腐れ縁

@mame1019

第1話

司馬優輝との出会いは、ワシがガキ大将として仲間を連れて町内を闊歩していた頃のことだった。


 川辺で魚や虫を捕まえていたところへ反対岸に奴の率いる連中が現れた。

 睨み合いの末に「ここは俺たちの縄張りだ。向こうへ行け!」と叫んで威嚇をすると


「ここはお前達の学区内じゃないだろ。お前たちこそ立ち去れよ」


 出会った頃から司馬優輝はとにかく気に食わない男だった。




 あれからワシらは川を挟んで西の大将東の大将と呼ばれる様になり、事あるごとに派手な喧嘩をする悪ガキだった。

 喧嘩ではワシの方がたぶん強いはずなのだが、なぜか周りの女子達は次第に隣町のヤロウにも関わらず司馬のことをチヤホヤと持て囃し始め、喧嘩の場にもこっそり現れて遠くからキャアキャアと言うようになり


「なんであんたはいつもこんなにボロボロなの。洗濯するかあちゃんの身にもなりな!」


 喧嘩の後に家に帰ると何故か母親に怒鳴られて、金盥で服を洗いながらモヤモヤとしていた。それもこれもヤツのせいだ。クソ野郎め。ちょっと顔がいいからってなんなんだ。



 ある日突然、司馬優輝は喧嘩の場から消えた。


 女子達の噂話によると、司馬は最近将棋を始めたらしく、プロを目指すのだとか。

 やっぱり喧嘩で俺に勝てないと思ってチマチマしたお遊びに逃げたんだ。

 そんな風に威張って馬鹿にしていたが、司馬の影響からか将棋を始める人間が男女問わず増えてきて

 周りの連中は「勝也くんも将棋やろうよ。」と誘うのだが、司馬なんぞと同じことはしたくなかった。


 将棋がちょっとしたブームになりだした頃には喧嘩をするようなヤツもいなくなり、俺もちょっと何かやってみるかと思い始めて、同じように将棋を始めるのは癪だからと囲碁を始めた。


 周りは「なんで囲碁?」と笑ったが。実際、囲碁は楽しかった。


 やがて、ヤツが大会でも成績を残し始めたらしく


「あんたと同い年の子が将棋のプロ目指してるんだってさ。普段の生活態度も良くて、成績優秀、頭脳明晰だって。」


 母親が新聞を持ってきて、あんたと真逆だねえとゲラゲラ笑って新聞をちゃぶ台に置いて夕飯作りの続きを始めた。

 ワシはそれをビリビリにしてぐしゃぐしゃ丸めてゴミ箱に投げた。が、入らなかった。

 猫のサブローがじっとその様子を見ていたので「なんだよ。」と睨むと、にゃ〜ん。と鳴いた。


 気に食わねえ。子どもがプロになんてなれるわけねえだろ。


 それから間も無くして、司馬優輝は若くしてプロ入りし、今度はテレビでも話題の人となった。ワシは碁会所でジジィたちのタバコの臭いに包まれて碁を打っていた。


 一度、地元の駅のホームで司馬を見つけたことがあった。ワシが密かに恋心を寄せていた初代さんが隣に寄り添っていて、愕然とした。

 司馬の横顔は、もう東の大将の顔では無くなって、一人前の男の顔をしていた。

 気に食わねえ。笑顔の美しい初代さん、あんたも司馬に騙されてるんだ。


「やい、司馬優輝!!」


 怒鳴りつけるように背中に声をかけると、何事かといった風に、司馬は振り返った。


「俺は時期に囲碁のプロになる。お前よりもタイトル獲得して、豪邸のひとつふたつ建ててやる。」


 お前にギャフンと言わせてやる。睨みを効かせるワシに、あの時、司馬は笑っていた。


「楽しみにしているよ。」と。



 囲碁は好きだ。勉強は嫌いだが、碁に頭を使うことは嫌いじゃない。碁会所の濁った空気感も嫌いじゃない。だけど、とうとうプロにはなれなかった。



 ワシがプロを諦めて、囲碁雑誌の記者になった頃のこと。司馬優輝は3つのタイトルのタイトルホルダーとなり、時の女優、奈良田槙子との婚約を発表。世間を騒がした。


 噂で地元に家を建てたと聞いて、酒を買いに行くついでに何気なく前を通ってみたことがある。どんな豪邸かと思えば、大したことのない平家だった。


 「へっ、金はあるくせにケチくせえヤツだな。」



 やがて司馬に息子が産まれたという頃に、ワシは親が痺れを効かせて持ってきた見合いで嫁をもらった。

 安子は美人ではないがふっくらとした、気のいい嫁さんだ。作る飯は旨いし、申し分ない。ワシよりも大盛りの飯を平らげた時は些か驚きはしたが。


「司馬のやつに息子が出来たらしい。気に食わねえ、うちは司馬の倍は子どもを作るぞ。」

 そういうと、また司馬さんですか。と安子は笑った。


 のちにワシは4人の子を育て、たくさんの孫に囲まれた。孫の1人は将棋を始めて司馬優輝のことを司馬名人なんぞと呼び出した。囲碁をやらんかと怒鳴ったが

「またじいちゃんの司馬名人嫌いが始まった。」と指を耳に突っ込む始末。


 



 司馬の孫娘が交通事故で亡くなったとの知らせを聞いたのは寒さ痺れる冬の事だった。



 葬儀の場で久しぶりに顔を合わせた司馬優輝の顔は憔悴していた。

 司馬よ。お前の面は嫌いだが、沈んだお前の顔なんざもっと見たくねえんだ。


 初七日を終えた頃合いにワシは司馬の家に怒鳴り込みに行った。司馬を引っ張り出し、2人で静かに地元の小さな居酒屋で酒を飲みながら泣いた。

 司馬と酒を飲み交わしたのはそれが最初で最後だった。


 子どもが、こんな早く逝っちゃいけねえよ。



 そういえば、司馬はなぜあんなに安っぽい平家に住んでいるのかと疑問に思ったことがあった。どうやら自分の稼ぎを色んなところへ寄付しているのだと、いつだか安子が近所の井戸端会議で聞いてきた。キザなことをしやがる。やっぱり気に入らねえよ。



 季節は移ろい、ワシが囲碁の記者を引退した後も囲碁界には若き名手が続々と生まれ、新しい風を吹かせていた。ワシには成せなかった華々しい世界。テレビの向こう側がなんとも眩しい。

 プロにもなれず豪邸も建てられずに、ワシは小さな家の縁側から安子の残した四季折々の木や花を眺め、ひっそりと暮らしていた。

 孫達も立派に大きくなり、今じゃなかなか顔も見せに来ないもんだが、便りがないのは元気な証拠だ。


 


 司馬はその後も将棋の世界に居座りやがったが、名人のタイトルを若手に譲り、世間からは拍手を向けられて引退した。







 いつまでも気が強いと近所でも碁会所でも有名なワシも、いよいよ一人で風呂に入ることも出来なくなった。

 考えた末、家を引き払い、老人ホームへの入居を決めた。


 遠く離れて暮らす息子たちに、一緒に暮らそうとも言われたが、頑として断り続けたのは男の意地でもあった。

 


「山本さん、大部屋のテレビで将棋がやってますよ。見に行きましょうか。」


 

 車椅子で大部屋までワシを運んでくれる若いスタッフの森本は爬虫類が好きなようで、老人ホームの玄関に自分の飼っているイグアナをケースに入れて展示をしている。

 こいつ、もしかして家で管理すると電気代がかかるからここに置いているんじゃないか?と思ったことはあるが、ワシも時々、肩に乗せてくれとお願いしてみたりしている。案外イグアナという生き物は悪くない。


「ワシは将棋なんぞ見ない。」


「またまた〜。」


 大部屋へ入ると、テレビの側に既に先客がいた。この歳になっても案外ワシはボケていないのだが、いつもテレビを見ているコイツはもう自分の家族の名前も思い出せないらしい。



 「顔が良くてもこの歳になればシワシワのジジイじゃな、司馬優輝。」


ワシは今日も司馬の隣で、ざまあみろ、ワシの勝ちだと笑いながら、共にテレビの将棋を眺めている。

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