第14話 半霊半妖
「ね、ねぇ……嘘でしょ。勘弁してよ。あんなのにやられるなんて……ねぇ!」
二人を目視できる距離にまで迫った時、蔓木はすでに戦闘不能状態だった。
「死んじゃヤダ! ねぇ! 起きて、起きてよ!」
その背後には蒼白い肌をした鬼が太刀を振り上げている。
酷く痛んだ白髪を振り乱し、袖を通したほつれた和装を振るい、上段に構えた太刀が真っ直ぐに落とされた。
この距離からでは間に合わない。
だが、俺が駆けつけるよりも速く、式神を通して状況を把握した天音が魔術を唱えていた。
展開された結界が、鬼の一刀を弾く。
「これって」
目を丸くした小此木の頭上、張られた結界の天辺を蹴って突貫。
渾身の力を込めて振るった一撃は、幽鬼の太刀に受け止められたが関係ない。
魔術で強化した身体能力でごり押し、力尽くで鬼の巨体を吹き飛ばす。
「八百人、足止めを頼む」
「了解した」
幽鬼の相手を式神たちに任せて反転。
刀を鞘に納めながら結界に近づくと、天音が俺をその内部へと招き入れる。
「な、なに」
「退いてろ」
邪魔な小此木を押し退けて、意識のない蔓木の容態を見る。
胴体を袈裟斬りに一発ってところか。
出血が多いが、まだ息はある。
この場で完全に治してやる時間はないが、応急処置くらいは出来るか。
「小此木」
「は、はい」
「今から俺の魔術で蔓木の傷を治す」
「で、出来るの!?」
「あぁ、だから血を貸せ」
「ち、血を?」
「治療に使うんだよ」
傷の治療には血を用いる。だが体外に出た血液は不浄なもので治療には使えない。
それは本人の血であれ、魔物や妖怪の血であっても変わらない。
使えるのは生きた人間の体内を巡っている血だけ。
「俺の血でもいいが、幽鬼と戦うのに貧血じゃ勝てるもんも勝てない。蔓木自身の血は論外」
「だから私の――わかった! 使って! 幾らでもいいから!」
「必要な分だけでいい。ちょっと痛むぞ」
小此木の手を取り、魔術を発動して治療にあたる。
腕の動脈から採血を行う。
そうして空中に浮かんだ血液は魔術で保護されていて不浄にはならない。
それを消費していくことで治癒の力に変え、患部を手の平でなぞって塞いでいく。
「これでいい」
「治ったの!? もう平気? 死なない?」
「傷を塞いで血を止めただけだ。今この場じゃこれが限界。ここから本格的な治療をしなきゃならない」
応急処置を施したからまだしばらくは持つ。
とはいえ早く最寄りの病院に連れて行ったほうがいい。
廃棄されたとはいえ、ここが病院だってのにな。
「じゃ、じゃああたしがここから外に連れていく!」
「血を抜いたのを忘れたのか? 急に立つと貧血になるから座ってろ」
「で、でも!」
立ち上がって結界の外へと向かう。
「そこで待ってろ。あいつを直ぐに片付けて運び出してやる」
「……わかった……あ、あの! ありがと」
返事はせず、結界をすり抜けて外へ。
幽鬼は小鳥の式神の群れを相手に太刀を乱暴に振るっていた。
一振りで二羽三羽と叩き落とすも、そこから更に式神は分裂する。
相手取ると厄介極まりないだろうな、式神は。
「助かりそうかい?」
「あぁ。俺があいつを倒せたらな」
「なら大丈夫だ。救急車の手配をしておくよ」
「待たせる訳にはいかないな」
刀を鞘から引き抜くと、役目を終えた式神たちが幽鬼から離れる。
向き合う二人。
その厳つい顔面から放たれる鋭い眼光に射貫かれ、太刀が高く振り上げられた。
刃に霊気が宿り、纏わり付くように白くうねる。
振り下ろされる一刀。それより放たれる霊気の刃。
俺の視界を縦に割って迫るそれを、刀の一振りを横から叩き付けてへし折る。
打ち砕かれた霊気の刃は粉々になり、誰一人何一つとして傷つけることなく掻き消えた。
「思ったより威力があるな」
立て続けに繰り出される霊気の刃を一つ一つ打ち壊しながら前進。
一歩一歩確実に歩みを進めて距離を詰めていく。
その過程で、幽鬼も無意味と悟ったのか、霊気の刃は飛んで来なくなった。
代わりに鬼の巨体が地面を蹴り、勢いの乗った太刀が横薙ぎに閃く。
鬼の体格から繰り出される一撃は重い。
これに対抗するために刀にストックしていた血を解放。
逆巻く血流が剣撃の威力を高め、打ち合った刹那に火花が散り、それを掻き消すように刀身から血飛沫が舞う。
剣撃の応酬が繰り広げられる只中で、刃と刃が触れ合うたびに足下に血の
それはすぐに足下を染め上げ、血の海となり、魔術の領域と化す。
自身の周囲がすでに危険な領域であることに気付いた幽鬼はその場からの離脱を試みたが。
「もう遅い」
足下に満ちた血の海から突き出る幾つもの槍。
凝血した鋭い穂先は鬼の巨体をたやすく破って突き抜け、その命にまで届く。
妖怪の肉体は死を迎えるも、幽鬼は半霊半妖だ。
悪霊の魂が肉体から解き放たれ、霊体となって再び俺の前に立ちはだかる。
だが。
「これを使って!」
結界をすり抜けて、小此木から投げられたなにか。
俺の手の平に渡ったのは一枚の霊符。
幽霊特攻。
「ありがとな」
霊符ごと刀の柄を握り締め、太刀すらも霊体となった一撃を受け止める。
最初こそ、その威力に押し潰されそうになったが、霊符を通して霊能力が刃に宿ると一転。接触している霊体の太刀に亀裂が走り、あっという間に砕け散る。
「これが霊能力か」
得物を失った幽鬼に抵抗の手段はない。
「悪くないな」
振り下ろした一刀が真っ直ぐに落ち、幽鬼の霊体を二つに断つ。
妖怪の肉体も、悪霊の魂も死を迎え、今度こそ幽鬼は討伐された。
「お疲れ。ちょうどいいタイミングだ。救急車のサイレンが聞こえたよ」
「待たせずに済んだみたいだな」
足下の血の海に刀を差し、幽鬼の肉体から流れ出た分も含めて余った血液を吸い上げる。
ストックの上限に達したら引き抜き、刃に付着した血糊を払った。
「幽鬼の討伐を確認。安全確保完了。八百人、蔓木の奴を運んでやってくれ」
「あぁ、もうしてる」
見れば、ゴリラの式神が蔓木と小此木を小脇に抱えている。
「ちょ、ちょっとあたしまで!?」
「キミも血を抜かれたはずだ。大人しく運ばれてくれ」
「むぅ……ゴリラに運ばれるのってちょー恥ずかしいんですけど。でも、贅沢は言わないことにする。助けてもらっちゃったしね」
小此木と目が合う。
「ありがとー! 愛してるー!」
「はいはい」
その冗談を軽く流して、ため息というほどでもないが、長めの息を吐く。
「どうしたんだい?」
「いや、なんとか死人は出さなかったけど、どうすんだ? この後の撮影」
「日を改めてってことになるんじゃない? お祓いもまだ済んでいないことだし」
「取り壊しが決まってんだろ?」
「そうだね。最悪、別の霊能力者が来てお祓いだけするかも」
「撮影は当然無理だわな。じゃあお蔵入りって奴か。まぁ、こうなっちまったらそうするしかないな」
「だね。残念だけど……ん? あ、ちょっと!」
「どした?」
「蔓木が目を覚まして救急車に乗るのを拒否してる」
「はぁ? あいつ治療しないと助からないんだぞ」
「平気だって」
「あぁもう。世話が焼ける」
駆け足になって木津面病院の外へ出ると、救助隊員と揉める蔓木がいた。
「おいおいおい」
俺が近づくと蔓木がこちらのほうをちらりと見て大人しくなる。
「なんで救急車に乗らないんだ。病院に行って治療してもらえ」
「必要ない……ですよ。平気です」
「んなこと言ったってな。出血は止まったけどまだ傷を塞いだだけで――」
言葉の途中で、蔓木は着られた衣服を開いて傷口を俺に見せた。
「どういうことだ? これ」
そこに刻まれていたはずの傷跡がない。
俺がやったのは応急処置で傷を塞いだだけ。
傷跡を完全に消すような大がかりなものじゃない。あの場じゃそこまでの治療は出来なかった。
なのに、なぜ?
「俺の霊能力にも治癒効果があるんです。大怪我をこんな短時間じゃ治せませんけど、貴方の魔術が合わさって相乗効果になったのかも。とにかく、俺は大丈夫です。衣装さえなんとかなれば撮影は続けられます」
「うーむ」
ちらりと小此木のほうを見る。
無言でゆっくりと頷かれた。
「いいんじゃねーの? 本人が平気ってんなら」
「天音。どういう風の吹き回しだ? 味方するなんて」
「別にー。ただその
「私は最初から特に気にしてない」
「なるほど」
筋は通したわけか。
「……わかった。なら、そうしよう。救助隊員の人には来てもらったのに悪いが」
救助隊員に事情を説明して、申し訳ないが帰ってもらった。
それから一時間ほど休憩を設けてから撮影再開。
無事にロケとお祓いの両方を完遂することが出来た。
「今回はありがとうございました……それとすみませんでした」
撮影後、そう蔓木は深々と頭を下げる。
初対面の時の態度が嘘のように、しおらしくなっていた。
「一つ貸しにしとく。いつか返してくれ」
「はい」
蔓木と小此木の二人と別れて帰路につく。
最初はどうなることかと思ったけど、最後には何のわだかまりもなく終えられた。
霊能力者と魔術師は違う。でも、根っ子の部分は同じはずだ。
態度も改めたようだし、またどこかの撮影か、なにかの現場で会うことになるかもな。
§
それから一週間後、撮影した心霊ロケ番組の放送が決まった頃。
「炙り出そうか。魔法使い」
音無さんはそう言った。
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