第23話

 電撃が直撃すること自体は、それぞれのアニマを防御面に割り振れば威力を大幅に落とすことは可能である。そのために彼女のようなランカーであれど、戦闘時には一定のアニマを漏出しているものだ。体を覆う蓑のようなアニマは薄く、されど確かに防御の役割を果たす。


 その状態であるからこそ、何度か殺生院の電撃を食らっても致命的なものには至らなかった。しかし、今回の一撃に関しては話は別だ。


 彼女の体を覆う蓑は、彼女の意識が存外のところに放り出されている状態であるため、一時的に切れている。蓑を作っているのも流したアニマであるゆえに、その魂が揺らげば自然と鎧も剥がれ落ちてしまう。魔術の輪郭を想像するほどではないにしろ、アニマを流す行為自体は能力を遜色ないためである。


 加えて、彼女自身初めて見る自身の分身のような存在に、心が揺さぶられる。彼女自身の魔術の輪郭が揺らいだために、通常のものよりもさらに大きくジャミングが発生していたのは間違いない。


「星ヶ宮さん!」


「...次だ。」


 どっ...と膝を崩した星ヶ宮を横目に、殺生院は再び銃を構える。見れば、指は骨が折れているのか、ドクンドクンと赤く脈打つ鼓動が聞こえんとせんばかり。


 瞬間、来栖シュカはペンを構える。星ヶ宮に膝をつかせたということは、彼には相応の何かが再度発現したのだ。彼女の警戒も自然と高まる。


「次は君だ。そのペンでの回復もさせない。それは僕が君の完勝した後、責任を以て我が天使の治療に励むよ。」


 そう言ってゆらりと彼は銃を構えているほうの手とは反対側、左手の掌を上に向ける。その後、ゆっくりと手を招くように指を小指から折りたたんでいった。


 その風貌には、殺気が炎々を立ち込める煙のように渦巻いている。星ヶ宮の治療は今は出来ない。そう判断した彼女は、ゆっくりと立ち上がり、少しでも星ヶ宮から離れるように歩く。


「痛くないの?それ。さっきからあなたの体から燃え上がる炎もそうだけど...」


「痛くない、ああ痛くないとも。少なくとも、我が天使に与えてしまった傷と比較すればね。」


 首をひねり、濁った瞳を来栖シュカに向け、続ける。来栖シュカが歩いたことに応じるように、彼も並行して同じ方向に歩き出す。向かうは駅の反対側。彼は門を右手側にして手を拡げた。


「君の能力自体は、その作り出したペンさえあれば、あとは誰でも使えるような代物とみた。それで彼女と愛を育むことにするよ。手順が乱暴になってしまったことの謝罪もしなければならない。」


「まだ諦めていなかったの?ほとほと呆れるわね。女の子は自分を傷つけるような人には決して靡かないのよ。当り前だけど、一応伝えておいてあげるわ。」


「だからこそ、君に勝つ必要がある。僕がその能力を使えるようになればいい。今後、我が天使に何かあればそれで回復させるために。僕とてこんなつもりじゃなかったんだ。だけど、能力のない君みたいなやつがのこのことやってきて、やりたい放題キラキラと夢を見ている。そのうえ人を使ってテストともなれば、怒髪天となるのも無理ないだろう?」


 わかるか?と怒りを滲ませた目でこちらを窺う。肉食獣が獲物を追いつめたときのようなそれに、生理的な嫌悪感を覚えながら、ぴたりと足を止める。そして続けざまに彼女は問う。


「人の能力を勝手に盗むことなんてできるの?しかもあなたに?」


 にやりと彼女の意見を一笑に付し、彼女から数歩歩いたところで彼は足を止める。


「神羅の得手不得手も介在しているだろうが、多分問題ないだろう。ペンという媒介がここにある以上、構築されたものは出し入れする訓練が必要だ。現に、今これを君は消せないだろう?」


 彼女はハッと右手を見る。言われるまで気が付かなかったが、確かにこれは紙を構築変化させたものである。外界に出現させるために、紙というもうすでに現実にあるものを用いていたが、その逆というものもまた、魔術の応用である。


「それにも魔術の輪郭が必要なんだよ。でも、今君は出来ない。現れたばかりの魔術、それを消したときの不安と緊張が魔術の輪郭を邪魔をする。自信の欠如だからね。君を倒してそのペンをもらい受けた後、電池となるアニマを僕のアニマに入れ替えれば、おそらくなにも問題はない。...多分神羅も同じなんだよ。戦ってみたときに、ふんわりと伝わってきた。」


「神羅が似ている?」


「ああ、僕たちは本質的には似た者同士ってことさ。」


「...気色が悪い」


 眉を引きつらせながら、苦虫を潰したような脂汗の滲む顔で嫌悪を表現する。彼の言うことなすことが、いま彼女にとっての逆鱗になろうとしている。怒りで視界が歪んだためか、彼の周りにある電場がまた歪を露にしている。


(あれは...)


 来栖シュカには、先の星ヶ宮のようにはっきりと「それ」の輪郭を確認することは出来ない。なぜか。


 魔術が一杯のカップスープに例えられる。なれば、その魔術の現実に実証として表そうとする行為は、気の合う友人と何気ない会話を楽しむためのお供として提供するような行為と言える。そして、それを飲んだ際にどのように感じるのかは、その人自身の舌と脳の感覚を司り、その橋渡しとなる部分。つまり味蕾である。


 端的に言えば、漏れ出したアニマの輪郭を認識することが出来ないのは彼女の「味蕾」が慣れていないからである。四川料理に慣れていない人が、いきなり激辛料理に箸をつけるような無謀。それと同じことである。アニマを認識することにも相応の慣れが必要なのだ。


 故に、彼女の味蕾が慣れ切っていない以上、それがどのような味をしているのかを認識することは叶わず、依然として星ヶ宮が地面に伏している理由も謎のままである。


 それらを認識する「味蕾」と自身の魔術を応用させるための想像力という「調理」は、根っこではしっかりとつながっている。アニマと想像力は相互の関係にあるのだ。料理を作る。食べる。そして何より新しい味を想像して未知の料理を創作する。そのための飽くなき探求道。それを未来都市では経験という括りで縛り上げている。


 逆に言えば、経験という下地がない以上、味蕾が育つことはない。いろいろなものを見て、感じて、考えることで調理の腕は育っていく。この理は、能力発現一日目ではありえないほど多彩な能力を発揮している、才ある来栖シュカにおいても通じるものである。しかし――


(彼の魔術は常に右手から発生している。指の数に比例する威力と反比例する速度が彼の魔術の本懐。銃砲が指一本の時の不意打ちと、指を増やしたときの必殺技の使い分け、そして小指の拘束する魔術。それらを自由に使い分けている...)


 来栖シュカは指でペンを回す。人差し指を中心に、薬指と中指の付け根、そして小指の第二関節をぐるりと一周。そして再びその手に戻し、拳に力を込めた。


(それでも厄介なことには変わりはない。しかも、それ以上に星ヶ宮さんの爆発を受けて血を流しても綽綽としているHP。どう考えても人間の限界を超えている。普通、地面に血が滴って水たまりを描いたら、命に関わるわ。だから...っと)


「天使の加速装置≪キューティーハニー≫」


 彼の魔術が構えられる。アニマが乱れて歪む場所から撃たれるそれは、シュカの体を捉えている。しかし、来栖シュカもギリギリのところで電撃弾をペンで空間を塗りつぶすような能力によって、弾くことに成功する。


 バチっと銃弾が弾ける音がして、それは消えうせた。続いて二発、空を伝って光の銃弾が通り抜けていく。見てから避けるのが不可能なほどの速度であるそれは、外れるとするなら、彼にこそ要因がある。


「...ちっ」


 アニマが乱れたことで先ほどは星ヶ宮の隙を作ることに成功したが、同様の理由によって銃弾が空を切る。その瞬間を来栖シュカは見逃さない。


(今のは...)


 一瞬の歪んだ電場の中心。彼の魔術発動の起点となっている右腕。陽炎の中にいるかのようなその歪んだ腕の形、その輪郭が朧気に揺れる。


 料理の経験という下地がない状態での進化は認められない。しかし、味蕾の覚醒を早めることは出来る。それが、例えばこのような極限状態に置かれているときである。彼女の夢をかけたこの戦場では、彼女は常に観察と実行を繰り返し演習している。


 魔術では、想像力という概念が重要になってくる以上、自分の能力をどれだけ素早く向上させれるのかは、その目の速度に依存する。自身の可能性の幅を広めるという意味で、人の想像力を観察し、咀嚼するすることとつながるためである。其れの繰り返しで人の進化は加速するのだ。


(だから、なにか、種がある。そしてそれが星ヶ宮さんに膝をつかせる原因となっていた?つまり、殺生院の持つそれが...今のが星ヶ宮さんの弱点のようなもの?)


 小さな一歩、されど魔術の構築はそれの繰り返し。手繰り寄せるように楔を打ち込んでいけば、自ずとその回答が想像できるようになる。


 彼女は銃弾の中で、電撃の球を銃口から弾く。しかし、それでもなお降り注ぐ電気の嵐。攻撃が加速していく様は、まるで子供の駄々である。AI倫理に反した、作為的な児戯を子供が隠すときのような見境のなさである。それはまるで意思を持った何かが、その右腕に宿っているかのようであった。


 そんな中でも、来栖シュカは冷静に俯瞰し、観察していく。見つめる瞳は、その先、暴走気味である殺生院の右腕しか映らないようなそれであった。


(仮にそれが星ヶ宮さんの弱点であったとして、それが実際に何なのかを知らなけでばならない。...彼女の言動、自信。それを裏付ける美貌から生じた安定したアニマを以てしても揺らいでしまう何か。それは...)


 秒針が急かす中、彼女は星ヶ宮との邂逅が脳裏に浮かぶ。


 自身の美を絶対的に肯定し、爛漫な美女。七海に対する軽いセクハラじみたことをしながらも、その行為を肯定されるだけの優れた容姿と裏付けされた魔術。二つの要素が相乗効果を生み出すことによって、ランキングに名を連ねるまでに崇められ、負け知らずの印象を受けた彼女。


 しかし、そこまで整理していくうちに見えてくるものがある。その二つの要素を成立させている重大なもの。その自信も魔術も、根底にあるものは―――


(......なんとなく、わかった。多分、あれは...)


 彼女の目に、殺生院のぼうぼうとして揺れる殺生院のアニマが浮かびだす。彼女の目にも適合したのか、彼女の想像力が彼御それと合致することでより魔術としての輪郭が整ったのか。


 あるいはその両方であろう。彼女はその味を理解した。味蕾という名の未来の道標が、彼女を次の次元へ誘う。



「何を呆けているんだぁ?そんなんじゃあ避けられないよ。僕の攻撃は。」


 彼が再び銃を構える。指は1本。先ほど並走して歩いた時、外延をゆっくりと歩いていたために、気が付きにくいところではあったが、来栖シュカと殺生院のキャリは先ほどまでとは数メートルほど縮まっている。つまり、先の言葉の通り、彼女の避けられる状態から若干の誤差があるのだ。電撃のスピードを落としても、この距離であればまず当たるだろう。


(1本で必ずあてる。漢字で生み出す様々な現象も、この距離ならば意味がない。せいぜい、ペンで上から黒塗りするような、雑な魔術しか発動できないだろう。)


 殺生院は銃の標準を合わせる。警戒するべきは、彼女が動いたその刹那である。


(...さきほど我が天使に見せたあの回復能力も、おそらく”ペンの色を変えた”。同じ色のカラーコピーを張り合わせたことで、一見回復したように見せかけただけ。だけど、起点を聞かせて防御力に割り振っていたアニマが組織との緩衝材としての役割を想像していたのだろう。結果として、そこから回復効果が生まれたんだ。漢字を書く時間も与えていなかったはずだしね。画数的にそんな瞬間は見逃さない。...普通の想像力じゃあ輪郭が壊れてしまいそうなそれが実践できるのは、そこはさすがの我が天使。)


 銃の装填は完了している。先ほどは何かに呼応したかのように暴走気味ではあったが、今はその身体を殺生院に委ねるように穏やかなものである。


 それは殺生院が想像力を働せたために生まれた冷静さなのか、それとも――


「ともかく、その能力自体は驚異的だが現場向きでは絶対にないね。小さな小屋で絵をかいて過ごす老後のような、安心の下で夢を育てる。そっちの方がよっぽど驚異的で強力だ。...良かったよ。その程度で止まってくれていて。」


 シュカがペンを構えようとするのと同時に、銃口から電撃が弾けた。


「っつ...!!」


 殺生院の攻撃によってペンが手から離れる。からからと音を立てて唯一の武器が離れていくのを感じる。アニマでのガードが不得手で慣れていない分、ダメージは星ヶ宮と比べて高くなったため、掌に力が入らない。これで彼女は丸腰である。


「これで形勢逆転。ゲームクリアだ。君たちにとってはゲームオーバーだけどね。」


 手を堂々と拡げ、今度こそ彼は勝利を宣言する。高らかに勝利を確信し、一点の疑いもない。彼の目に光るのは目の前に伏す女学徒を見下ろす高揚感。


「コンティニューなんてさせない。これで僕の勝ちだ。」


 しかし、目の前の少女は右手を押さえながらゆらりと立ち上がる。もうただの一般少女に戻ったとされているというのに、その目にはまだ一筋の闘志が漲る。


「気に入らない。気に入らないな、その目は。」


 殺生院にとっては、それがなんともなく不快なのだ。


「根本では似た者同士背あることがわかる分だけ、僕とは異なる世界にいる。だからそんな目で僕を見るんだろう?...今考えてみれば、僕にはその上が足りなかったのかもな。ここにきて少し反省したよ。」


「..わね。」


「...なんて言ったのか聞き取れないな。もう一度。」


 ぽつりと彼女が何か呟く。そのか細くとも不気味さと不和を纏ったその言に、殺生院は思わず聞き返す。


「くだらないわね。くだらなことに縛られて、自重の意思に押しつぶされて。自分を見失ってる。...そんな向こう見ずだからこそ、その魔術の威力を維持できていたのね。だけど...」


 彼女はゆっくりと背を伸ばす。逸らした背中がゆっくりと針を取り戻していけば、その立ち姿から殺生院は思わず息をのむ。彼女はそのようなことは気にも留めずに続けた。


「魔術の発現と威力を担保するアニマ。しかもあなたは燃える体を漏れ出したアニマ出以て防御している。そんな二重にアニマの使用を強要する中で、アニマ切れを起こさなかったのは、貴女がいたからなのね。...目を凝らしてやっと見えた。」


「私が、見えているんですか。」


 電子の海で泳ぐ彼女は、涙で濡れた瞳をこちらに向ける。それは星ヶ宮を幼くしたようなホログラムである。その発信源は彼の右腕にある端末。先ほどまで電撃をとばしていたその右腕を見つめれば、彼女は恥ずかしそうに視線をずらした。


「あなたは...いったいなんなのかしら?いやそれとも...誰、といった方が理に適っているのかしら。」


 彼女が問う。その不確かな命は、ぼやける姿とは裏腹に、透き通るような声で耳朶を揺らした。


「私は、人工知能AIです。皆様の平等を担保し、初めて存在が許される、未来都市のAI端末の一つ。呼び方も認識もどうぞご自由に。」


「...不思議ね。そんな平等さを語っておきながら、涙を流しているなんて。...さっきまでの電撃銃の暴走もあなたでしょう?とても平等さを軸にしているとは考えられないわね。」


「...返す言葉も出てきません。しかし、必要があると判断したためです。」


 彼女はトロンとしたうつろな目で、彼の右腕を見つめている。殺生院にはいまだにその姿は映らない。いや、映れないというべきであろう。彼女が自分には見えない何かと話している様はが酷く不気味に見えた。


「悟ったようなことを言ったかと思えば、次は不気味にぺらぺらと言葉を垂れて。なにをしていて、何がしたいんだお前は。気持ちが悪いな。」


「そんなことを思いながら、わざわざ待っていてくれる藻は、やさしさかしら?」


 彼女が彼の目を見て問えば、勝利の余韻に浸る殺生院が鼻を鳴らした。


「憐れみだよ。ペンという武器を完全に失って地べたを這う敗者が、最後に見せる現実逃避に寒気がしてね。同情から様子を見ていたのさ。」


「私を倒したら、どこかに落ちたペンを回収して、星ヶ宮さんを連れて富んずらって感じかしら。」


「そうだね。ああ、楽しみだ。我が天使がいる日常は、きっと花と色に囲まれたものになっていくだろう。億劫なものにむせばない、素晴らしき日常が舞い戻ってくるはずさ。」


 背後の駅の崩れ落ちそうな断面を背に、彼は未来に思いを馳せてゆっくりと手を握る。


 来栖シュカはその言を聞き、視線を電子の生命体の宿る右腕に戻す。


「だって。あなたはどうするの?私はあなたにはいろいろ聞きたいことはあるけど、時間もないみたいだし。」


「そうですね。では、私の願いを聞いていただけますか?...彼をともめてほしいのです。このままでは...」


 瞳から涙は零れない。潤んだ瞳は電子の残像なのだから。


「...矛盾ね。平等さを一途に考えていると息巻いておいて、人ひとりに固執して願いを叶えたいだなんて。人工知能なんて大層なものじゃなくて、誰かを愛した一人の女の子みたい。」


 来栖シュカが思わず口に出せば、人工知能AIははにかむ。その表情は現在の星ヶ宮が忘却したような、嘘のないそれである。


「ええ、名前はAIですからね。」








 


 




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