第二十五話 地下の修練場

「……こんなとこあったんだ」

 ムルームに連れられて向かった先には、地下へと繋がる階段があった。螺旋状に深く伸びたそれを下っていく。進んでいくにつれ、壁面に装飾された蝋燭に火がともされる。生物を感知して自動で点くように設定されているようだ。


「アナちゃん、地下は初めてだよね?」

「そうだね、まだ知らない場所も多いみたい」

 じゃあ色んなとこに連れてってあげるね、と勢いよく振り返って明るく告げる。階段を下りながらと言うのに、とても身軽に飛び跳ねて体勢を崩さないのは目を見張るものがある。アナもありがとうと笑って返した。





 階段の途中で所々壁面に入口があり、三つほど通り過ぎたところでムルームが歩みを止めて振り返る。

「間違えちゃった、さっき通り過ぎたところ~!!」

「なにやってんの」

 少し馬鹿にしながら笑うアナ。ムルームも照れた様子であっけらかんに笑った。



「ここ、どういう場所なの?」

 入口を抜けると、広場のような場所に出た。正方形に広がったその部屋はおよそ百坪と言ったところだろう。また、その部屋からいくつか、先に進むための通路が伸びていた。


「ここは地下修練場の入口だよ。非番の時、此処に来る子が多いんだよね~。みんな、鍛錬を怠らなくて感心感心!」

 とても嬉しそうに胸を張っている。そうして一つの通路の方へ向かっていった。



「ムルーム様、おはようございます」

「おはようございます」

「此度はお早い起床のようで」

「お元気そうで何よりでございます」

「今度、ぜひお手合わせを……」



 すれ違う者たちが口々にムルームへと挨拶を済ませていく。当の本人も一人一人に挨拶を返しながら進んでいた。

「慕われてるんだね」

「もっちろん!なにせ四天王の一ですもの!!」

 得意げに鼻を伸ばしている。

「あ、ちょっと」

 道行く者に一人声をかける。その者も制止した。

「どうされましたか、ムルーム様」


「ダンちゃん、今日いる?とりあえず稽古場に向かってるんだけど」

 ああ、と反応する。

「ダン様でしたら、稽古場にいらっしゃいますよ。今はおそらく戦闘部隊の方たちと手合せしているところだと思います」

 ありがとう、と礼を告げ、また歩き出す。


「ダンっていうのは?」

「四天王の一人だよ。ダンちゃん、会ってみればわかるかな」

 そっか、と返事をして後をついて行った。





「わ、ここも広いね」

 入口よりも人が多く、しかし皆整然と並び待機している様子だった。石で造られた部屋、その中央には二人の男が立っていた。アナはその片方に見覚えがあった。

「アゼット」

 普段の軍服とは違い、動きやすそうな格好をしている、戦闘部隊の副部隊長がもう片方の男と何か真剣に話し合っていた。

「あら、アゼットの事知っているの?」

「うん、何度か世話になった」

 そう、と言ってムルームはもう一方の男に声をかけた。


「ダンちゃ~ん!」

 声をかけられた男は気づくなり、真剣な表情に柔らかさが入る。幼女の方を見てやさしく豪胆に笑うと、声を発した。

「おお!ムルーム!起きていたのか!!此度は少々早い目覚めだったな!!」

 大きな声が稽古場を駆け抜ける。音圧に圧倒される者もしばしば居たようだ。アナもその例に洩れなかった。


「ダンちゃんも元気そうで何より~!会いたかったよ~」

 ムルームが跳ね、その巨体の肩へと上がっていく。魔王とも張るほどの高背に、ムルームが優に座れるほどの肩幅、筋骨隆々という言葉が体を成したような美しい肉体が、いっそう目立っていた。

「ハハッ!我も少し寂しさを覚えていたところだ!して、今日は何用だ?」

 暑苦しくなるほどの見た目とは相反して、爽やかな笑顔が良く映える。どこまでも明るい性格なのだと、一目で感じさせている。


「おう、アナ。此処に居るなんて珍しいじゃねえか」

 呆然とするアナにアゼットが声をかける。

「あ、アゼット。ムルームに連れてこられてさ」

「そういうことか。って、なにボーっとしてんだ?」

「ん?いや、声の大きさにやられちゃって」


 ガハハ、と笑う。

「まあダンさん声でけえからな!初めて聞くんならしゃあねえもんだろ」

「アゼット、聞こえているぞ」

 ムッと顔をしかめて近づいてくる。アゼットはまずそうな顔をしていた。

「アゼット~、生意気な所は変わってないみたいだね~」

「あーあー、うるせ。若作り婆さんは黙ってろよ」

 はあ~!?!?!?、と大きな声で捲し立てる。

「あなた、ホント可愛くないわね~!!!」


「ったく、アゼット。たとえ身内でも上司ぞ。部下の前での威厳もなかろう、もう少し礼節を重んじろ」

 少し諭した後に、アナの方へと向き直る。

「すまないな、アナ。挨拶前に見苦しいところを見せた」

 いや、とアナは口ごもる。


「我はダン。四天王の一にして、ディスガイアの城壁を守護する者、ダン・ブラウンだ。今後ともよろしく頼む」

 大きな手を差し出す。アナもそれに合わせて躊躇いながら差し出した。

「よろしく、ダン。アタシはアナ、アナ・ヴァーミリオン」

 握手を交わすと、ダンはニッと笑い、楽しそうな顔をした。


「ハッハ!!ムルームや主が言うように、少し遠慮がちな奴なのだな!!」

「でしょお~?ぜんっぜん、我がまま言わないの!!」

「それは手前が我儘すぎるというのもあると思うがな!」

 と、揶揄うように大声で笑う。


「それは!そうだけどさぁ~」

 ばつの悪そうな顔をしていた。

「あ、アハハ……」

 アナが愛想笑いをすると、ダンが目を向ける。

「何も主の娘として迎えられたから言っているのではないぞ。自由さこそが幼子の気質よ。手前はまだ若い、遠慮など覚えるのはまだ先でよい」

「そういうものなの?」

 そういうものだな、と返事をする。

「じゃあ、頑張ってみるよ」

「頑張るものでもないのだがな」

 豪快に笑い声をあげている。





「それじゃ、俺はこれで」

 と言ってアゼットは挨拶をするとムルームを揶揄って出ていった。

「ムルームの目的は達したのではないか?」

「あ、たしかに!」

 アゼットと軽口を叩き合っていたムルームが、気づいたかのように言う。


「目的って?」

「四天王に会いに行くって言ったでしょ。ダンちゃんが四天王だから!」

 我がことの様に胸を張ってアナに紹介する。それを聞いたアナには、もう一つ疑問が浮かんだ。

「四天王ってもう一人いるんじゃないの?」


 あ、とまた気づいた様子を見せ、ダンへと話しかける。

「そうだ!メルメル知らない!?魔力が感じられないの!!」

彼奴きゃつなら今は居らんぞ」

 なんで!?と驚いている。


「西国へと遠征に出ている。詳しいことは知らんが、もう暫く帰っておらんな」

「えぇ~!?じゃあ、アナちゃんに紹介できないじゃない!!」

 話を聞いているアナはあまり状況を把握できていない。

「その、メルメルって言うのがもう一人の四天王なの?」

 アナの問いにムルームが振り返る。


「そうだよ~!メルメルは一番年下なのに私たちと同じくらい強いんだ~!アル兄もメルメルを認めて、城下街の管理を任せたんだよ!」

「そうなんだ、すごく強い奴なんだね」

 そうだな、とダンが入る。

「剣術で奴に敵う者は、この国には居ない。その鬼気迫る剣技は凄まじいものだ。若さゆえ、粗削りな所もあるが、あと百年もすれば敵無しだろうよ」

 嬉しそうに語る。


「会ってみたいな……」

「半年もかかっているからな、かなり大きな仕事なのだろう。まあ、もうすぐムルームの誕生日だからな。近いうちに帰るとは思うが……」

 え、とアナが驚いた様子を見せる。

「ムルーム、もうすぐ誕生日なの?」


 その言葉に、ムルームが得意げになる。

「えっへん!そうだよ~!」

「エータ・ピスキウムの二十九日目、冬の終わりを告げる日に生まれたのだったな。手前らしい好い日だと思う」

 ありがと!と笑顔を見せる。

「エータ・ピスキウム?」

「そうか、暦も知らんか。世間では年を十二分割してそれぞれに名を与えている。今がサダルメリクの最終日、明日からエータ・ピスキウムに入るところだな。詰まる所、あと二十九日後がムルームの誕生日だ」

 そうなんだ、と分からないながらに納得する。


「アナちゃんは誕生日いつなの?」

 次はムルームがアナへと聞く。少し考える様子を見せたが、残念そうな顔をした。

「……分かんないや」

「あら、」

 寂しげにするムルームに、大丈夫、と前置きをして続ける。


「連れていかれる前の記憶が薄くてさ、父さんと母さんに祝ってもらってたのは覚えてるんだけど、日にちを考えることもなかったから」

 そう、と寂しそうな顔を見せる。

「楽しい記憶が薄れるのは、悲しいことね……」

「いいんだ、ありがとね」

 アナの言葉にいっそう寂しく見えたが、思いついたように切り替えて提案する。


「それなら!アル兄に決めてもらえば良いんじゃない!?」

「え?」

「ねえ!とっても素敵じゃない!せっかく養子になったのだし!」

 遠慮なく手を掴んでブンブン振る。

「そうだな、祝う日が無いというのも寂しいものだ」

 ダンも乗り気の様だった。


「まあ、そういうものか。言うだけ言ってみようかな」

 半ば照れながら苦笑した。





「そろそろ、戻りましょうか~」

 なんだか眠たそうに欠伸をしてムルームが言う。

「起き抜けだったものな。まだ慣らしが出来ておらんだろう」

 そうだねぇ、と半分寝ながら返事をしていた。

「早く戻らないと、アタシが連れてかなきゃいけなくなりそうだね」


「まあ、給仕の者を呼べばよかろう。しかし、話す間が無かったのだが、アナよ」

 改まってアナに向かう。

「ん?どうしたの?」

「いやなに、アゼットから少し聞いていてな。手前、なかなか腕が立つようだな」

 そんなこと、と否定するが制止される。


「我も武人の端くれ、ある程度の強さは一目見れば分かる。手前が勇者であるという事を抜きにしても、強き者だと感じている」

「それは、ありがとう、かな?」

 複雑に思いながらも礼を言う。

「……アナちゃんはぁ、ぶじん、じゃ……ないから……ヌぅ……」

 寝言のように口を挟むムルームに思わず笑う。

「もうすっかり寝ておるではないか」

「まあ、まだ子供だし」

 ん?と首をかしげるが、取り直す。


「そこの寝坊助は放っておいて、まあ、提案なのだがな」

 うん、と返事をする。



「我と手合せをしようではないか」

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