第19話 響き渡る葬送
今にもその
[な、に……? からだ、が]
次の瞬間、小さな人影が〈ドクロ蜘蛛〉の上に着地した。空色の
「ゆみま……!」
る、と私が言い切る前に、弓丸は
不意打ちに
「来るのが遅えんだよ、コスプレキッズ!」
「……この際忠告しておくが、あまり親しくない相手にそういう言い方はしない方がいい。それと、もう少し他人を
弓丸は
〈落とし矢〉が吸収されきると、弓丸のブレスレットに
「藍果、すまない。遅くなった」
「……ううん。ありがとう、来てくれて」
別に、責める気なんて全くない。理由があってのことだろうし、それに——弓丸はちゃんと私たちのことを助けてくれた。恐怖と緊張でこわばっていた体から、ふっと余分な力が取れて肩の辺りが楽になる。
弓丸は〈ドクロ蜘蛛〉に視線を戻し、ここまでの事情を説明した。
「僕は、ここに落ちてくるとき天井の
そう言われて、私は天井をもう一度見た。確かに、梁や支柱がいくつもあって、そのうちの何本かは交差している。これなら隠れられる場所もありそうだ。
「だったらさぁ、もっと早く助けに来てくればよかったのに」
しかし、
「半分はわざとだ。途中までは人の姿をしていたし、それに……お前と
「……なんかさ、弓丸くんてひょっとしてイジワル系?」
「なんとでも。それと、呼ぶなら
「なに?」
もはやお約束となってしまったやり取りを終えて、弓丸は声のトーンを少し落とした。
「もう一つ、君に謝らなきゃいけないことがある。僕は、〈落とし矢〉を律乃に使った。他に方法が思いつかなかったんだ。だから、律乃は……」
「待って、弓丸」
私は〈ドクロ
「なっ……!」
岩のように固まっていた〈ドクロ蜘蛛〉がのそりと顔を起こした。
「……っさせるか!」
ボードの上に立っていた弓丸が、再び太刀を振りかぶって斬りかかる。〈ドクロ蜘蛛〉はその攻撃を避けるかと思いきや、迫り来る刀身に自ら腹部を打ちつけた。太刀が〈ドクロ蜘蛛〉の腹に深々と突き刺さるや否や、〈ドクロ蜘蛛〉は壁に掛けていた爪を全て離し、背面を下にして落下する。
「くっ……!」
「おいバカっ、離れろっ」
稀瑠が焦ったように声をかける。ゲーム好きだからこそ、彼女はこの状況の悪さを瞬時に理解していたのかもしれない。太刀は〈ドクロ蜘蛛〉の腹に深々と突き刺さっていて、それゆえに今の弓丸の体を守る物は何もなかった。おそらく弓丸は、薙ぎ払うようにして刃を振り抜くつもりだったのだのだろう。それを分かっていて、〈ドクロ蜘蛛〉は自分の体を犠牲に弓丸の太刀を封じた。しかも落下していれば、太刀を引き抜くための足場を奪うことができる。その数秒間、ガラ空きになる薄い胴体は格好の的だ。
〈脚〉が振り下ろされ、先端の鋭くとがった爪先が弓丸の体を狙った。
「うぐぅ……っ!」
「弓丸!」
小さな体がフロアの端まで転がり、壁にぶつかって止まった。致命傷は免れたが、攻撃を避けきれずに弾き飛ばされてしまったらしい。太刀は抜けなかったようで、未だ〈ドクロ蜘蛛〉の腹に刺さったままだ。
——大きい相手は、戦いにくい。
さっき弓丸から聞いた言葉の意味について、私は唇を噛み締めるほど理解した。弓丸は背中を丸め、血を吐きながら咳き込んでいる。いくら回復力が高いからといってすぐに治るわけではないし、痛みだって感じるのだ。
〈ドクロ蜘蛛〉——律乃さんは、猫が瀕死のネズミをいたぶるときのように、ゆっくりと彼の近くへにじり寄っていった。
自身が放った暴力に、苦しむさまを見下ろして。彼女は、冷たく弓丸を見つめながら、人間のように言葉を話す。
[いいことを教えてあげる。人としての私は、すでに死んでいるの。人を捨て、完全に〈ドクロ蜘蛛〉と一体化してしまえば、使える力はより強くなり、清めの矢や
「す、すでに……死んで」
声が震える。だったら、さっきまで曲がりなりにも人間の姿をして、私たちと話してた律乃さんは何だ。そんなの、まるで……幽霊と同じじゃないか。
弓丸は、その幼い姿から想像もつかないような低い声音で、
「
[言うわけがないでしょ。
「律乃さん……」
大事な我が子を失って、先生にも信じられないようなことを言われて。納得できる理由があるはずもなく、大切な人はもう戻らない。それなのに、当時の同級生たちはのうのうと今を生きている。復讐するにしたって、全てをやり遂げる前に捕まってしまうことは理解していたはずだ。憎くて、やるせなくて、悔しかったに違いない。
そこに、おそらくは例の
[私だって、美命を殺した一人だもの。もう少し注意深くあの子のことを見ていれば、気づけたかもしれなかった。あの日の朝、美命の腕をつかんでいたら、あの子はきっと死なずに済んだ。ねぇ、折れた首を支えたとき、私がどんな気持ちだったか分かる?]
体の奥底から絞り出すような声が、〈体育館〉の中に響く。拘束された私たちは、どんなに聞きたくなくても耳をふさぐことができない。
[あの子の首が、まだすわっていなかった頃のことを思い出していたわ]
ぐ、と私は奥歯を強く噛み締めた。稀瑠は、もう何も言うことなく、押し黙ってフロアの端を見つめていた。
「律乃さん」
小刻みに震える唇をそっと開いて、私は彼女に呼びかける。
「ごめんなさい、律乃さん。そんなことを言わせてしまってごめんなさい。美命を、助けられなくてごめんなさい」
私は、何もしてあげられなかった。それどころか、美命を責める火に、そっと一本の
[……謝ってもらって、後悔してもらって、それで美命が帰って来れたらいいのにね。残念だわ。本当に、残念]
そう言って、律乃さんは弓丸に牙を近づける。滴った毒液が、なんとか身を起こそうとしていた弓丸の腕に垂れて、白く滑らかなその肌を
「うあっ……ぐ……!」
[藍果ちゃんは、この子が大切みたいだから……先に、この子をゆっくり喰い殺してやるわ。この
「待って、だめ……! その子はまだ、私なんかよりもずっと……!」
確かに、弓丸は神様だ。回復力も運動能力も常人とは桁違いで、いつも矢面に立って戦ってくれる。冷静で、大人びていて、私はつい彼のことを頼ってしまう。八百年は生きているらしいし、これまでもたくさん修羅場をくぐってきたのだろう。
けれど、私にとって、弓丸は守られるべき歳下の子どもだ。
無理やり〈糸〉を振りほどこうとした瞬間、こめかみに刃物を差し込まれるような強い頭痛に襲われた。私は……私は、この感覚を知っている。
これは、もう一人の自分に思考と体を乗っ取られる感覚だ。よりにもよってこんなときに……いや、〈こんなとき〉だからこそか。
「
私は、律乃さんに向かってはっきりとそう言った。それは、
主君を売ったしもべに待つのは、破滅のみ。
律乃さん——いや、〈ドクロ蜘蛛〉の牙が二本とも抜け落ちた。赤黒く盛り上がっていた八本の脚からも力が抜け、フロアの上に崩れ落ちる。それから、
[マガツヒメ]
——と。
彼女がその名を口にした瞬間、
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