第二十三話 似たり寄ったり
「ムルーム、ヴァーミリオン……!?」
突如として出たファーストネームに驚きを隠せないアナ。
「あれ?どうしたの?もしかして、私のこと知ってた?」
きょとんとして無邪気な声で問いかける。
「ヴァーミリオンって……あいつの……」
「そんなことより、貴女はだあれ?」
問いかけたにも関わらず、アナの言葉を遮ってさらに問いを重ねる。
「あ、そっか。アタシは……」
「もしかしてやっぱり、人間種!?!?」
鮮やかな虹色の目を輝かせて顔を近づける。光を屈折させて煌めく、宝石のような髪が顔に当たり、アナは狼狽えてしまう。
「わぁ~!!!久々に見たなあ!!とっても可愛い!!!」
「あ、あの……」
矢継ぎ早にアナに質問をしながら、ぐるぐると素早く移動して隅々までアナを舐めまわすように観察する。小さな身体ではしゃぎ回るその姿は、まるで幼児そのものだった。
アナが対処に困ってあたふたしていると、書斎の方から遠い声がした。
「そんなところで立ち話もなんだろう。部屋に入りなさい」
開きっぱなしの扉から、魔王が三人を呼んでいた。
◇
「ん~、久々のリセのお茶、やっぱり美味しいね!また美味しくなったかも!!」
「お褒めに預かり光栄です。それと、おはようございます、お母様」
おはよ~!と大きな声で返事をする。
「私が寝ている間、何事もないようで良かったぁ。マカロンが変身した形跡があるけれど、たぶんまた勝手なことしたんでしょ?」
ええ、とリセが答える。
「先日、ダンジョンの攻略が行われまして。そちらに同行した際になった模様です」
淡々と近況を報告している。
「あのさ、」
リセの淹れた紅茶を一口落として、アナは疑問を投げる。
「結局、その子がムルームなの?」
ええ、と幼女は返事をして、ソファーの上に立ち上がる。
「私はムルーム・ヴァーミリオン!さっきも言ったけれど、この魔王軍の四天王を担っているの!よろしくね、お嬢さん!」
圧が強すぎる声に、また圧される。
「ムルーム、起き抜けから元気なのは良いことだが、アナが怯えている。もう少し淑やかにしなさい……」
「アナちゃんって言うのね!!この子!!!」
魔王の言葉を意にも介さず、また一段階、声の大きさが上がる。それを見かねてマナリアが頭を小突いた。
「痛っ!!」
「もう少し静かにしなさいって言われているでしょう。まったく……」
なにすんの~!!と怒りを露わにしてマナリアに突っかかっている。
「思ってたより、賑やかな奴なんだね」
アナは率直な感想を述べる。魔王は頭を抱えていた。
~閑話休題~
「そ、それで何の話だっけ……」
「アナ様の自己紹介ですね。申し訳ありません、何度も遮ってしまい」
ハァ……と、リセが一つ息をつき話題を戻す。
「あ、そうだったね。ムルーム、アタシはアナって言うんだ。アナ・ヴァーミリオン、よろしくね」
「ヴァーミリオン、そう、貴女もヴァーミリオンを名乗っているのね!」
少し逡巡した様子を見せる。アナが、それだ、と反応する。
「どうしたの?」
「いや、どうしてあんたがそのファーストネームを持ってるのかって、思って」
躊躇いながらも問いを投げる。ああ、と一つ間を置いて紅茶を飲むと、ムルームは話し始めた。
「私は、アル兄に拾われたの。だからヴァーミリオンを名乗ってる」
驚いた表情を見せるアナに、少し笑って続ける。先程とうってかわって、とても落ち着いた口調になっていた。
「そこまで驚くことかしら。私は竜種、本来は孤高の存在。此処に居る方がおかしい話なのだから、何らかの予想は立てられるのではなくて?」
「それは、そうだけど…竜種って拾われるほど落ちるものなの?」
純粋な疑問。自分の境遇を照らすからこそのそれに、ムルームも気づいた様子を見せていた。
「あなた……」
「どうかした?」
いえ、と躊躇った様子を見せ、アナの問いに答える。
「落ちる、というよりは没すると言った方が良いわ。実際、アル兄に会う直前まで死の淵を彷徨っていたのだから」
「竜種と言うのは、本来死ぬことはないけれど……それでもあの時、私は死の呪いを受けてしまっていた。それを治してくれたのがアル兄と救護部隊長なの」
懐かしむ様子で魔王の方を見る。
「それから、私はアル兄に付いて行くことにしたの。だって、一人で生きていくよりもずっと楽しいと思ったもの!」
無邪気な様子に戻っていく。
「楽しかったわ!ずっと!アル兄が魔王になってからも、ずっと!今回は久しぶりの冬眠だったけれど、起き抜けからまた楽しくなりそうだし!」
そう言ってアナへと視線を投げると、目くばせをした。やがて座り、居住まいを正すと、落ち着いた口調に戻る。
「貴女は先程、私に何か照らし合わせて、境遇を訊いたわね」
アナはぎくり、とした。自分の境遇とは言いづらい。
「それが何かは分からないけれど、きっと色々あるのよね。ねえ、アル兄?」
魔王へと投げかける。
「そうだな、そこが分かっていれば良いだろう。詳細に関しては……アナ」
言っても良いか、とアナに促す。
「大丈夫だよ。あんたが信用してる奴なんでしょ」
ああ、と返事をしてムルームに向き直る。
「どうしたの?そんなに深刻な話?」
「そうだな、心して聞いてくれ」
それから、魔王はアナを拾ったこと、拾った時の容態から、自身の推測、アナが勇者であること、さらにフェイとの問答、そうして養子縁組をするに至ったことを、事細かにムルームへと語った。
◇
「……そう、そう。大変なことがあったのね」
愁いを帯びながらもその瞳が怒りを覚えていることは、明らかであった。
「私、行くところが出来たわ」
やめなさい、と魔王が制止する。
「どうして?」
「どうしても、だ」
「全てを壊せば良いでしょう。二大宗教だなんだと持て囃されていますが、幻想種ごときを信仰する人間風情……灰塵にしてあげます」
「それを止めなさいと言っているんだ」
魔王の言葉に、ムルームが激昂する。淀んだ虹色が彼女の周りに湧き出て、上昇していく。彼女はキッと魔王を睨んだ。
「アル兄、あなた……自分の理想のために言っているんじゃなくて?」
いい加減にしろ、と語気を強める。その空間に冷たい緊張感が走り、ムルームも思わずたじろいでしまった。
「……アナは其れを望んではいないのだ」
「なんですって……?」
だから、ともう一度同じ言葉を繰り返す。
「……ッ!?……リセ、マナ姉!!あなた達はそれでいいの!?」
動揺の色を見せ、周りの者たちに投げかける。
「私は、アルの判断が最良だと思っているから」
「リセは!?」
「申し訳ありませんが、私も、アナ様の望みを優先します」
二人の同意に、悔しさのあまりムルームは目を伏せて黙ってしまった。
「……私も、お前と同じ考えを持った。皆潰せばいいのではないか、と。アナにそれとなく提案もした。だが、この子は彼らを潰すことを是としなかった。なぜだか分かるだろうか」
魔王が問いかける。いいえ、と返事をした。
「……我々の手を汚さないため、だと」
ムルームに驚愕の色が表れる。何とも言い難い、苦しみと憐憫を孕んだ表情で魔王を見ていた。やがてそれは、アナへと向けられる。
「貴女を、殺すかもしれなかった人たちよ?」
「うん、分かってる」
アナはやさしく、それでいてただ毅然と微笑んだ。それを見て、ムルームは目尻に涙を浮かべる。
「どうして、そこまで……」
苦しさと優しさをもってアナの心へと問いかける。その問いの答えを、彼女はもう知っているにも関わらずに。
「アタシを拾ってくれた、みんなが大切だからだよ」
ムルームの胸を締め付ける。似たような境遇を送ったからこそ、彼女にはアナの苦しさが痛いほど分かっていた。しかし、だからこそアナの優しさを痛感し、アナの代わりに涙を流していた。
「……どこまでも、すてきね」
目を伏せて零す。
「ありがとね、ムルーム」
何が、と問う。
「アタシのために怒ってくれて」
「そんなの、当然じゃない」
そうこぼして、ソファーから立ち上がる。
「私が居れば、なんて言わないわ。貴女の想いを尊重したいもの。それにおそらく、きっと、これが正しい運命なのだろうから。それでも……」
と、対面のアナに近づき、手を握る。
「これからは、私も貴女の側に居ますから」
強く、強く、その小さな手でアナの手を包む。その温かさに、アナの頬には知らずのうちに雫が流れていた。
「あんたねぇ、なにアナのこと泣かせてるのよ!」
フィーネが突っかかる。
「あら、シルフ。あなたも起きてたの。魔素が小さくて気がつかなかったわ」
「なんですってぇ!!!!!」
顔をグイっと近づけて威嚇する。
「大丈夫だよ、フィーネ。大丈夫」
落ち着いたアナがフィーネを宥めて、ムルームの手を握り返す。
「ありがとね、ムルーム」
ええ、と一言アナへと微笑む。
「アナがそう言うならいいわよ、許してあげる」
「なんであなたが言うのかしら?私よりもずっと寝てた惰眠精霊のくせに」
ばちばちと、目と目で火花が散っている。犬猿の仲と言うのだろうか、どこまでも馬が合わないらしい。
「二人とも、変わらないわね」
嬉しそうにマナリアが言うと、魔王もそれに同意するよう頷いていた。
「それで、私は何をすればいいのかしら」
ひと悶着おさまって一息つきながら魔王の方を見る。
「もう少し起きるのは遅いと思っていたからな、特に何もない。外庭の方の管理もハーヴェが良くやってくれている」
「じゃあ、暇なのかしら」
嬉しそうな様子でアナに笑いかける。
「そういうわけじゃないでしょ」
「でもすることないし……そうだ!アナちゃん、遊ぼうよ!!」
すっかり幼女に戻ったムルームに呆れた様子の周りの者たち。ハア……とため息をついて魔王が考えを巡らせる。すると気づいた様子を見せた。
「おお、そうだ。お前が起きたところの土地が抉れている。そこの埋め合わせと、植生・生態系の把握、それと……給仕部隊にも顔を見せておいた方が良いだろう」
「ええ~~~~……」
心底面倒そうな声を上げる。
「……お前の好きなようにしていいから」
甘いな、とアナは思う。幼女は、魔王の言葉に目を輝かせ、分かったわ!と大きく息を巻くと、立ち上がる。
「それじゃあ!!アナちゃん、行きましょうか!!」
「え?」
困惑するアナの手を取って勢いよく部屋から飛び出していった。
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