第28楽章 口癖

「いやー、やっぱムズイわー」

ピッコロパートの相良さがらりゅうが課題曲を練習している。ピッコロは吹奏楽の最高音域を担当する楽器だ。高くよく通る音はちょっと吹いても目立つ上に、そもそもピッコロパートというのは音程が合わせづらく、音符もかなり細かいので、難しい楽器ではあるのだが、りゅうは言うほど吹けないわけではない。吹ける吹けないに関わらず、ただただ、ムズイ(難しい)が口癖なのだ。


相良さがらくん、そんなに『ムズイ』ばかり言っていると本当に吹けないのかと思われるわよ」フルートの薫子かおるこがたしなめるように言う。

ピッコロはフルートとけ持ちをしたりするので、いつも一緒に練習をしている。


「いや、実際ムズイですし。ムズイもんはムズイんですよ」

食い下がるりゅうに、薫子かおるこは何か言い返そうとしたが、あきらめたように小さなため息をついた。りゅうに何か言うわりに、たまたま通りすがった神楽坂かぐらざかにどう思います、と言った。


「確かにこのピッコロは難しいね。けど相良さがらさんは難しいかどうかじゃなく、難しい!っていうことで防衛ぼうえいしているようにも聞こえなくもないね」

神楽坂が言うと、りゅうは「は?」みたいな顔をした。


「人間の頭ってね、複雑なようで、意外と単純なとこもあるんだ。たとえば、『難しい』って聞くと素直に難しいんだって思っちゃう。難しいから無理だな、難しいからできなくてもしょうがないな、って勝手に頭の中で変換するんだよ。

だから難しい難しいってずっと言っていると、できなくても仕方ないねって頭が判断して、頑張らなくなっちゃうらしいよ。

できないことの言い訳を先にしているわけだからね。」


「じゃあ、どうしたらいいんですか?」

「こういう時には、否定形を使うんだ」

「否定形?」

「そう。否定形って、脳が混乱するんだよね。例えば、○○しないわけではないこともない。って言われた時に、結局するのかしないのか、咄嗟とっさに理解できないだろう? つまり、否定形で言われると、脳がわからなくなるんだ。だから、最初のわかりやすいところだけを理解してしまうんだ。

簡単じゃない、って言われたら簡単なのかな? 楽勝じゃない、っていわれたら楽勝なのかな? っていう風にね。

脳の仕組みを逆手さかてにとったやり方だね」


ほらみなさい、と言わんばかりに薫子かおるこりゅうを軽くにらむ。「行き過ぎたネガティブ発言は少しは自重じちょうしてくださらないと。他のみなさんにもご迷惑になります」

「でも、口癖なんてそんな簡単に直るもんでもないと思いますよ」

実音みおんが首をすくめる。

「まあな。難しいなんて言葉、みんな使うしな。でもまあ、相良さがらさんはちょっと言い過ぎだ。だが、まず意識することが一番大事だからな。こうしてみたらどうだろう。今日から1週間、『難しい』『ムズイ』禁止ゲームをしてみよう。英語禁止ゲームみたいなノリだ。フルートパートの中で、誰かが言ったらマイナス1ポイント。別に誰が何回言ったかとかは計算しなくてもいいから、ゲームのように、みんなで指摘してきし合う。1週間ごとに、成果を確認。1か月も続ければ難しいって言葉に違和感を感じるくらいにはなると思うよ。やってみてごらん?」


♪今日のワーク――――――――――――――♪

言わない方がいい言葉、ついクセで言ってしまう言葉は、意識していられれば言わないのだけど、ふと気がゆるんだ時や忘れている時、無意識で言ってしまう事が多い。意識することで、言わないようにすることができるようになるので、まずはどういう時に自分がその言葉を口にしているかを意識する場を作ることが大事だね!

チーム内、部活内で禁止ワードを作って、言ったら「言ってるよ」「今言ってたよ」と教えてあげるゲームをしてみよう。

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