第10話


 裏舞台のトレモにやってきた。

 ここは表舞台では『トレモロ通り』と呼ばれている。ひねりもない。略して『トレ通』。

 カレイタの話通り、というかゲームの設定通り、アウトローの雰囲気が強かった。そもそも場所が路地裏にある。努力は影でしろ、ということなのだろうか。


(やはり、知らない顔ばかりですわね)


 どのモブキャラも活気に満ちているように見える。「オレも表舞台に!」とか「裏で倒せば昇格するってよ」とか、モブの世界は楽しそうだった。まあシステム上、彼らが日の目を見ることはないのだが……。


『ヒュー。貴重な女キャラだぜ』


『身体のバランスが良い。当たり判定も悪くない』


『あいつの必殺技、エロそうだ』


 現実ならセクハラ同然だが、やはり格闘ゲーム。モブはバカだった。

 歩くこと10分。見慣れた場所に出た。トレモの受付画面と同じ光景が広がっていた。選択画面の看板がそこにある。


(聖地! 聖地エルサレムですわ!)


 興奮を隠しながら先に進む。

 裏舞台のトレモ場所は奥地にあった。

 モブの選定するような目をくぐり、ようやくたどり着いた。

 そこは大きな個室が広がっていた。中からそれぞれ打撃音やら掛け声が聞こえてくる。


『嬢ちゃん、利用するかい?』

 

 モード画面とは別の男性が声をかけてきた。


「ええ、お願いします」


『10ベルだ』


 金を取るとは、裏業界も大変である。

カレイタからいただいた金を使った。


『おおきに、どうぞ』


 ドキドキしながら、ドアを開けた。

 様々な線が入った白い空間が広がっていた。これだよこれ。

 そして、目の前には人形が立っていた。ファイティングポーズを取っている。これですよこれ!


「ウプフォ……キマシタワ……!」


 私は人形の前に立った。客観的に見れば、私は今、かの有名なトレモの空間に立っているのである。格ゲーを嗜む者にとっての憧れが叶ったことに喜びがあふれた。


「さあ、わたくしの可能性を見ましょうかね!」


 深呼吸をして、私は人形にパンチをした。デュクシ、と人形がのけぞる。あれ、ちゃんと出るではないか?


「キック!」


 ゴシャア、と人形がよろめく。良い音だ。


「強いパンチ!」


 ドフゥ、と人形が吹き飛んだ。

 ……なんだ、技、出ます。


「そういえば、わたくしの飛び道具って、なんなのかしら」


 キャラクターは自分の武器だったり信念を飛ばす。格闘家なら闘志みたいなオーラだし、武器持ちはそれに合わせた弾を飛ばす。私の武器は拳。信念は……お嬢様?

 

「お嬢様波動!」


 両手を突き出してみる。が、何も出ない。

 だが諦めない。


「お嬢様フレイム!」


 口から息を飛ばす。唾が飛んだだけだった。

 まだ諦めない。


「お嬢様ショックウェーブ!!!」


 足を踏み下ろす。パン、とローファーが鳴っただけだった。

私はガックリとうなだれた。

飛び道具が設定されていないようだった。


「接近タイプ……好みじゃあありませんことよ……」


 現実ではトリッキーなキャラが好きだった。オブジェクトを配置して起動したり、飛び道具の方向を操作できたり、そうして相手を翻弄するのが極上の喜びだった。

 しかし、人生はそういうものではないか。

 自分が好きなことと得意なことは別だと、誰かも言っていた。

 

「やってやりましょう、とことんと!」


 私は人形をボコボコにすることにした。


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