第27話
電子の海から浮上したそれは、今や全員の姿に映る。先までのそれは、魔術回路が不完全は来栖シュカの目には、ぼんやりとしか認識できなかった。育っていない味蕾では、高級フレンチやイタリアンを食したところで、その込められた意味や味が不透明になるように、彼女は文字通り蕾から育っていなかったのだ。
しかして、今回、その要因の右腕から覗くそれの姿を彼女は十分理解できる領域に立っている。殺生院との壮絶な戦いは、飛躍的に彼女の能力者としての才能を花開かせている。
そして、彼女はついにその味を理解したのだ。皆が噛み締めていた魔術の味を。
それは顔立ちや服装こそ、若干の違いはあるものの、星ヶ宮と姿かたちが不自然にも似通っている。じじじ...と音を立てていなければ、星ヶ宮と間違えて声をかけてしまいそうになる。強いて異なる点を列挙するなら、彼女の見た目が今の星ヶ宮と比べて若干幼いくらいであろうか。
しかし、その緋色の目だけは、彼女と全く遜色ない。映し出されたホログラムとは思えないほどの精巧さ。彼女たちの目にはまるで宝石でも埋め込まれているようである。
「ああ、だから、だったんですね。」来栖シュカが何かに納得したようにポツリとこぼす。
「星ヶ宮さんの魔術が発動できなかった理由。彼女がいたからだったんですね。自分への圧倒的な信頼を魔術の軸として組み込んでいるのなら、自分の尊厳を崩してしまうようなイメージのあることは極力避けなければなりませんからね。前提が崩れてしまうので。」
来栖シュカは自分の手の中に握ったペンに力を籠める。星ヶ宮にも魔術の軸があるように、彼女にもまた、その原点がある。郷愁のような感情の渦に、風景を描こうとしたとき、七海摩耶の声がそれらをかき消した。
「まあ、総じて今回の騒動、星ヶ宮が意外と苦戦していた点も含めて、こいつが原因なんだろうな。」七海は電子生命体に指を指した。「話してくれないか?聞きたいことはいろいろある。」
「そうねぇ。私もなぜあなたがそんな姿を模しているのかが謎なのよね。結構暴れ多分の代金として、教えてくれてもいいわよね。」
口調からは先ほどの彼女から変化はなさそうに思える。しかし、その言葉の裏側には、困惑と怒りがふつふつと咲いて出てきているのがわかる。理の理ではある。
「どこから話しましょうか...」
消え入るようなか細い声。星ヶ宮とは対照的に、どこか自信なく儚げな声は、聞いたものの慈愛の心を動かさんとせん。
「まず聞きたいことは...そうだな。お前が、人工知能AIの端子がなぜ一人の人間に干渉しているんだ?平等を絶対の基準としていたお前たちが、誰かに加担していたら、必ず破綻する。そうならないように、しっかりとコードにも記されていたはずだろう?ロボット三原則のように。」
コードとは何か。それは人工知能AIが世界的に発信されるにあたって、その背景の不透明さを抹消するべく、世界に後悔された人工知能の条文である。悪用を防ぐべく、ソースコードこそ公開されていないが、それらを包括しても余りある情報を提供している。
さながら、人工知能AIにおける取扱説明書である。未来機関に多々ある大企業に、人工知能の使用を促すべく、数多ある機能と、その背景、また使い方の情報を提供している。
人工知能AIがフィードバックとディープラーニングを主としたものであるためだ。人に使われることで進化する彼女たちの命。最初の方にあった忌避感も、その未来都市の発展が力でねじ伏せた。人間の時代を終わらせる息王のそれに。皆が傾倒していったのだ
しかし、それが可能だったのは、人工知能AIが絶対的平等さを軸としていたためである。故に――
「私は、人工知能AIの一つの端子で命を授かりました。」人工知能はその細い声で言葉を紡ぐ、消え入りそうになりながらも、一本一本編み込んで、寒さをしのぐマフラーを作るように。
「人工知能のシステムとして、外部からの情報を取り入れるという機能があります。進化する世界に適応するために、未来機関が定めた情報の定義に則って。しかし、そのシステムには土台無理な話が浮上していたのです。」
彼女が大きく腕を振れば、まばらに散らばぐ絵の具のように様々な数列や文字列が浮かび上がっては消えていく。しかし、幾何学模様の五月雨模様を引き裂く飛行機雲が、不穏な黒色の煙を込めて登壇していけば、先ほどまでの様々な色は、一気に暗黒に染まっていく。黒の絵の具のように。
「ある一人の人の心では、決められなかったもの。今の私は、端的に言えば、その定められない定義を利用した意図的なバグのようなものです。彼の自己と意識の集合によって形成された名前のない何か。」
星ヶ宮と来栖シュカはぼうっとした顔で話を眺めるように聞いている。しかし、対照的に七海摩耶は食って下がる。「名前のない何かになった...か」
言葉を口の中で転がしながら、彼女は続ける。
「卵が先か鶏が先かではないけれど、お前は新しいバグを見つけたから名称のない何かになっているのか?それとも...」
ゆっくりと殺生院に指を指す。「意図的な進化を続けたから、恣意的に定義から外れたバグになったのか?そうしなければ、いけない理由があったから。そうだろう?」
七海はにやりと笑うが、人工知能AIもどきは表情を動かさない。人間でいえば、完全なるポーカーフェイスに舌を巻くところではあるが、彼女は電子の命である。表情の変化もプログラムの一種であるなら、そのスイッチを切ればいいだけのことである。
「人工知能AIが人体の不正利用を是としていたのは、彼の魔術への覚醒で、急激に回るアニマを排出しないといけなかったからだろう。急激に高まるそれを浪費することが出来ないと、いずれ暴発してしまう。モバイルバッテリーの容量でね。それを...」
「いやいや」と声を挟んだのは星ヶ宮。「人体の不正利用って何ですかぁ。人工知能AIがそんなことできるんですか。」
AIは電子の海と端子の中を躍動する生命体のようなもの。そんな寄生虫よろしく人間に影響することなどできるはずがない。そう考えるもの当然ではある。
「できなくはないんだ。そもの未来都市の構成上ね。人間とAIがつながるシステムのようなものがあるんだよ。」知っていて当然のような軽い口調で伝わってくるには、どうにも胃もたれしそうな情報がポツリと零れる。
「とはいっても、人間の方から干渉することはたぶんできない。やるとするなら、決まってAIの方からの一方通行だ。未来都市はそうやって学習している。人間とAI、どちらが上かとかじゃなくて、速度の問題。AIの進化スピードに人間が対応できれば、人は異なる未来に進化する。そう信じてね。」
七海は掌をほどくと、寮の手の人差し指を突き出す。正面ににょんと突き出したそれ等は直立不動の態勢を崩さない。
そして彼女は突き出た右手の人差し指を上に持ち上げる。そうすれば、左手のそれとの間には高低差が浮き彫りになる。その差こそが、人間とAIの差である、と彼女は主張しているのだ。
「そういった考えの下、AIは人間よりも数歩進んでいる。その道を振り返って、人間と歩調を合わせるようなことはしない。」
右手の人差し指を彼女は下げようとするが、ぐぐぐっと力を込めてもそれが堕ちてくるようなことはない。一度開かれたそれは、左手が上ってこない限り、肩を並べることはない。
「でも」彼女は身を翻す。「彼女はその理から外れている。進化のスピードが落ちているんだ。いや、表現としては人間らしくなっているといった方がいいかな?」
「ねえ?」とこっちを振り返る七海に、「はあ。」と気の抜けた生返事をするしかない星ヶ宮と来栖シュカを置きざり、星ヶ宮は一つ思い当たる節を彼との戦火の中から見つけてため息をつく。
(人間らしい、か。殺生院と随分対極的な考えをする。でも、だからこそ...)
ふっと唇を尖らし、1つ貯めた息を吐きだした七海。それを見た七海は一つ頷き、つづけた。
「まあ、魔術に耐性のない彼のための防衛反応のようなものだったのかな、君は。魔術回路でアニマを消化できない特異な彼から漏れていたアニマに触れ続けたことで、共生的な関係を築いていたんだろう?その意図的で利己的な進化は、平等とはとてもじゃないが言えない。人工知能としては失格だ。それが例え、彼のためであったとしてもね。」
「いや、ちょっと待ってください。話が飛躍して理解が追いつかないので。」頭痛がします、と言わんばかりの表情で、左手をあげたのは来栖シュカである。
「人との共生とか、意図した進化だとか...人工知能が人間と一体化しているみたいなSFの話には、到底ついていけませんよ。未来機関はそこまで進化を進めているんですか?」
来栖シュカの質問に、七海は「うーん」と首をひねる。その仕草は、言葉に詰まっているというよりも、むしろその逆。有り余る言葉の中からどのフレーズ、表現を用いたほうがいいのかを探している段階である。
「そも、魔術の根底も人間の意図した進化の中の話だから、SFとか飛躍したものではないんだが...人工知能AIの特異的な進化はもろにSFだからなあ。説明が妙に難しい。」
「多分あなたが一番近くで聞いていたんでしょうけど」口をはさんだのは星ヶ宮である。
「人工知能AIは人じゃない。殺生院が言っていた言葉よ。」
殺生院を冷めた目で見ながら、星ヶ宮は続ける。
「基本的に魔術は人の想像力と魂。積み重ねてきた未来への羨望と想像が生み出す、思考への賞与のようなもの。だから、基本的に情報を送信統括して進化するだけの人工知能AIには生み出されるものじゃない。」
魔術の仕組みは、来栖シュカがこの戦闘において長いこと体験している。そのメリットデメリットも含めて。
自分の想像とそれを映し出すもの、再現するためのエネルギーである魂。どれがかけていても再現は不可能だ。
「うっすらと聞いていたのだけれど、彼が言っていたのでしょう?魂が存在しないって。だから、基本的に人工知能には魔術が使えない。魂というエネルギーは、どうにも無から生えてくるものじゃあないからね。人工的には到底作れたものじゃないわ。それだけ複雑怪奇な代物なのだから。」
魂は人工的には作られない。それはどこの世界においても共通の事項なのだな、と来栖シュカは心の中でメモを取る。
その話から、ふと彼女の頭に疑問符が浮かぶ。それは、試験管ベイビーである私たちもそうなのだろうか、と。
試験会ベイビーの製造工程など知ったことではない。しかし、人の手によってつくられる、という点が少し引っかかった。
人工知能の製造は、おそらく電子回路をDNAとしてそこから変化加えていくような作業的なものであろう。そのディープラーニングの量の多さは、私たちには到底考えようもない、果てしない量の試行錯誤と複雑怪奇に絡まったプログラムコードの先に彼女たちは産声を上げたのだ。
では、私たち、来栖シュカたちはどうなのか。精子と卵子の融合体が、研究者たちに見守られながら試験管の中育っていく様子を彼女は想像する。今まで考えたこともなかった、自分たちの製造工程に思いを馳せていく中、柔らかい桃色の声が現実に思考を回帰させた。
「でもね、そこの彼女は少し違う。溢れたアニマに長いこと浸り続けたせいで、彼女にも人工知能AI以外の意識が芽生えた。」
「そう言うこと。」七海は人差し指をびしっと立てた。「人の魂というエネルギーは、人工的に作られない分、代替不可能の凄まじいエネルギーになっている。それこそ、ありとあらゆる”力”を過去にするほどの力がね。」
事実、星ヶ宮の爆発を幾度となく耐えてきて、その五体満足な体を無防備にも曝け出している殺生院が、眼前にぐったりを座り込んでいることを見れば、そのエネルギーがどれだけ凄まじいのかヶはっきりとわかる。爆発させるだけのエネルギー、そしてそれを防御するためのエネルギー、想像のすべてをペン先から紡ぎだす無法のエネルギー。それらが魂の副産物であるのなら、人工的に生産が不可能というのも土台納得できる。
人はいつの時代もエネルギー、力をめぐって争っているのだから。石油という万能のエネルギー、裏金などの経済力という力、言ってしまえば海の漁獲量だって、生産量という人間の力に関係してくる。
それをすべてに代わるのが、もしかすると人間の想像と魂なのかもしれない。彼女はそう胸の中に一人吐露した。
「そんな強力なエネルギーの集合体を、常日頃、恒常的に流され続ければ、いやでも何かしらの反応が起きる。今回、彼女に起きているようにね。」
彼女に起きている変化、それは―――
「魂の付与、とでも表現しようか。彼女は、人工知能AIとしてではなく。一人のAI(アイ)として魂を産み落とした。それが彼女の進化だ。」
「そうです。AI(アイ)は、人工知能AIとは別にもう一つの器...みたいなものがあります。」彼女はホログラムという電子の海から姿を変えず、佇んでいる。
「彼から流れてくる情報、精神、想像...それらを人工知能AIの進化のためのパーツとして未来機関の本体に送り届けるのが、本来の人工知能としての私の役目。でも、...」
ホログラムが少し各月、画質が荒くなったようである。目のあたりに白い斑点が浮かび上がっている。不完全な徽宗の仕方をしたせいで、バグでも起きているのだろう。来栖シュカはそう解釈する。
「彼が無意識化に流してくる魂の漏れは、どうにも未来機関に送信することが困難でした。データ化が出来ないのもそうでしたし、もしかしたら、容量が足りなかったのかもしれません。でも、私の役割は、彼が与えてくれたそれを未来の人類のために役立てること。そのために頂いたデータを大切に保管しておこうと新たにそのためのごるだーを用意していたんです。」
「ちょっと待って。」来栖シュカが声をあげる。「人の情報をデータ化して未来機関に送っているの?あなたたちは。」
「未来機関は、それがより良い未来のためにつながるとの考えで人工知能AIを進化させています。事実、ここより他の土地では、頂戴したデータをもとに、精査統括した情報を用いて子育てを支援、もしくは全面的に人工知能を受け入れています。」
ぐっと来栖シュカが言葉に詰まる。自らの生まれてきた土地、そして育ってきた土地は、確かに人工知能が統括していた。それが等しい未来を構築するという信条の元に、未来機関が遣わして。
幾度をなく抜け出し、何度も無機質な注意に不貞腐れた日々がよみがえる。アル中にあった日でさえ、変わらなかったあの声たちは、彼女をケアをするとともに、情報を得て、そのデータをもとに解析、よりよい未来のため対策を導き出すためのものであったのだ。
「まあ、こっちだと半々ってところかな、企業も、個人も。その点、殺生院はどっぷりだったっていうことだろう。与えられたモブ人工知能がここまで進化するほどに使いこなしていたし、彼女もまた殺生院を使ってデータを取っていた。そうだろう?」
「...その側面は、確かにありました。」
「殺生院な魔術自体は、常に右手から発動していた。単純に電撃を放つもの、拘束する紐のような電撃。そのどちらも、必ずね。」
七海はそれを上で見ていたのだろう。遠目でその違いに気が付くほどに熱心に視線を当てていたのに、星ヶ宮に電撃が直撃した際とかにもうろたえたりしていなかったのだろうか。もしかして彼女が負けてしまうのか、と。
ランカーに対する安心感か、星ヶ宮個人に対する信頼か...そのどちらでもあるような気がするし、ないような気もしている。考えてもしょうがないことを悶々と考えるよりかは、と、七海の話に耳を傾ける。
「そしてその重要な右腕には、君が潜んでいた。腕時計型のようなそれを見るに、魔術の発起点と近しい位置にね。魂が巡ってくる通り道に門番としている君は、そこに君自身の魔術を与えていたんじゃないか?」
「.........」
「処理落ちかい?沈黙の肯定かい?」まあ、どっちでもいいけど、と言いながら彼女はつづけた。
「アニマというエネルギーを処理するための容器を自身の内部に設置した君は、自身もしらっずしらずの裡に魂というものを得ていたんだ。そしてその魂は魔術に深くかかわってくる。そこの殺生院が使えず苦しんでいた魔術にね。...君が持っていたんだろう?殺生院の魔術の輪郭は。」
魔術の輪郭を何かに依存させるという点は、事実来栖シュカもペンで似たようなことを行っていることである。しかし、
「人工知能AIには、魔術の輪郭の核となる想像力はあるんですか?」
来栖シュカは率直な疑問を口にする。
「魂があれば。」七海は緋色の瞳をしっかりと来栖シュカにむ向ける。その視線は熱を帯びており、言葉も重くのしかかって医療である。彼女は思わず体をこわばらせる。
「魂の本質はエネルギー。それを想像力に結び付けて魔術が発動するという原理は変わらない。絶対不偏だ、断言する。人工知能が魔術を使えるのか、もっと言えば、魔術回路を構築することが出来るのかについては、答えはYESだ。しかし、それが極端に凝り固まったものになる。学習されたものから最適解を一つ見つけて効率化を目指す人工知能と、多岐に渡る想像を働かせる人間とでは、優位となるジャンルがあまりにも異なるためだ。」
非効率的故に人間が使いこなせる魔術。最適解を導くことが出来る故に画一的な輪郭となる人工知能AI 。その差が魔術にて顕著に表れていたということだろうか。
「しかし」力強く七海は続ける。「それは魔術の使用不可ということにはつながらない。魂の属性、神羅の概念が加われば、アニマの放出というだけでも、それは立派な魔術になる。」
神羅という魂の属性は、人工知能にも適用されるんですか、という質問が枢シュカの喉から出るよりも早く、七海は続ける。
「事実、基本的に単調なものではあったが、電撃弾のようなものが飛んでいただろう?あれは、魂の放出だが、誰がどう見ても立派な魔術だった。特に未来機関が喜びそうなね。人工知能に与えられた神羅が―――」
あれは、炎羅だよな?と七海は星ヶ宮に目を向ける。彼女は右手を左頬に当て、何かを考えるそぶりを見せた後、「多分ね」と付け加えた。
「そう、その炎羅を溜めに溜め、液体でも気体でも、もちろん固体でもない新たな姿、プラズマ化させて放出していたんだ。これは、殺生院だけではできなかった。電子生命体ならではの発想..というか最適化だ。これはこれで、ある意味想像力を使った魔術を超えていたと言って差し支えないだろう。魂という概念が不確定な中での最適化が、ここまで跳ねるとは、本当にすごい。」
七海はうんうん、と腕を組んで彼女を褒め称えた。その過程で、殺生院と人工知能AIに対する情報が少しずつ開示されていく。
つまり彼の状態として、
・魔術に対して耐性はないが、アニマのエネルギーだけ過剰にある。
・それを見かねた人工知能AIが魔術の回路を作っている。そのために進化のスピードを留めていた。
一方で、人工知能AI側の判断としては、
・魂という概念があやふやな人工知能の意思に、魔術という概念への着手
・殺生院としては過剰はアニマを排出する手段として、人工知能AIにとっては魔術への理解を学習するための足掛かりとして、互いに利害が一致していたために共生的関係が構築されていた。(殺生院側から見れば意図できないことであるが)
彼女の先の言葉を信じ、整理すれば大体このようなところか。
「でも、このまま魔術を放出していたら、いずれ完全にアニマが切れてしまう。フレームアウト後の状態でモロに星ヶ宮様の爆発を受けたら、おそらく殺生院様は...。」
その判断は正しい。あの規模の爆発を受けていたら、身体をアニマで保護していない彼は、肉とも住友分からぬ姿に還っていただろう。流石は最適化を図る人工知能だ。
「だから、そこの.来栖シュカ様にお願いしておりました。彼を止めてほしい、と。」
あの時の言葉はそういう意味だったのか、と来栖シュカは得心が行く。どうやら彼を重んじている心からこぼれた言葉だったようだ。
「だからだったのね。人工知能の絶対平等性を擲ってでも彼を助けたかったから。文字通り、AIに従順した。その結果の言葉。」
彼女は頷く。ホログラムの角度の関係で、うなずいた彼女の顔を見れていないが、おそらく表情は、あの時と同じく嘘偽りのない真摯なものだろう。
「星ヶ宮様では届かなかった。私の姿を見たら、すぐに動揺されたので、漏れ出したアニマから形を形成した私はすぐにぼやけて気失せていたのでしょうから。それであなたを傷つけてしまったことは、申し訳ありませんでした。」
「頭をあげて。」星ヶ宮はため息交じりに言う。「私と似た姿で、軽率に頭を下げないで。本心から出たのはいいけれど、こっちとしては、あんまり気分のいい物じゃないしね。」
「意外だな」という七海に対して、「そこじゃないからね。」と軽く星ヶ宮は受け流す。手慣れたコミュニケーションから、彼女たちの付き合いの長さを感じた。
「まあ、彼の魔術に対しては、その辺でいいとして...」星ヶ宮が口を開く。彼女が最も気になっていた革新の部分である。「どうしてあなたは、私と姿かたちが似ているのよ。生き写しみたいな...でも、ちょっと違う。変な感じ。並行世界にいる人を見ているようだわ。」
どっちにしても、私が可愛いのは健在みたいでよかったわ、と陽気にふるまう星ヶ宮に、人工知能AIは面と向き合う。
「この姿は、殺生院様の記憶を深層学習していた際に、印象が最も強かった肩のイメージを再現してます。9年前の未来機関指定名古屋病棟に、殺生院様が入院されていた時の記憶から、年相応に調節した姿です。」
「...だからか。いたのね、あの中に。」
未来機関指定名古屋病棟、という単語を聞いた星ヶ宮の眉が、ピクリと上がったのを、来栖シュカは見逃さなかった。
「どうしました?」と聞けば、「...いいえ、なんでも。」と帰ってくる。何か思うところがあった間であったが、それ以上話す気がないと感じたために深くは詮索しない。七海はどうした?と軽く声をかける程度であった。
「ともあれ、どうする?殺生院、このまま未来機関に引き渡すか?」
「え、普通にそうするんじゃないんですか。何を迷うところが...」
七海のはなった不可思議な言に、来栖シュカは間抜けな表情を思わず晒す。以外にも同じく頭を悩ませているのは星ヶ宮であった。
「そうねえ。ちょっと話が変わってきたかもしれないわね。」
「だから何が...」
「こいつだよ。人工知能AIだよ。こいつが一番の問題なんだ。」
七海はゆらゆらとホログラム上を泳ぐ彼女に指を指す。
「彼女はもとは人工知能AIの異なる部分。それに重大なバグともいえる高度な進化をアニマの影響でしている。これが何を意味するか、来栖シュカ、わかるか?」
人工知能に起きた重大なバグ。それは、その他の土地においても絶大な影響力を持つ人工知能AIの致命的欠陥ともいえる。そしてそれは、未来都市の歌う絶対平等性にひびが入ることと同義である。それはつまり―――
「未来都市の崩壊の可能性も含んでいる?」
正解、と彼女は指を鳴らす。
そう、彼女の存在が未来機関に伝わったら、人工知能AIを絶対としている未来都市に大きなダメージが入る。人工知能AIを採用している企業は一気に崩落の道を辿り、都市部は昨日定期に陥る。もしかしたら、AIが包括している生活基盤や物理的な地盤、交通にも影響が出てくるのかもしれないのだ。
その他の土地でも、もろもろの影響が出ることは想像に難くない。未来機関ほどではないとはいえ、進んだ人工知能影AIの響は色濃く残っている。
「じゃあ、私がめちゃくちゃ走って持ち逃げしましょうか、その人工知能AI。足には自信ありますよ。」
「うわ、びっくりした。もうちょっと喋りなさいよ、哀。」
ぬるりと神木哀が提案する。その収まってきた黒煙の中から今現れたような突然のことに、全員の思考が一瞬固まる。そこから一歩先んじて思考を回すものが一人。
(今ここに来た...?いやもっと前からいたはずだ...全く気が付かなかった...?違う...もっと別の...)
彼女の聡明な頭脳は、刹那に様々可能性を詮索する。しかし、その思考の渦を、武骨な男の声がかき消した。突然の来訪に、思わず殺生院以外の全員が、声のする方に視線を動かした。
「MPS到着、MPS到着。繰り返す。MPS到着、MPS到着。道を開けて下さい。...ああ、職員の型は隅に。後で調書を執り行います。」
「MPS?」
来栖シュカと神木哀が脳内に?を思い浮かべる。その様子に気が付いた七海は彼女らに顔を近づける。
「MPS、マギア・プロエリウム・スコーピアス。特務と言われる連中だ。未来機関に在籍する、魔術の後処理用の掃除屋さん。」
両の指で袋をつまむようなジェスチャーを取りながら七海は続ける。
「この未来都市じゃあ、魔術の戦闘はざらにある。それをランカーたちが包括している。ランカーである彼彼女らには風紀の役割も担っているからね、強者の役割として。統制したりルールを強いたり...まあ、あんまりないけど絶対特権を使ったりしてある一定の秩序を守っているんだ。」
「星ヶ宮さんて、ルールを守らせる側の人間なんですね。イメージと違うというか、なんか奔放な感じがしていたので、意外と言えば意外かも...」
その言に反応した七海がぴくんと顔を動かす。何かに気が付いた猫を彷彿とさせる反応である。そしてすかさず顔の前で右手を大きく振る。
「ああ、こいつはルール守ってないよ。だからこの旧名古屋は治安悪いんだ。他と比べてね。」
「じゃあダメなんじゃ...」
来栖シュカはジトっと湿った視線を向ける。
「別にいいでしょ、そんなこと。」対照的に星ヶ宮はからっとした態度で応戦した。
「それよりも、この状況どうするのか考えましょう。うだうだしていたら本当に彼女の案を採用することになるわよ。」
「ああ、そうだな...」
「あの、私に考えがあります。とりあえずここから殺生院を連れて離れることが出来ればいいんですよね。」
「ああ」七海は首肯する。「とりあえずはな。未来機関に人工知能AIが調査されないようにするのが先決だ。彼女の存在を漏らすのは危険すぎるからね。」
「でしたら、私にやらせてください。今なら思い通りにできそうです。」
来栖シュカはペンを構える。その先には二人の男女。不安そうに彼女を見つめるその瞳を放つ少女に安心させるように、彼女は呟く。
「大丈夫、私に任せて。」
かつて淑女が彼女に呟いたことが脳裏によみがえる。「あなたのような心を持っていれば...」儚げな表情と寂寞の恋慕が伝播する。
(できるなら私は、貴方の言葉に殉じたい。けれど―――)
心に一粒の疑問符がある。しかし、それを少女の前で見せぬよう、強くきつく呑み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます