転生世界はディストピア

秋月春暁

異世界艱難編

第1話 悪夢の始まり


「はあっ、はあっ、はあっ…………」


 息を切らしながら、暗い森の中を全力で駆けていた。

 後ろからは、無数のオオカミたちが追ってくる。


 俺は今、そのオオカミの群れから、必死に逃げようとしていたのだった。


 野生のオオカミを見ることなど、生まれて初めてのことだった。

 以前テレビで見た印象では、イヌの仲間だけあって、なんともかわいらしい動物だとすら思っていた。


 しかし、いざ本物に遭遇してみると、そんな印象は吹き飛んでしまう。


 こちらに向かって敵意をむき出しにして、威嚇するように低いうなり声をあげてくる。

 牙をむいて、こちらをにらみつけてくる。

 今にも飛びかかってこようとするその姿に、恐怖すら感じてしまった。


 しかも、今現在、俺を追いかけてくるオオカミたちは、普通のオオカミではなかった。


 ちょっとした大型犬どころか、下手をすれば成人した大人以上の体長をもったオオカミである。

 その巨大さに、さらなる恐ろしさを感じてしまう。


 仲間たちは、『ダイアウルフ』と言っていた。


 しかし、ダイアウルフと呼ばれたオオカミは、もう何万年も前に絶滅したと言われていたはずだ。


 俺が、もといた世界では……だが。


 ここは、もともと住んでいた世界ではなかった。

 もとの世界とは違った世界。


 そう、だ。


 もといた世界の中世ごろのような世界だと聞いていたので、よくあるファンタジー風の世界と思っていた。

 だが、一歩町の外に出れば、そこには鬱蒼とした森が広がっているだけの景色が続いていた。


 この世界は、中世と言っても、かなり初期の時代の雰囲気だった。

 文明がまだそこまで発達していなくて、開拓が進んでいないようだ。


 文明レベルも違うが、もといた世界とは、住んでいる生物も違っている。

 なんなら、魔物まで存在している世界だと言われた。


 この世界に転生するときに、女神さまからそんなことを告げられた。

 だから、俺はこの世界に転生するときに、ひとつだけ願いをかなえてもらえると言われたから、どんなことがあっても死なない体を望んだ。


 だけれども、死なないとわかっていても、あんな巨大な生物に牙をむいて向かってこられては、恐怖を感じずにはいられなかった。


 生まれ変わったといっても、急に度胸がついたわけでもない。

 ただの野良犬にでも吠えかかられたら、誰だって畏縮ぐらいしてしまうだろう。

 誰だって、怖いものは怖い。


 転生した途端、いままで見たこともないような化け物にも果敢に挑む胆力を持った主人公を、異世界転生モノのマンガやアニメでよく見るが、そんなの無理だ。


 しかも、オオカミは何十匹もいる。


 どう戦え、というのだ!?


 願い事はひとつだけと言われたので、死なない体以外には、なにか特別な技能などもらっていなかった。


 もとの世界で、格闘技や護身術など習ったこともない。

 それどころか、まともに体を鍛えてすらいなかった。


 敵と戦う術など持っていないのだ。


 そんな俺が、果敢に立ち向かったとしても敵うわけがないに決まっている。




 オオカミの存在を教えてくれた仲間も、オオカミたちにやられてしまって、もうこの場にはいない。


 次は俺が……


 そんな恐ろしい考えが、頭の中をよぎる。


 恐怖におびえながらも、走りに走った。

 これほどまで必死になったことが、いままでにあっただろうかとも思えるほどだった。


 ただひたすらに駆けた。


 しかし、もともと体力があるわけでもない俺が、オオカミたちの持久力に敵うわけがなかった。


 もっと体を鍛えておくべきだった。

 後悔しても、いまさら遅いことはわかっている。


 いや、鍛えていてもどうにもならなかったことだろう。


 俺は遂に、群れの一匹に追いつかれてしまった。

 そのオオカミが、俺の脹脛ふくらはぎに喰らいつく。


「ぐわぁあああーーーーーー!!」


 足に激痛が走った。


 痛みに耐えかねて走り続けることもできず、その場に倒れ込んでしまった。


 それでも必死に逃げようと、激痛に耐えながらも這いつくばって前に進もうとした。

 だが、そんな必死にもがいている俺に向かって、無慈悲にも次々と別のオオカミたちが飛び掛かってくる。


「うわぁあああーーー! 来るな! 来るな! 来るなぁあああああーーーーーー!!」


 次々に伸し掛かってくるオオカミたちは、その巨体ゆえにかなり体重があった。

 俺は、必死に抵抗しようとするが抑え込まれてしまい動くこともできない。


「ガァアアアアアアーーーーーーーーー!!」


 オオカミは大きく口を開け、俺の目の前でその鋭い牙をむく。


「ひぃいいいーーー!!」


 恐怖が最高潮に達し、情けない悲鳴しか出てこない。


 悲しいことに、俺は抵抗することすらできず、そのオオカミに喉笛を掻き切られてしまったのだった。


 そんなバカな!

 オオカミごときにやられるのか!?


 この世界に転生したばかりなのに、もう死んでしまうのか!?

 そんなことにならないように女神様に願いを叶えてもらって、特別な能力をもらったんじゃなかったのか!?

 

 異世界に転生して、これからドラゴンなどの魔物を退治して、この世界で有名になって成り上がっていく。

 そんな人生が待っているんじゃなかったのか?

 

 どういうことなんだ……?

 話が違うじゃないか……。


 異世界転生と言ったら、チート能力で楽に人生を送れる……。

 

 そんな話ばかりじゃないか!

 そんな話、夢でしかなかったのか……?


 こんなことなら、転生なんかしたくなかった。

 こんなことなら、以前のなんの面白味もない普通の暮らしのほうがマシだったじゃないか!


 


 薄れていく意識の中で、俺はこの世界に来ることとなった時のことを、まるで走馬灯でも見るかのように思い出していた……。

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