第5話 石間トンネル

 明滅する照明がトンネルの闇を払っては塗り潰される。

 その真下を歩く俺たちの視界は、周囲にある物の輪郭を捉えることが出来ていた。ドラマの撮影はこのトンネル内で行われていた。周囲には撮影機材と思しき機械類が散乱している。

 片方だけの靴とか、散乱したメイク道具、衣装なんかも何着か落ちて、それにはいくつも足跡が付いていた。

 人のものも、魔物のものも。


「近くにいるな。天音、そろそろ」

「了解。結衣ちゃん、こっちこっち」


 結衣を近くに呼び寄せ、天音は自身と共に囲うように結界を張る。

 これで何があってもとりあえず二人だけは生き残れるはずだ。


「八百人」

「もうやってる」


 小鳥の式神が羽ばたき、数羽ほどトンネルの奥へと飛び立った。

 索敵はいつも通り八百人に任せ移動を再開。


「妙だね、魔物が見当たらない」

「暗くて見付からないって訳じゃないんだな?」

「あぁ。本当に気配もないし、音もない」

「でも足跡は残ってる。ここにいた撮影スタッフや出演者を一旦は追い掛けたがまんまと逃げられて引き返したってところか」

「トンネルは障害物がなくて逃げやすい」

「獲物を逃がした魔物は大人しくコアの防衛につきました、と」

「ならこの先で待ち受けてるね」

「上等。一般人がいない分、かなりやりやすいほうだ」


 そう話していると。


「ねぇ」


 結衣の言葉が響く。


「どうして魔物は追い付けなかったの? 人と魔物では脚力にかなりの差があるはず」

「魔物は湧いて出てしばらくしないとダンジョンの外に出られないんだよ」

「出られない? どうして?」

「こっちの世界の環境に適応するため」


 そう答えると、結界の内側で結衣は思案した。


「……なるほど。ダンジョンの物質置換はそのために」

「相変わらず理解が早いな。そういうこと。周囲を異世界由来のもので満たせば、こっちの世界に適応する時間を稼げる」

「知らなかった。ネットにない話ばかり」

「まぁ、ダンジョン化もここ十年の話だしな。最初のほうに出た憶測やら推測やらが真実みたいな扱いになってるんだろ。魔術師側も否定も肯定もしないし」

「それと同じで魔術師のデマもかなり出回ってるしナー」

「一夫多妻制は?」

「それは本当」

「なにが嘘でなにが真実かまるでわからないね。ふふ」

「コアを見付けたよ。累の言う通り、魔物が集まってる」

「ダンジョン化の発生時期から考えてもうすぐ適応が終わる頃だ。反対側の出口から抜けられると不味い。急ぐぞ」


 ここからダンジョンコアまでの索敵は八百人が終わらせた。

 心置きなく前進できる。

 暗闇に怯えることなく突き進み、魔物たちが総出で待ち構えるコアの元へ。


「あぁ、これ結構不味いかもね」

「どうした、八百人」

「コアのタイプがトンネルと相性最悪だ」

「ってことは、乙型おつがたか。珍しいくせに、よりによって」

「乙型?」

「あのね、ダンジョンのコアには二種類あんの。甲型こうがたと乙型って言って、ようは量より質か、質より量かの違いで今回は後者」

「つまり、コアから沢山の魔物が出てくるってこと?」

「イグザクトリー!」

「じゃあ大変。早くしないと」

「そうだ。トンネルの馬鹿デカい出口から大量に出て行っちまう」


 魔物の環境適応が終われば、俺たちなんかに目もくれずにダンジョンの外を目指し始める。

 外に出た魔物はダンジョンコアを破壊してもこちらの世界に残り続けるから質が悪い。

 もし数体でも取り残したら地球の自然環境に定着して、既存の生態系を塗り替えながら繁殖する可能性大だ。

 そんなことを許すわけにはいかない。


「物質置換、環境適応、その果てはたぶん地球での繁殖」


 至った結論は結衣も同じ。


「まるで侵略」


 その先も。


「見えた」


 トンネルの半ばにあたる壁にそれはあり、ぎょろりとこちらを睨んでいる。

 そのコアを防衛するような布陣で、魔物たちは俺たちを待ち構えていた。

 大量の魔物の中に固有名詞を持つような強力な個体は存在しない。

 有象無象の名前もないような狼や猿や鳥と言った量産型の魔物ばかり。

 だが、だからこそ数が通常とは比較にならないほど多い。


「天音はここで待機。八百人、何体か式神を回してくれ。コアを無視して反対側に突き抜ける」

「了解」

「りょーかい! あたしがここ塞げばいいんでしょ!」


 魔術、血気紅々を発動。

 血流に乗って全身を駆け巡る魔力が活性化し、並外れた身体能力を獲得する。

 その有り余る力を全力で使い、待ち構える魔物の軍勢に突貫。

 引き抜いた刀を振り抜いて目の前の障害を叩き切ると、そのまま突き破るように足を前に進め続ける。

 現在、優先すべきは魔物をこのトンネル内から出さないこと。

 コアを壊せばすべてが終わるが、必ず魔物に総出で妨害される。

 それを振り切って壊せれば問題ないが、手間取れば魔物の環境適応が完了してしまう。

 そのリスクは犯せない。

 だから。


「抜けた!」


 魔物の軍勢を突っ切り、対面に突き抜ける。

 全身に浴びた血が臭くて堪らないし、じっとりと濡れて気分が悪い。

 熱いシャワーが恋しいが、そいつは仕事が終わってからだ。

 俺の側に八百人の狼と鳥の式神が計四体ほど舞い降りる。

 その更に後方にも、万が一の保険として十体ほどの式神が配置された。

 俺と式神でこちら側の出口を塞ぎ、反対方向は天音の結界で遮断している。

 あとは魔物が枯れるまで刈り尽くし、ダンジョンコアが疲弊したところを叩くだけ。

 これが一番安全で確実で、死ぬほど疲れる方法だ。


「ここから先、一歩も通さねぇからな」


 挑発するように剣先を向けて、煽るような宣戦布告の言葉を投げる。

 魔物が人語を解するとは思えないが、それでも効果はあったようで、それを受けた魔物たちが一斉に駆け出した。

 だが、すべてじゃない。

 半分はこちらへ、もう半分は天音が張った結界のほうへと向かう。

 結界の強度は折り紙付き、あの程度の魔物が何体いようと簡単に破れはしない。

 こちらはこちらに集中しよう。

 地を駆け、牙を剥く魔物たちに向けて振るった刃が赤く染まる。

 頭上を過ぎた鳥の魔物は同じく鳥の式神に撃墜され、地を駆ける魔物たちも次々に狼の牙の餌食となる。

 流れ出た血は河となり、積み上げられた死体は山となった。

 それでも絶え間なく召喚はされ続け、止めどなく魔物は押し寄せてくる。

 斬っても斬っても数が減らないが、確実にダンジョンコアのリソースは削れているはず。いつまでも、無制限に、召喚できるわけじゃない。

 このまま斬り続ければ勝機は必ず訪れる。


「とはいえ」


 一体も打ち漏らすことなく殲滅し続けるというのはかなり精神を削られる。

 精彩を欠けば、途端に針に糸を通すように魔物が剣撃をすり抜けてしまう。

 少数なら後方に待機している式神に任せても確実に始末してくれるが、あれはあくまで保険だ。頼らずにいられるなら、それに越したことはない。

 それに天音が結界で閉じたほうでも八百人は式神で戦っている。あまり負担は掛けられない。

 数は力だ。個の力が弱くても、物量で無理矢理に押し流される。


「こりゃ奥の手を使わなきゃダメか」


 と、考えていたその時、血飛沫が舞う中で奇妙な物を垣間見た。

 そこにあるはずのないもの。存在し得ないもの。


「あれは……」


 それは一体の人形だった。

 魔物や式神ではなく、ましてや人でもない。

 魔力で構成された黒い装束を身に纏った人型人形。

 全長二メートルはあるそれは、ただ静かに佇んでいる。


「――魔術」


 一目見て、それがそうであると確信した。

 そして、誰の魔術なのか、ということも。


「おいおい、冗談だろ」


 魔術は一人につき一つだけ。

 この場にいる魔術師で魔術を把握していないのは一人だけ。

 視線が合う。

 魔物たちが行き交う只中で、いつの間にか結界の外に出て来ていた結衣と。


「ふふ。できちゃった」


 両手を振り合えた結衣の十指から、魔力の糸が伸びる。それが人型人形に接続され、まるで命を与えられたかのように音を立てて動き出す。


駆繰円舞くくるくるくる


 それは踊るように操られた。



――――――――――



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