第七話 怪鳥のやきとり その一

 

 魔物の一種であるCランク──最低ランクがFなので魔物全体で見れば中堅程度ではあるが、そもそもB以上は上位の冒険者パーティーが対応する必要があるのでCランクといえども数が多ければ十分脅威ではある──の怪鳥の群れが農地を荒らして決して小さくない被害を出しているという噂をシャルリアは耳にしていた。


 いかにCランクともいえど、これまで観測されてきた怪鳥の群れの中でも最大級の規模が津波のごとき勢いで迫るともなるといかに歴戦の強者であっても油断はできないとも耳にしていたが……、


「にひひ☆ 殺りすぎちゃったでごぜーますぅ」


「いや、なにこの量!? 多すぎない!?」


 ヘルはそんなのお構いなしに荷馬車に怪鳥の肉を山積みにして持ち込んできたのだ。


 民家程度ならその嘴と突進力で軽く貫く怪鳥をただ倒すだけでなく、肉の破損をほとんどなく討伐するのは難しかっただろうに。


「これだけたっぷりならシャルちゃんも嬉しいでごぜーますよねぇ」


「多ければいいってものじゃないよ、ばかばかっ!」


 怪鳥は秀でて脂がのっているわけでもない。

 調理するとしたら脂の旨さではなくタレの旨さで勝負すべきだろう。


 その辺りは父親がうまく調理するとしても、だ。


「この量のお肉、私が下処理しないといけないの? もお、こんなのどうしろってのよお!!」



 ーーー☆ーーー



 アンジェリカが王都の片隅にある小さな飲み屋にやってきて数週間が経ったある日のことだ。



「ひっく。今日からしばらくはやきとり感謝デーだよっ!! というわけでやきとり以外の食べ物の注文はお断りだから!!」



 来店した客を出迎えるのは店員の少女のそんな言葉だった。こんなのがまかり通るのが良くも悪くも安くて『訳あり』な場末の飲み屋である。


 ……アルコールは摂取していないだろうに、ハイなシャルリアはどことなく酔ったように顔が赤かった。


「はい、ヘルさんやきとりだよっ」


「うっぷぅ。シャルちゃん、もう限界──」


「ん? 誰のせいであんな大量のお肉を処理しないといけなくなったと思っているのかな??? すっごく疲れたし、未だに目がチカチカするんだけど!?」


「ひぅう。シャルちゃんが怖いでごぜーますぅ」


 そんな風にやきとりがこれでもかと飛び交っているところに踏み込んでくる新たな客が一人。



 地味なワンピース姿ながら目が離せないほどに美しい女、つまりはアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢であった。



「アンさんいらっしゃい! 今日はやきとりオンリーだから覚悟してよね!」


「やきとり、ですか? 聞いたことありませんわね」


「ビールによく合うよ!」


「喜んでいただきますわ」


 そう即答できるくらいには公爵令嬢もすっかり酔っ払いどもが集うこの店に馴染んでいた。


 そんなわけでうきうきとビールに合う料理を待っているアンジェリカにとっくに酔ってできあがっている常連たちが声をかける。


「よお、嬢ちゃん。今日の店員は一味違うからな」


「というと?」


「たまにああなるんだが、今回はどうにも大量の在庫を抱えてハイになっているみたいでな。こちらの胃袋事情を無視してやきとりをこれでもかと持ってくるぞ。ちなみに犠牲者一号はほれあの通り」


 酒くさい常連が立てた親指で指し示す先ではやきとりの山に埋もれて目を回しているヘルの姿があった。


 ロリな見た目からは想像できないほど歴戦の冒険者が弱っているというのは本当に珍しいことでそれだけ非常事態なのだ。……もちろんアンジェリカがそのことを知るわけもないのだが。


「でも、やきとりはビールに合うのでしょう?」


「おう。まあな。酒飲みの定番だしな」


「でしたら、ええ、逃げ出すわけには参りませんわ!」


「嬢ちゃん……ははっ、そうだな! ビールに合うならしゃーないわな!!」


「おーっ! ですわあーっ!!」


 もう酔っているのでは? と思うほど酔っ払いどもに馴染んでいるアンジェリカであった。



 ーーー☆ーーー



「やきとりは塩かタレかって論争あるけどさ、私は思うんだよね」


 どんっと山のように積み上がったやきとりの皿とビールがなみなみ注がれたジョッキをアンジェリカの前に置いてシャルリアはこう叫んだ。


「ウチのような店のお肉に塩だけかけて素材本来の味を楽しんだって普通に微妙だから!! というわけでウチのやきとりはタレオンリー、異論は認めません!! 塩をかけたいなら高級やきとり店にでもいけってのよ!!」


「は、はあ」


 ……何やらハイな店員に頷くしかないアンジェリカであった。そもそも塩かタレかと言われてもやきとりという存在を初めて知った彼女にはどちらがいいかわからないのだが。


 大量の怪鳥の肉の下処理を終わらせてハイになっているシャルリアは一方的にまくし立てて満足したのか、穏やかにこう続けた。


「まあ、ビールに合うのは確かだから、食べてみてよ」


「はい。いただきますわ」


 ご丁寧に手を合わせてから、ナイフとフォークを掴むアンジェリカ。


「はいそこストップうーっ!!」


「はっ、はひっ!?」


 まさかそんな風に叫び声を浴びせられるとは思ってもおらず、ヴァーミリオン公爵令嬢としてはもちろんアンという一人の客としても出したことのない上擦った悲鳴をあげる。


「アンさん、ひっく、それはダメだよ」


 そっと静かに、それでいて有無を言わさずナイフとフォークを取り上げるシャルリア。やはり数多の怪鳥の下処理を経てハイになっているのか、普段ならありえない強引さであった。


「やきとりってのは串に刺さっている料理なんだよ? それをナイフとフォークで食べるってどういうこと? まさかお肉を串から抜いてちまちま切り刻んで食べるつもり!? 何それ!? そんなの女神様が見逃しても私が見逃さないんだからねっ!!」


「は、はい……わかりましたわ」


 アルコールを摂取せずとも疲労でハイになれるのか、あるいは疲れているところに店に漂うアルコールで酔ってしまったのか。


 とにかく今のシャルリアはハイもハイ、絶好調であるのは確かだろう。……後で思い返して身悶えるまでがお約束であるのは常連なら誰もが知っていることだった。だからこそ常連たちは次の日のシャルリアを想像して酒のつまみにする余裕があった。


 もちろんそんなこと知るよしもないアンジェリカはいつもと違う店員に気圧されながらも、これはこれで気兼ねなく接してもらえて嬉しいと思っていたが。


「それでは、どうやって食べるのが正解なのですか?」


「もちろん串を手で持って、そのままかぶりつくんだよ! そっちのほうが百倍美味しいんだから!!」


「なるほど、からあげと似たような感じですか」


 頷き、アンジェリカは改めてやきとりの山を見据える。


 濃厚そうなタレが満遍なく広がっているやきとりは串のほうまでタレが染みついていた。あれを持てば手が汚れるのは間違いないだろう。


 これまでも貴族『らしくない』料理は食べてきた。その食べ方もまた貴族『らしくない』ものだってあった。


 だけどこれはその中でも一番『らしくない』。

 食事中に手を汚すなど優雅さを重視する貴族が最も嫌うことである。


 だから。

 だけど。


 ここで躊躇なく手を汚してでも串を掴むことができたのは彼女がヴァーミリオン公爵令嬢ではなく、あくまでアンジェリカという一人の女の子であったからだ。


 それに、何より、この店員が勧めるのならそうしたほうが絶対にいいと信じているから。


「あら? よく見ると、色々な種類があるんですね」


 比較的『お肉』といったものが刺さった串を手に取りながらアンジェリカはそう呟いた。彼女の視線の先には砕いた肉を丸めたものやネギと一緒に刺さっている肉、それに平べったいあれは何だろうか? とにかく多様な肉が並んでいた。


「そりゃやきとりだからね。種類は豊富だよ。あ、ちなみに今日はどれだけ希少な部位でも食べ放題だよ。何せ普段の消費量とか保存可能な期間とか諸々考えたらあり得ないほど大量のお肉があるからね!!」


 じろっとある方向を見据えるシャルリア。そこでは居酒屋にいていいのか不安になるくらいはロリな見た目の女が机に突っ伏していた。


「とまあ、そういうわけだからじゃんじゃん食べてよ。もちろんビールも一緒にね」


 店員に頷きを返して、そして改めてやきとりを口にするアンジェリカ。


 まず感じたのはやわらかな肉の感触、そして濃厚なタレが口の中いっぱいに広がる。なるほど、これはビールがすすむと呑まずともわかるほどだった。


 ぐいっとビールを呑めば、口いっぱいの濃厚なタレが洗い流されてこれぞお酒の醍醐味だと吐息が漏れる。


「美味しいです……」


 気がつけば串に刺さっていた肉がなくなっていた。それくらいぺろっと食べられたのだ。


 今度は違うものをとあえて平べったいものが刺さった串を手に取る。


 こちらは歯応えのある食感が特徴的だった。これは皮だろうか。肉を期待していると一瞬戸惑ったが、これはこれでアリだと思った。


 他にも味や食感に違いがあり、やきとりという一つの料理ながらも様々な種類の食事を楽しんでいるような満足度がある。


 何よりビールがよく合って最高である!


「これ美味しいですね、店員さん!」


「ふっふん。そりゃあやきとりだからね。すっかり飲んだくれなアンさんが気に入らないはずないよ!」


 よくよく聞くと喜んでいいのかわからない評価だったが、気がつけばアンジェリカは嬉しそうに笑っていたのだからこれはこれでいいのだろう。


「こんなに美味しいならいくらでも食べられそうです!!」


 その言葉に常連たちが含み笑いをしたり首を横に振ったりしていたが、初めてのやきとりに感動していたアンジェリカが気づくことはなかった。

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