第13話 見知らぬ天井
崩れ落ちる瓦礫の音が耳を打ち、少女は硬直していた。
空気が鋭く震える。音の方向だけで、降り注ぐ瓦礫がどれほどの重さかがわかった。動かなくてはいけない。それは理解しているのに、体が言うことを聞かなかった。
少女をここまで支えてきた耳は、彼女の死の未来を予言していた。
(ここで……終わりなの?)
小さく息を吸い、心が沈んでいくような感覚に襲われたその時だった。何かが自分の前に立ちはだかる気配。途端に降り注ぐ衝撃音が響き渡る――が、なぜかその痛みは自分の身には届かなかった。
「ぐああ!」
耳元で聞こえる低い苦痛のうめき声に、彼女は息をのむ。
「え……?」
何が起きたのかわからない。
少女は恐る恐る手を伸ばし、目の前にいる「何か」を触った。硬い感触。そして、その奥からわずかに震える息遣いが伝わる。
触った感触からして、人間。それも、肉付きからして、男の人だ。
「逃げろ……早く……」
それだけ言うと、その人はこちら側に倒れこんでくる。その重さに耐えきることができるず、少女は押し倒される。
「も、もし?大丈夫ですか……?」
少女は驚きながら、倒れこんできた人に声をかける。
だが、いくら待っても返事が返ってこない。
「ごめんなさい。あなたに非はないわ。」
そして、次に聞こえたのは少女の声だった。その声は酷く沈んでいて、あまり生気が感じられなかった。まるで、自分の行いを後悔しているような感覚を覚える。
「バチッ」という音と共に、首に衝撃が走る。その痛みは、今まで味わったことが無いようなものだった。
少女の声に反応したいのに、声が出せない。
(せっかく誰かに守ってもらったのに、また私は……)
意識を保とうと必死になるが、無情にも自分の意識は闇の中に埋もれていった。
(何も聞けずに、終わりたくない……)
その小さな思いの芽吹きに、本人を含めた誰もが気づかない。
その芽が根付き、つぼみを付け、大輪の花を咲かすのはまだ先の事である。
ぼんやりとした視界が、次第に焦点を取り戻していく。まず見えたのは、真っ白な天井板。
(ここは……どこだ?)
全身に鈍い痛みが広がっているが、拘束されている感覚はない。
痛む体をなんとか動かし、周囲を見渡すと、そこは簡素な部屋だった。金属製のベッドに横たわり、隅には小さなテーブルが置かれている。
見た感じ監視カメラや、GPSのようなものも見つからない。
聡真は直前の記憶をさかのぼる。
「俺は、確か負けて……」
――コンコン。
控えめなノックの音が響いた。扉がゆっくりと開き、ひとりの青年が入ってくる。
あの時、刀を持っていた奴だ。
身なりはシンプルだが、その端正な顔立ちと冷静な表情が目を引く。一見して、只者ではない雰囲気が漂っていた。
「目が覚めたようだね」
低く落ち着いた声。青年は軽く笑みを浮かべながら聡真に近づく。
「ここは安全な場所だよ。安心してね」
その言葉は、あまりにあっさりしていて逆に信じがたいものだった。聡真は警戒心を隠しきれない。
いきなり襲撃されて、ここに連れてこられたことを考えれば、当然の警戒だった。
「……君は?」
聡真は探るように声を出す。
「
一条と名乗った青年は、簡潔に自己紹介を済ませると、ベッド脇に立ったままじっと聡真を見下ろした。
「あいにく、説明はリーダーから直接聞いてもらう。それより、歩けるかい?」
聡真は少しの間考えたが、大人しく従うことにした。これ以上話をややこしくしたくないという諦めと、その刀祢という男の隙のなさが決め手だった。
「大丈夫です。もう歩けます」
聡真はそう答えると、すぐにベッドから立ち上がる。
やはり、体にダメージは残っていない。あの目が見えない子を助けた時、かなりのダメージを追っていたはずだが、全て完治している。
刀祢の後を追って、聡真は廊下に出る。そして、そこの窓から見える景色に驚いた。
「高い……」
そこは聡真が普段生活している地面よりも、上層にあるビルの一室だったのだ。見下ろすとまだ地面が近いので、ビル全体的に見れば下層だ。しかし、普段地面で生活している聡真からしたら、十分高かったのだ。
「こっちだよ。」
刀祢はそのことに触れもせず、先へ促す。彼らにとって、この景色は日常ということだろう。
廊下を静かに行き来するアンドロイドたち。その無機質な動きに、聡真は思わず眉をひそめた。彼の普段の生活では、こんな高性能な機械を目にする機会などほとんどない。どれを見ても、かなり余裕のある連中に見える。
聡真が普段扱っている機械より、質の高いものばかりだ。
「さっきはすまなかったね」
先をいく刀祢が、口を開く。
「何の話ですか?」
聡真は警戒しながら、慎重に返事をする。
「君を殴った夏音のことだよ。あの子、熱くなりやすくてね。でも、君の実力を直に見ることができたのは楽しかったよ。」
刀祢はどこか他人事のように言葉を続ける。その口調に、聡真は微かな苛立ちを覚えた。
こっちは命がけだったのに、嫌なことを言ってくれる。
「俺をどうするつもりなんですか?」
聡真の質問に、刀祢は笑顔で答える。
「それは、この部屋にいる人に説明してもらった方が早い。行こうか」
扉のロックを解除すると、ノックしてその中に二人は入っていく。
部屋全体に漂う空気には妙な重みがあった。清潔感と秩序を感じさせる一方で、どこか冷たい監視の目があるような、そんな感覚だった。中の造りは質素だったが、調度品や、壁材の質から、それなりにいいものを使っていると、見て取れた。
「リーダー。彼の意識が回復したのでお連れしました。」
刀祢の背中越しに、向こうにいる人物の様子を窺う。
そこには、30代くらいの中年の男が、一人で電子ファイルを相手に作業していた。だが、目を引いたのはその後ろに掲げられた、習字で書かれた文字だった。
『公正明大』と掲げられたその額は木製であり、力強い筆跡で書かれていた。
「おお、ありがとう。じゃあ、話をしようか」
その男が椅子から立ち上がる。
「ようこそ。特異管理課へ。歓迎するよ」
そう言って微笑み、手を伸ばす男。
だが、差し出された手に目を落とし、聡真はその無数の傷跡に思わず息を飲んだ。
まるで、何度も命を懸けてきた人間の証のようだった。
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