第14話 散歩
リリアに誘われる形で、悠斗は彼女と共に夜の静かな散歩に出ることになった。リリーナの家を出ると、満天の星空が彼らを迎え、涼やかな風が木々を揺らしていた。リリアのローブが風に軽く揺れ、悠斗は一瞬、彼女の素顔を覗けるのではないかと期待するが、リリアはしっかりとフードを深く被ったままだった。
「リリアさん、君はよく夜に散歩するのか?」
悠斗が問いかけると、リリアは前を歩きながら小さく頷いた。
「ええ、夜の静けさが好きなの。とても落ち着くわ」
その声は相変わらず静かで落ち着いていたが、悠斗にはどこか寂しさが感じられた。リリアが素顔を隠し続ける理由も、その静かな寂しさと関係があるのかもしれない。ふと、悠斗は先ほどリリアが口ずさんでいた鼻歌について話を切り出した。
「さっき、居間で歌ってた歌……なんだか懐かしい感じがしたんだけど、あれって日本の歌じゃないか?」
リリアは一瞬、足を止めた。そして悠斗の方に顔を向けたが、フードが深く影を落としているため、彼女の表情は見えない。
先ほどリリアが口ずさんでいた歌は、悠斗がファルディアにに来る前の世界。日本で流行っていた曲なのではないか。悠斗はそのように感じた。
学生時代に流行りに流行ったポップスに似ていると悠斗はようやく懐かしさの正体を理解した。
「……偶然よ。日本の歌じゃないわ」
リリアは短く答えたが、声にわずかな緊張が含まれていた。それに加え日本という単語を、特段疑問に思わずに受け入れている。
それは、悠斗にとってますます疑念を強める結果となった。
「偶然……ね。君は、本当にこの世界の住人なのか?」
悠斗が率直に尋ねると、リリアは再び歩き始めた。
「……いつか話すわ。今はまだ……」
その言葉に、悠斗は不思議と深く追求する気にはならなかった。リリアが何か重いものを抱えていることは感じ取れたが、彼女がその時を選んで話すことができるなら、それでいいかもしれないと感じたからだ。
「そうか、じゃあ待ってるよ。その『いつか』が来たら、ちゃんと教えてくれ」
悠斗は軽く笑ってみせたが、リリアは無言のまま頷くだけだった。
夜の散歩は、静かに時が流れている。しかし、その静けさの裏には、何か不穏な気配が漂っているのを悠斗は感じ取った。リリアと一緒に歩いているだけではあるが、彼女が抱える秘密がなんなのかわからず、夜の風の冷たさと共に悠斗の胸にじわりと圧し掛かってくる。
「リリアさん、君は……」
悠斗が言葉を紡ごうとしたその瞬間——。
突然、森の中から鋭い風切り音が聞こえ、何かが目の前を掠めた。悠斗は驚き、リリアの腕を掴んで一瞬後退した。暗がりの中から、黒い影が飛び出し、二人を狙って襲いかかってくる。
「何だ……!?」
悠斗は反射的にリリアの前に立ち、影を警戒する。その影は人間のようなシルエットをしていたが、まるで闇そのものが形を成したかのように、周囲の光を吸い込むような異様な存在感を放っていた。
「リリアさんを狙っているのか?」
悠斗が叫ぶと、リリアは冷静に頷いた。彼女は一歩前に出て、静かに手を伸ばす。その瞬間、リリアの影の力がゆっくりと形を変え、彼女自身を守るように周囲に広がった。
悠斗は戦闘態勢を整える。その間リリアは一言も発しなかった。
襲いかかってくる影の中から、突如低い声が聞こえる。
「リリア……裏切り者……」
その声には明確な憎しみと怨嗟が込められていた。やがて影の中から男が現れた。
影の中から現れたのは、リリアや悠斗と同じ影属性の力を操る者のようだ。彼の目はリリアを鋭く見据え、怒りに燃えている。
「裏切り者?どういうことだ、リリアさん?」
悠斗が問いただそうとするが、リリアは襲撃者に向かい合い、静かに呟く。
「彼らは……。とにかく説明は後。今は、ここを切り抜けないと!」
リリアの声には、これまでになかった緊張と決意が込められていた。悠斗はそれを聞き、彼女が何か重い秘密を抱えていることを改めて理解した。
「わかった、今は生き延びることが先決だな」
悠斗はリリアの隣に立ち、彼女と共に影の力で戦う準備を整えた。襲撃者の影が地面を這い、悠斗とリリアを包囲しようとしている。しかし、リリアもまた自分の影を拡張させ、相手の影とぶつかり合う。
「リリア……お前はもう終わりだ」
襲撃者の声が冷たく響く。彼の影がリリアの影を飲み込もうとするが、リリアはその動きを阻止するかのように自分の影を操り、鋭い刃のように相手に向かって攻撃を仕掛けた。
「悠斗、援護して!」
リリアが叫ぶと同時に、悠斗も影を使って相手の動きを封じようとする。しかし、相手の影は驚くほど強力で、悠斗の影を弾き飛ばしてしまう。
「くそ、こいつ強すぎる……!」
悠斗は苦戦しながらも再び影を操り、相手の足元に影を伸ばして動きを封じようとする。その間、リリアはさらに強力な影の技を繰り出し、襲撃者との戦闘を続けていた。
襲撃者の動きは鋭く、リリアに容赦なく攻撃を仕掛けてくる。しかし、リリアは負けじとその攻撃を受け流し、反撃の機会を窺っていた。二人の影が激しくぶつかり合い、闇の中で煌めく戦いが繰り広げられる。
「影の力……極まるとこんなにも力を発揮するのか……」
悠斗が呟く。襲撃者とリリアの一騎打ちを目の当たりにして、自分の無力さを痛感する。襲撃者の影が彼女を取り囲もうとする瞬間、リリアは一気にその影を斬り裂いた。
「影の使い方が甘いわ」
リリアの声は冷ややかで、その力強さが際立っていた。襲撃者は一瞬怯んだが、再びリリアに向かって襲いかかろうとする。
「裏切り者め……」
襲撃者の目には狂気が宿っていた。リリアはその目を見つめ返し、静かに呟いた。
「私は裏切ったわけじゃない……ただ、自分の信念に従っただけよ」
その言葉に、悠斗はさらに疑念を抱いた。リリアは一体何を隠しているのか。
「これで終わりにしましょう」
リリアが冷静に言い放つと、彼女の影が一瞬で拡大し、襲撃者を完全に包み込んだ。襲撃者の影は飲み込まれ、身動きが取れなくなった。
「くっ……」
襲撃者は力尽き、地面に崩れ落ちた。
「リリア……なぜ……」
最後の言葉を吐き捨て、襲撃者は意識を失ったと同時に溶けるように消えた。リリアは静かに息をつき、フードをさらに深く被り直した。
「行きましょう、悠斗。どうやら最後の力を振り絞って逃げたみたい。ひとまずはリリーナの家に戻りましょう」
リリアの言葉に、悠斗は深く頷いた。彼女が抱える過去と秘密、それに巻き込まれていく自分の運命を感じながら、二人はリリーナの家へと向かって歩き始めた。
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