第9話

 忿怒というのは誰もが気を付けて避けたいと願うばかりであるのは普通の思考だろう。普通とは何だろうかとも言われてしまえば難しいところなんだが。それこそ夢を眼差しとして確かめるのは中々に苦行ともいう。誰もが普通を望んでいく。それで普通が手に入らないというのなら自棄になるモノだっているだろう。それでもというのならくだらないと吐き捨ててしまうのもなんておかしなことでは無い。現実すら見極めずに探し続けていくのは間違っているわけもなく。

 その普通と呼ばれる大多数が平穏というのを夢として掴みたいと騒いでいくのも特におかしなことでもない。世界すら脅かすのがその普通と呼ばれるような普遍的な思考である。

 何もかも普通が一番だともいう。それが意味するのは何だろうか。受け止める者にとっては大きく解釈の異なる言葉である。希望すら抱けないのが普通だともいうのであればそれが普通ということなのだろう。

 どこまでもリソースの奪い合いというのが発生してしまうのが夢も希望もない世界という………………こと。リソースなどというのはいくらでも増していけるのかもしれない。だがそれをしたところで結局発生してしまうのは陣地の取り合いというやつかよ。

 誰だって気に入らないと叫んでしまえばその願いすら叶ってしまう可能性があるのが気合でなんでも成し遂げられる可能性の世界か。だが人間というのはそれほど他者に興味などは持ち合わせてはない。

(だからこそ今は目の前にいる怪物の相手をさせられているわけか。拾ってきた子供をいうので渡していったのは間違ってはいなかったはずなんだが。それでも歩渡あるどにというのは失敗にも思えてくるのが嫌なんだがなぁ)

 忿怒が相手をさせられてしまっているのは能面のような面をしていた腐臭のしている怪物の存在か。そんなのが現代の忍者として襲い掛かって来られてしまっているのが物騒にもほどがある。忿怒としてはちょうど果物ナイフを懐に忍ばせていたのでなんとかそれで相手をしていく。

 どこまでも相手が出来るのかとも言われてしまえば………………結局はたどり着かない現実にある生存ということ。手を抜かれてしまっているのは相手をしていれば明確に分かってしまう。それが虚しい、恐らくはやることがあるとばかりに余力を残しているのか。

「それともまさか誰も殺めるつもりがない、したくないという我が儘か」

 誰かが暮らしていたであろう住宅の壁をぶち抜きながらもそんなことをつぶやいていく自分は大概おかしくなっているのはよく自覚している。これだけ、住宅を綺麗にストレートで壊していくのは中々に芸術点が高い。それで見えてしまうのは恐ろしくも迷惑であるのはそれこそ普通のこと。

 そして見えてしまうのはその肉体をゆっくりと変質させている子供の存在を確認してしまう。これくらいであれば今更注意することもない………………わけじゃあないけれど。だとしても忿怒にとってはこの異常な景色を構成する一つのサンプルでしかなかったはずである。

 だがそれでもどうしても心を痛めてしまうくらいには未だ心はすり減っていないことを自覚させてくる。余りにも悲劇が過ぎる。いいや、子供というには多少背丈は高いだろうか。それでも………………周囲に散らばっている者を見ていれば今のこの悲惨な現実にはクソッタレと吐き捨てることぐらいにしかならない。

「あははははははッ‼皆動かないでやんの。あれだけ威勢よく襲い掛かってきたのにさぁ、そんなんじゃあもう詰まんなくて泣いちゃうよ。でもそれの方がいいとはそれぞれが思っている事でしょうねぇ。じゃあさぁ、全部終わらせてあげるから」

 そんな風に涙を流しながらも笑い続けながらも彼女は次の行動に移っていく。

 あぁ、彼女の周囲にへと転がっているのは恐ろしいくらいに醜悪な姿にへと変形をしてしまった人体というところか。あの肉塊というのが何かというのは一枚絵であれば誰だってこう想像することだろう。

 にしてもやたらと大家族だったんだなぁとも思ってしまうのは他人事であるからかよ。自分が擦れてしまっているのにはどこまでも嫌になる。

 それで行われてしまうのはその彼女の家族だったと思われる肉塊にへと距離を取るところから。そして行っていくのは目の前にある全身を杭などによって床にへと繋ぎとめている状態の腐肉へと侮蔑の視線を送る。ガタガタと恨めしい感情を向けられても一切の反応すら示さなくなっている時点で彼女の割り切りというのは完了しているらしい。

(今更認められるか。誰かが犠牲になってしまうのも、自暴自棄になるその光景が眼前にあるというのも。それだけの理由があるのだとしても)

 冷静にその理由というのを排除すればいい。だが既に彼女は行動を完了してしている。それは手持ちのライターによりこの家に灯を点けてしまうというだけ。そんなので何が起こるか。所詮はライター一本だ。ただそれっぽっちでは燃え上る炎とて大した差ではない。意味合いとしてはなんだっていいのかも知れない。

 魔術というのは一般に普及している現象というのを加速させることが稀によくあること。稀にというのは………………そんなことは正しい知識を以て狙ってでもやらなければ想定したようにはならない。そしてそれだけの知識を有する者などはその界隈にへと望んでしまえばいくらでも湧いて出てくる。ただそれだけの存在でしかない。

 そして彼女によって行われていく自宅にへの放火というのはそれだけの意味を成すわけだが。それで実現するのは観たこともないほどの火力だった。

「あッブッ⁉」

 ここで全身傷だらけの状態になってしまった忿怒とてその光景を間近で見てしまえば余りにもビックリする。まぁビックリで済むのではなかったからこそ思わず重たい身体だとしても飛びのいていったのだが。

 そこからはあっという間か。これは彼女にとっての儀式にしかならない。相応の火力を発生させるだけの根拠としては………………まぁ普通にまともじゃあないだろこれは。

 何せこの住宅の敷地の全てを一発で包み込んでしまうくらいには炎の勢いというのは大きかった。凄まじいの一言では済まないのが自分の感想です。

 だとしてもそんなことは忿怒にとっては他人事でしかない。そしてさらに言えば物騒なまでの行いをしているのはこの周囲には他にもいるということを忘れてはいけない。

 すぐそばにいるではないか。そこにいる忍者というのが。

 それは後方にと出現をしていたところで何かしらを投げ込んできていた。対応を迫られることにはなった。が、見てからでもその対応というのが間に合う時点で明らかに遅いということか。

 この程度でしかないのは情けないというよりは気味が悪いとしかない。しっかりと掴んでみればそれには首を傾げる。

「ん?投げ苦無なんて本当に忍者のつもりか」

 そして飛んできた方にまで視線を移していけばそこには既にその投げてきた誰かの姿は掻き消えていた。その後ろにはアイスクリームのように溶けてしまう雪だるまが確認できる。そこで思わず怪訝な目をしてしまうのは仕方ないだろう。

 そんなことをしているから見逃してしまうのだ。手をこまねいているから失ってしまうんだ。他人の命を数字だけで語るようにはなりたくないとはいってもやはりその一部でも近くで見せられてしまえば重たく圧し掛かる。

 実際にこの住宅は焼き払われた。たった一発の消毒によって。あぁ自身をも焼き払うというのはどこまでも爽快に笑えて響いてくる。

「あぁア、そうかそうか。君は止まれなかったか。だったらそれでもいいや。せめてさぁ、こっちはそういうのが欲しくて逃げ回っているんだから」

 少しばかり呼吸を整えていえばそのままに手を突っ込んでいく忿怒ふんど。躊躇の一切ないこの行動ではあったが思わずその手を引っ込めてしまうくらいには驚きというのはあったらしい。

 その手は明らかに爛れてしまっている。たかがそこらに転がっている高熱程度でやられるとは思ってもいなかった。だが既に片手が崩れ落ちて欠損をしてしまった。

「まぁ予想はしていないといえばうそになるけれども。よっぽど危ない現象がこの家でやらかしやがったな」

 思わず歯噛みしてしまうくらいには流石の忿怒ふんどとて信じられないとも思う。そして自らの不足分の補給というのをしなければいけないというのには面倒を感じる。

「鎮火は自分の仕事ではない。消防なども廻ってくるはずもないだろうから近所の者達からは非常に迷惑でしかないだろうが。そんなものは」

 本当に興味がない。今更あいつらに被害が及ばないというのであれば一切対岸の火事でしかないというのに。その誰もが命を懸けて戦っているのであれば助ける必要もないだろう。

 それでこの住宅街を後にしてみれば周囲にあった景色というのがある。それは恐ろしくも興味すら懐くことすら許してくれない世界。

「醜悪な世界というのはいわゆる酒池肉林というモノが実現している虐殺というやつなんだろうな。それがない時点で寧ろまだ優しいと思えるだけ………………よっぽどの地獄絵図ばかりせいで」

 どうしようもなくこの風景が歪であると冷静になれば自覚する。時間が経てば定期的に廻ってくる同様の景色。全く同じというわけにも行かないのが普通というモノ。

 だが今見ている景色というのが明らかに日常とかけ離れているというのまで理解が及ぶまで時間がかかった。そこで傷を負ってしまうのだからポカミス扱いしてもいいくらいだ。

 先ほど失ってしまった手というのは嫌なくらいに左なんだ。そちらが忿怒ふんどにとっての利き手であったためにかなりの不都合を強いられてしまっている。

 よっぽどの自信があったからこそ危険な空間にへと利く方を使用した。だが結果はこの様だ。だからこそ今現在行っていたのはこれ以上を油断によって欠損してしまわないようにとの保護だ。

 それが、左が肩からばっさりと切断されてしまうのは、自身の腕が宙を舞うのを眺めるのはかなり珍しい体験でハナイか。一つ目の怪人がやったことだといえばそれを認めなければいけないであろうというのだが。問題は同様の姿をした存在が目の前にて並べられて一斉にこちらを向いている事だ。

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