夏休み編

第12話 罪と片思い


 ついに、彩と雫花が交際。学園祭の紅葉を恋色に染めた。

 

 だが、ここから話は少し遡る。

 

 彩と雫花が告白し合う中、学園祭では多くの出来事が起きていた。

 

 澄、修司、想、伊織、萌結の5人によるとんでもない修羅場が起きていたのだ。

 

 だが、それを語るには1か月前の出来事にまで話は遡る。

 

 そう、体育祭の後、夏休みに突入した彼らの話を。

 

 ーーーーーーー。

 

 『澄と二人でデートしろ。』

 

 想から告げられた言葉。僕にはそれが理解できなかった。

 

 「どういう意味?想は澄と付き合ってるんでしょ?さすがにデートはおかしくない?」

 

 僕は混乱しつつも、言葉を吐き出す。

 

 どこかで、理解していた。

 

 二人は、本物の恋人ではない。

 

 そんな、疑念。

 

 だが、そんなことを口にする前に澄の変化に衝撃を受けたのだ。

 

 そして、想が澄に恋してることも知っていた。

 

 不思議と二人を見ていると、納得している自分がいた。

 

 だから不思議と疑念は消えていった。

 

 こんなことを言い出すということは、やはり偽物なのか?

 

 「ま、最初から二人は緊張するよな」

 

 「いや……そういう事じゃ!」

 

 「今度、メイの仕事が海であるんだ。付き添いで行くことになってよ。みんなで海に行こう。」

 

 「は、いやちょっ……僕の話きいてる?」

 

 バスケでの汗を拭いながら、涼しい顔で立ち去ろうとする想。

 

 僕は慌てて追いかける。

 

 「……俺と澄、別れたんだ。」

 

 「は……?なんで?」

 

 僕はそう呟くことしか出来なかった。

 

 ーーーーーー。

 

 「報酬は……確かに。」

 

 「ありがとうございます。おかげで、伊織の事が分かってきました。」

 

 「ご要望でしたら、お母様のこともお調べ出来ますよ?」

 

 「いえ。大丈夫です。育児こそしてませんが、神崎のことも考えれば、離れて暮らすのが正解だと思いました。」

 

 「神崎……龍。神龍会会長……ですね。」

 

 「まさか父さんの、『真島流』を取り込んでいたとは知らなかったですけどね。」

 

 依頼していた探偵事務所。

 

 俺はそこのソファに腰掛けテーブルを挟み、探偵と依頼内容の確認をしていた。

 

 そして調査の結果、出てきた関連情報に視線を落とす。

 

 

 

 ここ数年俺の住む街、愛和では悪い噂を聞くようになった。

 

 麻薬取引や会社の金の横流し、不良グループの多発などだ。

 

 この辺は、進学校が多いこともあって受験のストレスを抱える学生が多い。

 

 特に妙にエリート思考な仮面夫婦が多く、ネグレクトも多く確認されている。

 

 その結果ドロップアウトするような学生が多く麻薬や暴力行為に走るものが多くなった。

 

 問題はそういった組織が近くにあり、影響を強く与えているということ。

 

 それが神龍会。表向きは不動産。系列に飲食店もあり、警備も評判が高い。

 

 だが、それは表向きの話。

 

 高額なマンションを格安で勧め、金持ちとのコネクションを作り麻薬を渡す。

 

 犯罪に手を染めた学生を飼い慣らし、汚れ仕事をさせる。

 

 捕まった未成年者は皆そう公言している。

 

 だが、足が着いていないため、取り締まることが出来ていない。

 

 なんの因果かそこの会長の娘が伊織であり、想に怪我をさせたのも繋がりを感じる若い連中との事だった。

 

 下っ端のチンピラ上がりが、起こした偶然。

 

 そういうことになる。

 

 もともと神龍会に弱みを握られていた若者が、コネクションのあった金持ちのおっさんから依頼されて起こした事件だそうだ。

 

 大方神龍会の人とチンピラが話しているのを、おじさんが見たのだろう。

 

 さすがに大学生一人を締めるのにお金を払ってやってくれ、だなんて商売をしている暴力団がするはずは無い。

 

 下手をすれば、足がつく可能性がある。

 

 一概に関連はなかった……とは言えないが。

 

 だが、もし本格的な神龍会なら、伊織に手を出すのはすこしおかしい。

 

 縁を切っているとも考えられなくは無いが、未だにお金を伊織に払っているのは調査済みだ。

 

 神龍会の高級マンションまで与えている。その線は薄いだろう。

 

 もし、伊織の件が幹部にしか知らされていないにしても、手を出しては行けない人の情報はあるはずだ。

 

 その点から行くと、関わりの低いチンピラという線が妥当だろう。

 

 あまりにも誰でも想像のできる展開に、調査結果を一瞬疑った。神龍会のよくある手口だからだ。

 

 下っ端や面倒になった顧客個人だけのトラブルとして、自分たちは関与していないというスタンス。

 

 だが、今回は大丈夫だろうと納得してみせる。

 

 オジサンもさすがに頼めなかったのだろう。そして恐らく下っ端なら安く済むだろうしな。

 

 ひとまず、怪我をしなくて良かったが、動画の中で伊織の動きには見覚えがあった。

 

 真島が得意とする五感を研ぎ澄ます武術によく似ていた。

 

 そしてなにより、伊織はコロコロと別人のように表情を変える。

 

 想を助けた時なんかは、着替えまでしていた。

 

 制服のまま男たちを一時的に倒し、フード姿で想と話し、また制服で戻ってきた。

 

 傍から見れば、演技しているようにしか見えない。

 

 「解離性同一性障害……ってやつですか?」

 

 「そういうことなんでしょうね。本人にその自覚はなく、『今のところは』問題ないようです。……ひとまず。ご依頼頂いた伊織さんの周辺調査は終えました。ご満足頂けましたか?」

 

 「今のところ……ね。神龍会の娘、精神疾患の疑い、想像以上に『あいつ』からの傷はデカいようです。……でも、無事に生きていて、良かった。」

 

 含みを持たせるような、探偵の言い回し。伊織は高校には通っているが、小中とあまり登校していない。

 

 恐らく、何らかのトラブルがあったことが推測できる。

 

 だが、オレはようやく心に整理が着いたように微笑む。

 

 いまの段階で神龍会の介入はなく、疾患も表向きには生活に支障をきたしていない。

 

 ひとまずは安心と言える。

 

 シズの言う通り、もう俺が関わらなくても良いのかもしれない。

 

 彼女は強く生きていたのだから。

 

 それに、今のあいつには想がいるしな。

 

 すっと、重くのしかかっていた『罪悪感』は消えていった。

 

 事情を知っている俺は、何かあった時に対処できるようにしておこう。

 

 そう胸に誓う。

 

 いつか、助けを求めてくるのであれば、この手を惜しみなく差し出すつもりだ。

 

 伊織にどう思われても、俺は『兄』なのだから。

 

 今となっては、他人だがな。

 

 ーーーーーーーー。

 

 ギラつく太陽。焼けるように照らされた砂浜。生命の源を感じさせる海。そして広大な空。

 

 炎天下の夏。

 

 そう、私たちは今海に来ている。

 

 大人気モデルしずくとの撮影だ。

 

 どういう流れなのかマネージャーからは聞かされていないが、地下アイドルである私のファンらしい。

 

 しずくの番組に呼ばれ、グラビア撮影やいくつかゲームをこなすらしい。

 

 今までにない大きな仕事。だが、今までとスケールが違いすぎて反応に困っているのが現状だ。

 

 何が起きているのだろう。

 

 ーーーーーー。

 

 プライベートビーチで、貸切。

 

 スタッフと出演者、その家族が海にいるのみだ。

 

 私はお兄ちゃんと伊織を連れてきた。

 

 だが、妙に身内の人数が多い気がした。

 

 わたしはため息混じりに文句を言ってやる。

 

 「あの、遊びじゃないんですけど……?」

 

 お兄ちゃんが着いてくると言うから伊織も連れてきた。

 

 私も仕事終わりに遊びたかったからだ。

 

 だが、これはどういうことなのだろう。

 

 目の前にはお兄ちゃん、澄、シュウちゃん。

 

 まあここまでは予想できる。

 

 しかし、大人気モデル『しずく』にわたしの塾のセンセ。

 

 「なにこれ」

 

 「ああ、ごめんね。この人は私が連れてきたの。わたしも遊びたいからねっ」

 

 そう言うと、しずくはセンセに抱きつく。

 

 「おわわわっ!?」

 

 男と言うやつは。

 

 普段かっこいい大人なセンセでもこんなに慌てるのか。

 

 なんだか、普段接している男が直接的には面識のない女にデレデレしていて、イラッとくるものがある。

 

 「想くん、久しぶりだね。その後怪我の具合はどう?」

 

 「ああ、問題ないぞ。こないだ、体育祭にも出たしな!」

 

 「そうなんだ!良かった!」

 

 微笑み合うお兄ちゃんと伊織。

 

 あれこのふたりって面識があったの?

 

 そもそもセンセとしずくの関係も分からない。

 

 全員顔見知りのような感じで、私を置いていく。

 

 「あれ、伊織ってお兄ちゃんと会ったことあったっけ?」

 

 「うん、昔にね。でも、あの男の人と女の人は知らないよ。」

 

 そう言いながら、センセと澄を指差す。

 

 良かった。私だけが、空気になったのかと思ってしまった。

 

 「初対面の人もいるようだし、挨拶しとくか?」

 

 「いや、ほぼ知り合いみたいなもんだろう。俺とシズ、澄、伊織が挨拶すればそれで済むだろう。メイは、全員と面識があるんだろう?」

 

 「え、あ、はい。でもセンセとしずくさんが、お知り合いだったとは」

 

 「ああ、同じ高校なんだよ。……初めまして、伊織さん。真島彩って言います。……俺はメイの塾の先生をしているよ。ここにいる澄は妹で、修司、想とも古い付き合いだよ。よろしくね。」

 

 「あっ、はい!かか神崎伊織です!よよよろ、しくお願いします!(と、年上……。お兄ちゃんみたいに頼りになりそうな人だなあ。)」

 

 「あはは、ガチガチだね。……今紹介あったように、彩兄の妹、真島澄って言います。想と修司とは、幼なじみだよ。よろしくね。(か、かわわわ!何この子!妹みたい!可愛すぎる!)」

 

 「あっはいぃぃ!よろろろろしくお願いします!(ギャルだぁあああ!でも、超可愛い!……想くんと幼なじみかあ、少しジェラちゃうな。)」

 

 

 

 「一応、僕も伊織ちゃんとは、ほぼ初対面なんだね。」

 

 「修司さんは前に助けてくれましたよね。あの時はありがとうございます。」

 

 「むっ。(また可愛い子たらしてる)」

 

 「ん?」

 

 一通り伊織が挨拶を終える。

 

 伊織と修司のやり取りに、澄はやや頬をふくらませている。その事にまったく気が付かない修司。

 

 いい加減見飽きた光景だ。

 

 だが、澄あんたのその反応はおかしいんだよ。

 

 お兄ちゃんと付き合っているんじゃないの?

 

 お兄ちゃんはそれでいいの?

 

 私なら絶対にそんな想いをさせない。

 

 「私たちが初対面よね、今日は来てくれてありがとう!けっこう推してて、会えて嬉しい!」

 

 難しい顔で考え事をしていると目の前に美しい顔があって、やや緊張する。

 

 さすが、トップモデル。

 

 一瞬で勝てないと理解してしまう。

 

 この人には何を競っても負けるだろう。

 

 「あ、すみません。メイ名義でやってます。『姫路萌結』です。人気モデルのしずくさんに推して頂いて光栄です!本日はよろしくお願いします!」

 

 「うん、楽しもうね!」

 

 あいさつをおえて、ふと疑問に思う。

 

 お兄ちゃんと伊織はしずくさんと知り合いだったのだろうか。

 

 センセと知り合いということは澄は会ったことがあるのだろう。

 

 その流れで、修司やお兄ちゃんとも知り合ったのだろうか。

 

 「ん?ああ、想と修司ちゃん、伊織ちゃんとも面識あるよ。……でも、びっくりした〜!想にこんな可愛い妹さんがいるなんて!それに彩とも知り合いとはね!」

 

 私が考え込んでいると、しずくは悟ったように答えてくれる。

 

 なるほど。この人は人間観察が得意なタイプだ。

 

 どうやら私の考えていることはお見通しらしい。

 

 ならば、もう取り繕う必要は無いだろう。

 

 こんな偶然起こりうる訳は無いのだから。

 

 お互いにきっと周りを利用をするような立ち回りは同じはずだ。

 

 この7人の巡り合わせ、偶然にしては出来すぎている。

 

 綺麗に関係性が繋がっている。

 

まるで線を引いたかのように。歪で、こじらせたそんな関係性が見えてくる。

 

 ーーーーーーー。

 

 「皆さん、こんにちは。モデルのしずくです。今日も推し活していきましょう。」

 

 番組が始まった。

 

 しずくが落ち着いたように話す。

 

 「今日はですね、実は私大変緊張しております。推し活をサポートする当番組なんですが、今回はなんと私の推し活をサポートして下さるということで!……え?どうしよう?いいんですか?ほんとに!!」

 

 テロップとしずくの見事なやり取りが繰り広げられる。

 

 よくもまあ、あんなにペラペラ喋れるものだ。

 

 待機している間みんなは近くでバーベキューをしている。

 

 わたしも参加したいが、今は仕事に集中だ。

 

 「それでは、登場してください!キャー!緊張する!!」

 

 おっと、ヨダレを垂らしている場合では無い。

 

 ラッシュガードのチャックを上まで上げて、小走りでしずくの隣へと向かう。

 

 「は、はじめまして!グラビティ・タレント所属メイです!よろしくお願いします!!!」

 

 息を切りしながら爽やかに笑顔を向ける。

 

 こういうあざといのは得意だ。

 

 合わせるようにしずくがオーバーリアクションをしてみせる。

 

 はやく終わらないかな。私には苦が重すぎるよ。

 

 無数のカメラ、怖い大人、底が見えない先輩、隣りのバーベキュー。

 

 なんでこうなったのか、ぜったい聞き出してやる。

 

 

 ーーーーーーーー。

 

 グラビア撮影、ミニコーナー、トーク、食事、地域紹介。

 

 色々やらされた。

 

 本当に疲れた。

 

 ファンでもない男の人になぜあんなに、サービスしないといけないのだ。

 

 喜んでくれるから頑張れるのに。

 

 ……お兄ちゃん伊織と楽しそうだし。

 

 「さ、お疲れ様。遊ぼう?」

 

 しずくがにこやかに話してくれる。

 

 なにか裏があるんじゃないかと思ったが、慣れない私を何度も助けてくれた。

 

 正直かなり助けられる場面が多かった。

 

 さすがプロの芸能人だ。

 

 ADのカンペに素早く気が付き、私に何度もタイミングを教えてくれた。

 

 先行してリアクションを取ってくれるから私も入りやすかった。

 

 台本にないアドリブもしずくの促しが的確過ぎて助かる。

 

 「あの、今日はありがとうございます!とても良い経験になりました!」

 

 「そう。それは良かった。」

 

 クールに返される。ようやく素になってくれたようだ。

 

 「……今は雫花さんって事でいいんですよね。教えてください、私に近づいた理由。」

 

 「簡単よ、あなたが『彩に近づいたのと同じ理由』よ。欲しかったんでしょ?お兄ちゃんの情報。」

 

 「……なっ。まさか。なんで私がお兄ちゃんなんかのこと。」

 

 「肝心なところで素直になれないのはお兄ちゃんと一緒ね?自分の首を絞めてきたのに。」

 

 「あなたに何がわかるんですか。」

 

 「何も知らないわよ。だから、近づいたの。」

 

 私の怒りの眼差しに動じることなく、切り返す。

 

 どこまでも私を見透かしていて腹が立つ。

 

 「ま、でも『ライブ見に行って一瞬で推しになった』のは本当だよ。私好きな物はみんな欲しくなっちゃうから。手に届くところに置いておきたいの。そして幸せにしたい。……私の敵にならないなら、ね。」

 

 推しになったという一言でときめいて嬉しくなる。

 

 くっそ、手のひらの上で転がされている。

 

 「……狙いはセンセ……ですか?」

 

 「そうよ、ずっと好きなの。でもあの人、周りのことばかり気にするから少なくとも澄は幸せにしてあげないとね。」

 

 「ならなんで、お兄ちゃんと付き合うって展開になってるんですか」

 

 「遊ぶ時にでも分かるんじゃない?さ、そろそろ行きましょ?」

 

 「……はい」

 

 ーーーーーーー。

 

 「おっ!メイ!終わったか!どうだった?初テレビ」

 

 「もう〜大変だったよ〜向いてないわ、私。」

 

 「そんなことないだろ?遠目で見てもバッチリ輝いていたよ」

 

 「う、うん。……ありがと」

 

 優しく撫でられて私の顔は真っ赤に染まる。

 

 仕事を終えたあとのなでなで。

 

 頑張って良かったと思える。

 

 ーーーーーーー。

 

 「さて!みんな集まったし!ビーチバレーでしょ!この人数!」

 

 張り切ったようにセンセが取り仕切りチーム分けが行われる。

 

 それぞれ好きな人同士で別れる。

 

 私、お兄ちゃん、伊織

 

 修ちゃん、澄

 

 センセ、雫花

 

 「え、お兄ちゃん私とでいいの?」

 

 「ん?当たり前だろ?家族だし」

 

 「あ、いや。彼女…いるじゃない」

 

 「あれ、言ってなかったか?別れたんだよ」

 

 「……え?」

 

 ーーーーーーーー。

 

 試合は惨敗。

 

 集中を切らした私はことごとくトスを繋げられず、伊織は転んでばかり。

 

 いくら運動神経抜群のお兄ちゃんも1人では勝てない。

 

 シュウちゃんと澄の抜群のコンビネーションに簡単にやられてしまう。

 

 「これで、ゲームセット!!今回は貰ったぞ!想!!」

 

 勢い良くスマッシュを決めるシュウちゃん。

 

 にこにこしながら澄とハイタッチする。

 

 お前ら早く付き合えよ。

 

 ーーーーーーー。

 

 今は澄&シュウちゃんVS雫花&センセだ。

 

 中々に白熱した試合だ。

 

 ばーっと3人で撃沈している。

 

 「さすがに砂落とそうぜ、伊織。」

 

 「あ、はい。」

 

 「私も行く〜」

 

 ーーーーーー。

 

 海に入りバシャバシャと水で砂を落としていく。

 

 「うう、上手く取れない!」

 

 伊織が砂を落とすのに苦戦している。

 

 「タオルあるか?」

 

 「はい、これです」

 

 「まず、頭から落とした方がいい。」

 

 お兄ちゃんは優しく顔と頭を拭いてあげる。

 

 伊織は素材はいいのに、着飾らない。そして運動音痴だったり成績が普通だったり残念なところが多い。

 

 自分を磨くことを怠るタイプだ。それこそ、昔の澄のように。

 

 だが、ドレスのような水着からでも分かるバスト、ヒップは最高のポテンシャルと言える。

 

 女の私でさえ撫で回したい国宝級の代物だ。

 

 今日のメンバーでも明らかに一番の大きさだ。

 

 それに普段外に出ないから白くて透き通る肌が最高に美しい。

 

 お兄ちゃんはその辺大丈夫なのだろうか。

 

 私はついお兄ちゃんの下半身を見てしまう。

 

 ……うん、まったく意識してないのね。

 

 「ふう、これで取れたかな?」

 

 「ありがとう。助かった。」

 

 「いいよ、気にすんな。」

 

 「ところで、想くん、聞いてもいい?」

 

 「ん?」

 

 「どうして、付き合っている人がいないって……嘘ついたの?」

 

 「……嘘じゃないからだ。」

 

 「お兄ちゃん……どういうこと?」

 

 「付き合ってる振りをしてたんだ。……澄と修司を仲直りさせるために。男ってのは不思議と友達と付き合ってる女に対してガードが緩い。そんなとこかな。あいつ、澄のこと振ったあと疎遠になったからよ。」

 

 「良かった!そういうことだったんですね!なら、想くんは澄さんのこと『好きじゃないんだね!』」

 

 「……そうなるなあ」

 

 嘘だ。澄のことずっと好きだったじゃない。

 

 私が好きになった時には遅いほど。

 

 なによそれ。

 

 なんなのよそれ。

 

 お兄ちゃんが苦しいだけじゃない。

 

 私のお兄ちゃんなのに。

 

 ーーーーーーー。

 

 ばちん!!!!!

 

 人気のない海岩。

 

 私は澄を呼び出し、ビンタしていた。

 

 響き渡る皮膚が当たる音。

 

 私は涙が止まらず、怒りが溢れて咄嗟にやってしまった。

 

 「……ごめ、」

 

 「あんたなんか!!!大っ嫌い!!!」

 

 何も分かっていないのに謝ろうとする姿勢。

 

 そんなの謝罪とは言わない。

 

 「あんたが好きなのは修司でしょ!?周りを巻き込まないで!!!お兄ちゃんがどんな気持ちが考えたことないの!?」

 

 「ごめん。……私、メイちゃんが何に怒っているのか分からなくて、でもめいちゃんがこんなに怒るってことは私が悪いはずで……だから今必死に考えてて……」

 

 澄は顔を真っ赤にしながら、涙を流す。

 

 過呼吸。

 

 精神的に追い詰められると澄は発作を起こす。

 

 本気で分からないんだろう。

 

 そして今本気で考えているんだろう。

 

 なら、教えてやる。

 

 「私は!!!!お兄ちゃんのことが好きなの!家族として、そして異性として!!!」

 

 「……なっ!?」

 

 そうだろうね。優しくて頼りになる素敵なセンセが居たら、一人の孤独を知らないからあなたはそう言えるのよ。

 

 突然できた家族に戸惑って、でもいつも優しく受け入れてくれるお兄ちゃんが現れたら、誰だって好きになるんだ。

 

 私に温もりを教えてくれたのはお兄ちゃんだけなんだ。

 

 たとえ、禁断の恋だとしても。

 

 血が繋がっていない運命の人だと私は思ってしまった。

 

 家族としてみる前に、異性として好きになったんだ。

 

 「いくら、血が繋がってなくても家族なんじゃ……」

 

 「そうだよ!!!だから苦しいの!!分かってるのにこの気持ちは止められないの!」

 

 「そんなの……分からないよ……」

 

 「そうね!この際それはいいの!私が1番ムカつくのはあんたが、お兄ちゃんのことを好きじゃないのに付き合ったってこと!!」

 

 「え……?」

 

 「あんただけはそれをやるべきじゃなかった!!!!お兄ちゃんはあんたのことがずっと昔から好きなんだよ!!!!」

 

 「……っ!?」

 

 澄は苦しそうにその場に倒れる。

 

 いよいよまずいのだろう。

 

 私は持ってきていた澄の薬を無理やり飲ませる。

 

 「んぐ!?」

 

 「何ひとりで、縋ろうとしてんの?誰も助けに来ないよ?反論してみなさいよ」

 

 「……ごめ……ごめなさ……ごめ」

 

 泣きじゃくりながら、謝り続ける。

 

 少しは自分のした事を罪を理解したのだろうか。

 

 「私、絶対許さないから。」

 

 こんなところで済ませてたるか。

 

 私が味わった苦しみを、お兄ちゃんが味わった苦しみを、あんたは知らなければならない。

 

 私の大切な人を傷つけたんだから。

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