40 酔っ払いバニー
日村が借りた会議室は、会議室ではあるが、やはりウエスタンスタイルで雰囲気たっぷりだ。
ウエスタンな空間の中央にある木製のテーブルの上に並べられているのは、空いたグラスや缶の数々。これらは全て、バニーが飲み干した酒の残骸だ。
日村が指示を飛ばす。
「おい、ラクーン! 次を早く注げ!」
「う、うん! だけどバニーさん、こんなペースで飲んで大丈夫なのかなあ?」
「まだあ、足りないかなあー? うふふー」
日頃はしゃきっとした印象なバニーの雰囲気は緩く、覆面の上からでも分かるほどに顔が赤い。最後の飲酒がひと月以上前だと言っていた。飲み始めは顔が赤くならない質だと言っていたが、久々の酒に酔いが早く回ってしまったのだろう。
そんな、バニースーツを着用しているにも関わらず椅子の上で大胆に胡座をかいているバニーから話を聞き出そうとしているのは、日村だ。作ってもすぐになくなる酒の用意担当は原田だった。
焦点が怪しくなってきたバニーに、日村が何度目かの質問を投げかける。
「バニー、そろそろヒバリの居場所は分からねえか?」
「ヒバリちゃんのスマホーどっちだっけえ?」
「こっちだこっち。そっちは自分のだろ」
「あれえ、えへへへ」
日村に改めてスマホを手渡されたバニーは、軽く握り締める。すると、バニーがケタケタと笑いながら、喋り出した。完全な笑い上戸である。
「ヒバリちゃん、いい男とお話ししてるうー。誰あれえ?」
「見えたか!?」
日村は思わず立ち上がった。飲ませに飲ませ、ようやくバニーの異能が発現したらしい。なお、今回の酒代は全てキャットの報酬から差っ引かれることになっていた。高い酒ばかり飲みやがって、と内心ヒヤヒヤしていたが、何とかギリギリ赤字にならずに済みそうだ。
バニーが何もない空間を楽しそうに指差す。
「見えるわよお! あら、ヒバリちゃんお洋服脱いじゃって! いやあ、何するつもりい! きゃああっ」
「な、なんだって!?」
日村が詰め寄ると、バニーはアハアハと笑いながら続けた。
「連絡先交換してるー。いやん、どういうことお?」
日村が、蒼白になる。
「ヒ、ヒバリちゃん……一体どうしたっていうんだ……!」
裸になって、連絡先交換。何だ、一体何が始まっているのか。恋でも始まったのか。日村は軽くパニックになりかけた。
「――ということは、ヒバリちゃんは無事ってことだよね?」
混乱気味の日村とは対照的に、原田が冷静に言う。原田の言葉に、男同士で恋が始まるのか、いやでもヒバリは可愛いし、などと世界線を見失いかけていた日村は、何とか冷静さを取り戻す。そうだ、タケルの貞操や恋心はともかくとして、連作先を交換するくらいだ、ひとまず無事であることは確かだ。
連絡先を交換しているということは、そろそろ何かが終わって外に出るのではないか。何かが何かまでは、この際今は横に置いておく。
日村はバニーからタケルのスマホを受け取ろうと、手を伸ばした。
「バニー、助かった。とりあえずあいつの無事が分かっただけでもありがたい。スマホを返し……て、おい!」
酔っぱらいバニーは、スマホを返すふりをし、いきなり日村の手を握る。日村は慌てて手を引っ込めようとしたが、一瞬遅かった。
バニーが実に楽しそうにニタニタ笑う。
「なあにいフォックスう、普段冷めた顔しちゃってるのに、その子のことまだ気にしてるのお?」
「や、やめてくれ!」
思い切り手を引っ張るが、力加減のできない酔っぱらいの力は強かった。えへえへ言いながらも、がっちりと握り締めて離さない。これ以上は御免だと、日村は懸命に手を引っ張り続けた。
馬鹿力のバニーが、頭を不安定に揺らしながら告げる。
「案外近くにいるみたいよおー」
「え……っ」
日村が固まった。すると、そろりと背後からバニーの手にあるタケルのスマホを狙っていた原田が、気配を感じ振り返ったバニーの視線に捕まる。原田は分かりやすいほどギクリと狼狽えた。
「わっ、いや、ええとっ」
「ラクーン、貴方いっつも私に挨拶しかしてくれないじゃないのお」
「え、いや、あの、その」
スマホを取るべきか逃げるべきかの一瞬の迷いが、原田の退路を断った。
「隙あり!」
原田の腕を掴むと、バニーが楽しそうに笑う。
「どおれどれ、バニー様に見せてみなさいよお、ラクーンって一体何を考えてるの……えっ」
真っ赤になっている原田とバニーの視線がバチッと合い、バニーは更に赤くなっていった。パッと手を離し、スマホを原田の腹に押し付ける。
「わ、わ、わ、私!?」
「え、いや、その、あの」
バニーの異能は、飲酒で発動する。本人に触れるか本人の持ち物に触れることで、その者が置かれている状況やこれまでのことを幅広く見通すことができる、非常に恐ろしい能力だった。行方不明者の捜索などに駆り出されることが多いが、如何せんバニーが酒好きな上に笑い上戸なこともあり、毎回余計なものまで覗いて勝手にアドバイスしてしまう。先程の日村然り、今の原田然り、だ。
告白せずに本人にばれてしまった恋心。憐れみの目で原田を見つめるしかない日村だった。
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