探偵と記憶の鏡(序)
座敷童子騒動からおおよそ二日、
畑瀬からこんな話を聞いた。
下世話な世間話の中突然、こんなことを言う。
彼女は焦りを覚えるような、とにかく落ち着きがない様子で私に話しかけた。
「あれ知ってますか?TikTokで私も知ったんですけど、鏡、なんて名前かは私も覚えてないんですけど。
あるらしいんですよ、都内で、自分の過去が具現化してしまう鏡が」
私はその言葉よりもなぜ急に彼女がそんなことを言い出したのかが気になった。
「なぜ、どうしたんだ一体」
彼女は躊躇しながらもこういった。
「私、過去を知らないといったらどう思いますか?」
あまりにも想定外のことで私も少しの間黙り込んでしまった。
「過去を知らない?」
二人だけの事務所内で沈黙が再び訪れる。
「過去を知らないんです。空白のような、
なんていうか幼い頃の記憶が剥ぎ取られている気がするんです。」
剥ぎ取られているという表現に対応する言葉を再び探す。彼女がその後の言葉を言いかけると
胸騒ぎのような、何かが起きる、と錯覚した。
それはすぐに明らかになる。
私と彼女の間、何もないその空間が歪み出した。
それは湾曲するように、
ぐわんぐわんとゆれる。
やがてその場所から灰色の掌が飛び出した。
私は何だ、と声を出し、彼女も同様声を上げた。
掌、腕、肩と順に姿が見え始める。
「おろ、繋がっちまったみてえだな」
現れたその声は至って単純に
何事もないように声を放った。
案の定、何も武器となるものを持ち合わせていなかったため、武器となるものを夢中に探す。
その顔が明らかになった。
身に覚えのある、過去に幾度も幾度も見たことがあるその顔が。
「あ、お前は。お前は財津か?!」
財津、その苗字しか知り得ない、全身が黒く覆われた、黒いパーカー、黒いズボン口癖がそう。
「ああ、死にてえ」
なかなかネガティブな男、すぐ死にたいというその印象しかない探偵。
呼び名は聞き泥棒。
「聞こえてきちゃったんだな」
彼女は慌ててこういった。
「なんですか、ストーカーですか」
「ストーカーではない、明らかに不審人物ではあるが。こいつもまた探偵だ」
「探偵?」
彼が咳払いを一つしてこちらにいう。
「久しぶりだな稲荷」
「あの突然現れて何なんですか!」
強い口調で畑瀬がいう。
「人聞き悪いね、嬢ちゃん」
「本当だよ突然だ何だ」
彼はまた一つ咳払いをする。
「かがみの話をしていたろ?それだ」
まるで一部始終を見聞きしていたようだ。
「疑うなよ、これ無意識だ」
「昔からよお前の能力は謎に包まれてる」
「そうだな、その通りだ。何たって
俺自身が理解してないからな。
そうだそうだ、そんなことよりも渋谷にある
例の鏡、扇鏡に向かおう。
釈迦が待ってる。
ついでによ、嬢ちゃん。
あんたの過去も見に行かないか」
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