第6話 情交

 熱すぎずぬるくもない絶妙な温度で沸かされた風呂から上がり、タオルで全身を拭って寝間着のTシャツと緩めのハーフパンツに着替え洗面台でドライヤーを掛ける。光に当たるとより明るく見える茶髪は割と気に入っていて、大学に入って染めたばかりの時も周りからは好評だった。それからはずっとこの髪色だ。

 シャンプーに拘りは特に無かったが、染めた本人の俺よりも俺のヘアケアに情熱を燃やしているらしい健斗に勧められるがままに今のシャンプーとコンディショナーを使っている。

 ご立派なシャンプー特有の甘ったるい香りもせず、ふわっと何かの花の匂いが周囲にほんのり香る程度。シャンプーを変えるまで気にもしてなかったが髪を触った時の指通りもツヤも全然違うのが流石の俺でも分かって驚いた程だ。

「健斗ー!上がったぞ」

「ああ、うん。ねぇ、幽霊でもお風呂って入れるのかな……」

「悩んでる位なら入ってみりゃいんじゃね?」

 ドライヤーを戻して脱衣所の扉を開けリビングに向かいがてら声を掛けると少々不安そうな声色で健斗が顔を覗かせたがこの際もう悩んでも埒が明かない。

「それもそっか。あ、ちょっとだけ包のスマホ借りた」

「は?あー……そっかお前のはもう」

「交通事故で木っ端微塵になっちゃった」

 健斗があはは、とおどけて見せる。どうせやましい事なんてありはしないからと健斗の誕生日四桁にゼロを二つ付けただけの六桁のパスワードで簡単にロックが外れてしまう様なスマートフォンだ。その事は教えてあったし、それ故に実際こいつに見られた所で今更如何とも思わない。

「俺の名義でもう一つスマホ契約しとくわ。俺と連絡取るのに無いと不便だろ?」

「ありがと、包。手間掛けさせてごめんね」

「別に。さっさと風呂入ってこいよ」

「いってきまーす」

 スマートフォンを擦れ違い様に手渡され、それをハーフパンツのポケットに捻じ込むと同時に夏用のパジャマを脇に抱えた健斗が代わりに脱衣所へと入って行く。俺には全て認識出来るが、どうやら健斗が直接身に付けている物であれば着替えたり持ち歩いたりしていても周りからは見えないらしい。それが今日の職場で分かった収穫だ。つまりは服だけが浮いて歩いているなんて事には幸いならなかったと言う訳で、これならもし健斗が外に出たとしてもその辺をふら付く位であればまだ安心出来る。

 キッチンに向かって冷蔵庫を開き、幾つか冷やしてあるミネラルウォーターのペットボトルを一つ掴むと後ろ手に冷蔵庫の扉を閉めてペットボトルのキャップを捻る。喉を鳴らして半分程飲み込んだ所で一息ついた。

 ペットボトルのキャップを閉めてそれをそのまま手に持ち寝室に向かうと、ダブルベッドのシーツには丁度腰の位置辺りにバスタオルが敷かれていて溜息が出る。

 それは暗黙の了解で、セックスの時にシーツを汚さない為にと健斗が気を利かせてやり始めた事。つまりバスタオルが敷かれている日は抱くつもりだと示されている様なものだ。

「まさかあいつそれで……」

 ポケットからスマートフォンを出してブラウザの検索履歴を見れば恥ずかし気も無く最後に『幽霊 セックス』と表示されている。試しにそのまま検索してみると体験談が幾つも表示された。出来んのかよ……と頭を抱えて愕然としたが、ついいつもの癖で風呂場で準備してしまった自分も存在していて居た堪れない気持ちになる。

 サイドチェストの上にあるルームライトの明かりを点けて其処にペットボトルを置き、スマートフォンを充電ケーブルへと繋いでからベッドに寝転がった。ご丁寧に普段から使っていた温感ローションとゴムが枕元に置いてある。毎度思うがバスタオル然り、用意周到過ぎていっそ感心する程だ。ヤる気満々状態の寝室で待ってるこっちの身にもなれと言いたい。悶々としていると脱衣所の扉が開く音が響き健斗がリビングを消灯し寝室に向かって来る。

「一応お風呂入れたけど、やっぱり鏡に写らなくててちょっと苦戦しちゃった。大丈夫?癖毛酷くない?」

「俺はそのぽやぽやしてる髪も好きだけどな」

「包の前では格好付けたいでしょ……」

 寝室に現れた健斗が髪を気にしながらベッドに近付き腰掛けると上半身を起こしてワシャワシャと乾かしたての黒い癖っ毛を撫で回す。頑固な癖毛の割には猫の毛の様に柔らかくて触り心地は抜群だが本人曰くコンプレックスらしい。

「で?いつになくセックスする気満々の健斗くんは俺を如何したいワケ?」

「優しく抱かれたい?それとも激しい方が好き?」

「質問に質問で返すなっつーの。いいよ、激しくて」

「お風呂でちょっとでも暖かくなってると良いんだけど、冷たくてつらかったら言ってね」

 そう言ってひたりと健斗の手が頬に添えられる。まだ到底人肌と言える温度ではないがいつもよりは冷たくない。これならだいぶマシかと安堵した。

「いい。大丈夫そ」

「ねぇ、包」

「ん?」

「大好き」

 完全にベッドに乗り上げ向き合った健斗の手によってTシャツを捲り上げられ素肌にひんやりとしたエアコンの風が当たる。中途半端に脱がされたTシャツを自ら脱ぎ捨てて健斗のパジャマのボタンをひとつずつ外して行くと不意に顔が間近に迫りそのまま唇が重なった。

 最初は啄む様なバードキスを角度を変えながら何度か。形の良い鼻先を擦り合わせて次第に息を奪うかの如き激しいキスに変わっていく。唇を舐られて薄く口を開くとその隙間を縫って健斗の舌が侵入し、そのまま歯列をなぞり好き勝手に味わい尽くされる。微かに息が上がり震える舌を掬い上げられて絡み合う音が静かな寝室に響いた。

 貪り合う様な口付けを繰り返している最中にも健斗のパジャマのボタンを全て外し終えて肩から外させる。名残惜しそうに唇が離れていく瞬間、銀の細糸が伸びてふつりと途切れた。

 少しマシになったとは言えやはり少しばかり冷たさを感じる掌が俺の両肩を掴んでそのままベッドに優しく押し倒され視界が薄暗い天井と健斗の顔だけになる。いつもは優しく穏やかで陽の光を浴びたガラス玉みたいなきらきらした瞳が今、欲に塗れた雄の眼をしていて俺にそれが注がれているというだけでゾクリと背筋が強張るのが分かった。喉仏を甘く噛まれ、耳朶から徐々に首筋、胸元へとキスの雨が降り注ぐ。

「っ、激しくすんじゃねぇのかよ」

「もっとがっつかれたかった?」

「んな事言ってねぇし」

「じゃあご要望に応えないとね」

 キスだけで既に緩く擡げていた性器を布越しに撫で上げられて期待に身体が震えるのが分かる。撫でる手が何度か往復して緩く刺激を与えて来るのがもどかしい。

「ぁっ……ちゃんと、触れって」

「じゃあ少し腰浮かせて、そう」

 言われるままに腰を浮かせると隙間に手が入り込み、手慣れた様子でハーフパンツを下着ごと俺の足から引き抜いてそれを脱がせた。腰をベッドに降ろすと脚を開かされて全身隈無く余す事無く見られているのが分かり、何年もこいつに抱かれているとはいえ流石に細やかな羞恥心が湧いて来た。

「……そんなに見んなよ」

「幽霊でもちゃんと好きな人には欲情出来るんだなぁってちょっと感動してたとこ」

「そんな幽霊がホイホイ居て堪るかって話だけどな」

「不能になってたらどうしようかなって割と本気で心配だったんだよ?ってちょっと……!」

 俺の手を取って健斗が股間を触らせる。其処は確り芯を持っていて興奮しているのが嫌でも伝わった。先程の仕返しにパジャマのボトムと下着を指で引っ掛けて降ろし、出て来たそれに対してとびきりいやらしく裏筋を撫でてやると健斗が焦るのが分かって口角が上がる。

「お喋りはもう充分だろ?」

「煽るの本当上手くなったね……」

「お前に何年抱かれてると思ってんだよ」

「なら包、煽られた俺がどうなるかもよーく分かるよね?」

 分かりやすく膨張した健斗の性器に気を良くしていると、もうなる様になれとボトムと下着を脱ぎ捨てた健斗に手を掴まれシーツに押し付けられた。射貫く様な視線にああ、これはスイッチを入れたなと頭の何処かでぼんやりと思う。優しさをありったけどろっどろに煮詰めたのが普段のこいつなら、今のこいつはきっとそれ以上に強欲と執着を上から塗り固めた危険物だ。

 でもそれが心地良いとすら思う。いっそ気が狂う程求められたい。俺も大概強欲な生き物だった。

 いつもならご丁寧にしつこい程愛撫されるのに全てをすっ飛ばして健斗がローションに手を伸ばしチューブのキャップをパチンと開けて手に絞り出す。辛うじてキャップを閉める事を忘れない程度の理性はまだあるらしい。

 肩を甘噛みされ、後孔にはローションに塗れたいつもより冷たい指が入り込む。最初の頃は異物感が酷かったというのに今では健斗の指だと思うとすんなり受け入れてしまう。

「ふ、あ……ッ、そこっ」

 性急に前立腺を指先で抉る様に刺激されて腰が震え喉が反る。じっくりと年月をかけ開発されてバグった身体はそれだけでスイッチが入った。それが気持ち良い事だと認識した途端、腹の奥が切なく疼いて健斗の指に喜んでしゃぶり付く。

「ぁ、はぁ……っん、んぅ……っ」

「包、気持ち良さそうだね」

 指が二本に増えてくぱりと拡げられるのすらも快感だと刷り込まれて陸に打ち上げられた魚の如く全身を跳ねさせるこの様だ。耳をピアスごと口に含まれ舐られてぴちゃりという水音が鼓膜を震わせゾクゾクと快感が背筋を走る。性器はすっかり反り立ち腹に先走りを滴らせていた。

「っう、ァ……やば、だめ」

「前立腺指でグリグリされてイきそうなの?でももう少し待ってね」

 ふう、と耳に息を吹き込まれてびくりと震えシーツを握り締めると綺麗に整えられていた筈のそれはそこを中心にして皴が刻まれる。わざと前立腺を外して三本目の指を挿し込まれ抜き差しを繰り返されて上擦った嬌声が止まらなくなる。

「アっ、ン、けんと……も、奥、ほし……いッ」

「じゃあ、ちゃんとおねだりしてみて?」

 唇で首筋を何度も食まれた後に底無しの闇の様に黒く染まって見える健斗の眼に見詰められて仕舞えば小さく頷く事しか出来なかった。

「ッ……健斗のちんこでっ、奥……めちゃくちゃに、して」

「はは、上手におねだり出来た包にはご褒美あげないとだね」

「ひッ、あ――ぁ!!!」

 指を引き抜かれるといつの間にかゴムを装着していた健斗のデカブツをひたりと後孔に宛がわれて一気に貫かれる。その拍子に前立腺も強く抉られて腹に吐精した。

「まだイけるよね、いっぱいめちゃくちゃにしてあげる」

 その甘い囁きは朝まで離さないの意だと知っているのは俺だけで良い。

 明日が休みで良かったとこれ程思った日はないだろう。

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