第31話

「あれは......」


 勅使河原がそれを初めて見て、初めて感じた感想としては、綺麗、ということであった。彗星が堕ちる時、まるでその軌跡を祝うように星痕が残る。彼女が見たものはまるでそれである。


 素早い何かが空前を斬るように走り、時に飛びのきあたりに軌跡を作る。おそらく、硝碑の結界に内側から弾かれているのだろう。姿こそ見れないが、その不規則な軌跡から勅使河原はそう判断した。


 この駅は現在、地下道を除き、包囲されている。さらに、駅周辺の東西南北を四隅として硝碑を配置している。その領域が莫大になる分、使用するアニマの量が増大し、空間隔離の強度が落ちる。しかし、未来機関がこのような理由で硝碑を使うのには、もちろん理由がある。


 というのも、十分すぎるアニマを硝碑に注入してしまうと、それだけ現場を拘束、保存する力が向上してしまう。未来機関やMPSのみならず、避難を余儀なくされている人間の動きまで拘束してしまえば、人々の救助に多大な負の影響が出てしまう。


 そのため、あえて注ぐアニマを薄弱にすることで、最小限の保存領域を確保しながら、調査を円滑に進め、避難を促すことが出来るのだ。


 それをこじ開けるための方法は3つ。


 1つはアニマの供給源を絶つこと。硝碑は魔術と同義の性質を持っている以上、原動力の同じくアニマであることは語るまでもない。電源ケーブルを抜かれたパソコンが暗転するが如く、根元からエネルギーを断ち切ることさえできれば、いともたやすく魔術で作られた領域は崩壊する。


 2つは硝碑そのものを肢体の位置より取り除くこと。硝碑を起点とした領域は、硝碑の座標に縛られる。今回のような4つの硝碑から成る4角形は勿論、座標と硝碑を増やせば増やすほど、結界強度と密度は上昇できる。しかし、それらは硝碑の座標を主軸とした、循環と調和ありきのものである。そこに綻びが生じれば、結界の循環が成り立たず、結界は自壊する。


 3つ目の方法は――――仔細は伏せられている。



 勅使河原は再度吹き荒れた黒煙の発生源に目を向ける。その魔術は星ヶ宮の能力である壊血壊血竈≪エチエチカミノ≫であることは、未来機関の人間である彼女は把握済みである。


 報告にもあったことは勿論、ランカーの能力者の魔術は、ほとんど未来機関は把握しているためである。しかし、一部の能力者に限っては、様々な事情で以て未来機関に魔術の仔細を報告されていない。


 例えば、魔術使用者の魔術を観測することが困難な場合。周りの能力者たちを倒したという「結果」のみの観測しかできない場合には、その魔術の残滓から、能力の幅を予想し、ランカー足り得ると判断されれば、ランカーの称号と絶対特権が下賜される。


 また、魔術使用者の魔術が秘匿を他人に強制させるようなものである場合。こちらは観測されることは少ないが、魔術の開示を他人に共有することを困難にするような認識阻害を含む魔術なども「そういう魔術」という認識で魔術師の能力を大まかに記録しているのだ。


 仔細を報告されていない魔術は、それだけの機密性があるため、情報は未来機関の中で完結する。そのため、待ちゆく人間がその秘匿された能力を持っていたとしても未来機関の人間以外にそのことを認識することは困難を極める。


 そのことにはメリットデメリットがある。


 メリットとして、情報が開示されていない状況での魔術抗争に、必ず先制をできるという点である。情報とは金であり、命である。相手がどのような魔術を持っているか、またその対策方法を理解しておくことは魔術抗争の基礎であるともいえる。もちろん、その対策を知ったうえで実際に魔術に反映させることが出来るのかは、魔術の輪郭が構築できるかにかかってくるのだが。


 デメリットとしては、そういう秘匿系の能力は、そも先頭において不向きであるという点が挙げられる。魔術の輪郭はそれぞれの経験とをもとに地道に構築されるものであるため、秘匿を是とした能力者は得てして内向的である。そのため、未来機関も一部の能力者を除き、あまり注意を払っていない。そういった能力がある、という認識で止めているのも、MPS含む能力者たちで鎮圧が可能であるという自信からだ。


 そして、今回の星ヶ宮の魔術においては、もちろん魔術情報の秘匿をしていない。それは、魔術の情報を開示することで、ランカーとしての自信と尊厳を保つためだけではない。


 情報を開示することで、相手に恐怖を植え付け、想像力を掻き立てることで、自身の魔術の輪郭に反映させることで、そもそも魔術抗争という面倒ごとを避けるためである。つまりは戦意喪失を促すのだ。殺生院との戦いの中でもそうであったように。


「こんにちは。未来機関の...何さんでしたっけ?」


 星ヶ宮は悠々と黒煙の中から姿を現す。粉塵が舞う現場の爆心地にいたとは到底思えないほどの他t住まいではあるが、彼女ほどの能力者であれば特段不思議に思うことはない。体に流すアニマの調節は、常人のそれよりもはるかに洗練されていることを、勅使河原も自身の経験から理解しているがために。


 現場の報告では、彼女と渡り合えるような能力者がいるはず。そんな中で優雅な足取りで参上したことに若干の疑問符はあるものの、言葉を飲み込み、MPSと保護機関の人間に下がるように指示を出す。


 後ろの方で足音が遠ざかるのを聞きながら、目の前の彼女と相対する。


「未来機関所属、司教≪サイドホーリーズ≫の勅使河原です。よろしくお願いします。それで...あなたの口からも状況の確認を取りたいのですが...」


 カキンと硬質な音が何重にも膨れ上がる音が聞こえる。それはつまり、それだけ未確認の何かが硝碑の結界のへりに当たってははじき返されていることを示している。高速で織りなされるその音はMPSたちを混乱の渦に巻き込み、調査機関が混乱し始めている。


 MPSの調査機関。彼らは魔術抗争後の後処理のスペシャリストである。保護機関の人間とは異なり、彼らは自らの魔術輪郭を保持している。疑似的な銃を付与するものであったり、鎖を掌から伸ばすもの、鎮圧用の麻酔暖を飛ばすものなどさまざまである。だが、そのような豆鉄砲如きでは、星を射止めることなどできない。空に舞っては硝碑の結界に当たっては零れ落ちていく。MPSたちの魔術、その強度に問題はないが、硝碑の結界の強度に力負けしている。それだけ硝碑の結界構築に絞ったときの魔術強度は高いのだ。だからこそ、現場保存や周りに被害を出さないという効果にも期待が持てているのだ。



 そんなMPSの中でも、保護機関主任の鎖可亦の能力は、いわば養殖もの。魔術輪郭と人工知能AIの学習によって完成された、いわば付与された能力である。この未来都市においては、人工知能を駆使することが出来れば、大抵の処置は出来る。保護誘導用に疑似的に人手を増やす実態を持つ投影機能や、意見収集など、何かと便利な魔術である。


 それを発動するためには、特異のアニマが必要になる。神羅の調合では図り切れない番外情報。魔術自体との相性があるため、この魔術を習得できる人間は、自動的に位が一つ上がる。


「あれはなんだ?!」「わからない!誰かすら!」「通報にあった魔術と同じものなものなのか?!」「確認は?!」


 そんな中、選出されたはずであるMPS調査機関いほころびが生じ始めている。様子を見かねた勅使河原は、少し目を細めて呟いた。



「そのような時間がないようですね。しかし、幾ら星ヶ宮さんとはいえ、あの能力者を捉えることは困難でしたか。未来機関がランカーを下賜してまで能力の使用条件を緩和、拡張に努めているのに...」


「ええ、残念ながらね。まあ、そもそも、その使用条件だって名前ばかりですよ。あの人がその証明。」


 星ヶ宮は空に流れる点を指さす。軌道を追えないそれは、また結界に弾かれては指先の視点から外れていた。


「また報告しますよ。あの人の顛末を。私に求婚してきたと思えば、旗色悪しと思うが否や闘争に全力疾走中のあの人を。顔とかは覚えてませんけどね。」


 星ヶ宮は肩を下ろすと同時に、勅使河原は重くため息をつく。


「記憶を読み取る能力者などがいればいいんですけどね。神羅と能力の関係上、そうそううまく発現する能力じゃないですしね。過去にいたのかもわからない。そのために貴重な硝碑まで使って調査しなくてはならないのですから。」


「司教!」調査機関の代表が、小走りで走ってくる。そして、彼女らの前で足を止め、敬礼をした。


「MPS調査機関、現場責任の大櫛です。」あごひげを蓄えた、筋肉質な男は、勅使河原を前に襟を正す。「現在、我らMPS調査機関は未確認能力者と交戦中。こちらの攻撃を意に介することなく、結界内に攻撃を続けています。」


「こちらからの攻撃を完全に無視しているとなると、敵意がないのか、それとも単純にアニマを節約して反撃の隙を伺っているのか。...情報が足りませんね。」

 

「はい。また、保護機関の方とは連絡が来ておらず、確認の必要があると思われます。」


「まあ、まあ。なるほど。」


 横で黙って聞いていた星ヶ宮には、その原因は見当がついている。十中八九、七海たちの方で何かあったのだろう。心の中で舌打ちを一つうった。


(私たちが未来機関とMPS調査機関にかまけている間に、あっちはあっちで保護機関の連中とぶつかっていたのね。...それでも、)


 まるで薄く伸ばした盾のような心もとない状況でも、彼女の心はぶれない。この精神的な強さが彼女をランカーにしているともいえる。


(それでも、私たちのやることは基本的に変わりはない。あっちにも目を見張る魔術を使える彼女がいる。どっしり構えていればいい。問題は―――)


 星ヶ宮は、なお宙に浮き続け、流星の軌跡とともに駅構内の結界を無人に駆ける彼女のほうに目を向ける。


 そんな彼女の胸内とは逆に、勅使河原は凛とした姿で指示を出す。


「保護機関の鎖可亦主任と連絡を取るために、何人か能力者を調査機関の方から派遣してください。」


「よろしいのですか?調査を中断することになります。」MPSの調査機関としては当然の言い分である。しかし――


「保護機関の方にはなお避難している人たちがいます。そちらにいち早く対処を送ること事こそ急務です。」土地らもなお当然の言い分。さらに彼女は続ける。


「あの能力者は、未来機関司教のこの私が責任をもって処理します。」


 勅使河原は懐の刀に手を伸ばす。柄の部分しかない不思議なそれを彼女の手が触れたとき、圧倒的な殺傷能力が周りを支配した。星ヶ宮も背中に冷たい何かが通り過ぎたことは否めない。


 彼女もまた、高みの住人である。


(さて、どうなるのかしら...)


 彼女は空を見上げ、これからの先を思案する。

 

 少女が空を見上げた時から数刻前、20を過ぎた青年は地面を見下ろしていた。それもそのはず。


 がしゃりと音を出して彼女たちは落ちてきた。この旧名古屋の地下道は複雑に入り組んでいる。能力者たちが跋扈するこの地下道は、もとは猛烈な暑さを誇る名古屋の避暑地として張り巡らされていたものではあるが、今やその限りではなくなっている。


 能力者たちがその能力を使って移動する高速道路の役割や、未来機関やMPSの移動のため、各支局に支援物資を届けるためなど、目的が多様化しているため、複雑になっているのだ。


 そんな中で、彼女たちは鎖可亦の前に落ちてきたのだ。何事もなく、かつ素早くつつがなく業務を遂行せんとしていた彼にとって、目を覆いたくなるようなアクシデントである。面倒ごとであるのが直感的にわかる。


(まさか報告にあった星ヶ宮が?彼女レベルの能力者がこんなところまで......いや、違う?)


 彼の脳裏には先まで地上にて戦闘を繰り広げていた星ヶ宮がいる。そのため、地面を抉るかのような超火力の爆発によって突き抜けてきたのではないか、と考えたためだ。


 しかし、実際には異なる。そのような爆発音はしなかったし、実際に地面が沈下しているということもない。逆にそれが不気味である。地面に空間を収容するかのような暗闇が広がったのである。そして、雪崩れるようにその穴から落ちてくる影もあった。



 落ちてきたのは3人。一人は白髪を肩まで携えた少女。彼女は一番最初に足から落ちてきた少女だ。その後臀部を強打したのか、いたた、とお尻をさすっている。一人は花浅葱色のカーディガンを着た少女(?)。頭から無様にあ血てきた彼女だが、着地の時は以外にも鮮やかに受け身を取り、勢いのままに地下道の端まで転がっていた。その後、額をy甲だしたのか、頭を抱えても抱いている。そして3人目は―――


「君た...いや、君!大丈夫かい?」


 鎖可亦は駆けよる。二人の少女ではなく、彼に。


 彼...殺生院は丸まりながら宙に浮いている。ふわふわと重力を感じないようなのに、この地下道名で落ちてきたとはどういうことなのか。それもなた疑問の一つではあるものの、鎖可亦が駆け寄った理由はそれではない。彼の様子だけが異常であったためだ。


 透明な繭のようなものの中で動かない彼は、静かに宙に浮きながら上記のようなものを発している。これは彼の魔術の結果であろうか...と考えた所で、鎖可亦は首をふる。それが今の問題ではない。彼の状態を確認することこそが先決である、と考えたためだ。MPS保護機関の主任としての自覚が、彼を殺生院に歩み寄らせた。


足早に地面を蹴り、素早い動きで彼に近づき、眉の中を覗く。


(これは......何かの能力か?煙の中で、傷が癒されている...)


 宙に浮いた眉の中では、白煙が舞っている。その中でよく目を凝らしてみれば、彼の体の一部が見える。これは...火傷であろうか。


 格子状の光の粒が彼の傷跡の周りを覆いながら、状らの彼にまとわりつくように吸い寄せられている。そして、その粒が彼の体の一部に吸収されると、その皮膚が治っていく。まるで時間が元に戻っていくように。


 彼の、否大半の能力者に認識の中では、このような概念的事象は魔術の範疇を超えている。魔術はそれを構成する人間の想像力で構成された輪郭によって形を成すものである。そのため、彼の現状のような事象を現界させるためには、その輪郭を個人が有しているという認識になる。


 しかし、それは魔術単体では再現不可能である。現象を引き起こす輪郭の構成には、個人が有する想像力がしっかりと固まっていることが前提である。そのため、その地盤が埋まらないような現象、時を止めたり空間を歪めるような超常や、人間の皮膚がひとりでに回復するような異常は輪郭を作ることが極めて困難であるためだ。


 現在の彼の常識範疇には収まらない。そんな摩訶不思議が跋扈している事実。そんな現象に目を奪われながらも、彼は目の前のうずくまる少年の右肩を見る。


「癒...?癒すっていうことか?そして」


鎖可亦はぐるりと回り、視線を反対側の手の甲に固定する。


「反対の手の甲には...包むの文字......?」


 なぜ、という疑問を口に出そうとしたとき、「ああーー!」という絶叫がこだました。忘れていた彼女たちである。


「いやいやいやいや、本当に違うんです!これは違うんです!私たち.......そうだ!地面いきなりえぐれちゃて!」


 白髪の少女はあたふたと弁明を始めている。しかし、それを行うにはあまりにも目が泳いでいる。


「うん!いい能力だったな!まさかこんな深くまで落ちてくるとは!」


 花浅葱色のカーディガンの少女(?)は花高らかに笑う。そして、その目はあまりにもまっすぐ澄んでいた。


「......そう、私たちは別になんも関係なくて!」


 さらに白髪の少女は目を泳がせる。四川は地面を向いており、焦りと怒りと同様が目に現れている。


「関係なくはないだろ、やっぱりお前の能力はすごかったんだから、自信持ちなって!いやぁ、すごかった。ほら、上を見ろ。想像以上だ。私たちはワープしたんだ。」


 うっとりとした目線で 花浅葱色のカーディガンの少女(?)は上を向く。その先には彼女が堕ちてきた大穴はもはやなく、その魔術に恍惚としていたのだろうか。


「......いや、そう!私たちは別に被害者で!彼をどうこうしていたわけじゃ...ないんですよ!ねえ!」


 助けを求めうるように白髪の少女は隣の彼女を見る。


「何言ってんだ。お前がすべてやったんだろ。その能力を私も認めて晴れて......むぐぐ」


 とっさに彼女は 花浅葱色のカーディガンの少女(?)の口をふさぐ。溺れたような声を出す彼女に対して、白髪の少女は左手で彼女の口を覆う。


 鎖可亦は諸々整理する間もなく、指令を出す。この判断の早さこそ、彼が現場を任される大きな一因であるのだ。


 彼は大きく息を吸い、そして―――”笛”の音が響いた。







 





 

 







 




 

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