第三十六話 招待状

「人間界……」

 小さく零すアナの手を、スターチスが優しく握る。気にかけることもなく、ガルクライフは言葉を継いでいく。

「オルロンドですか。まためんどくせえ」

「礼節を弁えなさい、ガルクライフ」

 魔王の傍らに居たリセが叱責する。手をひらつかせて面倒そうな顔をした。


「へえへえ、分かったよ。それで今回の遠征はどういう理由で?」

「何やら祝祭を行うらしく、その来賓として呼ばれている。私が赴いても良いのだが、少し気がかりな点があってな。城を空けられないため、お前たちを集めた」

 なるほどね、と納得を示す。

「要は、此処に居る奴らが行くってことですか」

「全員ではないがな。おおむねその通りだ」

 了解しました、と一言ついて姿勢を正した。


「はい」と、一人が手を挙げる。

「どうした」

「大隊長を派遣するほどのことなのですか?」

「念には念を、というものだ。四天王を行かせても良いが……」

 ちらり、と四人の方を見る。一つ、ため息をついた。

「なに!アル兄!!私たちに不満でもあるの!?」

「ムルームはそうかもしれんが、我は大丈夫であろう!?」

 約二名、騒ぎ始める。


「お前たちに外交を任せられるわけがないだろう。ヴェルメルトは直近で出てもらったから除外、マナリアも離れられないからな。そうなればガルクライフが妥当だ」

 そうですか、と納得を示して下がる。

「ちょっとぉ!私たち納得してないわよ~!」

 ジタバタと暴れるムルームを抱えて、リセが部屋を後にした。


「オルロンドってどんなとこなの?」

 静かにしていたアナが口を開く。

「……気になるか」

 少し重い声で、魔王が反応する。

「うん、気になる」

 毅然として答えた。


「……わかった、シャンメリー」

 魔王の声に応じるように、はいは~いと気怠そうにしながら前に出る。

「オルロンドの説明、でいいですかぁ~?」

「ああ、任せる」

 返事をした後に照明を落とし、以前と同じように魔水晶クォーツに映像を投影させて説明を始める。


「オルロンドは、人間界にある中小国家の一つだよぉ~。我らがアガピトスと友好を結んでいる人間国家で、大きな砂漠の中心にあるんだぁ~」

「砂漠……」

 ぽそりと呟くアナに答えるが如く、研究部隊長は続ける。

「そう、砂漠。エリモス砂漠っていうんだけどね。人間界にはいくつか、大きめの砂漠が存在するんだ。エリモスは海に面する部分もあるけれど、基本的に閉鎖的で過酷な環境になってるから、貿易で国力を維持しているんだよねぇ」

 一つ、気になる点があった。

「人間との貿易って、断空はどうなってるの?」


「良いところに気がついたねぇ~」

 にやり、と笑みを浮かべてから、シャンメリーは言葉を継ぐ。

「前にも言ったかな、結界師ってのが居るんだよぉ。境界を開いて繋ぐ術を使う者たちで、其れを生業としているんだ。うちでも贔屓のとこが居るから、今回もそこにお世話になるんじゃないかなぁ~」

「結界師の話はまあ、まだいいんじゃねえか?どうせ後々会うだろうからよ」

 ガルクライフが面倒そうに声に出す。

「まあ、みんな会った事あるんなら良いんじゃない?アタシは、絶対知っておかなきゃいけないってわけでもないし」

「いや、知っておくべきではあるだろ。お前も来るんだし」

 アナはきょとんと首をかしげた。

「え?アタシが?」

「ああ、此処に呼ばれてるってのはそう言う事だろ」


「……本当に!?」

 男の言葉が言い終わるかどうかの瞬間に、マナリアが叫んだ。

「……まだ、確定ではないがな」

 応える魔王は、少し躊躇っているようだった。

「どうして、貴方……わかっているはずでしょう?」

「私とて向かわせたくはない。しかし……」

 そう言って書状をシャンメリーに渡し、映し出すように命じる。

「これを見ればわかるだろう」

 それは、オルロンドからの書状だった。祝祭を開催すること、その日程、来賓として友好国のアガピトスを招待したいということが主な内容だったが、その中に、少し奇妙な文章が綴られていた。



『アルデバラン王のご息女として迎えられたアナ様と是非一度お会いしたく、また、我が娘と共に式典の主賓となるために参列していただきたい』



 アナは、得も言われぬ不信感を持った。アナだけではない、その場に居た者たちは皆、少しの不可解さを感じていた。

「な、なんでアタシは名指しなの……」

「気味悪いわね。噂程度には知れ渡っているでしょうけれど、アナの事だけしか書かれていないじゃない。これって……」

 フィーネが続きを発そうとした時に、魔王が口を開く。

「……これは推測だが」


「おそらく、何者かがアナを狙っている」


 魔王の言葉に、皆は静かに納得の意を示していた。

「だろうなあ。勇者の力とか?」

 ガルクライフが続ける。

「なんか心当たり有るんでしょうよ、どうせ」

 失礼な物言いに何を言うでもなく、魔王は首を縦に振る。

「そうだな、心当たりはある。だが、この場で話すものではない」

「そう言うと思ったよ、あんたなら」

 男は大きく笑ってアナに向く。

「悪いな、嫌な思いさせちまったかもしれねえ」

「大丈夫、ガルクライフ良い奴そうだから」

「んだと、生意気なぁー」

 覇気のない柔らかな声音でアナを叱る。優しさにあふれていた。


「それで」と、ヴェルメルトが手を挙げる。

「アナは参列させるのですか」

「先程言ったように、私もできれば向かわせたくはない。しかしこの書き方から察するに、アナを中心に据えて祝祭の式典を行うつもりだ。つまり私ではなく、アナが招待を受けている。決定権はアナに委ねられてしまったということだ」

 少し頭を抱える様子を見せる。


「アタシが決めちゃダメ?」

 そうではない、と答える。

「お前が決めるべきだ。しかし、すまん。此れは私の身勝手な、お前を二度と人間の前になど出したくないというエゴだ……」

「そっか……」

 場に少し沈んだ雰囲気が流れたのを察して、シャンメリーが口を開く。


「まあまあ、まだ遠征まで時間はあるんだしさぁ~。アナちゃんの答えは、もうちょっと考えてからでも良いんじゃないかなぁ」

「……それも、そうだな。ガルクライフ」

 はい、と前に出る。

「出立は一週間後の朝、それまでに部隊を編成し備えておけ」

「了解です。どれくらいの規模が良いっすかね」

「その点は、各隊長に任せる。最終的な決定はお前がしろ」

 返事をして後ろに下がった。

「では、本日の召集はここまで。大隊長以下は下がってよい。ガルクライフの指示に従うように。度々ではあるが急な召集、ご苦労であった」

 魔王の言葉で多くの者が部屋を後にする。その場に残ったのは、四天王とアナ、そして魔王のみであった。



「ようやく、話ができるな」

 人が減り、静かになった部屋で魔王がそう言葉を発すると、マナリアが部屋全体に魔法をかけた。

「話って?」

 アナが聞くと、魔王は真剣な表情でそちらに目を遣る。

「此度の件、おそらく二大宗教のどちらかが関わっている」

 アナはどきりとした。


 二大宗教、それは白鯨教と黒兎教。人間界において信仰されている主な宗教の二つである。そのうちのどちらかが、アナを施設に収容していたものであると、以前に魔王は推測していた。


「二大、宗教……」

「それがどうしたというのだ、主!!」

「少し黙りなさい、ダン」

 語気を強めるマナリアに、ダンも思わず尻込みする。

「これを踏まえて、アナ、どうするか決めなさい」

 魔王の声に、アナはどうしようもなく震えていた。その様子を不審に思ったのか、静かに聞いていたヴェルメルトも口を挟んだ。


「オルロンドは白鯨教の信仰者が多いことでも有名です。であれば、関与していることも必然でしょう。今更どうしたというのです」

「……そうだな、お前たちにも話しておいた方が良いか。アナ、良いだろうか」

 魔王は悩むようにアナへ声をかける。アナは大きく深呼吸をして、顔を上げる。


「うん、大丈夫。アタシもみんなの意見が聞きたいから」

 そうか、と返事をしてから、アナと二大宗教の関りをダンとヴェルメルトの二人に伝える。其れを聞き終わる頃にダンが、

「ふざけているのか、人間は!!!」

 と、大きく声を荒げた。赤く沸騰するようなオーラが身体を這っている。


「そう怒鳴っても仕方ないでしょう。やるべきことは他にある」

 ヴェルメルトはそう言うと、剣に手をかけて部屋を後にしようとする。

「それもそうだ!主よ、出撃許可を出してくれ!!」

 同調して後に続こうとするダン。

「ならん」

 そこに、魔王の重苦しい声が響く。

「お前たちなら、そう言うだろうと思っていた。しかし、ならん」

 なぜ、と二人が問う。


「アナの望みだ」

「何を言っているんです?」

「ムルームに説明した時も、同じ反応をしたとも」

 アルデバランが、アナが自分のために皆が手を汚すことを良しとしない、ということを説明すると、二人はやるせない表情を見せた。

「我は、そうだとしても、我は行くぞ!」

 そうして外へと駆けだしてしまう。それをアナ以外誰も止めることはしなかった。


「ちょ、ちょっと!!良いの!?行っちゃったよ?」

「外にはムルームが居るわ。あの子が止めるでしょう」

 ああ、とヴェルメルトも頷く。

「それよりもアナ、陛下のおっしゃったことは本当か?」

 ヴェルメルトの問いに肯きで返す。

「そうか……」と、逡巡する。やがて、言葉を選ぶように喋り始めた。


「私では、お前の気持ちを測り知ることは出来ないが……この城にお前が来てくれて、心底良かったと感じている。これからも、よろしく頼む」

「なにそれ、かったいわねえ」

 マナリアが後方からヤジを飛ばす。

「うるさいな、年増」

「はぁ~!?!?」

 売られた喧嘩を買うマナリアを、魔王が諫める。


「そこまでにしておけ」

 魔王に言われてしまうと止まるほかない。不服そうにマナリアは引っ込んだ。

「ありがとね、ヴェルメルト」

「いや、礼を言われることではない。それより……」

 と、魔王へ向き直った。

「どうするつもりです。この話を聞いた以上、私もアナの参列には反対します」

「アナが決めることだ」

 魔王は今一度、アナを見る。


「お前の選びたい方を選びなさい。答えはまだ待つことが出来る」

 そう言ってその場を解散した。アナの頭には葛藤が残っていた。

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