第42話
バチバチと火花が地下に走る。それはただ二人の男から発生した、拳と拳が弾けた結果であった。
鎖可亦が発動したコード009。それは身体能力を一時的に増幅する魔術である。先ほど使用していたコードでも身体能力、特に蹴りの威力自体は増加しており、七海の作り出した壁に衝撃を走らせるには至っていた。しかし、それは副次的な効果に過ぎず、体の一部分を超向上させることには長けているものの、安定性と安全性に危険が残る。そのため、元来の所有者である彼女も、そこまで多様はせず、多くの人間に知らされてはいない物ではある。
そのコードから切り替えたコード009は、身体能力の向上にのみに特化させることで、その弱点を克服している。その代わり、ほか特殊な魔術を使用することは一時的にできなくはなることが挙げられるが――――
「そういうものは野暮だろう?」鎖可亦は殺生院と拳を交えながら嗤う。身体能力が向上している彼の拳は、殺生院の厚いアニマの殻でも、ともすれば破れてしまうほどの威力がある。
「僕はコードを配布されているし、その恩恵として能力が自由に引き出せるメリットはある。」ひたすらに拳と蹴りを交えながら鎖可亦は呟く。「でもそれを使う機会っていうものはあんまりないんだよ。というのも、基本的にランカーが統治しているこの未来都市において、僕らMPSの役割はその後始末に限定される。まあ、ランカー事態でもどうしようもない奴が発生した場合とかには、その沈静化に司教≪サイドホーリーズ≫とかがでしゃばってくることはあるけどね。つまるところ、配布されたコードを使う理由がなかったんだ、僕たちは」
ばちっとひと際大きな火花が上がる。鎖可亦が発動させていた魔術で強化した拳を追おうアニマと、殺生院を覆うプラズマの性質を持つアニマがぶつかり、お互いに距離が開く。
「でも今は違う。コードを自由に使える今こそ、この未来都市に生きているっていう実感が持てる。自分に与えられた力、魔術を制限なく使えるっていうものはすこぶる気分がよくなるな。テンションも自ずと上がる。」
自分の能力が制限なく使えるようになることは、他に車のいないバイアスを、スポーツカーでどこまでも走るような行為に等しい。自分に与えられた魔術というエンジンを、アニマというガソリンによって自在に動かす。そこから見える景色は、八雲の先に薄日を見つけるような確かな高揚を与え、脳髄を刺激する。
(確かに、わからなくもない話ね.....)
来栖シュカには、今の話には通じるところがあり、胸の奥がチクリと刺された気分になる。
能力が使えなかったことにコンプレックスすらあった彼女は、自分の能力を実践の中で覚醒させていった。星ヶ宮との共闘で花開いた才能の原石は驚くほどの速さで宝石へと変貌を遂げたが、それは発露できる環境があってこそである。
スポーツカーも入念な手入れをしなければエンジンが悪くなるように、魔術も使わなければその真価は発揮されない。「その他の土地」では、そんな魔術を使えずに腐ってしまった才能が数多く買ったのかもしれない。”たまたま”環境だが整っていたために、自分は魔術が花開いたのだと思いを散らす一方で、彼女の脳裏に神木哀が映る。
(きっと、神木もその一人。能力の有無で卑屈になっていた私を宥めていたけど、根底には能力についての興味はあったはず。だから未来都市にも一緒についてきてくれたのだろうしね。......戻ったら、魔術を使えるように私が手を引っ張ってあげなくちゃ)
現在の彼女は殺生院と同じ、アニマを身体に巡らす魔術自体は持っていても、彼が発現していた天使の加速装置≪キューティーハニー≫のような、魔術と呼べる代物は発現していない。しかし、彼がその魔術が扱える力が眠っていたんように、彼女自身には魔術を使いこなす力があるはずである。そう確信する、来栖シュカは今はいない彼女をその未来都市での未来に思いを馳せるが―――
「......魔術使う必要がないってことは、別にいいことじゃないのか。」殺生院の問いかけが、彼女の意識を戦場へと引きずり戻した。「今の未来都市は、力を力で上回ろうとすることが絶対的だ。ランカーたちが統治しているとは言っても、その正体は抑圧にほかならない。一学生に、行政を包括した事務や統治なんてできるわけはないしね。僕のようなランカーにはなれないような平々凡々な人間にとっては、魔術の恩恵は感じにくい。しかもそれが顕在化されるともなれば、煩わしいことこの上ないよ。」
「見解の相違だね。」鎖可亦は腕を拡げながら呟く。「未来機関の動きは僕にはわからないが、そんなことはどうでもいいだろう?君も魔術が使えるなら、使ってみると良い。耐えているだけじゃあ、このペンは返すことは出来ないからね。」
鎖可亦は自分の無縁ポケットにしまったペンをちらりと覗かせる。七海たちの目的は彼に看破されていた。殺生院はちっと舌を打つ。
「私の魔術は今回あまり通じそうにはない。」七海は殺生院に近づき、小声で呟く。「相手が機動力特化のコードを使用している現状、私の魔術で動きを固定化するにはあまりにもリスクがある。外した場合の能力のリキャストまでの時間に本気で私たちを潰しに来られたらたまらないしな。」その目はじっと鎖可亦を除いていたが、すっと目線がずれる。その先には――
「来栖シュカも魔術が使えない。彼女の魔術の核となる部分がない状態では、魔術を現界させることが難しい状況にあるからな。」
彼女の能力は良く知らないが、先ほど鎖可亦が見せびらかしていたペンのことを指しているのだろう、殺生院はニュアンスで感じ取り、深くは追及を止める。
「つまり、君に託すしかない状況だ。彼女のペンさえあれば、おそらく状況が逆転する。その状況を作って欲しい。君が星ヶ宮に肉薄した魔術、天使の加速装置≪キューティーハニー≫でね。」七海はその魔術名を口にする。
魔術の名前を考え、それを口にすることは魔術を使うために必要な儀式の一つである。しかし、それは魔術の現界の後に名前が付けられるのが常である。星ヶ宮の魔術しかり、来栖シュカの能力しかり、事象を確認してからそれに相対する名前を付ける。
つまり、名前を付けることは正に画竜点睛。魔術の威力を担保する、重要な行為の一つではある。しかし―――
「どういう能力かを知らないんですけど......」彼にはその記憶が抜け落ちている。前提となる事象が彼の脳内にない状態では、画竜点睛を欠く以前の問題である。飛び出る竜がいないために。
「先ほどは不発だったけどね。」彼女は続けた。「記憶はなくても、君の体Hあ覚えている。今もなお君の体から立ち上るプラズマがそれを証明しているんだ。通常のアニマには、それ自体に属性的な効果は持たないからね。つまり―――」彼女はグイっと殺生院の腕を掴む。「あとは君の想像力次第だ。この力で君は何を望む?」
自分が何を望むか...殺生院が口の中で先の言葉を転がす。その思考に集中しようとしたとき、無遠慮な声が静寂を切り裂く。
「作戦会議は終わったかい?」鎖可亦は気分よさげに問いかけた。「ずっと縮こまってこそこそされていたけど、僕を倒す算段でもついたのかな?」
「ずいぶん待ったろう?余裕綽々じゃないか。不意打ちで私たちに攻撃するわけでもない、薄ら笑いに反して随分紳士的じゃないか。それとも、名目上の保護機関の名が蛮行を許さなかったのかな?淑女に暴力を振るうだなんて野暮を。」七海は呆れたようにつぶやき、彼をじっと見つめる。「...未来機関のお巡りさん?」
「そう言うわけでもないが......先ほどの認識阻害といい、本当にあなたは何者なんですか。未来機関にも詳しく、魔術の登録もない。他のメンツは兎も角、あなたは一緒に未来機関に来てもらう必要がありますね。」
「嫌だよ。お前たちと道は分かれた。私は私のやりたいようにやるよ。そもそも...」
七海が言葉を紡ぐ前に、魔術特有の起こりが鎖可亦の体を揺さぶる。思わずそちらを目を向けるのと同時に、衝撃が走る。
「天使の加速装置≪キューティーハニー≫」
殺生院がその名前を口にする。すると―――
「何だ...今のは」
彼の認識できない初動。鎖可亦はコード009によって認識能力と動体視力にバフがかかっている状態。しかし、それでも見えない何かが彼を襲った。
「復活..とまではいかないし、なんとも不格好な魔術になってるが......いい顔はしてるな。隙に暴れてきなよ。結果は私は担保する。」
ゆっくりと殺生院は歩き出す。目標は、彼の持つペンの奪取。
「...任せたよ」
「ああ、大丈夫。任された。」そう呟いて、にやりと彼は嗤った。
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