第36話 マスドライバー

 去っていく善子の姿を見届けて、ウォンは海咲に声をかけた。




 「海咲、僕達も船を取りに行くぞ」




 「船?」




  彼らはこの後、マスドライバーの制御施設に潜入しなくてはならない。潜伏しているスパイの手引きで侵入を試みる予定だったが、ウォンは寸前で予定を変更した。




 「施設周辺に幽閉機関が彷徨いてるとの報告があった。僕らの行動はある程度読まれているらしい」




 「そう、なら」




  箒<震電>で強行突破をしよう、と言いかけた海咲に、ウォンは首を振って制した。




 「万が一、それが壊されでもしたら『ゲームオーバー』だ。だから送迎くらいはさせてくれよ」




  ガーイェグを見送った海咲が案内されたのは、例の港。ウォンの愛機『TU-Na』はフレドリッヒ基地にあるため、宇宙船はここにない。ただし、『宇宙船』以外は、ここにある。




  所々が錆び付いた、円盤状の機体。我妻天使が『ドーム内飛行用』と言及していたそれが、鎮座していた。




 「…え!?こっちもウォンさんのなの!?」




  思わず驚いた海咲に、ウォンは苦笑した。




 「別にそうじゃないとは言ってないんだけどな」




  船内は、予想より整備されているようであった。時々は使用していたのだろう、少し埃被っているものの、エンジンは問題なく始動した。海咲はそれにトライアドを乗り入れると、魔術的に固定した。




  ン=グィは比較的最近、幽閉機関が駐留し始めたドームの一つである。そのため設備も新しく、電子戦の能力も高い。それ故に―目視以外でこの古い機体を探知する術を、彼らは有していない。




 「熱核ジェットエンジンだ。イオン系だと秒で網に引っかかるが、音と熱と光の反射以外でこいつは捉えられない」




  結構捉えられるな、誤魔化せるのは匂いと味くらいか―などと海咲な思った。




 「門の前で感染症対策の検温をしていたら?」




 「その時は諦めよう。大人しく病院でCAR検査だ」




 「車はさっき廃車になったでしょう」




  海咲の言葉に、ウォンは肩を竦めた。彼も大分花崎海咲の話術に慣れてきたようであった。




  宇宙港から飛び立ち、彼女らはマスドライバーの管理施設へと向かった。情報通り、施設に近づくにつれ、幽閉機関のガンシップの姿が増えてきた。




 「時間だ、倉庫のシャッターが開くぞ」




  スパイが提示してきた、作戦開始時刻。俄に、煌々と光の灯る倉庫付近が忙しくなる。彼らはそれを、廃墟の影に隠れて伺っていた。機体下部から車輪を出し、エンジンの光を抑えて地面を這うように動いていく。




  倉庫には荷物が搬入されていく。もたらされた情報では、この機体一隻分が侵入するスペースを空けてくれる手筈になっていた。数分後、情報通り荷物の隙間が空いた状態で、シャッターが閉まり始めた。




 「突入するぞ!」




  その瞬間を見逃さず、アイドリング状態のエンジンに火を入れる。強烈なGと共に機体は急発進し、進路を横切った小型のガンシップを蹴散らしながら飛び出した。ウォンは機体をドームの隙間―閉じかけた霊子シールドシャッターに入り込ませる。そして、カッパドキアに似た石造りの倉庫に機体を滑り込ませた。無理な胴体着陸により、船底から火花が散ったが、彼は気にも留めなかった。




 「ありがとう、ウォンさん!」




  兵士の動きは、想定より遥かに早かった。やはり、敵方の情報を得ていたのはこちらだけではなかったということだ。迎撃の準備はある程度整っていたようで、兵士たちは機体を見るや否や無警告で発砲した。トライアドごと機体を爆散させられては敵わない。簡易的な結界術で銃弾を弾きつつ、海咲はハッチから飛び出すと、現れた見張りの兵士たちを即座に黙らせた。




  こちらの狙いは露見している。ならばこそ、慎重に行きたいところである。しかし、余り時間は残されていないようだ。




 「海咲!たった今輸送列車<ビルケナウ>から入電だ!敵艦隊に補足された!」




  敵艦隊に見つかったということは、地表を睥睨している『ヘイロー』も動き始めているということだ。軌道上から狙い撃ちにされれば、ガーイェグや輸送列車など簡単に破壊されてしまう。




 「なるはや<了解、急ごう>!マスドライバーの管制室までは?」




 「こっちだ!」




  兵士たちを薙ぎ払いつつ、海咲たちは管制室を目指す。『ン=グィ』は元々、レン民族解放同盟<ズィアーリ>たちの拠点があったドームである。当然、兵士の中には同盟から派遣された間諜も多く、幸いにも事はすんなりと進んだ。




 「人員の整理が終わっていなくてよかったよ」




 「ええ、本当に。ご武運を」




  敬礼をした兵士―解放同盟の戦士は、海咲たちの背中を見送りつつ、無線機を手に取った。




 「こちら第三ブロック警備隊長。異常なし」




  時間にして十分ほど、二人は管制室に辿り着いた。事前に受け取っていたカードキーを通すと、石造りの自動ドアが重々しい音と共に開いていく。管制室は、もぬけの殻であった。既に人払いが済んでいるのか、或いは。




 「ウォンさん」




  部屋に入る直前。海咲は仲間を制すると、先に室内に入った。そして、両手を左右に向ける。飛び切りの威力で、死角に向けて魔術弾が放たれる。機材を破壊するはずだったそれは、透明の何かによって阻まれた。すかさず、二発、三発。追撃によって、擬態していた爬虫類が完全に沈黙したことを確認すると、彼女は連れに向けてウインクした。




 「レディ・ファーストだから、さ」




 「おっと、失礼。愛してるぜ、海咲」




  海咲は舌を出すと、天井から現れた爬虫人類を蜂の巣にした。徹底的に頭部を破壊すると、海咲は周囲を見渡した。




 「皆私に告白するから、困っちゃうよ」




 「モテる女は辛いな」




  軽口を叩きつつ、ウォンは操作盤を観察した。そして、彼は頷いた。




 「サイクラノーシュ<土星>製だ。このユーザーインターフェース<UI>なら見慣れてる」




 「ここは閉鎖できる?」




  ウォンは力強く頷いた。ここに一人で残るには、彼は非力にも程がある。しかしながら、ウォンがここに残り、海咲を打ち上げられなければ、多くの仲間が犠牲になる。他でもない、自分がやり遂げなければならない。ウォンは命を捨てる覚悟で、この少女に全てを託すことにした。




  ウォンの強い決意を感じ取り。海咲はくすりと笑った。




  良い目をしている、などとアニメ的で偉そうなことは言うまい。でも、今のウォンさんはかっこいいと思う。きっと今の彼なら、万バズ確定だろう。




  海咲は、手持ちのスマートフォンでウォンの写真を撮った。彼女の突然の行動に、ウォンは苦笑してしまった。




 「おいおい、やめてくれよ」




 「いいじゃん、かっこいいんだから」




 「勘弁してくれ、何歳差だと思ってるんだよ」




  くつくつと笑うウォンの背中がレンズに収まるように。スマートフォンを機材に立てかけると、海咲は管制室を出た。最後に振り返り、彼女は笑った。




 「じゃ。二人<U&I>でやり遂げよ」




  彼女のくだらない洒落に微笑むと、ウォンは自身の仕事に取り掛かる。扉を完全にロックし、外部からの干渉を遮断。海咲と通信を繋ぎ、マスドライバーへと誘導する。




 「七番へと向かってくれ」




  複数本、空に向かって伸びている射出台の幾つかには、既に貨物が積み込まれていた。空いているのは六番か七番。験担ぎのため、ウォンは七番を選択した。しかし海咲は、不満そうに呟いた。




 「六番じゃダメ?」




 「三つ並べたら獣の数字だろ?」




 「私、小悪魔なので。ぶい」




 「そーかい」




  彼は七番を起動させつつ、六番も起動することにした。海咲は乗り捨てた機体に戻ると、『トライアド』のエンジンを掛ける。ハッチから出ると、目の前に幽閉機関のガンシップが浮いていた。それは霊子シールド<出口>を完全に封鎖するような形で構えており、火器の安全装置は全て外されていた。




 「警告―」




  律儀に話し始めた幽閉機関の機体に、海咲は主砲をお見舞いしてやる。赤く伸びた光に穿たれ、ガンシップは堕ちていく。




 「警告どうも。その丁寧さが君を殺したんだよ」




  そして翼を展開すると、震電を背部に固定する。彼女は機体を発進させると、霊子シールドから飛び出した。彼女は大きく旋回し、空から六番射出口へと向かう。魔術を使って射出カタパルトに機体を固定し、ウォンの指示を待つ。




 「こちら海咲、準備OK!」




  このマスドライバーは、幽閉機関の有する軌道上宇宙基地の生命線である。それ故に、彼らはこの大規模な打ち上げ装置を破壊する訳にはいかなかったのだ。




  しかし。増援による砲撃は、一番カタパルトを破壊した。撃ち込まれた弾丸は射出口に吸い込まれ、内部を完全に崩壊させる。衝撃によって打ち上げ用のレールが崩れ、それと繋がる二番のレールも歪んでいく。




  通信はない。最悪の想像が、海咲の脳裏に奔った。

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