第3話 あの子いけるかも
「あ、今津先輩~」
どうやら今津は営業から帰ってきたらしい。
嬉しそうに塚口が駆け寄っていく。
「塚口、語尾を伸ばす癖を直せって言ってるだろ」
「気を付けま~す!」
「お前わざとやってるだろ?」と今津は、頭を抱えている。
「あ、あの、今日からお世話になります、
「社長の親戚の奴か、よろしく」
そう言っていると、今津のスマホが鳴って、席を外した。
「あの方は?」
「今津先輩のこと?」
さっきのイケメンは今津諒太といい、この事務所で一番のやり手マネージャーだそうだ。
この事務所は弱小の事務所だが、1人だけ有名な女優である園田ありさが所属しており、そのありさを売れないアイドルから売れっ子女優にまで押し上げたのが今津らしい。
「俺マジで今津先輩を尊敬しているんですよ~。俺も担当しているタレントを絶対売れっ子にして見せる!」
塚口は、そういって「やるぞ!」と手をぶんぶん振りながら、席に戻っていった。
午後から夏樹は資料や事務所に売り込んできた人の書類整理を行って、業務を終えた。
(久々の仕事は疲れた・・・)
夏樹は荷物をまとめ、「お先に失礼します」と立ち上がると、バンッと社長室が開き仁川が出てきた。
「おい、何帰ろうとしてるんだ」
「え?」
「今日の夜はお前の歓迎会だ。
「その名前で呼ばないでくださいって何回言ったらわかるんですか!あと歓迎会の店は予約しますけど、経費では落とせないですからね!」
「へいへい」と仁川は頭をかいた。
神崎川には今津も勝てないらしい。
そしてそのまま歓迎会へ行くことになった。
翌日二日酔いの頭を引きずって、出勤することになった。
夏樹は今でも昨日の飲み会を思い出すと吐きそうになる。
最初は穏やかに始まったが、「神崎川さん、ジュースなんて物足りないでしょ」と塚口がビールの入ったコップを神崎川に渡した瞬間、地獄絵図と化した。
「やめろ!塚口、妃花に酒を飲ませるな!」
仁川が止めるも間に合わなかった。
そこからは神崎川の独壇場で、「おい!私の勧める酒が飲めねぇのか」とグラスを開ける度に注がれ続ける。
今津は上手いことかわして、飲まないようにし、気づいたらいなくなっていた。
そうなるとターゲットは、塚口と夏樹の2人だ。
事務所に入ると、神崎川は昨日と変わらぬ姿で、パソコンに向かっている。
「おはようございます」
「おはよう」
神崎川はこちらを見ることもない。
(昨日あれだけ暴れて一言の謝罪もなしか・・)
夏樹は机に荷物を置くと、ぐったりと顔を伏せた。
「アルバイトのくせに2日目からその態度か」
振り返ると仁川が立っている。
「すいません!」
さっと立ち上がるだけで気分が悪くなる。
「まぁ妃花の飲みに付き合って出勤できただけ上等だな。塚口はトイレとお友達だ」
仁川がトイレの方を指差した。
トイレからうめき声が聞こえてくる。
「で、今日の仕事だが、今津に付いて行ってくれ。本当は塚口が今日はサポートするはずだったが、無理そうだからな」
「・・・はい」
今津は「行くぞ」と言って早速事務所を出た。
「今日は何をするんですか?」
今津はたばこを吸いながら車を運転している横で、夏樹は吐き気を抑えながら助手席に座っていた。
「今からありさの家に迎えにいって、そのまま雑誌の取材に連れていく。取材の後は、ドラマの衣装合わせをして、そのままバラエティ番組に出演に付き合う」
「それってどれくらいに終わるんですか?」
「今日は・・・20時か21時だな」
「・・・マジっすか」
この頭でそんなに長い間働くことになるとは、吐きそうになり口元を抑えた。
園田ありさは、テレビで見た通り美人だった。
性格も良くて、初めて会った夏樹にも笑顔で「おはよう」と言ってくれた。
でも夏樹はそれどころではなく、吐き気と戦いながら、今津に言われたことを淡々とこなす。
今津はいつもと違う顔でニコニコとスタッフと言葉を交わし、さり気なく若手のタレントを紹介している。
ありさの撮影中は一緒に写真を確認し、意見なども言っていく。
マネージャーは忙しいんだろうと思ってはいたが、タレントが休んでいる間にも電話やメールチェック、スタッフへの挨拶ととてもじゃないけど、休む間もない。
少し二日酔いが収まってきて、隙間時間に飲むゼリーを飲んでいると、後ろからツンツンとつつかれた。
振り返ると、園田ありさが立っている。
改めてみると、やはり美人だ。
「は、はい、何かありますでしょうか?」
「何もないよ、暇だったからお話したいなと思って」
ありさは隣に座ると、じっとこっちを見つめてくる。
大きな黒い瞳がこちらを見つめている。
「何か・・?」
「・・・大変でしょう?マネージャーの仕事」
「あぁ、そうですね。思ったより大変だなって思いました」
ありさを呼ぶスタッフの声がする。
「これから、よろしくね。夏樹くん」
そう言って、ありさはウィンクすると去っていった。
「中津さん、あの子いけるかも」
ありさは中津と合流すると、そうつぶやいた。
「そうか」
中津は少し笑うと「小林!こっち来い!」と夏樹を呼んだ。
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