第10楽章 基礎練習

シャーン、シャーン、シャーン、とえ間なくシンバルの音が鳴りひびいている。吹奏楽部おなじみの光景かもしれない。神楽坂は打楽器がパート練習をしている音楽室に足をみ入れた。パートリーダーのりつが他のメンバーと基礎練習をしていた。


シンバルは音楽室から出たところにあるベランダのはしっこで2年生がたたいている。神楽坂が現役の頃は、f(フォルテ)で100回、p(ピアノ)で100回、四分音符で100回、二分音符で100回、全音符で100回、というような練習をしていた。シンバルは重い。耐久たいきゅうレースのように叩き続ける練習だ。あれから何か変わっているだろうか。神楽坂は歩み寄って、りつに話しかけた。

「あのシンバル練習の意図いとは?」

えっ、とりつはメトロノームのねじを巻く手を止めて、少し首をかしげた。

「・・・腕の筋肉をつけるとか?」

「みんなはどう思う?」

神楽坂は打楽器のメンバー全員に向かってたずねた。

「きれいな音を出せるようにするため?」

「体力をつける」

「マーチとか、ずっとシンバル持つのきついからね」

ねらった音を出せるようにするためかな」

その間にもシンバルのシャーン、シャーン、という音は鳴り続いている。

「そういえば意味って深く考えたことなかったな」

りつと同じく3年生の和歌奈わかなが言った。

「あの練習ね、僕が高校生の時からやってる。無駄とは思わないけど、もう少し効率こうりつはよく出来るかなぁと思うよ」

「確かに。なんとなく打ち続けてたよね」


「ちょっと待ってください」りつが言って、ベランダの方へ走っていった。シンバルをかかえた2年生と戻ってくる。


打楽器のメンバーが全員そろったところで、みんなは再び話し始める。

「シンバル初めてやる時には安定して持てるまで結構時間かかるじゃん。慣れるって意味でも必要な練習だったと思うけど、どう?」

「確かにそれはあるね。やっぱり長時間持つのはきついし、腕の力っていうのかな、なんかこの辺の力の使い方とか、この練習で身についたなーと思うことはある」

「けどさ、それって中学でやってきてる場合もある訳じゃん。どう?」

和歌奈わかなが2年生へ視線を向ける。

「はい、俺は中学でシンバルやること多かったんで、その辺はもうクリアできてるかなって思います」

「私もです。シンバルの基礎練習ってこんなもんなのかなーって感じでやってました」

「例えばだけど、あんまりシンバルやったことない、っていう人にはやっぱり連続して打つとか、そういう練習って必要だと思うんだよね」

「シンバル初心者ね」

「最初は10回もろくにできなかったもんな」

うんうん、とみんなが頷く。おもちゃ屋の店頭でサルの人形が叩いているイメージがあるせいか、世間的にはシンバルは簡単と思われているようだが、実はとても難しいし、奥が深い楽器なのだ。

「まずは安定して持てるようになる。そして連続して打ってもブレずに持てる力をつける。そこからだよね」

「でもそれができるようになった人には、その練習よりももっと音色とかに気を配った練習が必要になるんじゃないかな」

「曲に合った練習も必要なんじゃないかな」

「曲に合った練習?」

「曲の盛り上がりでff(フォルテシモ)の華やかな音、静かな場面で鳴る繊細せんさいな音、っていう風にさ、曲やその場面によって欲しい音って違うでしょ。ニュアンスを意識した練習ってこと」

「マーチの時には安定した音を同じように出し続けるっていうのも必要だよね」

「緊張の高まる場面で一発だけ鳴らす時って、音外しがちだよね」

「緊張する練習も必要ってこと?」

「緊張っていうか、連続して打っていては得られない緊張感ってあるじゃん」

「わかる」

「じゃあさ、こういう練習はどうだろう?」


みんなが楽しそうに話し始めたので、神楽坂はそっと部屋を出た。きっといい練習方法を考えてくれるに違いない。練習があって、それで何かを得られるかもでは実際遠回りだ。これを得たいからこの練習をする、というやり方の方がずっと近道。基礎練習は特にその意識が大切だ。単なるルーティンで終わらせないためにも。



♪今日のワーク――――――――――――――♪

なんとなくやってる練習があったら見直してみよう!

この練習は何のためかな? という意識を持つだけでも上達のスピードが変わるよ。

例えばロングトーンも何拍伸ばすのかではなくて、ずっと同じ音を出し続けるためとか、音階もただ吹くのではなくて調性を意識したり、音程を気にしたりしながら。

みんながやってるから、先輩がやれと言ったから、でなんとなくやっている練習はすごくもったいないね。その練習で自分がどう上達できるかをイメージしよう。この練習で○○ができるようになるぞ!と思いながら練習しよう!

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