第3章:メモリーレイク
クリスタルガーデンを後にしたルミナとエナタは、解放されたデータ生命体の導きに従って進んでいった。道中、二人は先ほどの出来事について話し合っていた。
「ねえ、エナタ」ルミナが言った。「さっきの経験、すごく不思議だったわ。私たちの力が合わさって、あのデータ生命体を助けられたなんて」
エナタは穏やかに微笑んだ。「うん、本当に驚いたよ。僕の音楽とルミナのパーティクルが、あんな風に共鳴するなんて」
彼らの会話は、目の前に広がる新たな光景によって中断された。そこには、果てしなく広がる鏡のような湖面が現れた。湖の周りには様々な時代や世界を象徴するようなオブジェクトが点在し、それぞれが柔らかな光を放っている。
「ここは…メモリーレイク」エナタが畏敬の念を込めて呟いた。
メモリーレイクは、クオンタム・リアルムの中でも特に神秘的な場所として知られていた。この湖の水面には、ユーザーたちの思い出が映し出されるという。
ルミナは湖の縁に近づき、水面を覗き込んだ。すると、そこに映し出されたのは、彼女が初めてクオンタム・リアルムに来たときの姿だった。初々しく、少し不安そうな表情の自分が、おずおずとこの世界に一歩を踏み出す様子が見える。
「懐かしいわ…」ルミナは感慨深げに呟いた。
エナタも隣に来て、自分の思い出を見つめていた。彼の水面には、初めて作曲した時の喜びに満ちた表情が映し出されている。
「ルミナ、見て」エナタが指さす先に、彼らが一緒に過ごした思い出が次々と現れ始めた。二人で冒険した日々、笑い合った瞬間、時には言い争った場面まで、すべてが生き生きと再現されている。
しかし、よく見ると、それらの映像の中に微かに虹色の粒子が混ざっているのが分かった。ルミナは驚いて目を凝らした。
「エナタ、この思い出の中に、あの虹色の粒子が見えるわ」
エナタも注意深く観察したが、彼には特別なものは見えないようだった。「僕には見えないけど…でも、なんだか懐かしい気持ちがもっと強くなった気がする」
二人がさらに見つめていると、映像が少しずつ色褪せていくのが分かった。まるで、思い出が徐々に忘れ去られていくかのようだ。
「あ…消えていく」ルミナは少し寂しそうに言った。
エナタは考え込むような表情をした。「これって、もしかしたら忘却のプロセスを表しているのかもしれないね。思い出は、時間と共に少しずつ薄れていく…」
ルミナはエナタの言葉に深く考え込んだ。忘却。それは悲しいことなのだろうか。それとも、新しい記憶のために必要なプロセスなのだろうか。
彼女は、自分のパーティクルを思い出の映像に重ね合わせてみることを思いついた。集中すると、蝶のような形をした淡い光の粒子が、彼女の指先から溢れ出し、水面に触れた。
驚くべきことに、パーティクルが触れた部分の映像が、急に鮮明になり始めた。色彩が戻り、さらには以前よりも生き生きとした映像になったのだ。
「エナタ、見て!」ルミナは興奮して叫んだ。
エナタも目を見開いた。「すごい…ルミナの力で、思い出が蘇ったみたいだ」
ルミナは他の薄れかけた思い出にも次々とパーティクルを重ね合わせていった。するとどの映像も、より鮮やかに、より詳細に蘇っていく。そして、それと同時に新たな虹色の粒子が生まれ、水面の上を舞い始めた。
「これって…私たちの思い出を大切にする気持ちが、新しい感情を生み出しているのかもしれないわ」ルミナは、自分の発見に感動しながら言った。
エナタは、目には見えないものの、確かに何かを感じ取っているようだった。「うん、なんだか空気が温かくなった気がする。そして…」彼は周囲をよく見回してから続けた。「湖の周りのオブジェクトたちも、もっと明るく輝いているみたいだ」
確かに、湖の周囲に点在していたオブジェクトたちは、以前よりも鮮やかな光を放っていた。まるで、ルミナとエナタの行動に共鳴するかのようだ。
ルミナは、自分たちの思い出を蘇らせる作業を続けながら、新たな気づきを得た。「ねえ、エナタ。私たち、思い出を大切にすることで、同時に新しい思い出も作っているのかもしれないわ」
エナタは優しく微笑んだ。「そうだね。過去を振り返ることで、現在がより豊かになる。そして、それが未来につながっていく…」
二人は、メモリーレイクの畔に腰を下ろし、蘇った思い出と新たに生まれた虹色の粒子を眺めながら、しばらく静かに過ごした。
時折、他のユーザーたちが近づいてきては、自分たちの思い出を覗き込んでいく。ルミナとエナタは、彼らの様子を見守りながら、記憶と感情の不思議な関係について考えを巡らせた。
「記憶って、本当に不思議ね」ルミナが言った。「時間と共に薄れていくけど、大切に思い返すことで、また鮮明によみがえる」
エナタは頷いた。「そして、その過程で新しい感情や気づきが生まれる。僕たちは、過去の経験を通して成長しているんだね」
彼らの会話は、突然現れたデータ生命体によって中断された。クリスタルガーデンで救出した小さな球体が、まるで何かを伝えようとするかのように、二人の周りを舞い始めた。
「どうしたの?」ルミナが尋ねる。
データ生命体は、湖の向こう岸を指すように動いた。そこには、これまで見たことのない奇妙な風景が広がっている。
エナタが立ち上がり、その方向を見つめた。「あそこに行けということかな?」
ルミナも立ち上がり、決意を込めて言った。「行ってみましょう。きっと、また新しい発見があるはずよ」
二人は、メモリーレイクでの経験を胸に刻みながら、データ生命体の導きに従って歩き始めた。湖面には、彼らの後ろ姿が映り込み、そしてその映像もまた、淡い虹色の輝きに包まれていった。
新たな冒険へと向かう二人の心には、これまでの経験が織りなす複雑な感情が渦巻いていた。懐かしさ、喜び、そして未知のものへの期待。それらすべてが、クオンタム・リアルムの不思議な空間の中で、鮮やかな色彩となって彼らを包み込んでいた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます