第4話 タオのチョコレート、帝国語の先生イリア
当たり前だが、授業の内容は半分どころかほとんどわからなかった。
教室の前に黒い板が張ってあり、白い石で文字が書ける。
その黒い板になにやら地図らしきものが張ってあり、そこを棒で刺しながら先生が何か言うと生徒たちは一斉に手を挙げた。
とにかくみんな、よく話す。男も女も、誰も彼もみな堂々と自分の意見を言う。誰かがそれに何かを言うとちゃんと応える。女でもハッキリと男に言い返す。
女は男の持ちものであり、男の陰で大人しくしているのが当たり前のぼくの里からすれば、それは珍しく、また異様に見えた。
でも・・・。
その生徒たちの中でなにもわからずにただポツンと座っていなければならないのは苦痛だった。
里の村では族長の息子と言われ、みんなから一目も二目も置かれて尊敬されもしていたのに、ここではぼくは女にさえ劣る、その辺に転がっている取るに足りないただの石ころ以下の価値しかないように思えた。
ぼくは族長ヤーノフの息子でこの帝国の大事な客のはず。それなのに・・・。
みじめさで泣きたくなるのを必死にガマンした。
泣くわけにはいかない。絶対に!
だけどそう思えば思うほどに泣きたくなってしまった。とても、辛かった。
隣のタオというヤツがまた手を挙げた。彼は先生に何かを言い、先生がそれに応えていた。
タオが席を立ち、ぼくの手を取った。
行こう、おいで。
そんなことを言っているように感じた。
何が何だかわからなかったが、先生も許しているらしいし、いたたまれない気持ちでその教室に居続けたいとも思わなかったから彼に従った。彼に連れられるようにしてぼくは教室を出た。
学校にもビッテンフェルト家にあったようなアトリウムはあった。より大きく、たくさんの草花が植えられていた。
タオは、水音のするその大きな葉のある木の陰にぼくを座らせた。そしてポケットから包み紙を取り出し、それを開いた。
中身は茶色いドロッとした不気味なものだった。それを彼は舌を出して舐めた。
ニンマリ、と笑ったタオはぼくにも勧めた。舐めろということらしい。
ぼくは、舐めた。
それは、ぼくにとって生れて初めての、衝撃的な味だった。
めちゃくちゃ、甘い!
甘くて美味しい!
里でそれまで食べた甘いものといえば、ヤマボウシの実やノイチゴやあんずの干したのとかだったが、それよりはるかに甘くて口の中に幸せが広がる感じがした。
「チョコレート」
と、タオは言い。また笑った。
チョコレートでだいぶ元気を取り戻したぼくは、タオと教室に戻った。
「ありがとう、タオ」
ぼくが礼を言うと、彼は嬉しそうに笑った。
教室では同じような授業が続いていたが、ぼくはもう惨めな気持ちになることはなかった。それはタオがくれたチョコレートの甘さのお陰かも知れないし、なにか別のもののせいかもしれない。
そして、そろそろ一時間目の授業が終わろうか、というころ。
教室のドアがノックされ、若い金髪の男が入って来た。
彼はひとわたりぐるっと教室の中を見回すと、なぜかぼくと目を合わせた。なんだかわからないけれど、またぼくはドキドキしてしまっていた。
「ぼくの名前はイリア。ミハイルだね?」
帝国に来てからぼくの里の言葉を聞いたのはアレックスとメモ片手のビッテンフェルト准将以外では初めてだった。緊張していたぼくの心はたったそれだけでふにゃん、と緩んだ。
一時間目が終わり、彼はぼくを教室から連れ出して校舎の外れの教室よりも小さな薄暗い小部屋に案内した。
「ごめんね。本当は朝一番で来るはずだったんだが。心細い思いをしたろうね」
彼は窓の木の扉を開けた。薄暗かった小部屋に夏の陽光が飛び込んできて小さな部屋は眩しいほどに明るくなってぼくは思わず目を細めた。
部屋には小さなテーブルを挟んで椅子が2つあった。ぼくと彼は向かい合って座った。
「ミハイル。キミはアレックスを知っているね」
「・・・はい」
「ぼくはアレックスの友達なんだ。それに、キミのお父さんにもあったことがある。あれは去年の秋だったかな」
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