第2話 ゆう

 次の日の朝四時半。今日は土曜日である。

 私がルームを開いてすぐにゆうはやってきた。


「おはよう!」


『おはよー!』


 私はほかの人の出入りを禁止する限定枠を作った。そしてゆうを、そこで私は初めてゆうの声を聴くことになる。


「おはよう、かいちょー」


 少し低音で、でも温かくて優しい、まるでふわふわの真綿に包まれるような、そんな感覚。どこかで聞いたことあるような、懐かしいような、なんというか……。初めて会ったとは思えないほど親近感が湧いたのはどうしてだろう。


「おはよう、ゆう。めちゃくちゃ良い声してるね!」


「ありがとう」


 照れ笑いしながら答えた。


 佐々倉優ささくらゆう。誕生日は四月二十三日。中学三年生で同い年。アイコンは友達とスノーボードをしに行った時の写真らしい。バスケ部に入部しているが、大半のスポーツはできるスポーツ少年だった。野球に水泳、柔道、体操といろいろ……。特に野球は好きで得意だったけど、中学ではほかのスポーツをやりたくてバスケを選んだんだって。そして、の名前は本名で、漢字一文字で「優」と書くことが分かった。弟は小学六年生で「大」と書いて。両親が雄大ゆうだいという人が歌う曲が好きで、それが由来の名前らしい。

 一方、私は、下の名前を教え、「かいちょー」の名前の由来を話した。


「私、生徒会長やってて、学校でよく会長って言われるから、かいちょーにしたの」


「生徒会長!すごいな」


「やるときはやるけど、ほかはやりたい放題の生徒会長だけどね」


「でも、みんなをまとめてるんだろ!すごいよ」


 私の中学校は二百五十人程度の生徒が通っていて、その中で生徒会は、生徒会長一人、副会長・書記・会計がそれぞれ二人ずつの、合計七人で構成された。前期生徒会では会計の二年生のほかみんなが三年生で、ほぼ毎日昼休みを使い、それぞれが掲げた公約達成に向けて活動していた。


 ゆうは私の話を丁寧に聞いてくれて、そして自分の話もしてくれた。

 ここで私は昨日の話を思い出す。


「そういえば、仕返しはどうなったの?」


「あ、ちょうど今その話しようとしてた」


 昨日、私の唇を吸う音がエロく聞こえたゆうは、明日私に仕返しをすると言い出したのだ。


「練習したからいける」


 何を……?と思った瞬間。


「……!!?」


 私はゆうが出した音に反応してしまった。


「ちょ、やばっ」


 ゆうはリップ音と呼ばれる、唇や口の中を使って、キスしている音を真似していた。

 その音があまりにも気持ち良く、思わず私は声が出てしまう。


「もしかして耳弱い?」


 クスッと笑ったゆうは、私の反応に構わず続けた。


「まじでやばい、きもちい。昨日練習しただけでこんな上手なことある!?」


「〇ou〇ubeで検索かけたら出てくるよ」


「まじか。初耳」


「てか、めっちゃ耳弱いやん。俺基本いじめたくなっちゃうから、かいちょーにいじめられたらすぐやり返すからな」


 これがもしリアルで起こっていたら、彼はきっとニヤッと意地悪そうに笑って、度Sキャラを演じるんだろうと勝手に想像した。


「やっばー、ムラムラしてきた」


「……私も」


「イプ?っていうんだっけ。しちゃう?」


「うん」


 私は済ませた。



「そろそろ部活行く準備しなきゃだから終わろー?」


 イプ……電話越しでお互い自分で致すこと。類似セックス。テレフォンセックス……の後、会話を楽しんでいた私は、もうすぐ七時になることに気が付いた。


「おけ!俺も部活の準備しなきゃだな。……あと一つだけ言いたいことがある」


「ん?」


 少し間が空いて、なんだろうと思ったら。


「俺、が好き。初めて話してから声とか、話し方とか、雰囲気とか、めちゃくちゃ好き。だから俺と付き合ってください!」


 まさかの告白。出会って二日目で。そして、名前を初めて呼んでくれた。

 ネットでの告白はすでに三回ほど経験済みだった。だが、そのすべてが、ただ彼女が欲しいだけの理由での告白で、正直、ゆうからの告白も本気だとは思えなかった。そして、イプをしてからだとなおさら……。


「……ごめん」


 結局、ネットで繋がる人は出会い厨ばかりなのだろうか。……次の言葉で、私はとても驚くことになる。


「そりゃそうだよね。昨日出会って話した相手に告られても振るよな」


 と笑った。


「じゃあ、友達として仲良くなってもいい?」


 振られて諦めるような人ではないと、そして、本気で私と友達としてでも仲良くなりたいという熱で溢れていた。


「……うん、いいよ」


「ありがとう!てことでこれからもよろしくね!」 


「よろしく!告ったことあんまり気にしないようにするね!」


 気にしないようにしないと気まずくなるのではないかと思ったからだ。


「いや逆だろ。意識してほしいから言ったの!」


 ドキッとした。不意打ちだ。


「振られても好きなまんまだし、振られるのわかってて告ったから、これから覚悟しとけよ!!絶対振り向かせるから」


 この二日間でこんなにも好きになるなんて信じられなかった。


「半年間、私とずっと話してくれたら考えてもいいかなー?」


「じゃあ、半年がんばるわ!」


 振られても明るく振舞うことで気まずさがなくなり、彼に好印象を覚えた私だが、その一方で、その気持ちは半年持つのだろうかと疑っている自分もいた。



「……行ってきます」


 小声で言って、出ていく私。向かう先は学校だ。

 学校に着くと、職員玄関から入り、上履きに履き替えて音楽室がある四階へと上がった。そこにはチューバを運ぶ副会長・渡辺幸也の姿があった。おはようと挨拶を交わし、私は音楽準備室からクラリネットと譜面台を持って、渡辺がいる被服室に足を運んだ。


「今日、また告られた」


「おー、さすが。返事は?」


「振りました」


 という謎の報告をした後、私たちは準備をしながら生徒会の公約・挨拶運動の強化について話していた。むろん、私と渡辺は恋人関係ではない。生徒会を通して仲良くなった、私にとっては何でも話せる友達だった。

 渡辺と話しているとき、廊下に私の大好きな芦屋心音あしやここねを見つけた。私は「あっ」と言って、獲物を狩る猛獣のごとく素早い動きで彼女の背後を捕らえ、抱きしめた。彼女のまた生徒会役員で、書記を務めている。


「おはよぉ、心音♡」


「うわっ、びっくりした。なんだ、美桜か。おはよう」


 私が心音に抱き付くのはいつもの光景。そばを通る後輩から挨拶をされても、抱き付いたまま挨拶を返す。


「はいはい、よしよし」


 と、慣れた手つきで私の頭を撫でる心音。


「ほらあ、もう準備しなきゃだから離しなさい!」


「えー、はぁい」


 離れた私はありがとうと言って被服室に戻り、渡辺との会話を再開した。

 これが私の学校(土曜部活)の日常である。

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