第13話 もう一人の自分

 守るための……助けるための刀で、私が大切に思う誰かの命をつらぬいて奪う。それが、宿世渡すくせわたりとのつながりを断ち切るための、唯一ゆいいつの方法だと弓丸は語った。

 

「そん……な……」

 

 自分自身が助かるために、他者に呪いを押し付ける。

 自分の命を助けるために、他の誰かを犠牲ぎせいにする。

 そんなのは、旧五年一組の皆が——私が、美命みことにやったのと同じことだ。


 ついさっきまで「大丈夫だ」と言っていたはずの口が、なかなか言葉をつむいでくれない。〈宿世渡すくせわたり〉がひざの上からすべり落ちて、がしゃん、と大きな音がする。

 

「あ……ご、ごめん」

 

 激しく動揺どうようする心をつくろうことすらできず、ふるえる手で〈宿世渡〉へと手を伸ばす。伸ばした、はずだった。指先は空をつかみ、代わりに膝の上へと戻る重み。

 

「ひっ……!」

 

 私の手が触れるより先に、〈宿世渡〉は私の元へと戻った。

 もう、この短刀は——化生けしょう禍者かじゃを遠ざけ、私と弓丸をつないでくれた〈守り刀〉なんかじゃない。くさりのように持ち主を拘束こうそくし、運命の二者択一にしゃたくいつ強制きょうせいする……〈命刀・宿世渡〉なのだ。

 

「……やっぱり、言わない方がよかったらしいな」

「いやいやいや、そんなのショック受けるに決まってるだろ。どんだけサガミンのことかぶってんだよ。こいつ、レアルのパシリやってたやつだぞ?」


 稀瑠れあるが私を指差して弓丸に反論する。今ばかりは、稀瑠の直情的な反応にホッとしてしまう。たとえパシリとか言われようとも。


「ね、ねぇ、弓丸……ちなみに、なんだけど。一番最初に〈宿世渡〉がいてしまった、その、早我見さがみの女の人はどうなったの……?」

「一人目は、〈宿世渡〉との繋がりを切ることなく代償だいしょうを払い続け、体の方が先に限界を迎えた。二十五で血を吐いて死んだそうだ」

「うーわマジかよ。レアルならもーちょい長生きしたいと思っちまうなそれ……」


 稀瑠はそんなことを言いながら、保健室の壁際から小さめのリュックをもう一つ引っ張り出す。〈甘味処あずさ〉で鏡の中に吸い込まれて以降、私たちは荷物らしい荷物を持っていない。ならば持たせるのにちょうどいいと、備品入りリュックを追加で作ることにしたようだ。

 私だって、できることなら何か作業をしながらまぎらわしたい。——でも。


 どんな事実でも受け止めるから、全部聞かせてほしい。そうしないと、落ち込むことすらできない。知らなきゃ前に進めない。


 そう言った私の思いに答えて、弓丸は話してくれているのだ。逃げてばかりはいられない。


「なんで宿世渡すくせわたりは大事に保管されてたの? そんなことがあったのに……」

「宿世渡が一時的にもたらす異能いのうは、早我見さがみとみ安寧あんねいをもたらした。特に情勢が荒れていた時期は、謀略ぼうりゃくにも暗殺にも重宝したんだろう。それに、昔は今ほど人の命が重くないからな」

「一人目、ということは……二人目もいたんですの? 〈宿世渡〉に手を出したお方が」

 

 而葉しかるばさんが身を乗り出し、〈宿世渡〉をのぞき込みながらそう言った。確かに彼女の言う通り、弓丸の言い方だと二人目がいるかのように受け取れる。

 

「ああ。二人目は、持ち主が得るという異能にかれて〈宿世渡〉を手にしたんだ。彼女は、精神の方が先に限界をむかえた」

「精神の方が、限界……?」

「まーた難しいこと言ってるし。どういうことだよ、わっかんねーよ」

 

 私が聞き返すと、弓丸は言葉を選ぶように太刀たちつかを触った。稀瑠はカチューシャを外してくるくると回し、而葉しかるばさんはほおに手を当てて考え込むような仕草を見せる。

 

「誰だって、大切な人のことは殺したくないだろう。それで自分の命が助かると思っても、普通は理性でとどまるか、あるいは躊躇ちゅうちょするはずだ。けれど、自分の命を守りたいという思いが強くなり過ぎれば、〈宿世渡〉は持ち主の葛藤かっとうを無視して、与えられた使命を全うする。要するに、持ち主が〈宿世渡〉にむしばまれていく恐怖やプレッシャーにえられなくなってしまえば、問答無用で大切な人の命を奪わせる、ということだ」

「それ、って……その人は、誰のことを失ってしまったの」

 

 私は、どうしても我慢できずにそう聞いた。

 ふっと脳裏のうりに浮かぶのは、楽しそうに文字を追う美命の横顔。

 あの本のタイトルを、一言、聞いてみればよかった。もっと早く、教室というサラダボウルに放り込まれてすぐの、まだ何も始まっていなかった時期に。そうすれば、何かが違ったかもしれないのに。

 誰かと引き換えに助かった自分の命を抱えて、その人はどんな思いでその後を生きたのだろう。


「……彼女の母上であり、僕の曾祖母そうそぼにあたる人だ。すでにやまいせっていたから、先は長くなかったんだろうけど」

「そっか……」


 人生の残り時間が短かったとしても、はい、じゃあそれで良かったね、とはならないだろう。そのことは、弓丸だって分かっているはずだ。

 〈命刀めいとう宿世渡すくせわたり〉——この刀は、持ち主の心身しんしんむしばむだけでなく、自分の命と他者の命とを天秤てんびんにかけさせる刀なのだ。

 ……どうして、この刀は、そんな力を持つにいたったのだろう。持ち主の心を試して、もてあそんで、最後には破滅はめつに追い込んで。なんだかまるで、人を玩具オモチャにしてたのしんでいるみたいじゃないか。


「一人目の女子おなごは、早我見のさまの姉上。二人目は、早我見のさまの妹君だったそうだ……そういうわけで、良くも悪くも状況を大きく変える力を持つ〈命刀・宿世渡〉は、この逸話いつわふうをして蔵の奥にしまわれていた。有事の際には役立つものでもあるから、捨てられずに保管されていたんだろう」

「そんなあぶねーもの、なんで渡しちまったんだよ。てかなんでお前が持ってたんだよ」

まつられたときに、一緒に奉納ほうのうされたんだ。一応僕は早我見のさまの孫にあたる血筋だったし、その方が管理しやすかったんだろう。……そんなものを、藍果に渡してしまったのは迂闊うかつだったと思う。でも、これは僕が持っていた間は魔除けとして機能してくれていたし、なにぶん長い年月もっていたし——それに、」


 死にたくない。助かりたい。まだ、私は何も——できていない。

 そう思ったときだった。頭の中の霧がサァァっと消えて、身に覚えのある感覚が脳内を満たしていく。点と点が繋がりあって、普段なら思いつきようもない策を授けてくれる。


「ねぇ、弓丸……」

 

 また。まただ。これは私じゃない。しかも今度は、思考と体の両方が自由を失っていく。私は宿世渡をつかんで立ち上がり、一歩、二歩と弓丸の方へ近づいた。目の奥に、じぃんと熱を持ってしびれるような痛みが走る。この体は、弓丸の小さなあごに指をかけ、立ったままの私を無理やり見上げさせた。れたはだの下、こくり、とのどがわずかに動いて、彼の動揺どうようが指先に伝わる。


「私が助かる方法なら、まだ、他に二つあるよ。本当は分かってるんでしょ? それとも、実は私の方がかしこい……のかな。あぁごめん、責めてるわけじゃないの。実戦経験が、足りないんだもんね」


 私の唇が、うっそりとえがくのが分かった。もう一人の私が、普段の自分ならやるはずのないことをして、言うはずもないことをつらつらとしゃべっていく。弓丸はといえば、まばたきするのも忘れてしまったかのように目を見開いて、私の瞳を見つめている。


「一つは、私が私の心臓をつらぬくこと。確かに、自分が死んじゃったら本末転倒ほんまつてんとうかもしれないけど……弓丸って、死ぬんだよね? でも、どうやったら死ぬの? 心臓をつらぬいたら死ぬの? 死んで、生き返るようなことは、絶対にありえないの?」


 意識ははっきりしているのに、この光景を認識にんしきすることはできるのに。思考を、脳の一部を、〈宿世渡〉が乗っ取っている。死ぬとか——簡単に、言わないでほしい。こんなの、私の考えてることじゃない。

 それに、体の主導権しゅどうけんも戻らない。洞穴ほらあなのとき、稀瑠れあるを助けようとしたとき、そして今。確かに、支配を受ける時間が長くなっているように感じる。

 

「この返答へんとう次第しだいじゃ、可能性はある。貴方あなたからもっともっと血をもらって、弓丸みたいになればいいんだから」

 

 もう一人の自分は、つくづく愉快ゆかいそうに微笑びしょうし——彼の薄い皮膚ひふを指の背でぜた。それから、トン、とつめの先で喉元のどもとを軽く突き、その両肩を手でつかむ。

 

 弓丸みたいになればいい。もう一人の自分——〈私〉は、いとも簡単に口にしたが、それすなわち神を意味する。なんて無礼ぶれいで、大胆だいたんな思考だろう。

 

「でも、これはちょっと荒唐こうとう無稽むけいすぎるよね。安心して……もう一つ、もっと確かで安全な方法がある。この方法なら、貴方あなたは何も失わない。いつも通りに、これまでやってきたことをすればいい。簡単だよ」


 〈私〉はしゃがんで、弓丸の耳元に唇を寄せる。ささやくような声で、そっと毒を流し込むように。それはすごく簡単で、〈宿世渡すくせわたり〉とのつながりどころか、私の苦しみ全てを終わらせることができるきん——

 

「弓丸の〈落とし矢〉で、私のことを射抜けばいいの」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る