第18話 伝わらないもの


 明日は青愛学園祭。私は本来であれば修司と想と回る予定だった。

 

 しかし私と想は別れたということになった。そのため一緒に回る必要も無いだろうと断られた。

 

 どうやら、想は私と修司を二人にしたいらしい。

 

 この頃想とは息が合わない。

 

 それはつまり、今まで想がどれだけ合わせてくれていたかを痛感する。

 

 私はふと海から帰ってきたあとのことを思い出す。

 

 ーーーーーー。

 

 想に思い切って電話してみたのだ。

 

 どう切り出していいかわからず、ここまで時間をかけてしまった。

 

 時刻は次の日にさしかかろうとしていた。

 

 だが、想はすんなりと出てくれる。まるで、わたしが電話をするだろうと分かっていたかのように。

 

 「学祭の件だろ?2人で回るでいいぞ。」

 

 「いや、そういう話をしたいんじゃなくてっ!」

 

 切り出された言葉は唐突で、まるで私の話なんて聞いてくれない。

 

 「うん?なら何の話だ?」

 

 通話越しに聞こえてくる想の声はとても冷たい。

 

 「なんか違うじゃん!」

 

 「……なにが?」

 

 「いやだから!私想に謝りたくって!!」

 

 「別に何も無いだろ?」

 

 「…え」

 

 そう切り出されると自分でも何を間違えていたのか分からなくなる。

 

 そこが分からなかったから、ここまで来てしまったのだ。

 

 「いやだから、想と離れるって言うのも違うじゃん!」

 

 「離れる?俺は普通にしてるぞ?」

 

 「普通って……全然連絡くれないじゃん!一緒にお出かけしてくれないじゃん!」

 

 「元からそんなに取ってなかったろ。付き合うフリしてたから、良く連絡とったんだろ?」

 

 「あれ……そうだった?」

 

 感覚が麻痺してくる。

 こんなに私は想に執着してたか?

 

 「元に戻っただけだ。別に避けてないし。普通にこうやって話してるじゃんか。」

 

 「う、うん。そうだけど…そうだけどさ。」

 

 なんとも言えないもどかしさが私を襲う。

 

 そう、そうだけど。

 

 「お前が言ったんだぞ?好きでも無い男女が不用意にくっつくのは違うってな。」

 

 「……そう…だね。」

 

 どこか。焦っている気持ちがある。

 

 心のどこかがぎゅっとなる。

 

 これは。

 

 あの時と同じだ。

 

 修司に告白した時と。

 

 あの時と同じなんだ。

 

 「もう、一緒に居てくれないの?」

 

 「澄。」

 

 「なに?」

 

 「それは……ずるいよ。」

 

 「……っ。」

 

 ブツリと一方的に通話を切られる。もう、スマホからは機械音しか聞こえない。

 

 私はとっくの昔に間違えていたのかもしれない。

 

 ーーーーーーー。

 

 「あ、まだ起きてた?中々返信できなくてごめんな。」

 

 「はい!忙しいの知ってますから!大丈夫です!それに想くんからの電話ならいつでもおkです!」

 

 通話越しに響く明るい声。

 

 頬が緩む。彼女と話している時は普通でいられる。

 

 黒い感情を孕まない。

 

 あの時の澄のようで……。

 

 「想くん?」

 

 一瞬思考が途切れたような感覚に陥る。俺は今何を考えていた?

 

 「あぁ。わり、明日の話したくてさ。待ち合わせどうしようか」

 

 伊織の声で飛びかけた意識を戻す。要件を話して会話を進めさせる。

 

 明日は学園祭。伊織とは一緒に回る予定だ。約束はしたものの連絡できていなかったのだ。

 

 『学園祭の件、相談したいです。時間ある時連絡ください。』という伊織のメッセージに罪悪感を感じ、連絡したのだ。

 

 忙しかったとはいえ待たせすぎた。

 

 「待ち合わせは学園で大丈夫です!ただ、終わったあと初めて出会った場所でもう一度会いませんか?学園にも近いですし!」

 

 初めて出会った……場所?

 

 思考が一旦止まる。

 

 そういえば伊織とは昔に会っている……と雫花さんが言っていたような気がする。

 

 ここで覚えていないは失礼にあたるのだろうか。

 

 過去の記憶を辿る。

 

 ーーーーーーーーー。

 

 「それで?俺との接点は?」


 「あなたが『俺』になった時に助けた女の子よ。覚えてないの?」


 「何年前だと思ってんだよ。覚えてないよ。」


 「それは彼女には言わない方が良さそうね。あなたに助けられてあなたと再会することだけを夢見て生きてきたんだから。」


 「俺が彼女にとってはそんなに大切な存在なのか?」

 

 「意外とそういうものなのよ。......自分は大したことないと思っていることも、人によっては大きな意味を持つ。......でも、それは彼女の想いよ。貴方はあなたなりの答えで彼女と向き合いなさい。」


ーーーーーーー。

 

 「ああ、わかったぜ。俺が中学生ぐらいの時だったか?会ったのは。」

 

 「!!!そ、そうです!!やっぱり覚えててくれたんですね!!!じゃあ、あの『約束』も覚えてますか!?」

 

 「あの約束……。」

 

 なんでこんなに俺はこの子ことを覚えていないのだろうか。

 

 こんなにも純粋に俺をおもってくれているのに。

 

 俺の空いた心の隙間を埋めてくれているのに。

 

 「あ!いえ!それは会った時に聞きますね!!」

 

 「え、あ?うん。わかったぞ!じゃあ学園祭終わったあとは『初めて会った場所』で待ち合わせな?」

 

 「はい!」

 

 ーーーーー。

 

 笑ったような上ずった声で通話を終える。

 

 通話を終えると、俺は直ぐにスマホの検索機能を使った。

 

 学園に近いところ。

 

 かつ、小学生の伊織が俺を中学生と判断できる場所・条件。

 

 俺が通っていた中学の通学路。

 

 小学生の伊織に会えるか?そんな場所で。

 

 近くに小学校はあるが、伊織の家からは少し遠い様に感じる。

 

 引っ越した可能性もあるか。

 

 その線はダメだ。

 

 ヒントは学園から近いこと。俺が中学生と認識できること。

 

 公園?

 

 スマホに表示されるマップとにらめっこしていると、いくつかの公園がヒットする。

 

 『愛野タイヨウ公園』『アオバ緑公園』『ハルカゼ公園』

 

 これだ。どの公園も学園から近い。

 

 そして俺が部活で回っていた公園だ。

 

 これなら指定ジャージを着ている。

 

 中学生だと判断できる。

 

 この3つを回って、約束を思い出すんだ。伊織が俺向けてくれる気持ちをしっかり受け止めるんだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「あ、もしもし。澄?今大丈夫かな。」

 

 「うん、大丈夫だよ?」

 

 「良かった。明日って結局どうなったのかな?想のやつ既読スルーでさ。」

 

 「もー!わかんない!2人で回ろっ」

 

 「え?あ、いいの?」

 

 「うん!ふたりで楽しもっ!」

 

 「わかった、じゃあ。よろしくね。」

 

 「うんっ!……これってデートだよね。」

 

 「ええっ!?」

 

 「なーんてね!冗談!楽しもうね!」

 

 「もぅ。びっくりしたよ、楽しもうね。」

 

 友達として。

 

 澄との通話を終える。

 

 明日が楽しみで頬が少し緩む。

 

 もう一度3人で仲良くなれるかもしれない。

 何も気にしていなかったあの頃に。

 

 想だってきっと、僕と澄の関係が戻れば、戻ってきてくれる。

 

 僕と澄の関係は変わらない。それが伝わればいいんだ。

 

 僕が普通に澄と接することができるように。

 

 あの頃の恋心に気がつく前の僕に戻ることが出来れば。

 

 澄も僕も想も恋愛に囚われていなかった、周りに影響を受けていなかった、あの頃に戻れれば。

 

 きっと、また本物になれる。

 

 ボクも失った何かを取り戻せるんだ。

 

 楽しかったあの日々に帰れるんだ。

 

 恋人としてそばにいることは僕が耐えれない。あの日を思い出すから。守れなかったあの日悔しさを。

 

 でも、友達としてなら。

 

 きっと、また笑い合えるはずだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「修司……。私は、まだ諦めてないからね。」

 

 好きな気持ちはそう簡単に変わらない。

 

 どうしたってあの日、修司のことを好きになって。

 

 あの日悔しいぐらい悲しいと思って。

 

 それでも隣に立ちたくて頑張って、頑張ってきた。

 

 周りに認めて貰えるようになった。

 

 でも、どんどん修司とは離れるようになって。

 

 焦るように告白した。

 

 自分を磨くために使った時間が間違っていたとは思わない。

 

 結局、私は自信が無いから。

 

 だからこそ振り向いて貰えるように一生懸命やってきた。

 

 色々こじらせてきたかもしれない。

 

 それでも、私は今度こそは。

 

 素直な自分で修司と関わってきたつもり。

 

 学園祭で。

 

 もう一度、告白するんだ。

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