ⅩⅤ.好きの種類②
*
結局、店長にはお騒がせしたが大丈夫だったと伝え、シフトは変えず、律騎と同じシフトに入った。
「――はると別れたんだって?」
その当日、律騎はめぐみと顔を合わせるや否や、そう問うた。
陽生も律儀である。ちゃんと別れたと伝えたらしい。
めぐみが言わないだろうこともバレていたのだろう。
「……うん」
陽生はどのように伝えたのだろう。
めぐみを気遣う様子は窺えないため、円満に別れたと伝わっているように思われた。
めぐみは、陽生との別れは多少覚悟していたとは言え、心を痛めていた。
1週間ほどで、気持ちの整理がついてきたのも、陽生との関係が変わらないことが理由として大きい。名ばかりの関係だったと言えば寂しいが、恋愛に発展するには難しい関係だったのだ。
多分、恋愛よりも、家族になる方がしっくりきていた可能性がある。
そこまで整理したとは言え、律騎の熱烈なアプローチを受け止める余裕まではできていなかった。
律騎の笑みが深まるほどに、めぐみは鬱々とした気持ちに苛まれるのだった。
シフトは夜間だったので、帰る頃には真っ暗になっていた。
「何で先に帰ろうとすんだよ」
そそくさと帰る準備をしていたら、後ろから律騎に声をかけられ、肩をぴくりと揺らした。
早く帰りたいのは夜遅いからでもあったが、一番の理由は律騎だった。
「帰る場所は一緒だろ」
こうなることは簡単に予測できた。
断じて逃げているわけではない。
まずは律騎と話すことから徐々に慣れたい。
完全に2人きりになるのは、今のめぐみにはハードルが高いのだ。
律騎はあっという間に帰る準備を終え、コンビニをともに出ることになった。
「こんな暗いのに1人で帰ったら危ねぇだろ」
「いつも1人で帰ってるから大丈夫」
「そもそも何でこの時間のシフト入れたわけ?」
「入る人がいなかったから」
「なるべくやめろよ」
「いつもはそうしてるよ」
暗い時間に帰ることになるからという理由ではなく、帰りが遅くなるのが嫌だからなるべく避けているのだ。店長は前者の理由で配慮してくれているので、ほぼ夜間にシフトが入ることはない。
「彼氏、頼ったりしなかったんだな」
「何で彼氏の話?」
「送り迎えと言えば、彼氏かと思ったから」
「ないよ。わざわざ短い距離だけのためにお願いしないでしょ」
歩いて10分弱の道のりだ。あっという間に着く距離のために彼氏を呼んでいたら、さすがに彼氏も呆れるのではないか。
律騎は呆れるのではなく、喜んで送り迎えに従事するということだろうか。
「あ、そもそも彼氏を家に上げたことあったんだっけ? ないって言ってなかった?」
「うん。言った」
あれはまだお互いに付き合っている人がいたときだ。律騎が食事をねだってめぐみの家を訪ねてきて、そんな会話になった記憶がある。
「彼氏、来たがったんじゃねぇの?」
「……そうだったかもね」
それとなくお願いされ、気づかないふりをしてかわし続けているうちに、行きたいとは言われなくなった。
相手の家に行く方が気楽だったから、招く気にはならなかった。
それに、もし彼氏といるところで律騎と鉢合わせてしまったらと思うと、避けたかった。幼馴染としての距離感を保つために、女の部分を見られたくなかったからだ。
「はるの前に付き合ってた彼氏とは、何で別れたんだ?」
「今更訊くの?」
「そう言えば聞いてないなって思って」
律騎は、こないだのめぐみの言葉をそっくりそのまままねた。
別れた理由は、突き詰めたら律騎が好きだからだ。
それは言えない。
「好きって言われたから付き合ったの。それは言ったでしょ」
友達との会話を聞かれ、焦って弁明をしたことがあった。あれは、別れた理由を答えたようなものだった。
「それは付き合った理由だろ。別れた理由を訊いてんだ」
暗がりを並んで前を向いて歩きながら話していたからか、答えてもいいような気になった。
明るい場所で真正面から向き合ってまじまじと顔を見ながらでは、話せなかっただろう。
「……相手が私のことを好きだったから」
「は?」
「私も相手のこと好きだったけど、思いが釣り合わなかったの」
――あぁ、そうだ。
はるとは多分好きの度合いが一緒で釣り合っていたのだろう。だから居心地がよかったのだ。
今更腑に落ちる。
もし、律騎と付き合ったら、多分、上手くいかない。
恋愛かもよく分からない気持ちの律騎と、何年も好きをこじらせているめぐみでは、思いが釣り合わない。
それなら付き合わず、幼馴染として傍にいたいと思うのは、当然ではないか。
「めぐが振ったのか?」
「……そうなるかな」
恥ずかしい話をした。
ただでさえ、律騎と真面目に恋愛話などしたことがないのに、芯を食うようなことを話してしまった。 後悔も、この暗闇なら、見えなくなるような気がした。
「――あ、本命の話、聞いてなかったな」
律騎がぽつりと言った言葉の意味を理解して、背中に冷や汗が伝う。
完全に墓穴掘った。過去の律騎との会話を引き合いに出し、律騎に会話の内容を思い出させることを言ってしまった。
「……私たちって、こういう話、はるには詳しく話してたから、又聞きして知ってたりするけど、ここで話したこと、あんまりなかったね」
「完全に話逸したな」
律騎は不満そうにこぼしたが、すぐに気を取り直して、頭の後ろで手を組んで、空を仰ぐ仕草をする。
「ま、確かにそうだな。はるには訊いてくるから話してた」
陽生はめぐみに話すために律騎の話を深堀りして訊いてくれていたのだろう。
それだけでなく、陽生は聞き上手なところがあり、めぐみはついつい話したくなるから、律騎も単純にそうなのかもしれない。
「俺、めぐのこと、もっと知りたい」
「知ってると思うけど。これ以上何を知りたいの?」
「知らないことは多いだろ」
それはそうだ。
こんなに近くにいるのに、どれだけめぐみが律騎のことが好きか、知らないのだから。
それに、律騎には嫌われないために接している部分も多い。
陽生の方がめぐみの深いところを知っている。それは、律騎も同じだろう。
「俺のこと、全部知った気でいるだろ?」
「そんなことない。……でも、知ってる方だとは思う」
好きなものも歴代の彼女も、知っている。
ただ、めぐみに見せない顔があることも、当然理解している。
そう考えると、気分が悪くなりそうだった。
この嫉妬心は幼馴染だから抱くものだと言い切れないのがやっかいだ。
「俺ってしつこいよ。めぐが思ってるより、きっと」
めぐみはどきりとする。
思い当たることがあったからだ。
律騎は昔から、欲しいと思ったものは必ず手に入れようとする。
小学生の頃、欲しいゲームがあったが、自分のお小遣いだけでは買えないからと、陽生とめぐみにカンパを募ってきたことがあった。お菓子などのものであったり、買ったゲームを一緒にプレイすることだったりを引き換えにだ。断っても何度も何度も言ってくるから、頼まれた側が折れることになった。
同じようなエピソードは、中学生や高校生になってもある。
「本命について教えてよ」
「何でりつに教えなきゃいけないの。関係ないでしょ」
めぐみは焦って律騎から逃げるように歩調を速める。
「関係あるよ。ありまくりだろ。こっちはめぐとどうにかなりたいと思ってんのに、見えない本命に邪魔されてるかもしれないってなったら、気になるだろ」
“どうにかなりたい”という言葉が、後ろから飛んできて、めぐみを動揺させるには十分だった。
本当に律騎はめぐみと“どうにかなりたい”らしい。
「もし付き合えたとして、本命をずっと忘れないのも気に食わない」
付き合えると思っているところが憎い。
どうしたらそこまで自信が持てるのだろう。
「付き合えないよ」
「付き合わないじゃなくて?」
「……うん」
何でここまでむきになって、律騎への気持ちを心の奥底に押し込めようとしているのだろう。
律騎に迫られれば迫られるほど、自分の行動の意味が分からなくなってくる。
「めぐ」
少し苛立ちを含んだ声で名前を呼ばれる。
律騎に名前を呼ばれると、胸がキュッとなる。
より刻み足になり、つんのめりそうになった。
律騎は言った。
“俺と付き合いたいと思ってくれたなら、俺を選べ”と。
付き合いたいと今答えたなら、律騎はどんな反応をするだろう。喜んでくれるだろうか。
喜ぶ顔が見られたら嬉しい。
しかし、そのときだけだ。
その後は、嬉しいことばかりではないに違いない。
律騎から付き合ってみたけれど違ったと思われたら、別れることになるだろう。
そうすれば、めぐみの律騎が好きな気持ちは宙ぶらりんになってしまう。
それなら、最初からこの思いを成就させたくない。
「……私、疲れてるみたい。眠くてあんまり考えられない」
「めぐ」
「また今度話そう」
アパートを目前にして、振り向くことなく、早口で言い切る。
「おい」
後ろから律騎が手を伸ばす気配を感じ、一目散に自宅へ駆け出した。
律騎はアパートの2階までは追ってこなかった。それが寂しくも感じて、気持ちが矛盾している。
心臓がドクドクとうるさいのは、駆けたせいだけではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます