(7)人を呪わば

 悧月は通路を歩いてくる。

「まあ、何百年も経てば、高鳥家の呪力もそりゃあ弱るよね。僕の家も、力を持ってる人間の方が少ないし、昔より弱いらしい」

「先生!」

 思わず、花墨は格子にすがりついた。

 悧月はホッとした笑みを浮かべる。

「花墨ちゃん! 怪我はない?」


 ずい、と高鳥秀一は一歩踏み出した。

「申し訳ないが作家先生、あなたはお招きしていないな」

 悧月は軽く会釈する。

「お約束もなく、夜分にすみません。こちらに、僕の大切な人が伺っていると聞きまして」

「ええ、おいでになっていますよ。彼女の方からね」

 口を挟みたくなったが、花墨は堪えた。

(先生、高鳥御殿に乗り込んでくるなんて。……何か、考えていることがあるんだ)

 ならば、花墨は悧月の一挙手一投足を見守り、彼が行動に出る時はすかさず協力しなくてはならない。

 全神経が、彼に集中する。

(今、私にできるのは、先生を信じることだけ)

「そうですか。いやー、居心地の良さそうな客室だ」

 牢屋を見回して、悧月は皮肉を言う。

「僕も仲間に入れて下さい。先祖が同じ土御門家の元にいた者同士、話が弾むと思うんです。ああ、お茶は結構ですから」

「……いいでしょう。あなたも滞在するといい」

 高鳥は、手に何か札のようなものを持っていた。もう片方の手の指を二本そろえ、何事か念じる。

 いきなり、悧月のまわりに光の輪ができ、一気にギュン! と締まった。

「先生っ」

 花墨は思わず声を上げる。

 ところが、光の輪はあっという間に、パキンと硬質な音を立てて割れた。

「……何か、まじないを身に着けていますね?」

 高鳥に睨みつけられ、悧月は頭をかく。

「いや、さすがに力の弱い僕だって、守護の札くらい作ってきましたよ。子どもの頃に教わりましたからね」

「なら、こちらは強い札を切るしかありませんが……」

 脅すかのように、高鳥は上着の懐に手を入れた。

「鏡宮先生、それこそかつての同門ですから、あなたとは敵対したくない。薬師寺家ともね。このまま彼女を置いてお帰りいただければ、我々はもう関わることは」

 言葉尻に、悧月は被せるように言う。

「花墨ちゃんは渡さないし、僕の身内を襲っておいてそれはないでしょう。もう遅い・・・・ですよ、高鳥さん」

「ならば容赦する必要はありませんね」

 高鳥が、何か取り出そうとする。

 しかし彼は、はっ、として手を止め、周囲を見回した。

「何だ……?」

『かすみ!』

 星見が、花墨の手にしがみつきながら天井を見上げる。

『なにか、いっぱい、いるぞ!』


 花墨もようやく、その気配に気づいた。

 妖しい気配が、あたりを包み込んでいる。

 それは、どこか遠くの方――東京市の四方八方から、集まってくるように感じられた。

 どんどん、どんどん、濃くなっていく。

「もう遅い、と言ったでしょう」

 悧月は緩やかに両手を広げた。

「この家に来てみたら、何人もの女たちの怨念が、あたりを渦巻いていてね。結界のせいで入れないようだった」

 額に汗を浮かべる悧月に、高鳥は表情を強張らせる。

「お前、結界に何か」

「僕は力が弱いけど……僕自身を媒介すれば、女たちの怨念を結界の中に招き入れることができる」

(そうだ。星見も私に取り憑いてるから、敷地内に入れてる)

 花墨の目の前で、悧月の足元からドロドロと黒いものが広がり始めていた。それは意志を持って、高鳥秀一に近づいて行く。

 女物のショールに仕込まれた式によって千代見姫に取り憑かれ、自らの手で愛する家族を殺させられた、幾人もの女たち。その恨みが、高鳥御殿をめがけて急速に流れ込んできていた。


「女たちの怨念、だと?」

 高鳥秀一は狼狽える。

「誰のことだ。千代見以外にそんな女など……」

「あー、高鳥社長って、昔の女は忘れるタイプ?」

 呆れた声で、悧月は目つきを鋭く研ぎ澄ます。

「恨まれてるに決まってるだろ、あんた。何人殺した。何人、殺させたと思ってる」


 急に、ガシャン、と鎖が鳴った。

『ああああ!』

 千代見姫だ。黒い怨念は、女たちに手を下した本人である姫の元へも、這いより始めていた。

 反発した姫の力が、徐々に膨れ上がっていく。


 花墨は高鳥をにらみつけた。

「発散させないと、抑えておけない。そうでしたよね」

「貴様! やめろ!」

 高鳥は悧月に向き直りながら、素早く札を取り出した。再び指を揃えて「おん!」と念じる。

 たちまち、札からぞろぞろと黒い文字が飛び出し、悧月に絡みつき始めた。明らかに、先ほどの札より強い呪力を感じる。


 悧月は叫んだ。

「今だ。剣、頼む!」


 だん、と踏み切る音がして、階段をもう一人の男が飛び降りてきた。

 剣柊士郎だ。

「でやあ!」

 悧月を取り巻く文字を祓うように、きらり、と、サーベルが一閃する。

 文字は一瞬、風に吹き散らされたように散らばった。

 しかし、再び集結すると、今度は悧月を離れて高鳥の方へと戻り始めた。


「これでいいのか、作家先生」

 柊士郎はサーベルを構えたまま聞き、

「な、なんだお前……どうして呪詛がこっちに!?」

 高鳥は一歩、後ずさる。

「やっぱり辰巳家の作った憑捜は、装備も一味違うな。効果は弱いけど十分だ」

 悧月は表情を変えないまま告げた。

「高鳥社長。あなたも陰陽師の末裔なら、『人を呪わば穴二つ』って聞いたことがあるだろう? 呪詛は失敗すると、本人に返る。……呪詛返しだよ」

 悧月自身は、陰陽師として未熟だ。柊士郎も一人ではおそらく太刀打ちできない。だからこそ、高鳥が強い呪術を使うのを待っていたのだ。

「私じゃないっ、あいつらにっ、ああああ」

 高鳥は悲鳴を上げて両手を振り回し、文字を払いのけようとした。

 しかし文字は、洒落たスーツ越しに彼に絡みついた。ボロボロと腐り始めた上着を、高鳥は「ひいっ」と脱ぎ捨てる。しかし文字はシャツも貫通し、肌を少しずつ黒く腐らせていく。


「花墨ちゃん! 星見!」

 その間に、悧月が座敷牢に駆け寄ってきた。無造作に格子に貼ってあった札を剥がし、扉を開ける。

「先生!」

 花墨は牢を飛び出した。

 彼女の肩を掴んだ悧月は、大きく息をつきながら微笑む。

「僕は大丈夫。女たちはあっちのジェントルマンに夢中さ、僕なんかお呼びじゃない。さあ、ここは危ない、出よう」

「おい、早くしろ!」

 階段の方では、柊士郎が焦った声で呼んでいた。

『ははうえさま! ははうえさまはどうなるのじゃ!?』

 星見が花墨を引き留める。

 今や、千代見姫の周りをドロドロとしたものが渦巻いていた。ついに鎖は割れ、牢の格子は粉々に砕け散る。

 ゆらり、と、座敷から千代見姫が立ち上がった。

『ふ……ふふふ……我が殺した女たちか。よいぞ、我を存分に恨むがよい。我はお前たちの恨みすら、力にしようぞ』

 巨大な怨念に成長した千代見、いや、『千代見たち』は、もう、誰にも縛ることはできない。もちろん、この家に捕えておくこともできないだろう。


「畜生!」

 いきなり、高鳥が最後の力を振り絞り、整っていた髪を振り乱して走り出した。

「あっ、貴様!」

 柊士郎がとっさにサーベルを構えるのも構わず、「どけ!」と体当たりする。サーベルに肩のあたりを切り裂かれながら、高鳥は階段に取りつき、はいずり上がった。


『まつのじゃ!』

 星見が叫んだ。

『タカトリのにおいがする。でもみえぬ、みえぬのじゃ! かすみ、つかまえてたも! ほしみとははうえさまが、そやつをやっつける!』

 悧月が思わず声を上げる。

「見えない⁉ 高鳥に術がかかってるのか!」


(でも、逃がさない!)

 反射的に、花墨の身体が動いた。

 高鳥に走り寄ると、背後から彼の首にしがみつく。

「星見、高鳥はここだよ!」

 高鳥はわめき声を上げ、花墨を引きはがそうとしたが、花墨は腕に全力を込めた。

(今までずっと、星見は私を守ってくれた。私に、利用されてくれた。今度は、私が)

「私の身体を使って、星見!」

『かすみ!』

 星見が、身体に飛び込んでくる。

 花墨は自分を解放し、星見に身体を委ねた。

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