第7話 六年前の事件

 その少女は、私たちを大小様々なパイプが集められた狭い部屋へと案内した。中は薄暗うすぐらく、壁にはてつハシゴが取り付けられている。天井はあるが、ハシゴの先には人が通れるくらいの通行口つうこうぐちがあった。


「助けてくれたことには礼を言う……が、一体どこに向かうつもりだ? あまりにもデタラメに進んでる気がするんだが」


 弓丸ゆみまるが口を開く。彼女はその金髪きんぱつを軽くはらって、指の背でてつハシゴをコンコンとたたいた。登れということらしい。


「この学校はね、いろんな場所や教室きょうしつがチグハグにぎ足されたような構造こうぞうをしてんの。要するに、いわゆるダンジョンみたいなもんだ」

「ふうん……こういう場所は貴女あなた独壇場どくだんじょうって感じかしら?」

「そーゆーこと。それにしてもさぁ、階段かいだんのドまえにある音楽室とか見るからにあやしいだろ。もっと野生やせいのカンってやつをはたらかせるんだな、このちちデカ女が」

「あら。貴女も随分ずいぶん立派りっぱなおそだちですのね」

「……あぁ?」


 その言葉ことばを聞いて、少女は思いっきり而葉しかるばさんをにらみつけた。メンチだ。メンチを切っている。


「自分の立場たちば、ちゃんと分かって言ってんのかそれ」

「私、こうして友好ゆうこう的な関係かんけいきずこうとしてますのに。先ほどのこと、感謝いたしますわ。私は而葉真月しかるばまつき仲良なかよくしましょう」

「ふっざけんな、調子ちょうし乗ってんじゃねぇぞ……どっちが上か、その顔と体に根性こんじょう入れてやる。ゼッテー分からせる」

「今どき素敵な口説くど文句もんくね。できるものならやってみなさい」

「……二人とも、何をそんなにめてるんだ。藍果あいかも止めてくれ」

「うーん……」


 正直関わりたくない。というか、あの間に挟まったらつぶされそうだ。

 

 それにしても、と金髪の彼女に目を向けた。この声、しゃべり方。どこかで聞いたことがあるような。そして、気の強そうなしげもなくさらされたひたい粗雑そざつ高飛車たかびしゃ物言ものいい。あと少しで思い出せそうなのに、さっき見た光景こうけいが次々とかんできては邪魔じゃまをする。変わり果てたアヤの姿すがたさった蛍光灯けいこうとう


 天井裏へとのぼった。立つことはできないが、少しかがめば移動いどうできる程度の高さだ。起動きどうしたスマホの上に、水の入ったペットボトルが置かれていた。


「へぇ……こうすれば上手うまい具合にスマホの光が散乱さんらんして、ちょっとしたランプになるってことね。考えたじゃない」

だまれ。なんでお前にめられなきゃいけないわけ?」


 而葉しかるばさんの余裕よゆうある態度たいどとは対照的たいしょうてきに、金髪の彼女は舌打したうちしながら答えた。その背丈せたけは私よりも五センチほどひくい。而葉しかるばさんとくらべてしまえば、ゆうに十五センチ以上のがあるはずだ。

 それでも彼女はクッとあごげ、挑発的ちょうはつてき眼差まなざしで私たちを見やった。


「さ、ここがレアルのしろだ。感謝かんしゃして入りやがれ」


 レアル。

 その名前を聞いたとき、ずっと昔の、薄汚うすぎたなくさびついた映像えいぞうで頭の中がいっぱいになった。思い出したくもない記憶きおく。この少女は。こいつは……!


 旧五年一組で起こった、六年前の事件。

 傷害しょうがい窃盗せっとう強要きょうようその他諸々もろもろ、あえてここでその中身をつまびらかにすることはすまい。とにかく、大人おとなであれば正当せいとうさばかれたはずの犯罪行為はんざいこういかえし、一人の人間を自殺じさつに追い込んだイジメ事件の主犯しゅはん——


 高梨たかなし稀瑠れある間違まちがいない、この少女は高梨稀瑠たかなしれあるだ。

 

 彼女は壁を思いっきりばした。そこには何か板状いたじょうのものがめてあったらしく、四十センチ四方のあなく。


「お前ら、くついでりろ」


***


 稀瑠れあるが蹴り飛ばしたのは通風口つうふうこうのフタだった。

 

 飛び降りると言っても、ゆかから通風口つうふうこうまでの高さはせいぜい三メートル。その下にマットレスを重ねたベッドがあるなら、さして問題もんだいはない。

 

保健室ほけんしつですか。またいい場所ばしょつけましたね……ここなら医療品いりょうひんもありますし、休息きゅうそくも取れる。貴女あなたのこってらっしゃる理由りゆう段々だんだんと分かってきましたわ」


 ここにも消火器しょうかきが置かれている。その数は三本……それから、薬棚くすりだな冷蔵庫れいぞうこ稀瑠れあるはここをアジトにしていたらしい。数日の間なら、十分らせそうな空間くうかんだ。


「あーあーいいよ別に御機嫌ごきげん取りは。お前が下、レアルが上。それだけのことだろ」


 ちなみに、通風口つうふうこうからりたのは稀瑠れある弓丸ゆみまるだけだった。真下の本棚ほんだなを伝って降りれば、わざわざそんな危険きけんおか必要ひつようもない。何より、物をこわしたらもうわけないし、正直言って面倒めんどうそうだ。私と而葉しかるばさんはそうやってズルズルと降りたわけだが、稀瑠れある馬鹿ばかにしたように鼻を鳴らした。


ほねがあるのはコイツだけか。名前なまえは? コスプレキッズ」

「コス……っ」


 あまりのかたおもわず口をはさんでしまった。而葉しかるばさんは口元くちもとこぶしかくしてクスクスとわらっている。弓丸ゆみまる稀瑠れある視線しせんを合わせず、ぶっきらぼうに答える。

 

芳帖ほうじょうでいい」

「下の名前なまえは?」

芳帖ほうじょうと呼べばいい」

「もしかして戦国武将せんごくぶしょうあこがれてるとか? それともとんでもないジジイネームとか?」

時代じだいとしてはさらに前……いやそれより、ここについて君がってることをおしえてくれ。多少たしょう事情じじょう把握はあくしているんだろう」

「なんでレアルがお前に協力しなきゃいけないのよ。足でもめてくれんの?」

「あの!」


 私は、弓丸ゆみまる稀瑠れあるとの間にし、まっすぐに彼女を見据みすえた。瀬名のときもそうだったが、弓丸は自分の立場や能力をむやみにひけひらかしたりはしない。でも、だからってこれ以上ぞんざいに扱われるのは嫌だったし、稀瑠れあるいておきたいことだってあった。それに弓丸の言う通り、この状況を打開するには彼女の持つ情報が必要だ。怖気付おじけづいてる場合ばあいじゃない。


高梨たかなし……稀瑠れあるちゃんだよね?」


 こうして近くでその顔を見て、あらためて確信かくしんする。不機嫌ふきげんそうな表情ひょうじょうにらげるような視線、瀬名せなとはまた違った派手な顔立ち。あらく染められた金髪は、おそらくそういうお洒落だろう。黒のカチューシャには、ブランドロゴと思わしき金具がついている。そして、「名前を書けばかる」なんて言われている私立高校の制服せいふくと、耳をかざるピアスのれ。

 稀瑠れあるはしばらく首をかしげてから、あぁ、と手をった。


「お前、真面目まじめちゃんのサガミンだろ? 学級委員長やってた」

「あっ、えっと、そうだけど……」

「あら、そうだったの藍果あいかさん? 言ってくれたらよかったのに」

「……私は連絡係れんらくがかりをしてただけ。まとめてくれてたのは稀瑠れあるだよ」

「よく分かってるじゃんサガミン。相変わらずみたいでよかった」


 私はきゅう五年一組で学級委員長をやっていた。でも、そんな肩書かたがきはばかりで。実質的にクラスを仕切しきっていたのは稀瑠れあるだったし、先生に伝える内容だって彼女から指示しじを受けていた。早い話が、私はただの使つかいっぱしりだったのだ。


 だから、稀瑠れあるのやり方はよく知っている。

 

 この部屋に入ったとき、その違和感いわかんにはすぐに気づいた。証拠しょうこ……というには不十分ふじゅうぶんだ。でも、この推測すいそくが当たっているとすれば、ここで伝えておかなければいけない。今回の禍者かじゃたおすには、腹のさぐり合いなんかに時間を割いてる余裕よゆうはない。


稀瑠れあるはさ……私たちのこと、捨てごまやすために助けたんだよね」

「……はぁ?」


 稀瑠れあるこのみではなさそうな、機能性きのうせいに優れたポケット多めのリュック。充電器じゅうでんきにつながれた三台のスマホ。ビデオ電話でんわアプリ〈zoon〉が立ち上げられたタブレットと、そこに映る十六台以上のビデオ画像がぞう。テーブルにはお菓子まで広げられている。冷蔵庫れいぞうこにも、きっと備蓄分びちくぶん以上の食料や飲料がしまわれていることだろう。


不思議ふしぎだったの。なんであんな、どこかで見てたとしか思えない絶妙ぜつみょうなタイミングでたすけに来ることができたのか……答えは、それ」


 タブレットを指差ゆびさすと、稀瑠れあるはハッとしたようにそれをかくした。どうせ気づかないだろうとたかをくくっていたのか、それとも消すわけにはいかなかったのか。

 稀瑠れあるは目をらしながら答えた。


「……そ、見てたんだよ。あちこちにスマホ仕掛けて、ビデオカメラ起動きどうさせて。同じzoonにつなげておけば、タブレットもスマホも監視かんしモニターとして使えるってわけ。ナイスアイデアだろ?」

「でも充電じゅうでんは減っちゃうから、たまに交換に行かなきゃいけない。コンセントにしておければいいんだけど、台数分のプラグはないし、コンセントがない場所にだって置いときたい。だよね?」


 稀瑠れあるがチッと舌打ちをした。図星のようだ。


「スマホだってリュックだって、ここに案内した人たちから取り上げたんじゃない? それで、交換みたいなあぶない仕事は自分以外の人にやらせてた。あの消火器も、半分くらいは他の人に持ってきてもらってたんでしょ」

「な……何言ってんだよ」

「仲間が〈子グモ〉におそわれたときは、ち目があるかどうか、間に合うかどうかを映像えいぞう判断はんだんしてから向かってた。うばえるだけ奪って使いつぶす——なんか、いっそ懐かしいな。こういうの」

ちがう……違う違う違う!」


 稀瑠れあるは私の胸ぐらをつかんで詰め寄った。が、反論しようにも上手うまい言葉が出てこないのか、その後が続かない。私の主張は、半ばかりじみたものだ。否定する余地よちはあるはずだけれど、稀瑠れあるはそういう複雑ふくざつなやり取りをするのが昔から苦手にがてだった。テスト返しの時だって、いつも低い点自慢じまんをしていたように思う。


 支配的しはいてきにふるまって、あるいは助けることで仲間なかまにして、自分があぶなくなれば切り捨てる。あの頃と同じ……きっと、この場所でもそうやってのこってきたのだ。


「皆を元に戻して、全員でここを脱出だっしゅつしたいの。手段しゅだん戦力せんりょくもこっちにはある。もう少し情報があれば、〈親グモ〉にだっててるはず——だからお願い、私たちに協力して」

「……その〈全員〉には、レアルのことも入ってる……のか?」

「当たり前でしょ、って言いたいよ。私も」


 やっぱり、これ以上は我慢できない。稀瑠れあるが、私が、クラスメイトの皆がおかしてしまった、もう取り返しのつかないあやまち。私の心にずっと影を落としているあの事件を、稀瑠れあるはどう思っているのか。


「ねぇ稀瑠れある——〈桜那さくらな美命みこと〉のこと、おぼえてる?」


 カチ、と掛け時計の針が一つ進む音が聞こえた。弓丸と而葉しかるばさんは黙って私たちをつめ、事のなりゆきを見守みまもっている。

 

 稀瑠れあるは唇をんでうつむき、私の胸ぐらから手をはなした。

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