3-4 女犯

「やめろっ、やめるんだ、心光……!」


 俺は声を上げて、暴れた。つもりだ。実際には黒いなにかに四肢を押さえつけられ、無力に床でもがいているだけにすぎない。


 いつのまにやら心光は、布一枚を羽織っただけの裸になり、俺を静かに見下ろしている。その白い身体に、血と瞳の紅色ばかりが鮮やかだ。その眩さに、扇情的な光景に息を呑み、しかしそれでもなお抵抗を続ける。


 彼が何をしようとしているのか、本能で感じ取っていた。命を奪うのではない、血を吸うでもない。唇を重ね、俺の身体をやんわりと撫でる。その仕草が何を示すのかぐらい、どういうことだか知っていた。


「心光っ! お前は、お前は僧だろう、こ、こんなことは……っ」


 僧とは仏の下で戒律を守り、禁欲を徳とするという。それなのに、心光の行いはまるでそれらを全て否定するようだ。危害を加えられたからとはいえ人を殺め、時にはその血を吸い、こうして俺に色欲を抱いているというのは。僧の徳とはかけ離れたことではないか。


 動揺する俺の頬に、心光が手を添える。うっとりとした表情で微笑む彼は、柔らかな声で囁いた。


「ご存知ありませんか、蘇芳」


「何……」


「僧が禁じられているのは、女人と交わることでございますれば。あなたのような、立派な殿方とは、誰からも禁じられていないのですよ。事実、寺などそうしたことで溢れかえっております」


 俺は絶句してしまった。


 女と交わらなければ、あとは何でもいい? 滅茶苦茶だ。混乱する俺に構わず、心光は俺の血に濡れた衣服をはだけ始める。


「やっ、やめろ、心光! だめだ!」


「ご安心くださいませ。わたくしは経験の無いあなたを、無理矢理犯すようなことはしません。ただここで横になっていて下さればよいのです。あとはわたくしが全て致しますからね……」


「そういう問題では……っ、うあっ!」


 暴れたところで殆ど意味はなく、あっけなく全てを曝け出されて羞恥を覚える間も無い。心光の手が、やんわりと俺の芯を包み込んだものだから、もう動くに動けなかった。


 そこはあらゆる感覚の集まる、正しい意味で男の急所だ。暴虐の限りを尽くしていた心光の怒りをかったら、何をされるかわからないという不安が襲う。思わず心光を見上げると、彼は慈母のような優しい笑みを浮かべている。


「ぅ、ぁ、あ……っ、やめ、ろ……!」


 口では制止を求めても、情けないことに俺の身体は続きを刺激を求めてしまう。浅はかさと羞恥に、涙が滲んだ。


 そして、この後俺たちがするだろう行為を自然と理解させられて、不安と絶望、そして期待が混ざり合う。罪悪感と背徳感で胸が苦しい。それでも、なんとかして止めねばと無駄な足掻きを繰り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る