第12話∶水面は跳ねるもの

「行け行け行け行け!!!」

「うるせぇ!! 黙って座ってろ博士!!」

「きゃーっ!!」

「お前は離れろ!! 別に怖くねぇだろ!?」



 スーパーを出て五分後。

 俺は開けた道路を全速力で駆け抜けていた。


 後ろでは運転席に飛び出すかのように博士が大騒ぎ、横ではわざとらしくサイバルが俺の腕に抱きついている。

 もうめちゃくちゃだ。


 と、こうなったのにも理由がある。


 至極単純な理由。

 それはラジオから流れる声がすべてを知らせていた。



『速報です。現在ハロワナ、コブラモール付近にて、A級ヴィランが複数出現したとの情報が入りました。現在ヒーローが対処に当たっておりますが──』

「畜生! 最悪だな今日は!!」



 てなわけで。

 武器を求めてふらりと寄ったショッピングモールにて、ヴィランが出現したため絶賛逃走中である。


 ヒーローがいるんだ、一般人となった俺たちが白昼堂々と戦う必要性もないだろう。


 ……と言い訳したが、実際のところは相性がよろしくないため逃亡を選んだわけだが。



「ははははははっ!! いいぞっ、全て吹き飛ばしてしまえッ!!」



 走らせてる車の真後ろで突風を巻き起こしながら、大笑いとともに接近してくる奴が一人。


 奴の風はまるで刃の如き威力で、ショーウインドのガラスを割っては、そこから金品を巻き上げていく。


 どうやら風を巻き起こして操る能力を持つM.Tらしい。

 厄介極まりないが、能力の規模に反してやっていることはただの強盗だ。


 しかしこの風の中を俺が飛び出そうもんなら、風に巻き込まれて吹っ飛ぶし、サイバルも似たようなことになるだろう。

 即ち、戦うべき相手ではない。


 博士に至っては現場慣れしていないから、ちょっと混乱気味だし。


 相性というものは、やる気だけでどうにかなるものではない。

 故に戦うという選択肢は取れないのだ。



「ヒーロー来ねぇな!」

「複数って言ってたじゃん。そっちの対処に忙しんだよ、きっと」

「だといいけどな。サイバル、ドローンは?」

「もう全然だめっ! 風に巻き込まれて吹っ飛んでいっちゃう」

「だと思った。さてどうしたもんかなぁ!」



 全力でアクセルを踏んでいるが、だんだんと車の速度が落ちてくる。

 いや、落ちていると言うより、引っ張られていると言ったほうが正しいだろう。



「向こうのほうが速いのかよ!?」

「災害級のM.T……ヴィランって、こー言うとこ嫌いなんだよねぇ」

「お前さんの能力も、ワシからすれば十分災害級じゃ」

「博士、落ち着いたか!」

「久々の現場はよくないのう。体に悪いわい」



 やっとこさ落ち着いた様子の博士だが、もう既に状況は最悪だ。


 何かを生み出してもらおうにも、ガッタンガッタン揺れる車の中ではまともな作業一つ行えない。


 つまり博士が落ち着いたところで何も状況は変わらない。



「せめて武器を手に入れてから来てほしかったな」

「私も武器置いてきちゃった」

「ワシはそもそも持っとらん」



 絶望的だ。

 このままではまず間違いなく、あの風に巻き込まれる。

 竜巻に巻き込まれて無事な人間はそういない。


 例えヒーローだとしても。


(しかしそもそも誰だ……? あんなヴィランは見たことがない)


 バックミラー越しにヴィランの顔を見るも、見たことのない顔だ。

 あれほどの強力な能力を保持しているならば、それこそ過去に対峙したことがあるはず。


 だと言うのに、見たことのないヴィランだった。


 最近ヴィランになったばっかりならば、思い当たらないのも当然なのだが。



「って、そんなこと考えてる暇なかったなぁっ!!」



 巻き上げられる車。

 遂にはアクセルも聞かなくなり、車は宙へと浮いていく。


 抵抗のしようがない状況下、俺は一か八かで飛び出して、奴に向かって飛びつこうかと考えた瞬間だった。


 突然、車の横を水の塊が通り過ぎる。



「っ!? み、水!? 風に巻き上げられた……いや、違う!!」



 俺は思わずハンドルから手を離して窓の外を覗き見る。


 すると窓の外に映っていたのは、大量の水の塊に乗った海パン姿の男と、その水の中を泳ぎ進む褐色少女の姿だった。



「オーバーレイン!!」

「フィッシャーも!」



 強まる風の中、それらを一切ものともせず接近していく二人。


 自身の能力が聞いてないことに狼狽え、後退りするヴィランを気にすることなく突っ込むと、そのまま水の塊で飲み込んでしまった。


 それと同時に、今まで吹き荒れていた風が止む。

 浮き上がっていた車も大きな音を立て地面に落ちる。


 周りに何も起きていないことを確認した俺たちは車から出て、空を駆ける水の塊を見る。



「相変わらず凄まじい能力だな」

「オーバーレインとだけはやり合いたくないや」



 宙で動き回っていた水は地面に向かって落ちてきて、バシャンという大きな音共に辺りへと散らばる。


 そうして散っていった水の中から、気絶したヴィランを捻じ伏せる褐色の少女と、その側を立つ海パン男が姿を現した。


 少女はヴィランに鈍い色の手錠をかけると、ため息一つ付いて立ち上がる。



「任務完了」

「今日も絶好調ちゃんだねぇ〜、フィッシャー」

「オーバーレイン。めんどくさい」

「め、めんどくさい……」



 ヒーロー『オーバーレイン』と『フィッシャー』。


 オーバーレインは海パン姿がいつも目立つ気楽そうな男だ。

 当然、彼もM.Tであり、その能力は水を操る能力。

 すごく大雑把に言ったが、実際のところはもうちょっと細かい。

 が、それはまた別の話。


 そしてフィッシャー。

 褐色の肌と物静かな雰囲気が人気を博している少女ヒーロー。

 サイバルとは同期のようで、たまに連絡を取り合っているらしい。


 能力は……『海人』? みたいなことは聞いたことがある。

 イマイチよくわからないが、水中を自由自在に動き回り、その流れを操ったりできるらしい。

 噂では魚と話せるとか。


 俺達はそんな二人に取り敢えず挨拶しとくかと、会話を繰り広げる二人に向かって近づく。


 近づいてくる俺たちに気づいたフィッシャーが、サイバルの方を見て少し驚いたような顔をした。



「サイバルっ、なんでこんなとこに」

「やっほー、フィッシャー。元気だった?」

「うん、元気。そっちも元気そうでよかった」

「サイバルちゃんじゃん! 何してんの、こんなとこで。失踪したって聞いて、ビックリしてたのに」

「色々あってね。今はおでかけ中〜」



 と、サイバルに挨拶をした二人は次に俺へと視線を向ける。


 俺も挨拶をしておこうと近づいたが、二人は軽い警戒とともにサイバルにひそひそと小さな声で聞く。



「あの人、誰?」

「俺、見たことないんだけど。サイバルちゃんの知り合い?」



 あれ? 

 なんか思ってた反応と違う。


 二人とも会ったことがあるし、と言うか何度と共闘している。


 と、考えたところで気づいた。

 普段の俺は仮面して戦っていたということに。



「え? ……あっ、あー、あぁ……そっか。二人とも素顔見るの初めてだっけ」

「そういやぁ、誰にも見せたことなかったもんな」

「そ、その声……もしかしてノーネーム先輩……すか?」



 最初に気づいたのはオーバーレインのほうだった。


 そうそう、と言って、右手で仮面をつけるようなジェスチャーをすると、フィッシャーも気づいたようで、少し目を見開く。



「びっくり。辞めたって聞いてたのに」

「す、すげぇ! 先輩の素顔初めてみた!! というかプライベートじゃん!」



 相変わらず、二人のテンションのかけ離れている。

 とは言っても、今日のオーバーレインは特にテンションがすごい。


 そんな俺のプライベートを見て、興奮する要素があるのだろうか。

 スポーツ選手や俳優じゃあるまいし。



「いやぁ、会えてよかったっす!」

「ん……オーバーレイン。次の仕事」

「マジかよ。もうちょっとだけっ!」

「ダメ」



 ちぇっ、と悪態をつく彼に、気絶しているヴィランを押しつけるフィッシャー。

 それに対しオーバーレインは、周囲に散った水を能力で集めて大きな塊を作る。


 その上にオーバーレインが飛び乗り、フィッシャーは塊の中に入る。

 飛んでいくかと思ったが、何か思いついたかのように振り向く。



「先輩、今日の夜、会えないすか。サイバルちゃんも。二人に話したいことがあるんすよ」

「別にいいけど、何処に行けば?」

「フィッシャーが後でサイバルちゃんに向けて連絡するんで、それ見てください! よろしく頼みます!」

「それじゃ、サイバル。また後でね」



 そう言うと二人は次の現場へと向かって飛んでいってしまう。


 俺たちはその背中を見送り、静かになった現場を離れるべく、車に乗り込んで出発したのだった。

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アングラ系ヒーローは逃げられない 蜜柑の皮 @mikanroa

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