第一話 断罪ルートは拒否します!
「じゃあ、あなたは二度死に戻った悪役令嬢ってことなのね?」
――そのとおりです。
カトリーヌ(10)はこくこくとうなずくしかなかった。
「死に戻りってどういうこと? そういう能力を持つ悪役令嬢なの?」
――実はわたしもわかっていない。
そう言いたかったが迫力に気圧されて言葉が出てこなかった。
縦ロールの髪を優雅にかきあげながら話す令嬢は、ややきつい顔立ちだが、とびきり美しい。
カトリーヌのウェーブして広がるだけの黒髪が手入れの行き届いてないように見える。
隣に座る令嬢もやはり水色の髪が特徴的な美少女の令嬢だった。
「そういえば私、聞いたことがあるわ……カトリーヌ・ド・メディシス。皇太子と婚約しているのよね?」
――なんでそれを知っているの?
実際にはまだ婚約していないのにと困惑するカトリーヌに、水色の髪の令嬢はこともなげに言う。
「私はあなたと同じ世界の悪役令嬢で、あなたより時代があとなの。カトリーヌは断罪されたことになっているわ」
――断罪……!
その言葉に胸が苦しくなった。
一度目に死に戻った理由は、断罪が原因だったからだ。
――いまでも覚えている、ギロチン台の前に引っ張りだされたときのこと。
シャキーンという、刃が落ちる瞬間の暗く硬質な音を……。
いま、その忘れたい過去とは無縁の場所にいるのは不思議な気分だった。
木目が美しい円形の会議場は重厚な雰囲気が漂い、中央にはシャンデリアが垂れさがっている。
集まっているのは様々な髪の色、様々な服装をしていたが、たったひとつだけ共通していることがあるらしい。
――集まっている令嬢はみな悪役令嬢だということ。
「悪女、悪役令嬢、ライバル令嬢……さまざまな呼び名があるけれど、ここに呼ばれるのはみんなそんな人たちなの」
「あなたもそのひとりよ。こんなに小さいんじゃ、悪役幼女といったところかしら?」
金髪碧眼の美少女に、「おちびさん」とからかうようにおでこをつつかれる。
「あなたはどんな役周りをさせられたのかしら?」
悪役令嬢に囲まれ、カトリーヌが質問責めにされているところで、カラーン カラーンとチャイムが鳴る。
「会議の時間だわ……」
「席について! 本日の議題はこちらですわよ」
議長らしき悪役令嬢が登壇し、黒板に文字を書く。
「なぜ、悪役令嬢は破滅フラグを折ってはいけないのか、について」
悪役幼女カトリーヌ・ド・メディシス。十才。
二度目の死に戻りでは悪役令嬢会議なるものに出席させられました。
――神よ、なぜわたしは二度も死に戻った果てに、こんな場所に来ることになったのでしょうか?
† † †
一度目に死に戻ったのは、断罪されるときより四年前。
まだ皇太子との関係がそこまで悪化していない時期だった。
「ねぇ、カトリーヌ……君にとっても悪い話じゃないだろう?」
城で開かれたパーティの席で話しかけてきたのはユージンだった。
カトリーヌの婚約者・アンリ皇太子――ではなく、その弟皇子。
そのときのカトリーヌは二十才。
カトリーヌを悪役にする聖女ディアナはすでに現れていたものの、まだ皇太子との関係は保っていたころだ。
その日も、皇太子の婚約者にふさわしい豪奢なドレスを身にまとっていた。
皇太子の瞳の色――紫色を基調に、レースとフリルがたっぷり施されたドレスは集まった人々から一目置かれていた。
誘いかけられたのは、皇太子を貶めるための悪巧みだった。
金髪に赤い瞳を持つユージンは顔立ちは整っており、皇太子と並んで令嬢たちから人気が高い。
しかも婚約者がいないから、話しかけられているいまも独身の令嬢たちから秋波を送られていた。
「カトリーヌ、このまま兄さんに好き勝手されるなんて君らしくない」
兄を破滅へ誘う提案を持ちかけているとは思えないほど、表面上だけは魅力的な笑みを浮かべている。
カトリーヌとユージンが話す内容は不穏だが、昼間の立食形式のパーティだからだろう。
ふたりで話していても怪しむ人はいない。
婚約者のアンリは、突然あらわれた聖女に心を奪われており、長年、皇太子妃として尽くしてきたカトリーヌのことを蔑ろにしている。
決定的な事件は起きていないが、普通ならば、王宮のパーティならカトリーヌのエスコートしているはずなのに、ディアナのそばから離れなかった。
ユージンが壁際にひとりでいるカトリーヌを見つけてくれなかったら、もう帰ろうかと思っていたくらいだ。
「兄さんの足を少し引っ張るだけでいいんだ。君だって愛人にのめりこむ兄さんが邪魔だろう?」
ユージンは北部を治める大公だが、第三皇子だ。
皇帝にはなれない。
だからこそ、皇太子の婚約者であるカトリーヌを自分の側に引き入れようというのだろう。
――以前のカトリーヌは、ここでユージンの誘いを蹴った。
ユージンとの関係を持つことで、皇太子との関係がさらに悪化することを恐れたのだ。
その結果、待っていたのは罪のなすりつけによる断罪だった。
(皇太子との関係はなにをしても修復不可能なのだとしたら、同じ道を歩むことはない)
カトリーヌは金色の瞳を輝かせながらユージンに向かって微笑みかけた。
「そうね……あなたがもし彼女を排除してくれるって言うなら手を組んでもいいかしら?」
扇を広げて口元を隠し、カトリーヌは黒髪を揺らす。
正直に言えば内心では、皇太子のこともディアナのこともどうでもよかった。
――毒婦カトリーヌ・ド・メディシス。
陰でそう呼ばれているのを、カトリーヌは知っている。
毒物の扱いを得意とするメディシス家は、その力を皇帝のためにふるい地盤を築いてきた。
しかし、カトリーヌは早くに両親を事故で亡くし、メディシス家もかつての勢いはない。
育ててくれた祖父は、カトリーヌにしょっちゅう言い聞かせたものだった。
――『私が死に、天涯孤独の身となる前に皇太子妃――ひいては皇后となって実権を握り、誰からもおまえしか皇后は務まらないと言われるくらい認められるのだぞ』
――『それしかおまえが生き残る道はない』
後ろ盾のない皇后として生きる術を叩きこまれ、それ以外の道を考えたことはなかった。
しかし、過酷な皇后教育に必死についていき、皇太子妃として認められていたのに、その夢は叶わない。
突然現れた聖女に心を奪われた皇太子が、カトリーヌの存在を邪魔に思い、排除されるからだ。
――『ディアナを毒殺しようとした罪でおまえを断罪する!』
記憶のなかにある前世の場面がよみがえる。
どう思い返してみても、恋に目が眩んだ皇太子の、ただの暴論だった。
しかし、カトリーヌが毒薬に詳しいことを逆手にとり、偽の証拠をでっちあげられ、彼の手によって断罪されてしまった。
シャキーンという硬質なギロチンの音を最後に記憶は途切れ――……
――二十四才で死んだはずが、皇太子アンリと婚約破棄する少し前に死に戻った。
鏡のなかのカトリーヌは二十才の成年で、黒髪に金の瞳を持ち、人を魅了する美しさが漂っていた。
金色の瞳は魔法使いの証である。
カトリーヌは本当は皇后になるより北方にあるという魔法学校に行き、魔法使いになりたかった。
しかし、祖父の言いつけに従うしかなかったカトリーヌは魔法使いの道をあきらめ、皇后教育にすべて費やしたのだ。
化粧をした自分の顔を眺めながら、カトリーヌは考えた。
(皇太子との結婚を目指す必要がないなら、ただ自分の人生を生きたい)
皇后教育なんて投げだして魔法学校に行く。
それが転生したカトリーヌの目標だ。
(これまで何度も皇帝たちはメディシス家の毒薬の知識に助けられてきたのに、恩を仇で返すように私を見捨てた……アンリになんか未練はない)
――そう心に決めて今日のパーティにも参加したのだった。
だから、婚約者を放っておいてディアナと仲よくダンスをする皇太子などどうでもいい。
馬鹿なことをしているとは思うが、カトリーヌを邪魔にすればするほど、婚約破棄しやすくなるのも事実だ。
(死に戻りの発端が断罪にあったのは間違いない。巻き戻った時間はきっとわたしがわたしらしく生きるために必要な時間で、その間に起きた問題さえクリアすればきっとわたしは生きのびられる……)
だからこそ、ユージンの手をとる。
「カトリーヌ?」
にっこりと笑いかけると、とまどうように名前を呼ばれた。
「あなたと手を組むわ、ユージン。わたしにはあなたの力が必要なの」
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