第19話

結論から言えば津波は予想していたよりも全然小さいものだった。とはいえ太平洋沿岸沿いのダメージは大きく、横須賀辺りは全滅の憂き目にもあったそうな。それでも、予想されていた20Ⅿもの津波はやってこなかったと言うことが一種の伝説になった。まぁ、イリェーニャさんがしっかりやってくれたんだろうね。

更に言えば、エルも溶岩は止めたらしい。ただし火山弾とか火山灰は止める事が出来なかったようで、3月26日の放送によれば樺太北部にも火山灰が到達したとか何とか。


その後にやってきた、3月27日の津波はまさに青天の霹靂だった。13Ⅿもの大津波が来るなんてだぁれも思ってなかったし、僕も全く思っていなかった。ただ、イリェーニャさんが「まぁ、弱めるとは言ったけど。なくせるわけではないからさ?」と困ったように言っていたのが、何とも言えない僕の気持ちを助長させた。そんな中で、大型海上走査艇として一時的に復活した長門...じゃなくて伊吹は津波で大ダメージを喰らったらしい。房総半島で艦尾が発見されて、その後4月2日に残りの部分が東京湾の海上で見つかった時は冗談抜きに絶望したんだよね。まぁ、その後復旧作業が行われるらしいけどさ。


同様の条件にあったはずの上野は、しかしあまり影響を受けなかったようで。被害は海水が流入してきた東京湾の外を向いている艦首の方が一部破損した程度で、それも全然艦体を大きくゆがめるほどではなかったみたい。ただ、一定程度の修復は必要なようで100円と言う相当な大金をクラウドファンディングで募集していたから半分くらいポケットマネーで支払うことにしたんだけどさ。流石に僕も思い出深いあれが失われるのは痛すぎるのでね。なんで政府が手を出さないかと言うと、伊吹の実質的な艦首方面の再生産が大変だかららしい。まあいかんともしがたい自然の脅威にさらされた影響によるものだよね。


今回の地震による現時点での死者・行方不明者は合わせて50万人近くに上り、負傷者が三桁万人にもなり。割と海に面する側に都市も多く作られている神州の都合上、流された建物だったりは6万件にものぼるのだとか。更に形は残ってるけど...と言う家も大量にあって、結構被害は大きかったようだ。それと、フィリッピンだったり台湾だったりといった津波を受けかねない場所も同様に勧告がなされたけど、大きい津波は来なかったようだ。

...いやー、本当に怖かったね。大自然の驚異、かくあるべしと言ったところかな。現在は地下の生物量産プラントから一階に家畜だったりを放逐して、それを食している状況。横濱は壊滅状態で、まともに残っている建物と言えば大即売会がある場所とか市庁舎とかの大きい建物ばかり。失われたものは割と大きかった。そもそも港湾都市みたいな部分もあるしね。


そんな状況で、一から始まるのが今まで行われてきた横濱の歴史なのだ。人はあまり被害がなく、建物の被害とヘドロだったり車だったものだったりの撤去と建物の再建築に時間がかかりかねないと言ったところか。大日本帝国は広いので、支那の方からの職人が台湾とか神州とかの建物の建築にいい方向に働いてくれればいいなあと言ったとこ。まぁ、それだけ今回の物がヤバかったのだ。

4月3日は、実質的な始まりの日となった。この日を、僕たちは忘れない事だろう。と言うか忘れるのは流石に生きとし生けるものとして恥なのでね。ちゃんと覚えていきたい所存です。



4月3日から始まった富士山の動向調査は、現在も規制レベルがMAXに近い避難勧告を出し続けている段階だ。割と富士に近いけど特に何もない箱根辺りは今も忙しいらしいけど...横濱とは少し離れているからね、あんまり関係ないね。

復興はすぐに終わるものではないと言うのは分かっているけど、早くあの頃の日常が戻ってきてほしいと思ったり思わなかったりする。

少なくとも、まだまだ時間がかかるのだろうと言うのは感じることだった。それに伴って、国際支援と言うものがあったのだけど...まぁ、そんなに言うくらいなら人材をよこせと。


そうしてはじまった復興と言うものは、遅々として進まない...訳ではなかった。津波に関してはどうしようもないので対策がなされなかったけど、横須賀がある三浦半島の方では防波堤を造ったりしてある程度波を弱める工夫がとられるようだった。それと並行する様に、横須賀にて行われている伊吹の修理工事。修理工事がおわるころはすでに復興されているのだろうと言うのが一説にあって、それを信じたいと思っているのは僕だけではない事だろう。

光が無ければ闇もない。その逆説的なものとして、闇が大きければそれを晴らす光も大きくなると言うのが流行語になった。なんで流行語になるのかなんて分からないのだけれど。


そんな中ではあるけど、ロシアでは再びソ連が復活していた。ソ連が無くなるとなって分裂した国は、ソ連が復活するなり再びソ連の構成国として復活を遂げていた。嬉しいような悲しい様なと言う感じにはなるのだけど、そんな他国への干渉が少ない筈のソ連が神州への物的支援を行ってくれたのは何よりと言ったところだった。ソ連からロシアになった経済的低迷は無くなって、再び復活しつつあるアカの波。まぁ、実際のところはそんなにアカが強いわけではないのだけれど。

一個の社会主義国として復活したソ連も、極左ではなく結構強めの左派であるのでね。だからと言って人道支援はしてくれるんだから良いことではあるのだ。


1994年も終わる頃になると、少なくともある程度の生活基盤は整いつつあった。政府の支援によって元々あった土地の建物代は政府が払う事となって、そんな事があったからか一時的に帝国銀行が円の発行を停止する様に進言されたという情報が出回って取り付け騒ぎに発展しかけたりもしたけど、まあ円が無くなるとかそんな事は無く。まぁちょっと生産が減った事は本当だけど、それにしても特に何があるでもなく楽しい生活は送れつつあった。

年末にはエルがまだ即売会をできそうにない横濱に代わって東京の国際何とかセンターで東京大即売会を開催していた。場所的には前世のコ〇ケそのものだと言うツッコミはしない方が良いんだろうね。突っ込んだら何を言っているんだと言う顔をされるに違いないから。


1995年のお盆になると、横濱の大即売会もその運営を復活させる事が出来る程度には横濱も復興してきていた。臨海公園には観覧車も出来たりして、ちょっとした遊園地になりつつあるのも乙なものだった。そんな事をしていると、伊吹もほとんどが出来上がっていた。ついでに、伊吹がいったん再建造を終えて上野の修復作業に入ったと言うのもあって一旦この話は忘れ去られることとなったけど...。

―――まさかさ、大即売会で心配の声と共に秋津洲戦記が飛ぶように売れるとは思わんですやんけ。しかもタイミングの悪いことに用意していた内容は1993年に用意していた、大津波で秋津洲連合艦隊が遭難すると言う部分。タイミング悪いことこの上ない。


そんな事で、僕が経営するセカンドチャンネルの板内でも半分が秋津洲戦記板と言っても過言ではない同人誌板では絶叫と悲鳴が響き渡っていましたとさ。許せ佐助。

そんな感じで復活した横濱は、伊吹の再建造の終了と時をほぼ同じくして政府が言った復興宣言と共に再び活気を取り戻しつつあった。あの日常が帰ってくるのかと言われれば不明なのだけれどもね。少なくとも、楽しくはあるでしょう。


1996年の正月には、横濱漁港も復活。同時に、それをもってホロストリームも再開することとなった。いやー、さやかちゃん以外はもう中学生。いい人も見つけ始めている頃なんじゃあないのかなー、って思っていると「ヲタクめ」とハブられている様子。悲しいことにこれが現実なのだ、そんな現実から解放されない悲しき獣たちはプログラミングと言う沼にさらに使っていく。大戦系のFPSゲーは楽しかったのでもっとください。

...こんなのがプロローグで良いのかなって僕も思うけどさ。それが、僕たちが紡いでいく物語の第一演目の、その終焉なのだ。

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