第5話 二度目の結末

 魔法学園の最終学年に上がった時、珍しくデーヴィッド様から茶会のお誘いがあった。


 お茶会のために、私はうきうきと新品のドレスに袖を通して、ネックレスにはデーヴィッド様が以前贈ってくれた赤紫色のガーネットを身につけた。


 やっぱりなんだかんだ言っても、デーヴィッド様は私にとって特別な存在で、まだまだ恋慕の情があった。


「今年一年は、俺を自由にして欲しいんだ」

「えっ……?」


 茶会が始まって、デーヴィッド様の一言目に、私は全く理解が追いつかなかった。


「デーヴィッド様を自由にするとは、どういうことですか?」


「はぁ……そんなことも説明しなければ、分からないのか……」


 私が訳が分からず質問すれば、なぜかデーヴィッド様は呆れたように大袈裟に溜め息を吐いた。


「君は逐一、いつ誰とどこに行くのか、そこに他の女子生徒はいないのか訊いてくるだろう? それを止めてもらいたいんだ」


「それは……」


 デーヴィッド様が婚約者の私を蔑ろにして、他の方ばかりを優先するから……


 でも、私が生徒会に入ってからは、そういったことは一切デーヴィッド様に確認していなかった。放課後は生徒会に入り浸っていたし、デーヴィッド様も逃げ回っていたから、訊ける機会もほとんどなかった。


「要は、君はやり過ぎたんだ。俺はもう限界だ。魔法学園を卒業すれば、俺たちは結婚するんだ。それは決まっていることなんだし、もういい加減醜い嫉妬は止めたらどうだ? 今年は最終学年で、自由に過ごせる最後の年だ。最後の青春ぐらい、謳歌する権利は俺にだってあるはずだ」


 デーヴィッド様は一方的にそのことだけ伝えると、私の返答も聞かず、「いいな」と念押しだけして席を立った。


 彼は退室する時に「君はテレパシー魔法が使えるはずなのに、こんなことも分からないのか」と舌打ち混じりにぼやいて出て行った。


 デーヴィッド様の一言一言がショック過ぎて、私の頭は真っ白になっていた。


 ここ最近は避けられてまともに会話もできていなかったのに、どうやってそんなことを彼に確認できたというの?


 テレパシー魔法だって、研究者から「もうほとんど魔法は消えてしまったようですね」と研究結果を彼も聞かされていたはず。

 それなのに、私に「考えを察しろ」は無理なことだ。


——何よりも、私との結婚を、死刑執行のように言わないで——



 それから私達の関係は、呆気なく終わった——デーヴィッド様がとある子爵令嬢を妊娠させてしまったのだ。


 私達の最後の茶会から、ほんの三ヶ月も経たない頃だった。



 一学年下の子爵令嬢は、魔法学園を退学になった。


 ローラット伯爵家と、子爵令嬢の実家のバイロン家からは相応の慰謝料をもらい、私は、デーヴィッド様の浮気で婚約破棄することになった。


 アトリー家とローラット家、それからバイロン家との話し合いの席で、ローラット伯爵とバイロン子爵からは深々と謝罪された。


 エブリン様は真っ青になって倒れられて、しばらく療養することになった。


 私はあまりのことに、抜け殻のようになってしまって、その後のことはよく覚えていない……



***



 三度目の人生を生きる前に、私は不思議な部屋にいた。


 真っ白で、無駄にがらんと広い部屋だった。

 四角くて、扉も窓も家具でさえも、何も無かった。


 白くて、明るくて、がらんどうの部屋。


 ただ一つ分かることは、こんな所に私がいるということは、私はいつの間にか二度目の人生を終えてしまっていたということだ。


 それから、一つ思い起こされることは……


「デーヴィッド様は、本当は私を愛する気持ちは無かったのではないのかしら?」


 気づけば、私の足元に一点の真っ黒な染みができていた。


 それはまるで私のデーヴィッド様に対する疑いの気持ちのようで……私はなぜだかその黒い染みを、愛おしく感じた。


 黒い染みは、じわじわと部屋の中を広がっていっていった。


 床を真っ黒に染め上げ、

 壁を真っ黒に染め上げ、

 天井までをも真っ黒に染め上げていった。

 そして、部屋の中の空間——空気までをも、黒く侵食していった。


 私は抵抗することなく、ただただそれを眺めていた。


 むしろ……


「この黒い染みは、私と同じね」


 自然と苦笑いが溢れる。


 デーヴィッド様への恋心は、黒く塗りつぶされてしまった。


 私は、私の気持ちごと、この真っ黒な部屋を受け入れた。



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