第二十一話 おぞましいひと

 フシーッ、と毛を逆立てて威嚇をするガルフを見て、アナも相手への警戒を強めていく。

「ヒラルス……」

「そうだよ、勇者ちゃん。いや、アナちゃんって呼んだ方が良いかな」

 不気味な笑顔を貼り付けて問う。ディミとフィーネがアナを背にして対峙する。


「うーん?なんで前に立つのさ。僕は今、アナちゃんと話をしているんだよ」

「嫌なにおいがするのよ、貴方」

 ディミが強く突き放す。

「君たちに用は無いんだよね」

 

 指を鳴らす。途端に、アナを残して皆吹き飛ぶ。

「……ぐっ!!」

「ディミ!フィーネ!ガルフ!」

「これで邪魔な奴は黙ったね。お話をしようよ」

 態度を変えずに話しかけるヒラルスを、アナはキッと睨む。


「あんた、何者なの」

「言ったよ?ヒラルスだって」

 飄々とする相手に問いを続ける。

「あんたも、このダンジョン攻略をしに来たんだ」

「違うね。たまたま寄ってみたら面白そうだったから、この岩の子を起こして皆で遊ぼうかなって思ってね」

 岩の欠片を蹴り飛ばす。アナは、驚愕した。


「……まさか、あんたがドルーを」

「ドルー?ああ、この子。そうだね、僕が起こしてあげたよ。ちょっと動くのが遅かったから、動きやすいようにしてあげたんだけどね」


「死んだんだよ」

「そうだね。死んだね」

 アナは拳を握りしめる。


「なんで、こんなことするの」

「う~ん、難しい質問だね」

 少し考えるふりをしてからまた口を開く。


「暇つぶし、だね」


 アナは激昂した。瞬間、動けないはずの身体に力を入れ、ただ怒りに任せて立ち上がろうとした、が、既にヒラルスはアナの目と鼻の先に近づいていた。


「動かない方が良いよ」

 指をアナの額に押し当て、煽るように笑う。身体がピクリともしない。

「どうして怒るんだい」


 その問いに、ぽそりとアナが呟く。

「なんだって?」

「……お前は!!人殺しをしたんだぞ!?」

 知ってるよ、と言ってケラケラと笑う。


「それで、どうして君が怒っているんだい?」

「それ、は……」

 ピッと指を外すと、アナはそのまま倒れ込んだ。

「君が怒ることじゃないだろう?」

「うるさい!アタシが怒って何が悪い!!」

 笑うことを止めない者へ睨みつける。


「そうそう、その顔。その顔だよ、アナちゃん」

「なんで、お前は……」

 狂人の様に笑うヒラルスを見て、アナはどうしようもない恐怖感に襲われる。

「なんで、そんなに、命を軽く見てるの……」

「他人だからだよ。言ったでしょ、暇つぶしだって。魔族だろうが、人間だろうが、楽しそうなら殺した方が良い」


 この者は普通ではない、と気づいた時、アナはドルーの言葉を思い出した。


『決して恨むな、と言っておく。あれとは関わることが無い方が良い』


「……そっか、そうだった」

「なんだい?」

「ドルーが言った通りだね。関わらない方が良いって」

 顔は変わらないが、雰囲気が急変する。

「それが、どうしたんだい?」

「あんたに、怒ること自体間違ってたんだ」

 アナは精いっぱいの力で起き上がると、敵を見つめた。


「アタシは、ドルーとの約束を守る。あんたを恨むこともしない」

 ヒラルスから笑みが消える。

「なんだい、それ……」


 周囲に胡乱で不気味な雰囲気が流れ始める。

「面白くないな、アナちゃん。面白くないよ」

 周りの土くれがカタカタと動き出す。かと思えば、人の形を成していった。アナはこの人形を見たことがあった。分断された時の、化け物だ。


「それも、あんただったんだ」

 自身らを襲い、分断したあの人形たち。

「もっと笑わせてくれよ!!勇者ちゃん!!」

 人形が襲い掛かる。アナはその場から動くことが出来ない。覚悟して目を閉じる、と同時に突風が吹き荒び、人形を風化させた。


「な!?」

「隙だらけだってんのよ、貴方」

 フィーネがよろめきながらもアナの側へと飛んでくる。

「フィーネ!」

「ごめんなさいね、アナ。魔力を練るのに少し時間がかかっちゃったの」

「邪魔するなよ、死に損ないの神の垢が」


 面倒そうな顔の相手にフン、と鼻を鳴らす。

「その呼び方をするのは、古の者か。暇を持て余した堕落者だらくしゃが」

「うるさいな、消えろよ」

 フィーネの方へと手を翳す。禍々しい雰囲気がその場を包み始めた。アナは本能で危険を察知し、咄嗟に精霊へ呼びかける。


 途端、影が飛び出し、ヒラルスへとぶつかった。と思うと勢いのまま、財宝の山へ吹き飛ばしていった。

「な、なに!?」

 アナにはその影が誰か、始め分からなかったが、土煙が晴れた所で見慣れた給仕が現れた。いや、姿は普段と違うため、見慣れたものではなかった。


「やっふぅ~!!!!」

 その少女は只管に、はしゃいでいた。

「ま、マカロン!?」

「あ!アナちゃん~!!元気だった~!?」

 あっけらかんと笑う。

「みんなが逸れちゃったから、一人でお散歩してたんだ~。そしたらなんだか騒がしくなってきたから、遊びに来ちゃった!」


「散歩って……でも、ありがとう。助かったよ」

 礼を言った後にマカロンの姿について問う。

「それ、どうしたの?」

「え?ああ、これはね~、マカロンの!!シャキーン!!かっこいいでしょ!!」

 なんだそれ、と突っ込む。四肢がまるで竜の様に厳かな鱗に覆われ、大きな鍵爪がきらりと光り、また羽、尾、角も生えており、見るからに竜人に成っていた。


「とりあえず、後で良いや。戦えるんだね」

「もちろん!!」

「あいつ、だいぶ強いよ。気をつけて」

 分かってるって~、と言いつつノータイムで突進を仕掛ける。


「どっかーん!!!」

 飛んでいった財宝の山へと飛び膝蹴りをかます。間一髪で避け、上へと飛び出した。

「っチィ……竜の落胤か!!」

「なにそれ!!」

 激しく打ち合う。やや劣勢に持ち込まれたヒラルスは身を翻し、やがてアナたちの前、少し離れた場所へと戻った。


「けっこう強いね!あなた!!」

 心底楽しそうな顔ではしゃぐマカロン。

としのくせに面倒だ」

 どこか余裕のないように話すヒラルスを見て、アナが話し始める。


「このままやっても決着つかないでしょ。あんたの目的が何か知らないけど、アタシたちはあんたにもう関わりたくはない。さっさと居なくなってよ」

「減らず口を叩く余裕はあるんだね、勇者風情が」


 周囲を、ドルーに憑いていたものと同じ、禍々しい黒が漂っていた。

「……ああ、本当に面倒だ。僕はただ、面白そうだから来ただけだっていうのに」

 少しずつ対象を包み込み、収束していく。

「どうなってんの、あれ……」

 やがて黒は爆発の予兆を見せた。その時、


 ――幻槍・舞踊『五月雨さみだれ


 突如、大きな轟音と共に大量の槍が降り注ぐ。男を目掛けて降る其れは、男の周りに憑く黒を粉々に打ち砕き、中の男ごと貫いた。

「っグッ……」


 敵の姿が薄くなっていく。

「……ここまでみたいだね」

「な、なに」

 殺しておけばよかった、と吐き捨てた後、アナの方を向く。

「アナちゃん、また会おうね」

 消えゆく中で、不気味な笑顔をアナに見せていた。





「なんだったの。それに、あの槍……」

「なんとか、届いたみたいだな」

 声の方を見ると、アゼットたちが駆けよってきていた。

「アゼット……!」

 アナは安堵の表情を見せる。

「ご苦労さん、アナ。遅くなってすまねえ」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 部隊の者たちがディミやガルフの応急処置に入る。


「あの槍、やっぱりアゼットのだったんだ」

「ああ、ようやくお前たちを捕捉出来た。間に合わねえから投げたんだ」

 ありがとう、と軽く笑うアナ。

「あいつ、なんだったんだろうね」

「人間みてえだったけどな、まあ、とりあえず俺たちの仕事は終わりだ。データの解析やらは研究部隊の奴らに任せて、ささっと帰って主に報告するぜ」

 そう言うと、アゼットは魔王から預かっていた杭をその場に突き刺した。


「それ、なんなの」

「見てりゃ分かる」

 アゼットが魔力を込めると辺りに波紋が広がっていく。壁や床を伝って、やがて財宝部屋すべてに行き届いた。


「ちょっと揺れるから気ぃつけろよ」

 その言葉と同時に、部屋全体が音を立てて揺れ始め、そうして上昇した。


「なに~!?」

 アナは倒れないように体勢を整える。部屋を包み込んだ波紋によって持ち上げられ、ダンジョンを壊しながら隆起していく。やがて止まったかと思うと、明るい光が入口から射し込んできた。

「ど、どうなったの……?」

「地上まで持ち上げたんだ。杭を打った場所を地上まで上げることで、そこから一定範囲を主の土地として制定したってことだな」


 よく分からなかったが、正直疲れが激しいアナにはどうでもよかった。その場へと、マルシェラたちが駆けてくる。

「皆さま、よくご無事で」

「無事じゃねえのも居るけどな。婆さんに早めに見せた方が良いぜ」

 アゼットがディミとガルフ、そしてアナを指す。

「承知しました。ではアナ様、急ぎ戻りますので、こちらへ」

「アゼットたちは?」

「俺らは軽傷だから良いんだよ、後でゆっくり戻るさ」

 それに納得し、マルシェラの先導で城へと戻った。





「以上が、今回の攻略における諸報告です」

 怪我を治してもらった一行は、書斎へと赴いていた。詳細をアゼットが口頭で説明して、ひと段落がついた。


「うむ、ご苦労だったな。これで国境に関しても少し懸念要素が減った」

「まだ抜け道はありますけどね、一先ずはって感じで」

「そうだな、そこは追々考えるとしよう。今日はもう下がってよいぞ。攻略参加者には明日一日、休暇を与える」

 失礼します、と皆、頭を下げて出ていく。アナもそれに続こうとすると、魔王に呼び止められた。



「なに?」

「少々、心配でな……死を感じさせるために同行させたわけではなかったのだが……」

 申し訳なさそうに述べる。

「死って……ああ、ドルーの事か」

 アナは少し思いを馳せるようにして答える。

「正直に言うと、苦しかったよ。でもね、ドルーが言ったんだ……どうにもならないことはあるって。それを受け入れて強くなれって」


「だから、アタシならもう大丈夫」

 少女がやさしく笑うと、魔王もやさしく笑った。


「……それにしても、そのヒラルスと名乗った男。かなり不気味だな」

 魔王が逡巡する。ふと、精霊が口を開く。

「古の者よ」

「……なんだ?」

「そいつは古の者って、言ってるの」

「お前は、シルフか」

「フィーネだっつってんでしょうが!!」

 呆れたように魔王を見る。


「アナから名を受けたのだな」

「良いでしょう?これで私は今生、アナのためにこの命を尽くしますから」

 自慢げにしている。そうか、と魔王はそっけなく返す。

「……任せる」

「ええ、期待には応えるわ」


「古の者っていうのは?」

 アナが問う。

「言葉通りよ。古くから存在している者たち。私も、そこの魔王も、古の者。戦った岩石種もある意味ではそうかもね」

「その言葉を使うのは、お前たち精霊くらいだが、な」

 魔王が口を挟む。

「そうなんだ……」

 アナは思い返す。あの男の笑顔が頭に残っていた。





 白く染まったとある世界の何処かに、大きな声がこだまする。

「っとに、面白くない!!」

 一人の男が苛立ちを露わにして、周りの岩を蹴り飛ばす。

「邪魔な奴ばっかりだ!!面倒面倒面倒!!!」


「あの子、もっと面白いと思ったのになぁ!!」

 一通り騒ぎ終えると、一息ついて寝そべり、空を見上げた。


「あんたが選んだのも、なんとなく分かるよ」

 忌々しいというような表情を浮かべ、そうしてまた不気味な笑みをする。

「壊れない程度にっておもったけど、面倒だし、遊び尽くしちゃお。壊れたらその時はその時だよねぇ~」


 誰に向けるでも無い言葉は、反響することなく消えていった。

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