は彼の師匠だぞ。リリスこそ、彼に対して妙に甘いじゃないか」
アニスが少しムキになったように返すと、リリスはわざとらしくため息をついた。
「甘い? どっちが?
アニス先生の過保護ぶりには負けるわよ」
「は? 過保護?
それは違うな。私は彼の才能を見抜いて指導しているだけだ」
二人の掛け合いに、隣で見ていた俺は思わず口元を抑えた。いつものことだが、俺のことになるとこの二人のやり取りは妙に熱が入る。
そんな中、カインが少し戸惑ったような顔で俺を見た。
「……兄さん、これ、普通なんですか?」
「まあ、慣れれば普通だ。たぶん」
俺は苦笑しながらカインの肩を叩いた。
それでも、アニスの目に光るやる気と、リリスの柔らかなけれど鋭い視線は、俺たち兄弟にとって、どこか頼もしくもあった。
「とにかく、二人とも騎士として鍛える。」
その言葉に俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「先生、冗談でしょ?
俺がカインに適う訳無いでしょ。今は訓練時間の差で勝てるかも知れないけど」
「ふん、謙遜はいいが、甘く見るな。
お前の基礎は悪くない。
カインの素質も確かだ。
二人で稽古を続ければ十分に戦えるようになる」
アニス先生はさらりと言い放った。
「でも、兄さんは騎士じゃなくて……」
カインが口を開きかけたが、アニス先生が手を上げて制した。
「わかっている。お前もアルヴィンも、それぞれの役割がある。ただ、どちらがどちらの役割を果たすにせよ、鍛錬は必要だ」
「つまり、俺たちにもっと鍛えろってことですね」
俺が少し皮肉めいて言うと、アニス先生はニヤリと笑った。
「そういうことだ、レオハルト。それに、弟弟子が頑張ってる姿を見ればお前ももっと自分を鍛える気になるだろう?」
その言葉に俺は頭を掻きながらため息をついた。
「結局、俺も鍛えられるって話かよ……」
「僕はまだ、兄さんみたいにはなれないですよ!」
その声には少し焦りが混じっているが、その奥には確かな憧れが滲んでいた。
「ふふ、まあまあ。どちらにしても、騎士になるかどうかはおいおい考えればいい話だ」
アニス先生が柔らかく締めくくると、フィオナが突然近づいてきて声を上げた。
「ちょっと待って、カインを騎士にするって話、私にも関係あるでしょ!?」
頬を膨らませながらも、彼女の瞳にはどこか心配そうな色が浮かんでいる。
「フィオナ、大丈夫だって。ただの稽古の話だからさ」
カインが慌ててフォローを入れるが、フィオナはまだ納得がいかない様子でじっとカインを見つめている。
「ふーん。まあいいわ。でも、無茶しないでよね?」
「もちろんだよ!」
カインの元気な返事に、フィオナは少しだけ頬を緩めながらも、それでもどこか拗ねたように視線をそらした。
アニス先生は笑みを深めながらカインに目を向けた。
「カイン、少し私と稽古をしてみないか? 体の動きや癖を見てやる」
その提案にカインが嬉しそうに頷いた瞬間、フィオナが頬を膨らませながらカインに顔を寄せる。
「ちょっとカイン!
まるで鼻の下を伸ばしてるみたいじゃない!」
フィオナの唐突な発言に、カインは顔を真っ赤にして慌てて否定する。
「そ、そんなことない!
すごい人だから緊張してるだけだよ!」
「ふぅん、そうかしら?」
フィオナはじとっとした視線をカインに向けるが、その中にはほんのりとした嫉妬が見え隠れしていた。
「フィオナ、そんな顔するなよ。カインはただ稽古に集中したいだけさ。だよな?」
俺がカインを軽く背中で押しながらフォローを入れると、カインは素直に頷いた。
「もちろんだよ。ちゃんと見てもらいたいんだ、兄さんの師匠に」
「そう? じゃあ、私は学園を見学させてもらうわ」
フィオナは軽くふくれた表情を残しながらも、俺にエスコートするよう促す。
「……わかった。じゃあ、俺が案内するよ」
俺は苦笑しながら答える。
「もちろん。
皆さんも一緒にどうですか」
フィオナは軽く微笑みながら視線を彼女たちに向ける。
「学園の見学? 面白そうね。せっかくだから私も同行するわ」
リヴィアはすぐにその提案を受け入れた。
「うん、私も興味ある! アルヴィン様、ちゃんと案内してね」
エルザが楽しげに声を上げる。
「ふむ。私も少し学園の雰囲気を見ておきたいところだわ」
セリーナは腕を組みながら、少し興味深げに周囲を見渡している。
学園内を歩き始めると、フィオナは初めて見る建物や広場に興味津々の様子だった。だが、それ以上に目立っていたのは彼女たちの存在感だった。フィオナ、リヴィア、エルザ、セリーナが揃って歩く姿は華やかそのもので、男子学生たちの視線が自然とこちらに集中していた。
「すごい……学園って広いのね。それに、あちこちに歴史を感じるわ」
フィオナが感嘆の声を上げながら、石造りの回廊を見上げる。その動作ひとつひとつが優雅で、彼女の持つ悪役令嬢的な気品が周囲の目を引いていた。
近くを歩いていた男子学生たちは、フィオナに目を奪われたように立ち止まり、ざわつき始めた。彼女の華やかで美しい佇まいは、まるで学園の中庭に咲く唯一無二の花のようだ。
「……アルヴィンさん、一緒にいるそちらの女性、どなたですか?」
一人の男子学生が勇気を振り絞って話しかけてきた。視線は完全にフィオナに向けられている。
「俺の妹だよ」
俺が簡潔に答えると、彼の目がさらに輝いた。
「妹さん……ですか! とてもお美しいですね!」
男子学生は興奮気味に言葉を紡ぎ、それを聞いたフィオナは少しだけ目を細め、柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、そんなにじっと見られると、少し恥ずかしいわ」
フィオナは頬をほんのり染めながらも、その微笑みには悪役令嬢らしい軽やかな毒気が混じっていた。まるで「そんなに簡単に近づけると思って?」と言いたげな雰囲気だ。男子学生たちはその態度に完全に心を奪われたようで、こっそり距離を詰め始める。
「ふふ、学園の男子は単純ね。でもまあ、悪い気はしないですわ」
フィオナが小声で俺に囁いてきた。その言葉に少し呆れつつも、俺は苦笑いを浮かべた。彼女の華やかさに惹かれるのは無理もないが、その余裕たっぷりな態度には、彼女らしい少しの毒気が垣間見える。
「アルヴィン様、すごいですね。こんなに人が集まるなんて」
エルザがのんびりとした口調で感心している横で、リヴィアは冷ややかな視線を男子学生たちに向ける。
「……見るのは勝手だけど、節度を守ってほしいわね」
リヴィアがぽつりと呟く。その言葉に気づいた男子学生たちは、慌てて一歩後退し始めた。
「ま、こういうのも学園ならでは、ってことよね」
セリーナが肩を軽くすくめながら、茶化すように言う。
「まあ、俺は目立つのは好きじゃないけどな……」
俺がため息をつくと、フィオナがふっと立ち止まり、振り返った。
「アルヴィン兄様、そんなに気にしないで。この学園でドンアン風に過ごしているのか、私、知りたかったの」
フィオナは普段見せることのない、素直な表情を見せながらそう言った。
その言葉に、俺は少し驚きつつも、彼女の気遣いを感じ取る。普段はどこか背伸びをして、悪役令嬢然と振る舞う彼女だが、心の奥には素直さと温かさが宿っているのだと改めて思う。
「わかったよ、フィオナ。じゃあ、俺が案内するよ」
俺が軽く微笑んで答えると、フィオナは満足げに頷いた。
彼女が再び学園の回廊を歩き出すと、周囲の注目はさらに強まる。そんな中、俺は彼女の後ろ姿を見ながら、「やっぱり目立つのも楽じゃないな」と心の中で呟いた。
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